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1章
硝子の迷宮 - ガラスのめいきゅう
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奇妙な依頼と視界館への誘い
夜の帳が降り、街が静寂に包まれる頃、俺、神藤葉羽は書斎のロッキングチェアに身を沈め、電子書籍リーダーの光を頼りにミステリー小説の世界に耽っていた。古びた洋館を舞台にした密室殺人、複雑に絡み合う人間関係、そして読者の意表を突く驚愕の真相。活字を追うごとに脳髄が刺激され、現実を忘れさせてくれる至福の時間が流れていく。
その静寂を破ったのは、スマホの着信音だった。ディスプレイに表示された「望月彩由美」の文字に、俺の心臓は不自然なリズムを刻み始めた。彩由美とは幼馴染で、俺にとってはかけがえのない存在だ。しかし、同時に、理解できない感情を抱かせる特別な存在でもあった。
「もしもし、葉羽くん?遅くにゴメンね、今、大丈夫かな?」
電話口から聞こえてきた彩由美の声は、普段よりもずっと不安げだった。その声色に、俺の胸の奥に微かな警鐘が鳴り響く。
「ああ、彩由美。どうしたんだい、こんな時間に?」
「あのね、実は……天音ちゃんが、いなくなっちゃったの……」
天音。綺羅星天音。彩由美の親友で、最近何かと話題の財閥令嬢だ。俺も何度か会ったことがあるが、華やかで近寄りがたい印象だった。整った顔立ち、贅沢な装い、自信に満ちた立ち振る舞い。彼女の周りには、常に煌びやかなオーラが漂っていた。
「いなくなったって、どういうこと?」
「それが、よく分からないの……。昨日、視界館っていう洋館でパーティーがあって、天音ちゃんも参加してたんだけど、その途中で姿が見えなくなっちゃったって……」
視界館。その名を聞いた瞬間、俺の脳裏に奇妙なイメージが浮かび上がった。確か、都市伝説めいた噂のある、曰くつきの洋館だったはずだ。建築様式はゴシックとバロックの折衷で、異様に尖った塔とステンドグラスが特徴的だと聞いたことがある。噂では、過去に館の所有者が謎の死を遂げたとか、館の中に幽霊が出るなど、不穏な話が絶えない。
「視界館……?確か、あの曰くつきの……」
「そう、その視界館。天音ちゃんのお父様の知り合いが所有してて、そこで小規模なパーティーが開かれたの。私も誘われてたんだけど、用事があって行けなくて……。もし行ってたら、天音ちゃんがいなくなるなんてこと、防げたかもしれないのに……」
彩由美の声は震え、自責の念が滲んでいる。彼女の優しさを知っているからこそ、その苦しみが痛いほど伝わってくる。
「落ち着いて、彩由美。それで、警察には?」
「もちろん届け出てるんだけど、まだ手掛かりがなくて……。それで、葉羽くんなら何か分かるんじゃないかって……」
彩由美の言葉に、俺の推理好きの血が騒ぎ始めた。消えた令嬢、曰くつきの洋館、錯綜する情報。まるで小説の設定のような状況に、好奇心を抑えきれない。
「分かった。詳しい話を聞かせてくれ」
俺はロッキングチェアから立ち上がり、彩由美から更に詳しい状況を聞き出した。パーティーの参加者、天音が最後に目撃された状況、警察の捜査状況など、断片的な情報を繋ぎ合わせていくうちに、事件の異常性が浮き彫りになっていく。
「天音ちゃんが最後に目撃されたのは、館の『歪みの部屋』ってところらしいの。そこは、遠近感が狂って見える不思議な部屋で……」
歪みの部屋。その言葉に、俺の脳裏に一枚の設計図が浮かび上がった。かつて読んだ建築書の中に、視覚的な錯覚を利用した奇妙な部屋の記述があった。現実とは思えない歪んだ空間、平衡感覚を失わせる奇妙な構造。もし、視界館の歪みの部屋がそのような場所ならば、そこで何が起こっても不思議ではない。
「葉羽くん、お願い。天音ちゃんを見つけるの手伝ってくれないかな?警察も当てにならないし、頼れるのは葉羽くんだけなの……」
彩由美の懇願するような声に、俺は断る理由を見つけられなかった。
「分かった、彩由美。俺が力になる。必ず天音さんを見つけ出す」
俺は力強く答えた。心の奥底で、冒険心をくすぐるような興奮が湧き上がるのを感じていた。未知の謎への挑戦、それは俺にとって何よりも魅力的な誘惑だった。
「ありがとう、葉羽くん!本当にありがとう!」
彩由美の安堵した声を聞き、俺は決意を新たにした。これは単なる失踪事件ではない。視界館という奇妙な舞台で起こった不可解な事件。必ず、真相を解き明かしてみせる。
