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強引な優しさ

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「そうと決まれば、美桜ちゃんは帰る準備をして。みーちゃんはお店をよろしく。梶川さんたちにも話をしておかないといけないな。情報共有は大事だし。もし、そのサラリーマンが美桜ちゃんのことを聞いてきたら急に体調が悪くなって帰ったと伝えよう」

「分かったわ」

おじさんがテキパキと指示を出し、おばさんが頷く。

「明日以降、美桜ちゃんのことを聞いてきたら美桜ちゃんは就職先を探していて、それまでの繋ぎでこの店で働いていたことにしよう。やっと新たな就職先が決まり、明日から有給休暇を使い今月末で退職すると伝えよう。ちょっと無理があるかも知れないが、どうにかなるだろう」

「あら、いいアイデアね!あなたにしては上出来よ」

おばさんはおじさんの肩をポンと叩く。
私は二人の会話にポカンとしていた。
あっという間に私のストーリーが作り上げられてしまった。
罪悪感はあるけど、私のことを考えてくれるおばさんたちの気持ちが嬉しかった。
私はパートの人たちにも説明するべきだと思ったので、休憩時間まで待っていた。

おばさんがお店に出ると、案の定、斉藤さんは私のことを聞いてきたらしい。
体調が悪くなって帰ったと伝えたら、驚いた様子で「お大事に」という言葉を残して帰っていったと教えてくれた。
どうして私のことをそんなに気にするのか理解に苦しむ。
特に気に入られるようなことはしていないはずなんだけど。

私の中で斉藤さんは要注意人物と認定せざるを得なかった。

でも、直接何か危害を加えられたりした訳ではないから警察に相談しようにもそれが出来ない。
本人が否定したり、私の勘違いだと言われたらそれでおしまいだ。
距離を置いて、様子を見るしかない。
パートの人たちにもこの件を話したらすごく驚いていた。

『美桜ちゃん、その男っていかにも真面目そうなスクエアタイプの眼鏡しているサラリーマンでしょ。そういえば前に美桜ちゃんのことを聞いてきたわ』
『あの手のタイプは思い込みが激しそうだし、美桜ちゃんの対応に勘違いしたのかもね。美桜ちゃん可愛いから』
パートの梶川さんと杉山さんが口々に言っていた。

梶川さんと杉山さんは二人とも四十代後半。
子供も中学生や高校生になり、子育てに手がかからなくなったのを機にこのお店で働くようになった。

梶川さんは『美桜ちゃんと一緒に働けないのは残念だけど、ストーカーに狙われてるんじゃ仕方ないわよね』と涙目になりながら言ってくれた。

杉山さんは『サラリーマンが来ても美桜ちゃんの情報は与えないし、目を光らせておくから任せておいて』と力強く言ってくれた。

もう一人のパートの人は五十代の道端さん。
孫がいるおばあちゃんだけど、すごくパワフルな人だ。
今日は休みだったから電話でこのことを伝えると、梶川さんたちと同じようなことを言ってくれた。
急な話なのに、嫌な顔することなく協力してくれる。
みんな理解のある人たちばかりで、私はどれだけ職場に恵まれていたのかということを改めて実感した。
名残惜しいけど、みんなから早く帰るように促されて私はお店を出た。

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