星に願えば

木野恵

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24.ケア

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 次のループからはなんと、石畳の上からスタートした。

 起きた瞬間から体が痛いけど、ありがたいな。また追突されたり墜落せずにすむ。

 起き上がって周りを見ると、雷の精だけが寝そべっていて、影の精の姿が見当たらなかった。

 どうしたんだろう?何があったんだろう?

 心臓が暴れそうになりながらも、雷の精を上着の上に寝かしつけ、そこから離れすぎない程度、目の届く範囲で探し回ったけれど見つからなかった。

 雷の精が無事なのに、影の精が無事じゃないわけがない。失礼なことを思っているかもしれないけど、影の精に限って悪いことがあるはずないと思わないでいられなかった。

 落ち着け、落ち着け……。

 雷の精が気に入らないならまだしも、影ちゃんが気に食わないわけないんだ。そうだ、きっとそう。きっと気に入られたから傍に置かれていて、私たちのスタート地点がここになったんだ、きっと。

 影の精のことを心配していると、いつもより時間が経つのが遅く感じられた。

 雷の精がようやく目を覚まし、試しに前回の記憶があるのかどうか聞いてみると、元気良く頷いて何があったか説明してくれた。

 どうやら、二人とも小屋にいるバカな私と仲良く打ち解けることに成功したらしい。

 影の精は特に気に入られたらしく、偽物のユキと一緒に傍に置いてもらえることになったらしい。

 雷の精は、私にいろいろ伝えるために同じ場所に戻してもらうようお願いしたようだ。記憶を保持したまま。

 小屋の馬鹿は私のことが嫌いだけど、精霊たちのことは気に入ったから、なるべく早くもう一度会いたくてスタート地点をここに定めてくれたらしい。

 ふーん。ふーーーん。

 唇を尖らせながら聞いてしまったけれど、二人とも無事なのが確定してかなり安心した。

 でも、どうやって仲良くなったんだろう?

 気になって聞いてみると、雷の精は神妙な顔をしながら影の精がしたことについて話し始めた。

 影の精は言葉を発せられないから、表情と態度であなたのことが好きだとひたすらアピールしていたらしい。

 やつは影の精が話せないことに気づいて、何を伝えようとしているのか理解するために気にし始めたそうだ。

 影の精は猫に化けてみせ、猫が友好的な態度を示すときのように、ゴロゴロ喉を鳴らしながらひたすらすりすりして幸せもアピールしたようだ。

 そのうちあいつは影の精に心を開き、関心を寄せてコミュニケーションを取るようになったのだとか。

 影ちゃんさすが。すごい。人間にはできない芸当をやってみせたわけだな。

 感心しながら聞いていると、雷の精は「影は寄り添う存在だからな。影の精はその道のプロだったわけだ」なんて目を閉じて頷きながら言うものだから、こちらも一緒になって目を閉じて頷いた。

 さすが影ちゃんだ。

 納得しながら頷いていたけれど、雷の精はどうやってあいつに気に入られたのかが気になった。

 雷の精はガハハと笑いながら「黙って影の精に任せて、おっさんは隅っこで雷魔法を披露していただけだ」なんていうから拍子抜けしてしまった。

 ほとんど影ちゃんの手柄じゃないか。

 口には出さないで心の中で呟くと、雷の親父は私の顔をまじまじと見つめた。

 な、なんだよ?

 急にどうしたのかと思えば、雷の精は懐かしい思い出を振り返るように遠くを見ながら口を開いた。

 小屋のあいつが、売られた直後の私そっくりで誰にも心を開いていない状態なのだと。だから、アドバイスか何かしてやれないかというのだ。

 懐かしい思い出をたどっていき、あの頃の自分はどうだったかと思いを馳せてみたけれど、奴隷をやめて一人で生きていくことばかり考えていたから、どんな気持ちだったのかなんてあまり思い出せなかった。

 精霊たちやAI、動物たちに囲まれて、ロボットの家族もできて……。いつの間にか普通に話せて笑えていた。

 そもそも、心を閉ざしてるって言われてもな。言葉でやり取りできないのにどうしろと?