電話を切った後、俺は早速、視界館について調べ始めた。インターネットで検索すると、関連する記事や噂が次々と出てくる。どの情報も真偽は定かではないが、館の異様さを物語るには十分だった。
そして、ある古い建築雑誌の記事に目が留まった。そこには、視界館の設計図の一部と、設計者のインタビュー記事が掲載されていた。設計者は鬼切 影郎(おにきり かげろう)という謎めいた建築家で、視覚と空間認識の歪みについて異常な執着を持っていたらしい。記事には、「視界館は単なる建築物ではない。人間の認識を揺さぶるための装置である」という彼の言葉が引用されていた。
俺は設計図を食い入るように見つめた。そこには、複雑に入り組んだ廊下、奇妙な形状の部屋、そして「歪みの部屋」と思われる空間が描かれていた。図面からは、館全体が視覚的なトリックを仕掛けるために設計されたことが伺える。
翌朝、俺は彩由美と共に視界館へと向かった。街の中心部から車で1時間ほど離れた郊外に、その館はひっそりと佇んでいた。鬱蒼とした森に囲まれ、異様な雰囲気を醸し出す古びた洋館。尖塔の先には不吉な鴉が止まり、まるで侵入者を威嚇しているかのようだった。
「ここが……視界館」
彩由美は不安げな表情で呟いた。俺もまた、言葉にならない圧迫感を覚えていた。館の前に立つだけで、尋常ではない空気が肌にまとわりつく。
重厚な扉を開け、館の中に足を踏み入れる。ひんやりとした空気が肌を撫で、埃っぽい匂いが鼻腔をくすぐった。薄暗い玄関ホールには、奇妙な形の調度品が並べられ、壁には歪んだ肖像画が掛けられていた。どの絵も、見る角度によって表情が変わるように描かれている。
「なんだか、気味が悪いわね……」
彩由美は俺の腕に縋り付くようにして小声で言った。俺は彼女を安心させるように軽く肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ、彩由美。俺がついてる」
俺たちは、恐る恐る館の奥へと進んでいった。廊下は迷路のように入り組み、方向感覚を失いそうになる。壁にはステンドグラスが嵌め込まれているが、その模様は歪んでいて、どこか不気味な印象を与えた。
やがて、俺たちは吹き抜けの大広間に辿り着いた。高い天井からシャンデリアが吊り下げられ、床には幾何学模様のタイルが敷き詰められている。しかし、その広間もまた、奇妙な違和感を放っていた。柱が微妙に傾いていたり、壁の角度が不自然だったり、どこか平衡感覚を狂わせるような構造になっている。
「この館、やっぱりおかしいわ……」
彩由美の不安は的中していた。視界館は、外観以上に異様な空間だった。まるで、生き物のように歪み、蠢いているようにも感じられる。
歪んだ館の異様な構造
視界館の内部は、迷宮と呼ぶに相応しい複雑な構造をしていた。廊下は不規則に曲がりくねり、行き止まりや隠し扉が随所に設けられている。階段もまた、不自然な角度で設置されており、登っているのか降りているのか分からなくなるような錯覚に陥る。
壁や天井には、幾何学的な模様や錯視を利用した絵画が描かれており、視覚を惑わせる。特に印象的なのは、廊下の突き当りに設置された巨大な鏡だった。鏡には、廊下が無限に続いているかのように映し出され、現実と虚構の境界が曖昧になる。
さらに、館の各所には、特殊なガラスが使用されていた。透明度が均一ではないガラス、光の屈折率を意図的に歪ませたガラス、そして、特定の角度から見ると風景が歪んで見えるガラスなど、様々な種類のガラスが使い分けられていた。これらのガラスを通してみることで、空間の認識が歪められ、現実が捻じ曲げられているかのような錯覚を覚える。
「このガラス、なんだか変ね……」
彩由美が廊下の窓ガラスに触れながら言った。そのガラスは、表面が波打っており、外の景色が歪んで見えた。
「特殊な加工が施されているんだろう。この館の至る所に、視覚を惑わす仕掛けが隠されているようだ」
俺はガラスの表面を注意深く観察しながら答えた。この館を設計した鬼切影郎という人物は、単に奇抜なデザインを好んだだけではない。人間の視覚や空間認識を意図的に操作しようとしていたのだ。
俺たちは、さらに館の奥へと進んでいった。すると、奇妙な形状の部屋に辿り着いた。部屋は五角形で、壁と床が歪んだ角度で接合されている。部屋の中央には、歪んだ台座の上に球体オブジェが置かれていた。
「ここが……歪みの部屋?」
彩由美が不安げに呟いた。部屋全体が不自然に傾いているように見え、平衡感覚が狂いそうになる。
「おそらく、そうだろう。天音さんが最後に目撃された場所だ」
