雫物語 Rewrite 〜神剣に導かれて神話の世界に行ったら『先祖の恩人の恩人』の姫を救う戦いに巻き込まれただけじゃないらしい〜

くろぷり

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2人のフィアナ騎士

運命の交響曲3

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 国境の町アデストリアは、怒りと絶望の坩堝と化していた。  
 空は厚い灰色の雲に覆われ、まるで天すらもこの混乱を嘆いているようだった。  

 石畳の通りはひび割れ、荷車や燃え落ちた屋台の残骸が散乱していた。
 町に駐屯する騎士と民衆達が争った後が、いたる場所から目にとれる。

 焦げた木の匂い……人の汗や血の臭いが混じり合って、重い空気を満たしていた。  

 そんなアデストリアの町に、民衆の叫び声が響き渡る。

「アルスターに未来はない! 税で心を潰され、戦争で身体を殺されるだけだ!」  

「ヨトゥンだろうが何だろうが、正しく生きられればそれでいいんだ!」

 男たちは鍬や鎌を手に掲げ、女達は子供を抱きしめ声を出しながら歩く。
 恐怖と怒りに震ながら、老若男女が広場に集まり始めていた。
 荒々しい声で、アルスター国への不満を叩きつけながら……

 炎が民家の屋根を舐め、黒煙が渦を巻いて空に昇る……反乱の炎は、すでに町全体を飲み込んでいた。

 人類史上初めて、民が自らの意思でヨトゥン側に与した瞬間である。

 フィアナ騎士団の若き騎士アルパスターは、反乱の報を聞きつけると逸早く馬を駆って広場に躍り込んだ。  

 広場に辿り着くまでに、数人の鬼気迫る民衆と戦った。
 死を恐れない強い意志を前に、アルパスターは手加減する事が出来なかった。
 アルパスターの身に付ける銀の鎧は埃と血で汚れ、神槍ブリューナクを握る手には汗が滲んでいる。

 彼の瞳は燃えるように鋭い……しかし、その奥には混乱と痛みと悲しみで揺れていた。  

「民衆よ、静まれ! この反乱は、アルスターに汚点を残す! それだけでは無い……ヨトゥンに与すれば、必死に戦っている他の国の騎士達に迷いを生んでしまう! そうなれば、世界は一気にヨトゥンに飲み込まれてしまう! 未来は、更に暗くなるんだぞ!」  

 アルパスターの声は、雷鳴のように広場を切り裂いた。
 だが、民衆の怒号は止まない。  

 無数の石が投げられ、彼の馬の足元で砕け散った。  

「そのアルスターが、オレ達に何をしてくれた? 何もしてくれない! 高い税を払い、年貢を納める。そんなオレ達にしてくれる事は、ヨトゥン兵と小競り合いするだけだ。ヨトゥンから、町を守ってると言ってな! 知っているか? この町で、ヨトゥン兵に殺された民は1人もいないんだ!」

「そうだ! 騎士は殺されてるのかもしれないが、ヨトゥン兵達は略奪と殺戮もしちゃいない! オレ達は、アルスター王に殺されてるんだ! 国が俺たちを守ってくれないなら、ヨトゥンにすがるしかない!」  

 怒号の中で、アルパスターは悲しみの声が混じっている事に気付く。
 その声の方に視線を向けると、子供を抱いた女性が涙を流していた。

「騎士様、子供達に食事を! 暖かい寝床を! 子供達にだけでも、どうか……痩せ細って亡くなっていく子供達を、これ以上増やさないで……お願いします!」  

 アルパスターの胸は、締め付けられた。
 民の苦しみは、本物だ。
 しかし、どうすればいい?
 戦争をやっているだ。
 物資は……食料は、前線で戦っている騎士に優先して回される。
 それは、当たり前だろう。
 戦う人間が、飢えで戦えないなど論外だ。
 戦わなければ、ヨトゥンに国を蹂躙されるのだから……

 民衆の言う事も分かるが、聞き入れれば騎士の食料が減らされる。
 戦えなくなれば、ヨトゥンの侵略はさらに苛烈になるのだ。
 反乱を抑えるしかない……決意を固めたアルパスターの瞳が、群衆の奥から現れた男を捉える。

 彼の黄金の鎧は傷だらけで、肩に掛けたマントは煤と泥で汚れている。
 それでも民衆の間に立つ彼の姿は、まるで嵐の中を彷徨う船を照らす灯台のようだった。  

「フェルグス、なぜ民衆側に立っている? お前……まさか、ないとは思うが……」

 民衆はフェルグスを囲み、懇願する。

「フェルグス様、助けてくれ! 国は……人は、我々を見捨てた! フィアナ騎士団の本隊が来る前に、我々を導いてくれ! 頼む!」  

 男の懇願にフェルグスは静かに頷き、深い眼差しで首を垂れる民衆の1人1人を見回す。
 その瞳には怒りや憎しみではなく、深い悲しみと決意が宿っていた。

 アルパスターは馬から飛び降り、ブリューナクを手にフェルグスの目の前へと突き進んだ。

「フェルグス! 反乱を起こしている者の言う事など聞くな! 国には国の……秩序がある! 戦争中だ……全ての人が苦しんでいる。アデストリアだけが、厳しいんじゃない! そんな時に、自分勝手に暴れる者……それは、ただの身勝手じゃないか!」  