 あの頃の私は目に映る人間全てが敵で、自由も何もかも奪い取ってくる略奪者だった。

 あんまり思い出したくないから困りつつ、引きこもっているあいつのことを少しだけ考えた。考えたくもないくらい嫌だけど。

 小屋にドアがないのは、本当に閉じ籠ってしまった心の表れなのかもしれないな。

 影ちゃんがうまくいったのは、余計な言葉を何もいわなかった、言えなかったからだろう。

 言葉もなく、ただひたすらひたむきに愛情表現していたのが功を奏したのかもしれない。

 思えば、私が上手いこと言ったと思った言葉も、あいつにとっては余計な言葉だったんだし、言葉はもしかすると火種にしかならないのかもしれない。

 でも、たった一度言葉を発して気に食わなかっただけで追い出した上に、窓際に立って警戒する?たった一言で怒りすぎだと思うけど。

 なぜあんなに警戒されたのか理解できないから、時計塔にいる夢使いの私に会う約束のついでに、やつと何があったかどんな言葉を交わしたのか聞いてみようと思った。

 そういえば、雷の精に夢使いの私について話してなかったな。

 雷の精に、三人目の私がここにいて、そいつも私と同じで追い出されたこと、そいつが私に悪夢をみせていたことを簡単に伝えた。

 雷の精は、二人してもう一人の自分に追い出されたのを聞いて息ができなくなるくらい大爆笑しながら苦しんでいた。

 なにがそんなにおかしいの!?

 渋い顔をしながら雷の精を見ていると、余計に笑い始めたからしばらく背中を向け、笑いが落ち着くまで考え事をしながら待った。

 話ができない状態なら、できるようになるまで待つか、影の精のように言葉を使わないで距離をつめるか……。

 ふと、手負いで警戒心が高い獣を追い詰めているかのような心境であれこれ考えていることに気づいて苦笑した。

 狩りをしに行くわけでもなく、ただ心を開いてもらうだけなのに。

 心持ちから直さないと、口を利いてもらえることなんて一生無さそうだな。

 やつとの接し方についてあれこれ考えているうちに、ようやく雷の精が落ち着いて口を開いたかと思えば、自分自身が一番の味方であれば良いのに、理解もへったくれもないのがおかしかったそうだ。

 そんなこと言われても、あんな状態になってるなんて知らなかったら誰だってこうなる。現に二人もやられてるんだから。

 しかし、私に関して言えば、失敗した夢使いの私がヒントをくれてたのに失敗してしまったのだからなにも言い返せなかった。

 雷の精は少し考え込み、普段から自分のことをちゃんと大切にしているかどうかを私に尋ねてきた。

 大切にするって言われても……。

 思い返しても、大切にしてきたかどうかなんてわからなかった。

 そもそも、自分を大切にするってなに?

 雷の精に自分を大切にするとはどういうことか素直に聞いてみると、いつもと違って静かに笑ってから質問してくれた。

 無理や無茶はしてないか、我慢しすぎていないか、自分を追い詰めすぎていないか、その他もろもろ。

 ある程度の無理や無茶は必要なときにしたら良いけど、ずっと続けてないか。

 我慢もほどほどなら良いけど、ずっと我慢してないか。

 全部、過度に自分を追い詰めていないかどうか、他人を優先しすぎていないかどうかという質問だった。

 何事にもバランスが大事で、自分ばかり優先させるのはダメだし、周りばかり優先するのもダメなのだと雷の精は言った。

 言われてみてから思い返すと、自分のこと大切になんてできてないかもしれない。家でゴロゴロしてたときならまだしも、ユキと知り合った時、オオカミや豚くんたちと過ごした時……影の精に傷を心配されててもたいしたことないって思ってた時とか。

 正直に打ち明けると、雷の精はまずそこから始めるようにと穏やかな調子で勧めてくれた。

 人に優しい言葉をかけるように、同じ言葉を自分にもかけたらどうか?

 ひどい言葉を人には言わないように、人に言えないような言葉を自分にかけないように。

 なんだか、雷の精は私の父親と少し似ていると思った。

 とある国かぶれだった父親はたくさんの物事を知っていて、たくさんのことを教えてくれてたな。

 故事に星の話、とにかくたくさんの物事や出来事に心得と武術、バットの振り方、走り方、その他もろもろ。

 くらしや植物、伝統に関する知恵は母親から、学問的なことや筋道立てた考え方は父親から教わった懐かしい思い出だ。

 もしもを願った先の自分とはいえ、本当に追い出すことはなかったのにな。お仕置きのつもりだったらしいけどさ……。

 いや、自分で願ったんだ。こんなところから出て行って、自由になりたいって。

 父親が契約書にサインしてしまって、書類のおじさんが宥めてくれて、出て行く覚悟をしたあと。

 迎えに来てもらうのを待っていたけれど、迎えはこないと否定された。

 みんな見た目だけが普通の人間で、胸の内では何を考えているのかわからない化け物ばかりだった。大好きだった父親ですらそうだったのだから、もう誰のことも信用できなかった。