俺は部屋の中を注意深く観察した。壁や床には、幾何学的な模様が描かれており、視点を移動させると模様が歪んで見える。さらに、部屋の照明も特殊で、光源が一定ではなく、時間と共に変化するようだった。光の加減によって、部屋の形やオブジェの見え方が変わる。
「なんだか、目が回ってきたわ……」
彩由美がふらつきながら言った。この部屋に長くいると、平衡感覚が完全に麻痺してしまうかもしれない。
「気をしっかり持て、彩由美。この部屋の仕掛けに惑わされるな」
俺は彩由美の肩を抱き、彼女を支えながら部屋の中を調べ始めた。壁の模様、床の傾斜、オブジェの形状、照明の変化。一つ一つを丁寧に観察し、この部屋に隠された秘密を探る。
すると、壁の一面に小さな亀裂があることに気づいた。亀裂は非常に細く、注意深く見なければ見落としてしまうほどだった。俺はポケットから取り出したルーペで亀裂を拡大して観察した。
亀裂の奥には、何か金属のようなものが埋め込まれているように見えた。さらに詳しく調べるために、俺は亀裂の周辺を指で軽く叩いてみた。すると、コンコンという空洞音が響いた。
「この壁の裏に、何かあるかもしれない」
俺は彩由美に囁いた。この亀裂は、この部屋の秘密を解き明かす手がかりになるかもしれない。
その時、部屋の照明が突然消え、辺りが暗闇に包まれた。
「きゃっ!」
彩由美が悲鳴を上げた。俺は反射的に彼女の手を握った。
「大丈夫だ、彩由美。俺がそばにいる」
暗闇の中、俺たちは身を寄せ合った。心臓が激しく鼓動し、冷たい汗が背中を伝う。視界が奪われたことで、他の感覚が研ぎ澄まされていく。
かすかに、何かが蠢くような音が聞こえた。それは、風の音かもしれないし、あるいは……。
「葉羽くん、何かいる……」
彩由美が震える声で言った。俺もまた、暗闇の中に何かの気配を感じていた。それはまるで、この館に潜む見えない存在が、俺たちを監視しているかのようだった。
しばらくして、再び照明が点灯した。しかし、その光は先ほどよりも弱々しく、部屋全体を不気味な影が覆っていた。
「さっきの音、なんだったのかしら……」
彩由美は不安げに周囲を見回した。俺もまた、暗闇の中で感じた不気味な気配が気になっていた。この館には、俺たちの知らない何かが隠されている。それは、単なる物理的な仕掛けではなく、もっと恐ろしい何かかもしれない。
消えた令嬢と錯乱する目撃者
歪みの部屋を調べた後、俺たちはパーティーの参加者たちに話を聞くことにした。天音の失踪について、何か手がかりを得られるかもしれないと考えたからだ。
最初に話を聞いたのは、パーティーの主催者である葛葉忠臣(くずは ただおみ)という中年男性だった。彼は視界館の所有者である友人の代理として、パーティーを企画したという。
「綺羅星のお嬢さんがいなくなったことは、本当に残念に思っています。彼女はうちの娘とも親しくてね、まさかこんなことになるなんて……」
葛葉は沈痛な面持ちで語った。しかし、彼の言葉にはどこかよそよそしさが感じられ、本心で天音の失踪を憂いているのかどうかは分からなかった。
「天音さんが最後に目撃されたのは、歪みの部屋だそうですね?」
俺が尋ねると、葛葉は頷いた。
「ええ、そうです。私もあの場にいましたが、突然照明が消えて、再び点灯した時には、彼女の姿が見えなくなっていたんです。まるで、煙のように消えてしまったかのように……」
「その時、他に誰か部屋にいましたか?」
「私の他に、白鳥美鈴さん、烏丸草太さん、それから……そうだ、猫屋敷蓮司さんもいましたね」
葛葉は他の目撃者の名前を挙げた。どの名前も、俺にとっては初めて聞くものばかりだった。
俺たちは次に、葛葉が挙げた目撃者たちに話を聞いて回った。白鳥美鈴(しらとり みすず)は、天音の母親の友人だという上品な中年女性だった。彼女は天音の失踪に大きなショックを受けている様子だった。
「天音ちゃんは、本当に良い子だったんです。あんな子が、こんなことになるなんて……」
白鳥は涙ぐみながら語った。彼女の話によると、天音はパーティーの間、少し落ち着かない様子だったという。
「何か、悩み事があったのでしょうか?」
俺が尋ねると、白鳥は首を横に振った。
「さあ……私には分かりません。ただ、誰かと電話で話している時、少し言い争っているような声が聞こえたんです。でも、相手が誰だったのかは……」
天音は誰かとトラブルを抱えていたのだろうか。それが失踪に関係している可能性も考えられた。
次に話を聞いたのは、烏丸草太(からすま そうた)という若い男性だった。彼は天音の会社の取引先の社員だという。烏丸は、天音の失踪について、どこか他人事のように話した。