 アルパスターの叫びは、怒りと……裏切られた友情の痛みで震え、広場全体に響き渡った。  

「人間同士で争っていては、ヨトゥン軍に勝てない! 国を……騎士団を……そして俺を……裏切るのかよ!」  

 アルパスターの声は嗄れ、拳が震える。
 ブリューナクの柄を握る手が赤くなるほど、自然と力を込めていた。

 フェルグスは民衆に向けていた視線を、アルパスターに移した。
 迷いと怒りが渦巻くアルパスターの瞳を、フェルグスの決意の眼差しが貫く。

「アルパスター……お前は、真っ直ぐだ。あまりにも、真っ直ぐすぎる……」  

 フェルグスの声は静かだったが、嵐の前の静寂のように重く胸を締め付ける。
 語る事はない……そう言わんがばかりに、フェルグスは踵を返す。
 そして1歩、民衆の方へ踏み出そうとした。  

「待て!」  

 アルパスターから放たれた短い咆哮は空気を切り裂き、近くにいた民衆は怯んで後ずさる。

「真っ直ぐで、何が悪い! 今は世界中の民が苦しんでいる……だからこそ、全ての国が団結してヨトゥンに立ち向かう時なんだ! なのに……そんな時に、お前は反乱に手を貸すのか! 俺や仲間を裏切ってまで、やらなきゃいけない事なのか!」  

 アルパスターの瞳は、怒りに燃える。
 だがその奥で、友を失う恐怖が涙のように溢れていた。

 フェルグスは立ち止まり、深い息をつく。

「戦争の理由はなんだ? ヨトゥンが攻めてくるから、戦うのか? 確かに、それは正しい。だがなアルパスター……民衆にとって、真に大切なのは何だ? 民衆を苦しめているのは、ヨトゥンじゃない。国が……父が、民衆を苦しめているのだ!」  

 フェルグスは広場を見渡し、泣き叫ぶ子供や疲れ果てた老人の姿を指さしていく。

「家族を守り、明日を信じられる生活を送る事……そんな日常を守る為に、我々は戦っていた筈だ! それがどうだ? アルスターは彼らに、飢えと死しか与えていない! 最低限の生活が守られないならば、人間に支配されようがヨトゥンに支配されようが、民衆には関係ないんだ!」  

 フェルグスの言葉は刃のように鋭く、アルパスターの心を切り裂いた。

 群衆からは、感動と賛同の声が上がる。

「フェルグス様!」

「黄金の聖騎士様、我々を救ってくれ!」

 歓声が、湧き起こった。

 その声を聞きながら、フェルグスが腰の剣に手を伸ばす。

 いよいよ、カラドボルグを抜く……
 戦いは避けられないのか……アルパスターの心臓は一瞬凍りつきながらも、ブリューナクを構えた。  

 だが、フェルグスの手には剣ではなく、ただカラドボルグの鞘だけがあった。  
 民衆のざわめきが一瞬静まり、風だけが煤けた空を吹き抜けた。  

「私は……フィアナ騎士団も、アルスターの民も傷つけたくない。そしてアルパスター、お前を傷つけることなど決してしたくないんだ」  

 フェルグスの声は低く、抑えきれぬ感情が震えていた。  
 フェルグスはカラドボルグの鞘を腰に納め、目を閉じる。

「アルパスター……私はヨトゥン軍に行っても、ヨトゥンの為に剣は振るわない。人間の為に、戦わない。私が守るのは、アルスターの民と、仲間と、この心だ。この町三千の民を、ロキ軍に連れていく。それで、この暴動を止められる。アルパスター……俺を信じて、任せてくれないか?」  

 その言葉は、嵐の中の最後の希望の光のようだった。

 アルパスターの喉は締め付けられ、反論の言葉は暗闇に呑まれた。  

 フェルグスの瞳には揺るがぬ決意と、友への切ない愛情が宿っていた。  

「綺麗事を……フェルグス、ヨトゥン軍の中で好き勝手やったら、殺されるかもしれないんだぞ!」  

 やっと絞り出したアルパスターの声は、風に散る葉のように儚く震えた。

「ロキの部隊なら、なんとかなると思っている。民衆には手を出さない、統制された軍を指揮している将だ。三千の民も、私も受け入れてくれると信じているよ……」  

 フェルグスは目を伏せ、静かに呟いた。  

「それに父には、もうついていけない……私の道は、ここで分かれたんだ……すまない、アルパスター」  

 フェルグスは、ゆっくりと民衆の方へ歩き出した。  
 燃える家々の間を、泣き叫ぶ子供や疲れた民を導くように……背中は力強くも、哀しげに歩を進める。

「お前とは、戦場で会いたくないな……お互い、正しい道を進んで行けると信じているよ」  

 背中越しに投げかけられた最後の言葉は、アルパスターの心に深く突き刺さった。

 アルパスターは立ち尽くし、ブリューナクを握る手が力なく震えた。  

 カラドボルグさえ持たず、争う気も無かったフェルグス。
 いつもは頼もしく見えるブリューナクが、今は自分の弱さを映している様だった。

 自問は嵐のように心を荒らし、答えは炎と煙の向こうに消える。

 民衆の叫びと火の爆ぜる音の中、フェルグスは三千の民を率いてヨトゥン軍の下へと去っていった。  

 アデストリアには、焼け焦げた廃墟と虚しさだけが残った……
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