 こんなところから早く出て行きたい。体なんか置いてけぼりで良い。心だけでも良いからどこか自由に出て行かせてほしい。

 父から昼間でも星はあると聞いていたから、昼間の空を見上げながら強く願った。

 私が分岐したきっかけだろうな。これが。

 あの時の気持ちが胸にかえってくる。今のあいつはこんな気持ちに近いのだろうか?

 心にぽっかり穴が開いたような虚しさに飲まれながら、小屋にいる馬鹿の一つ覚えについて考えた。

 あいつも今こんな気持ちなのだろうか?それとも、もっと空虚なのだろうか?誰も信じられなくて、怖くなったのだろうか?

 いくら自分と言えど、分岐した先の自分だから思うことも考えることもきっと違う。今まさにあいつのことが全くわからない。

 相手がどんな気持ちなのかを予想して考えないといけないのは、他人にたいして考えるときと全く同じで、あいつも夢の自分も、自分としてぞんざいに扱うべきではないのかもしれない。

 他人だ他人。

 自分だと思いたくなかったし、奴らがどういうつもりでこんなことしてるのか、何を思ってるかなんてさっぱりわからなかったから他人だと思うことにした。

 出会ったときに自分だと気づかないやつと、出会ったときに他人のふりをしたやつ。

 二人とも他人として扱われて悪い気なんてしなさそうだし、お互い都合も良いだろう。

 自分を大切にできたら、他人だと思わなくてもぞんざいには扱わずにすむだろうに。

 あいつらのことでわかるのは私と共通しているところだけだ。

 目を見るのが苦手だからそらしちゃうところとか、なんかちょっと抜けてるところとか、変なところくらいかな?あとは見た目。

 仲直りのしかたについて考えつつ、雷の精に言われた、自分を大切にするにはどうするかを考えながら、雷の精と時計塔へ歩みを進めた。

 時計塔の歯車がある場所へたどり着くと、夢の私が子犬のように駆け寄ってきた。

 今日は白い布を被ってないな。

「その子は誰?」

 私が約束通りにきたから喜んでくれたのかと思えば、雷の精に興味津々で駆け寄ってきただけだったようだ。

 雷の精を簡単に紹介すると、雷の精はガハガハ笑いながら私と夢の私を見比べて笑っていた。まるでクローンだと言いながら。

「見た目だけだよ似てるの」

 ちょっと冷たい口調で言ってしまったから、夢の私が傷ついてないか「他人として」気にしてみると、夢の私はまたしても私の目を覗き込んだかと思えばすぐ目をそらしていた。

 お前はいったい何がしたいんだ?そんなに人の目を覗き込んで。

 口に出して突っ込みそうだったけれどなんとか踏みとどまって、自分の目がそんなにおかしいのか気になった。

 こいつのことがどう見えるか答えてからやけに覗き込んでくるけど……。

 特になんの変哲もないただの目だけどな。

 普通に過ごしてたら黒く見えるけど、虹彩は明るい茶色。光の当たり方でもう少し明るくて綺麗な色に見えて個人的には好きな色の目だ。

 あれこれ考えていても答えは本人しか知らないから、鏡を取り出しつつ、夢の私に目を覗き込んでくる理由を聞いてみた。

「正体を見破ったから、私とは違う目をしてるのかと思った」らしい。

 目を見るのが苦手なりに何度も見たけど、いたって普通の目だという感想まで教えてくれた。

 そうだよなあ。変なとこなんてないよな。

 鏡で自分の目を見ながら、普通の目であることを再確認した。

 強いて言うなら、目も日焼けをするのか少し色が濃くなっていたり、黒いほくろのようなシミが虹彩に増えてたくらいか。

 さて、そろそろ本題に入ろう。

 やつになにがあったか知っているかどうか、夢の私はやつとどんなやり取りをして追い出されたのかを聞いてみた。

 夢の私はたくさんありすぎて話すのが大変だというので、とりあえず順番なんてどうでもいいから起きた出来事を思い出せるだけ思い出して話してもらった。