「正直、僕にはよく分からないんですよ。気が付いたら、いなくなってたってだけで。まあ、お金持ちのお嬢さんですからね、どこか遊びに行ってるんじゃないですか?」
烏丸の軽薄な態度に、俺は違和感を覚えた。彼は何かを隠しているのかもしれない。
最後に話を聞いたのは、猫屋敷蓮司(ねこやしき れんじ)という、陰気な雰囲気の男性だった。彼は視界館の管理人のような仕事をしているという。猫屋敷は、天音の失踪について、淡々と語った。
「私は見ていません。あの部屋の照明の管理をしていただけです。照明が消えたのは、設備の故障です。それ以上でも、それ以下でもありません」
猫屋敷の言葉は、まるで事前に用意されていた台詞のようだった。彼は、何かを知っているのではないか。それとも、単に感情を表に出さないだけなのか。
四人の目撃者たちの証言は、それぞれ食い違っており、どこか不自然な点があった。特に、天音が消えた瞬間の状況については、証言者によって説明が大きく異なっていた。
葛葉は「煙のように消えた」と言い、白鳥は「誰かに連れ去られたように見えた」と証言した。烏丸は「気づいたら消えていた」と話し、猫屋敷は「見ていない」と繰り返す。
まるで、それぞれが別の出来事を目撃したかのようだ。彼らの証言を総合しても、天音がどのようにして消えたのかは、全く分からなかった。
さらに、彼らの証言には奇妙な共通点があった。全員が、天音が消える直前に、彼女の様子が「いつもと違っていた」と証言したのだ。
「なんだか、ぼんやりしているように見えたんです」
「まるで、別人のようだったわ」
「顔色も悪かったし、体調でも悪かったんじゃないですか?」
「部屋の照明のせいか、顔がはっきり見えなかった」
彼らの言葉を繋ぎ合わせると、まるで天音が別人に入れ替わったかのように聞こえる。しかし、そんなことが本当に起こり得るのだろうか。
俺は目撃者たちの証言を何度も繰り返し読み返した。彼らは本当に見たままを話しているのだろうか?それとも、何かを隠しているのだろうか?
彼らの証言の矛盾点、そして奇妙な共通点。それは、まるで複雑に絡み合ったパズルのピースのようだった。一つ一つは意味を成さない断片的な情報が、やがて一つの真実を浮かび上がらせる。
俺は確信した。この事件は、単なる失踪事件ではない。視界館という奇妙な舞台で仕組まれた、精巧なトリックが隠されている。そして、そのトリックを解き明かす鍵は、目撃者たちの証言の中に隠されているはずだ。
俺は彩由美と共に、再び視界館へと向かった。歪んだ空間、錯綜する証言、そして暗闇に潜む不気味な気配。視界館は、まるで巨大な迷宮のように、俺たちを迷わせ、惑わせる。
しかし、俺は諦めない。必ず、この迷宮の出口を見つけ出し、天音の失踪の真相を解き明かしてみせる。
視界館の門をくぐると、再びあの異様な空気が俺たちを包み込んだ。昼間にもかかわらず、館の周囲は薄暗く、まるで異次元の世界に迷い込んだかのようだった。
「やっぱり、この館、何か変だわ……」
彩由美が不安げに呟いた。彼女の言葉は、俺の胸の奥にある疑念をさらに深める。この館には、何か恐ろしい秘密が隠されている。
俺たちは、再び歪みの部屋へと向かった。昼間でも、この部屋は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。壁の模様、床の傾斜、オブジェの形状。すべてが、俺たちの視覚を惑わせるように設計されている。
「葉羽くん、見て」
彩由美が壁の模様を指差した。よく見ると、模様の中に微かに文字が刻まれている。それは、まるで暗号のようだった。
「これは……」
俺はルーペを取り出し、文字を拡大して観察した。文字は古びた字体で書かれており、解読するのは容易ではなかった。
「何か意味があるのかしら?」
彩由美が尋ねた。俺は首を横に振った。
「まだ分からない。だが、何か手がかりになるかもしれない」
俺は文字をメモ帳に書き写し、さらに部屋の中を調べ始めた。すると、床のタイルの一つが、わずかに盛り上がっていることに気づいた。俺はタイルを慎重に持ち上げてみた。
タイルの下には、小さな金属製の箱が隠されていた。箱には鍵穴がついており、何か特殊な鍵が必要なようだった。
「これは……」
俺は箱を手に取り、じっくりと観察した。この箱の中に、事件の真相を解き明かす鍵が隠されているかもしれない。
その時、再び部屋の照明が消え、辺りが暗闇に包まれた。
「きゃっ!」
彩由美が悲鳴を上げた。俺は反射的に彼女の手を握り、身を守った。
暗闇の中、再びあの不気味な気配を感じた。それは、まるで生き物のように蠢き、俺たちに近づいてくる。
「葉羽くん、怖い……」
彩由美が震える声で言った。俺もまた、恐怖を感じていた。この暗闇の中に、何か恐ろしいものが潜んでいる。
その時、突然、壁の向こう側から物音が聞こえた。それは、何かが引きずられるような、重苦しい音だった。
「何かいる……」
俺は彩由美に囁いた。音は徐々に大きくなり、俺たちに近づいてくる。
俺は懐中電灯を取り出し、音のする方へと向かった。壁の向こう側には、狭い通路が続いていた。通路の奥は暗闇に包まれ、何も見えない。
俺は懐中電灯の光を頼りに、慎重に通路を進んでいった。彩由美は恐怖に怯えながらも、俺の手をしっかりと握り、ついてきた。
通路の奥には、小さな部屋があった。部屋の中央には、古い木製の椅子が置かれており、その上に何かが置かれていた。
俺は懐中電灯の光を椅子の上に向けた。すると、そこに置かれていたのは……。
それは、人間の頭蓋骨だった。
「きゃあああああ!」
彩由美が悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。俺もまた、恐怖に慄然とした。頭蓋骨は、まるで生きているかのように、不気味な光を放っていた。
この館には、一体何が隠されているのか。天音の失踪、錯乱する目撃者、そして、この頭蓋骨。すべてが、一つの恐ろしい真相へと繋がっているような気がした。
俺は頭蓋骨を手に取り、じっくりと観察した。頭蓋骨には、何か文字が刻まれているように見えた。俺はルーペを取り出し、文字を拡大して観察した。
文字は、古びた字体で書かれており、解読するのは容易ではなかった。しかし、俺はなんとか文字を読み解くことができた。
そこに書かれていたのは、「真実を見つける者には、死が訪れる」という不吉な言葉だった。
この言葉は、一体何を意味するのか。そして、この頭蓋骨は、誰のものなのか。
俺は、この館に隠された恐ろしい謎を解き明かす決意を新たにした。たとえ、死が待ち受けていようとも……。
夜の帳が降り、街が静寂に包まれる頃、俺、神藤葉羽は書斎のロッキングチェアに身を沈め、電子書籍リーダーの光を頼りにミステリー小説の世界に耽っていた。古びた洋館を舞台にした密室殺人、複雑に絡み合う人間関係、そして読者の意表を突く驚愕の真相。活字を追うごとに脳髄が刺激され、現実を忘れさせてくれる至福の時間が流れていく。
その静寂を破ったのは、スマホの着信音だった。ディスプレイに表示された「望月彩由美」の文字に、俺の心臓は不自然なリズムを刻み始めた。彩由美とは幼馴染で、俺にとってはかけがえのない存在だ。しかし、同時に、理解できない感情を抱かせる特別な存在でもあった。
「もしもし、葉羽くん?遅くにゴメンね、今、大丈夫かな?」
電話口から聞こえてきた彩由美の声は、普段よりもずっと不安げだった。その声色に、俺の胸の奥に微かな警鐘が鳴り響く。
「ああ、彩由美。どうしたんだい、こんな時間に?」
「あのね、実は……天音ちゃんが、いなくなっちゃったの……」
天音。綺羅星天音。彩由美の親友で、最近何かと話題の財閥令嬢だ。俺も何度か会ったことがあるが、華やかで近寄りがたい印象だった。整った顔立ち、贅沢な装い、自信に満ちた立ち振る舞い。彼女の周りには、常に煌びやかなオーラが漂っていた。
「いなくなったって、どういうこと?」
「それが、よく分からないの……。昨日、視界館っていう洋館でパーティーがあって、天音ちゃんも参加してたんだけど、その途中で姿が見えなくなっちゃったって……」
視界館。その名を聞いた瞬間、俺の脳裏に奇妙なイメージが浮かび上がった。確か、都市伝説めいた噂のある、曰くつきの洋館だったはずだ。建築様式はゴシックとバロックの折衷で、異様に尖った塔とステンドグラスが特徴的だと聞いたことがある。噂では、過去に館の所有者が謎の死を遂げたとか、館の中に幽霊が出るなど、不穏な話が絶えない。
「視界館……?確か、あの曰くつきの……」
「そう、その視界館。天音ちゃんのお父様の知り合いが所有してて、そこで小規模なパーティーが開かれたの。私も誘われてたんだけど、用事があって行けなくて……。もし行ってたら、天音ちゃんがいなくなるなんてこと、防げたかもしれないのに……」
彩由美の声は震え、自責の念が滲んでいる。彼女の優しさを知っているからこそ、その苦しみが痛いほど伝わってくる。
「落ち着いて、彩由美。それで、警察には?」
「もちろん届け出てるんだけど、まだ手掛かりがなくて……。それで、葉羽くんなら何か分かるんじゃないかって……」