 夢の私の話をまとめると、大人になってから、好きなものを取り上げたり好きじゃなくならせるよう仕掛けられたり、好きなものに関するかなり陰湿ないじめを受けたらしい。

 友達、夢、小説、アニメ、その他もろもろ……そしてユキ。

 人間ってやっぱりえげつないな。

 原因はわかったけれど、次は何をして追い出されたかだ。

 影の精の真似をするのもいいかもしれないが、何が逆鱗に触れたかを探るのも大事なことだ。

「で、夢の私は何をして追い出されたの?」

 夢の私は目をそらし、すごく言いづらそうにしながら頭の後ろに手を添えて笑った。

 最初はちゃんと話せて、何があったか聞き出せて、普通に仲良くなれそうだったらしい。

 でも、「バカ」という単語を不意に口にしちゃった途端に人が変わったようにヒステリックになってそのままポイだったそうだ。

「そんなに順調だったのにたった一単語で……ちなみに、どんな話の流れでバカって言ったの?」

 唖然としながら聞いてみると、夢の私はしょんぼりしながら「私って馬鹿だなあって自分で自分のこと言っちゃった」と言って項垂れた。

「あっ!でも大丈夫だよ。もう馬鹿って言っても怒らないと思う」

 あー……。なるほど。でも、なんで怒らないって言えるの?自信満々に言ってるけど、何を根拠に言ってるんだろう?

 あいつはユキに馬鹿って言ったことを気にしていたのと、ユキが自己卑下するときにバカバカ言ってたのが心に引っかかってるわけかな。

 何を言ってもダメな可能性が高すぎる。言葉なしでやりとりするか、あえてバカでも連呼してみるか?

 どんな言葉がやつの逆鱗に触れるか分かったもんじゃない。気を遣って言葉を選ぶよりも、黙りっぱなしか好き放題喋るかの二択にしかならないな。

 面倒くさすぎる……。

 これが本音だった。

 雷の精霊に、昔の私と状態が似てるって言われても、私は傍で見守ってくれたみんなのあったかい言葉に囲まれて生きてきたから、言葉が通じるかどうかにおいては正反対の状態だ。

 私は人の行動と態度を中心に、小屋の馬鹿は人の言葉を中心に精神的にやられたのが正反対な原因である可能性が高い。

 それに、影ちゃんが上手にやっているなら、私たちがなにかしようとするのってかえって邪魔にしかならないんじゃないか?

 考え事をしすぎて頭が疲れたけれど、他に何もやることがない。

 寝ようかと考えた時、ふとした疑問が頭に浮かんだ。

 夢の私はあいつに夢を見せられないのだろうか?私に見せた夢をあいつに見せたらどうなる?

 夢の私に今浮かんだ案を出してみると、首を横にブンブン振って震え始めた。

 試したことがあるってことだろうか?

 夢の私が言うには、最初に追い出された後にあいつの記憶を盗み見て抜き取り、喧嘩した時の夢を見せたら、童話の世界が時間ごと凍り付き始めたから、ユキとの優しくて良い記憶の夢だけを見せるようになったのだとか。

 取扱注意人物すぎない?もしかして、この時計塔周りが妙に寒いのってその名残?

 両手で頭を抱えてしまうほど厄介すぎる自分にため息が出た。

 にしても、こいつ記憶を抜き取って夢を見せれるのか。抜き取れるなら植え付けもできるのかな?

 なんにしても、こいつはこいつで厄介だ。何度も同じ悪夢を見せられて苦しんだから。

 夢遣いの私の厄介さも視野に、小屋にいるあいつの厄介さのことを考えた。

 せめてそんなとんでもないことできないようにしたら少しは話し合いもできるんじゃないか?たとえば、ユキが死んだ記憶をすりかえるとか。

 夢の私に夢を通して小屋の馬鹿に精神干渉……記憶の抜き取りとか植え付けができないか提案すると、一瞬黙って気まずそうに目を逸らした。

 何か隠してる?隠してるよね?