彩由美の言葉に、俺の推理好きの血が騒ぎ始めた。消えた令嬢、曰くつきの洋館、錯綜する情報。まるで小説の設定のような状況に、好奇心を抑えきれない。
「分かった。詳しい話を聞かせてくれ」
俺はロッキングチェアから立ち上がり、彩由美から更に詳しい状況を聞き出した。パーティーの参加者、天音が最後に目撃された状況、警察の捜査状況など、断片的な情報を繋ぎ合わせていくうちに、事件の異常性が浮き彫りになっていく。
「天音ちゃんが最後に目撃されたのは、館の『歪みの部屋』ってところらしいの。そこは、遠近感が狂って見える不思議な部屋で……」
歪みの部屋。その言葉に、俺の脳裏に一枚の設計図が浮かび上がった。かつて読んだ建築書の中に、視覚的な錯覚を利用した奇妙な部屋の記述があった。現実とは思えない歪んだ空間、平衡感覚を失わせる奇妙な構造。もし、視界館の歪みの部屋がそのような場所ならば、そこで何が起こっても不思議ではない。
「葉羽くん、お願い。天音ちゃんを見つけるの手伝ってくれないかな?警察も当てにならないし、頼れるのは葉羽くんだけなの……」
彩由美の懇願するような声に、俺は断る理由を見つけられなかった。
「分かった、彩由美。俺が力になる。必ず天音さんを見つけ出す」
俺は力強く答えた。心の奥底で、冒険心をくすぐるような興奮が湧き上がるのを感じていた。未知の謎への挑戦、それは俺にとって何よりも魅力的な誘惑だった。
「ありがとう、葉羽くん!本当にありがとう!」
彩由美の安堵した声を聞き、俺は決意を新たにした。これは単なる失踪事件ではない。視界館という奇妙な舞台で起こった不可解な事件。必ず、真相を解き明かしてみせる。
電話を切った後、俺は早速、視界館について調べ始めた。インターネットで検索すると、関連する記事や噂が次々と出てくる。どの情報も真偽は定かではないが、館の異様さを物語るには十分だった。
そして、ある古い建築雑誌の記事に目が留まった。そこには、視界館の設計図の一部と、設計者のインタビュー記事が掲載されていた。設計者は鬼切 影郎(おにきり かげろう)という謎めいた建築家で、視覚と空間認識の歪みについて異常な執着を持っていたらしい。記事には、「視界館は単なる建築物ではない。人間の認識を揺さぶるための装置である」という彼の言葉が引用されていた。
俺は設計図を食い入るように見つめた。そこには、複雑に入り組んだ廊下、奇妙な形状の部屋、そして「歪みの部屋」と思われる空間が描かれていた。図面からは、館全体が視覚的なトリックを仕掛けるために設計されたことが伺える。
翌朝、俺は彩由美と共に視界館へと向かった。街の中心部から車で1時間ほど離れた郊外に、その館はひっそりと佇んでいた。鬱蒼とした森に囲まれ、異様な雰囲気を醸し出す古びた洋館。尖塔の先には不吉な鴉が止まり、まるで侵入者を威嚇しているかのようだった。
「ここが……視界館」
彩由美は不安げな表情で呟いた。俺もまた、言葉にならない圧迫感を覚えていた。館の前に立つだけで、尋常ではない空気が肌にまとわりつく。
重厚な扉を開け、館の中に足を踏み入れる。ひんやりとした空気が肌を撫で、埃っぽい匂いが鼻腔をくすぐった。薄暗い玄関ホールには、奇妙な形の調度品が並べられ、壁には歪んだ肖像画が掛けられていた。どの絵も、見る角度によって表情が変わるように描かれている。
「なんだか、気味が悪いわね……」
彩由美は俺の腕に縋り付くようにして小声で言った。俺は彼女を安心させるように軽く肩を抱き寄せた。
「大丈夫だ、彩由美。俺がついてる」
俺たちは、恐る恐る館の奥へと進んでいった。廊下は迷路のように入り組み、方向感覚を失いそうになる。壁にはステンドグラスが嵌め込まれているが、その模様は歪んでいて、どこか不気味な印象を与えた。
やがて、俺たちは吹き抜けの大広間に辿り着いた。高い天井からシャンデリアが吊り下げられ、床には幾何学模様のタイルが敷き詰められている。しかし、その広間もまた、奇妙な違和感を放っていた。柱が微妙に傾いていたり、壁の角度が不自然だったり、どこか平衡感覚を狂わせるような構造になっている。
「この館、やっぱりおかしいわ……」
彩由美の不安は的中していた。視界館は、外観以上に異様な空間だった。まるで、生き物のように歪み、蠢いているようにも感じられる。
歪んだ館の異様な構造
視界館の内部は、迷宮と呼ぶに相応しい複雑な構造をしていた。廊下は不規則に曲がりくねり、行き止まりや隠し扉が随所に設けられている。階段もまた、不自然な角度で設置されており、登っているのか降りているのか分からなくなるような錯覚に陥る。
壁や天井には、幾何学的な模様や錯視を利用した絵画が描かれており、視覚を惑わせる。特に印象的なのは、廊下の突き当りに設置された巨大な鏡だった。鏡には、廊下が無限に続いているかのように映し出され、現実と虚構の境界が曖昧になる。
さらに、館の各所には、特殊なガラスが使用されていた。透明度が均一ではないガラス、光の屈折率を意図的に歪ませたガラス、そして、特定の角度から見ると風景が歪んで見えるガラスなど、様々な種類のガラスが使い分けられていた。これらのガラスを通してみることで、空間の認識が歪められ、現実が捻じ曲げられているかのような錯覚を覚える。
「このガラス、なんだか変ね……」
彩由美が廊下の窓ガラスに触れながら言った。そのガラスは、表面が波打っており、外の景色が歪んで見えた。
「特殊な加工が施されているんだろう。この館の至る所に、視覚を惑わす仕掛けが隠されているようだ」
俺はガラスの表面を注意深く観察しながら答えた。この館を設計した鬼切影郎という人物は、単に奇抜なデザインを好んだだけではない。人間の視覚や空間認識を意図的に操作しようとしていたのだ。
俺たちは、さらに館の奥へと進んでいった。すると、奇妙な形状の部屋に辿り着いた。部屋は五角形で、壁と床が歪んだ角度で接合されている。部屋の中央には、歪んだ台座の上に球体オブジェが置かれていた。
「ここが……歪みの部屋?」
彩由美が不安げに呟いた。部屋全体が不自然に傾いているように見え、平衡感覚が狂いそうになる。
「おそらく、そうだろう。天音さんが最後に目撃された場所だ」
俺は部屋の中を注意深く観察した。壁や床には、幾何学的な模様が描かれており、視点を移動させると模様が歪んで見える。さらに、部屋の照明も特殊で、光源が一定ではなく、時間と共に変化するようだった。光の加減によって、部屋の形やオブジェの見え方が変わる。
「なんだか、目が回ってきたわ……」
彩由美がふらつきながら言った。この部屋に長くいると、平衡感覚が完全に麻痺してしまうかもしれない。
「気をしっかり持て、彩由美。この部屋の仕掛けに惑わされるな」
俺は彩由美の肩を抱き、彼女を支えながら部屋の中を調べ始めた。壁の模様、床の傾斜、オブジェの形状、照明の変化。一つ一つを丁寧に観察し、この部屋に隠された秘密を探る。
すると、壁の一面に小さな亀裂があることに気づいた。亀裂は非常に細く、注意深く見なければ見落としてしまうほどだった。俺はポケットから取り出したルーペで亀裂を拡大して観察した。
亀裂の奥には、何か金属のようなものが埋め込まれているように見えた。さらに詳しく調べるために、俺は亀裂の周辺を指で軽く叩いてみた。すると、コンコンという空洞音が響いた。
「この壁の裏に、何かあるかもしれない」
俺は彩由美に囁いた。この亀裂は、この部屋の秘密を解き明かす手がかりになるかもしれない。
その時、部屋の照明が突然消え、辺りが暗闇に包まれた。
「きゃっ!」
彩由美が悲鳴を上げた。俺は反射的に彼女の手を握った。
「大丈夫だ、彩由美。俺がそばにいる」
暗闇の中、俺たちは身を寄せ合った。心臓が激しく鼓動し、冷たい汗が背中を伝う。視界が奪われたことで、他の感覚が研ぎ澄まされていく。
かすかに、何かが蠢くような音が聞こえた。それは、風の音かもしれないし、あるいは……。
「葉羽くん、何かいる……」
彩由美が震える声で言った。俺もまた、暗闇の中に何かの気配を感じていた。それはまるで、この館に潜む見えない存在が、俺たちを監視しているかのようだった。
しばらくして、再び照明が点灯した。しかし、その光は先ほどよりも弱々しく、部屋全体を不気味な影が覆っていた。
「さっきの音、なんだったのかしら……」
彩由美は不安げに周囲を見回した。俺もまた、暗闇の中で感じた不気味な気配が気になっていた。この館には、俺たちの知らない何かが隠されている。それは、単なる物理的な仕掛けではなく、もっと恐ろしい何かかもしれない。
消えた令嬢と錯乱する目撃者
歪みの部屋を調べた後、俺たちはパーティーの参加者たちに話を聞くことにした。天音の失踪について、何か手がかりを得られるかもしれないと考えたからだ。
最初に話を聞いたのは、パーティーの主催者である葛葉忠臣(くずは ただおみ)という中年男性だった。彼は視界館の所有者である友人の代理として、パーティーを企画したという。
「綺羅星のお嬢さんがいなくなったことは、本当に残念に思っています。彼女はうちの娘とも親しくてね、まさかこんなことになるなんて……」
葛葉は沈痛な面持ちで語った。しかし、彼の言葉にはどこかよそよそしさが感じられ、本心で天音の失踪を憂いているのかどうかは分からなかった。