 一体何を隠してるのか聞こうと思ったけれど、何も知らないの一点張りで話が終わった。

 私にわかったのは、隠し事をされているということだけ。

 私なら、隠そうと思ったら尻尾を掴むまで絶対口を割らないから、しつこく食い下がったところで無意味だろう。それなら他の手段を考えるしかない。

 不意に空っぽのカードのことが頭に浮かぶ。

 でも、これは別に能力を取り上げたりできないよな……?

 精霊たちに使えばオーバー分の力を吸い取って治療ができる。星月日に願い事をしながらもっていたら魔法がこもる。

 でもそれは力の源泉に近い存在が相手だからだったりするのだろうか?

 もし、やつの使っている時間の力が授かった物、ただの借り物なら?

 そういえば、いい実験台が目の前にいるぞ。悪夢を見せ続けてきた仕返しにちょうどいいのでは?

 夢の私はカードを手にした私を見て首を傾げている。

「そういえば、その夢を見せる力って誰かからのもらいもの?それとも、自分で伸ばした力や元からあった才能?」

 夢の私はわからないと言って首を横にふって笑っている。

 わからないならやってみるか。

 もらったものだった場合、精霊たちと違ってもう一生使えなくなる可能性がある。

 もしもらったものだと言って笑ったなら、実験するのは躊躇ったかもしれないけれど……。わからないなら調べてみるしかないな。

 ちょっと意地悪かもしれない考えが頭に浮かんでいる一方で、雷の精に言われた言葉が脳裏をよぎる。

 自分を大切にしているか?

 試してみたい気持ちが5割、他の方法で調べようという気持ちが3割、慎重に調べたいのが1割、やめておこうという気持ちが1割ほど。

 自分を大切に、かあ。

 少し考えてから、実験は違うやり方でやろうと思った。雷の精の言葉がなければ躊躇うことなく実行していただろう。

 そっとカードをしまう私を見ながらきょとんとした顔をする私が目の前にいる。

 何をしようとしていたのか全く気づいていないのが、ため息をつきたい気持ちに拍車をかけた。

 私って、思ってるより自分に容赦がないのかもしれないな。目の前の私や小屋の私も、私に容赦がないってことでもあるだろう。

 大切に……。大切になんてわからないよ。

 わからないなりに、自分がされたら嬉しいと思えることを目の前のやつにやってみた。かなり唐突に。

 そっと頭に手を伸ばして軽く撫でてみると、夢の私は目を大きく見開いて固まってしまった。

 あ、しまった。さすがに一言かけてからじゃないと警戒するしこんなに驚くのは当然か。

 しまったなと思っていると、目の前のやつは顔を赤くしてどこかへ走り去ってしまった。

 やっちまったー。自分への遠慮のなさが違う形で出てしまった。こんなんじゃ小屋馬鹿と夢の私に変人だとか狂人だとか言えたもんじゃない。私も十分変なやつだ。

 頭を抱えて悩んでいると、雷の精が口をあんぐりあけてこっちを見ていた。

「お前さん……わしが思ってるより不器用だな」

「うっせえ」

 これでも結構へこんでるし後悔してるんだぞ。自分相手だからっていきなり頭撫でるとかありえないことしたなーとかさ。

 めちゃくちゃ落ち込んでいると、雷の精はガハハと笑って肩を叩いてくれた。

 からっとして明るくてお日様みたいだよなあ、雷の親父は。

 落ち込んでる気持ちを曇り空にたとえるなら、雷の精がしてくれた元気付けは雲間から日が射すようなものだった。

 少しだけ元気になり、気分も頭の中の後悔も持ち直せているときだ。

 夢の私が視線を落としながら戻ってきた。

 目を見ようとも合わせようともせず、気を遣っているのかものすごくぎこちない喋り方だった。

 もしかしてなにか誤解されてる?

 思いっきりため息をつき、今は自分を大事にする修行中だから、その一環で元は同じ夢の私の頭を撫でてみようと思ったんだと正直に白状した。

 夢の私はゲラゲラ笑い出し、私のことを変人と言ってきた。

 やだ!お前にだけは言われたくない!

 私でも言わずに胸にとどめておいた言葉を平然と投げ掛けてきやがった。やっぱりこいつは私じゃない。知らない!他人!認知しない!

 認知しないとか、身ごもった女に責任とれと言われてる男のようだと思いながら苦笑した。

 認めたくないもんは認めたくないからなあ。

 それは相手も同じなようで、ペラペラと小屋の馬鹿を罵ったときのように、私の変だと思った点を挙げ連ねていたから思わずひっぱたいてしまった。

 痛いなんて言いながらほっぺたを膨らませたので、人差し指で追撃してやった。

 すると、またケラケラ笑い始めたので、実はこいつ精神的にかなり参ってるんじゃないかと思わされた。

 もしかして、私もこのままループの中にいるとこうなるのか……?

 こんな風には絶対なりたくない!まずい!

 ここは大人しく影の精に全てを委ねるか、やつの能力を奪いに強行手段をとるか……。

 何かするにしても、もう少し情報がいる。ループの開始点が変わっていたことから、下手したら二度とチャンスが掴めなくなりそうだ。

 目の前で、笑い上戸が爆発したのか気が狂ったのか定かじゃない夢の私を冷ややかに見ながら一生懸命考えた。

 そういえば、影の精にそんなじゃなかったのにって言われたけど、あれは小屋の馬鹿にイライラしたからなのか、私にも精神的な作用が出ているのか……。

 作用だとするともう症状が出始めている。非常にまずい。

 自分を大切にとのことだったけれど、急を要する可能性が高いので、夢の私にカードを使わせてもらうことにした。

 ちゃんと許可を得てから。

 もしかしたら夢の見せすぎのせいかもしれないし、精神に作用している力を取り除けたら時間のカードが作れるかもしれない。

「このカードはさ。魔法を貯蓄できるすごいカードなんだ。精霊のオーバーしたエネルギーを吸いとって治したり、星月日に願ったことを貯めたり、いろいろとできるんだ。もしかしたら気が狂ったように笑ってるのも、夢を見せすぎて爆発寸前なんじゃないかと思って。良ければ使ってみない?」

 心の奥底からの親切心による提案だった。

 夢の私はしばらく黙ってカードを見て、にっこり笑いながら頷き、カードを一枚受け取った。受け取ってから頭にカードを当て、そっと目を閉じていた。

 カードに模様がじんわりと浮かんできたけれど、これはなんだろう?

 蝶と水泡と、たくさんの花に、木の枝。

 胡蝶の夢、うたかたの夢、栄華の夢、南柯の夢……つまり夢のカードか。

 夢使いの私はゆっくり目を開けると、もうゲラゲラ笑うことなく、急に落ち着きを取り戻した。

 どうやら夢の見せすぎでオーバーヒート……いや、オーバーフローのような状態になっていたようだ。

 良かった。ループで気が狂った訳じゃなさそうでなによりだ。まだゆっくりしていられそう。ひとまず安心だ。

 夢の私は話し方まで急に大人びだし、小屋の馬鹿の悪口も一切言わず、能力の使いすぎがどれほど負荷のかかることなのかを思い知らされた。

 私はなにもできない凡人で良かった。本当に良かった。なにかできるとしても、AIと共同開発したこのカードや便利な道具があるだけ。

 夢の私にカードを譲ってもらえないか聞いてみると、落ち着いた様子でにっこり微笑んで渡してくれた。

 さっきまでとまるで別人だな。

 少し怖くなりながらカードを受け取り、早速試してみることに……しなかった。

「もしかして人間やめたの?夢の精にでもなった?そっちの世界はどんな世界?」

 さすがに聞かずにいられなかった。

 最初に質問を投げ掛けはしたけれど、まずはこちらがどんな世界かを先に話した。

 みんないたって普通で、特別なことができるわけではない。

 ロボットや妖精、精霊が一緒に暮らしてはいるけれど、精霊や妖精は純粋で平和を愛する人の前にしか顔を出さない。争いごとがなによりも嫌いだからだ。

 私は願い事をすれば叶えてもらえる可能性があるけれど、これは星月日のどれかの精霊によるものだと推測している。

 ざっくりと説明を終えたところで、夢の私は楽しそうだねと言って笑ったあと、ゆっくり口を開いた。

 話によれば、夢の私の世界には特別なことのできる人がたくさんいるけれど、その誰もが争いを進んでやろうとしない人なのだとか。

 もしバレたら研究所送りにされるから、みんなできることを隠して凡人のふりをして暮らしているらしい。

 だから、さっきはわざとわからないフリをしてやり過ごしていたのだとか。身に沁みついた癖らしい。

 生まれたときから特別なことができるわけではないけれど、みんなそれぞれ才能をもって生まれてくる。

 生まれつきみんな才能があるにも関わらず、伸ばそうとしなければ蕾のまま開かないのだとか。

 夢使いの私は小さい頃から過酷な環境に揉まれた結果、運が良いのか悪いのか才能を開花させたらしい。

 どの世界線の私も苦労して育ってるんだな。

 どこかにめちゃくちゃ甘やかされて愛情いっぱい受けて育った私がいてくれても良いのになーなんて思わずにいられなかった。

 でも、苦労があったから、楽しいことや幸せを見つけることができるし、苦しみの中でも楽しみを見出だすことができたんだ。

 全部の中では無理かもしれないけど、楽しいと思えることを見つけ出そうって発想はできる。

 とりあえず聞きたいことを聞き終えたので、もらった夢のカードを撫でて使ってみた。



 すると、目を開けたまま夢の中にいつの間にか入り込んでいた。

 なぜ夢だとわかったかというと、夢の私がいつも見せている夢の中だったからだ。

 内容って変えられないのかな?さすがにそこはカードじゃ制御できないのだろうか?

 考え事をしていると、ユキがタマに、父親に喧嘩したときのことを話したと白状して謝っているところからだった。

 うちにはもう遊びにこれないと。

 タマは悪いことを言ったから仕方がないと、落ち込んだ様子で謝っていた。

 ユキは、昔のことをずっと掘り返して悪く言い続ける人、やってないことを決めつけて勝手なことばかり言う人たちが許せないと言って怒っていた。

 タマは、自分も昔のこと話すことがあるから人のこと言えないし、自分が怒られてるのだと思って凹んでいたけれど、その様子を見たユキは更に怒って、「本人が何言われてるのも知らないままで」と続けていた。

 タマは何の話か本当にわかってなくて、ユキはタマの様子を見て更に怒っていた。

 タマは自分に怒ってるのかと思って謝ったけれど、ユキはタマに「謝るような悪いことなにもしてないでしょ?ウチは本当にしたけど……」と言っていた。

 タマは何を言ってるのかわからなくて困惑しながら、「馬鹿と言ったこと」と答えていて、ユキは困ったように笑ったあと「うちの父親のことだよ。父親だけじゃなくいろんな人がそうだ」と答えていた。

 タマは何の話かわからないなりに、ユキの語る正義の話がとても綺麗で好きになって、ユキに友達がいないなんておかしいと首をかしげていた。

 それに、ユキが何をしたのか知りたかったようだけれど、何も教えてもらえなかったし、今の話はもしかして自分のことじゃないのかと聞いたけれど、ユキは知らなくていいの一点張りだった。

 タマはユキの優しさなんだと気づいて、ユキの素敵なところをもっとみんなに知ってもらいたいという気持ちを強くしたようだ。

 タマはユキの良さをみんなに知ってもらおうと提案したけれど、ユキは父親にバレるかもしれないからと断り、「友達はタマだけで十分だ。他の人たちとなんか友達になりたくない」と言っていた。

 タマは不服だったようだけれど、ユキは本気でそう思っていたらしい。



 気持ちがずうんと重く沈みながら、夢から覚めた。

 嫌な気持ちになるカードだった。

 内容だけなら、甘くて幸せで二人の仲がずっと続くのを願わずにいられないものだったけれど、結末を知ってしまっているから。

 眉間に指を当てて目をぎゅっと閉じていると、夢使いの私は頭を撫でてきた。

 もしかして、お返し?私なんかより頭を撫でるタイミングも撫で方も上手いな。

 素直に感心していると、夢の私が「辛いときはこうして夢のお兄さんお姉さんたちに撫でてもらったり、元気付けてもらってた」と言っていて、辛い思いをしながらも、確かに愛を受けて育ってきたことが伺えた。

 夢の私のそこに気がつけたお陰で、私は辛い経験の中で優しい言葉、厳しいけど思いやりの込められた言葉を受けて育ったんだと再度自覚できた。

 最初、自分だと認めたくなかった相手ではあったけれど、一緒に過ごしてやり取りをするうちに、嫌だと思った点以外に、良いところもたくさんあって、自己嫌悪の気持ちが少しずつ薄くなってきたように思えた。

 小屋のあいつにも同じことができないかな?

 私たちがリベンジするのは影の精の邪魔になるかもしれないけれど、もう一度で良いから話しにいってみたくなったきっかけだった。
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