「天音さんが最後に目撃されたのは、歪みの部屋だそうですね?」
俺が尋ねると、葛葉は頷いた。
「ええ、そうです。私もあの場にいましたが、突然照明が消えて、再び点灯した時には、彼女の姿が見えなくなっていたんです。まるで、煙のように消えてしまったかのように……」
「その時、他に誰か部屋にいましたか?」
「私の他に、白鳥美鈴さん、烏丸草太さん、それから……そうだ、猫屋敷蓮司さんもいましたね」
葛葉は他の目撃者の名前を挙げた。どの名前も、俺にとっては初めて聞くものばかりだった。
俺たちは次に、葛葉が挙げた目撃者たちに話を聞いて回った。白鳥美鈴(しらとり みすず)は、天音の母親の友人だという上品な中年女性だった。彼女は天音の失踪に大きなショックを受けている様子だった。
「天音ちゃんは、本当に良い子だったんです。あんな子が、こんなことになるなんて……」
白鳥は涙ぐみながら語った。彼女の話によると、天音はパーティーの間、少し落ち着かない様子だったという。
「何か、悩み事があったのでしょうか?」
俺が尋ねると、白鳥は首を横に振った。
「さあ……私には分かりません。ただ、誰かと電話で話している時、少し言い争っているような声が聞こえたんです。でも、相手が誰だったのかは……」
天音は誰かとトラブルを抱えていたのだろうか。それが失踪に関係している可能性も考えられた。
次に話を聞いたのは、烏丸草太(からすま そうた)という若い男性だった。彼は天音の会社の取引先の社員だという。烏丸は、天音の失踪について、どこか他人事のように話した。
「正直、僕にはよく分からないんですよ。気が付いたら、いなくなってたってだけで。まあ、お金持ちのお嬢さんですからね、どこか遊びに行ってるんじゃないですか?」
烏丸の軽薄な態度に、俺は違和感を覚えた。彼は何かを隠しているのかもしれない。
最後に話を聞いたのは、猫屋敷蓮司(ねこやしき れんじ)という、陰気な雰囲気の男性だった。彼は視界館の管理人のような仕事をしているという。猫屋敷は、天音の失踪について、淡々と語った。
「私は見ていません。あの部屋の照明の管理をしていただけです。照明が消えたのは、設備の故障です。それ以上でも、それ以下でもありません」
猫屋敷の言葉は、まるで事前に用意されていた台詞のようだった。彼は、何かを知っているのではないか。それとも、単に感情を表に出さないだけなのか。
四人の目撃者たちの証言は、それぞれ食い違っており、どこか不自然な点があった。特に、天音が消えた瞬間の状況については、証言者によって説明が大きく異なっていた。
葛葉は「煙のように消えた」と言い、白鳥は「誰かに連れ去られたように見えた」と証言した。烏丸は「気づいたら消えていた」と話し、猫屋敷は「見ていない」と繰り返す。
まるで、それぞれが別の出来事を目撃したかのようだ。彼らの証言を総合しても、天音がどのようにして消えたのかは、全く分からなかった。
さらに、彼らの証言には奇妙な共通点があった。全員が、天音が消える直前に、彼女の様子が「いつもと違っていた」と証言したのだ。
「なんだか、ぼんやりしているように見えたんです」
「まるで、別人のようだったわ」
「顔色も悪かったし、体調でも悪かったんじゃないですか?」
「部屋の照明のせいか、顔がはっきり見えなかった」
彼らの言葉を繋ぎ合わせると、まるで天音が別人に入れ替わったかのように聞こえる。しかし、そんなことが本当に起こり得るのだろうか。
俺は目撃者たちの証言を何度も繰り返し読み返した。彼らは本当に見たままを話しているのだろうか?それとも、何かを隠しているのだろうか?
彼らの証言の矛盾点、そして奇妙な共通点。それは、まるで複雑に絡み合ったパズルのピースのようだった。一つ一つは意味を成さない断片的な情報が、やがて一つの真実を浮かび上がらせる。
俺は確信した。この事件は、単なる失踪事件ではない。視界館という奇妙な舞台で仕組まれた、精巧なトリックが隠されている。そして、そのトリックを解き明かす鍵は、目撃者たちの証言の中に隠されているはずだ。
俺は彩由美と共に、再び視界館へと向かった。歪んだ空間、錯綜する証言、そして暗闇に潜む不気味な気配。視界館は、まるで巨大な迷宮のように、俺たちを迷わせ、惑わせる。
しかし、俺は諦めない。必ず、この迷宮の出口を見つけ出し、天音の失踪の真相を解き明かしてみせる。
視界館の門をくぐると、再びあの異様な空気が俺たちを包み込んだ。昼間にもかかわらず、館の周囲は薄暗く、まるで異次元の世界に迷い込んだかのようだった。
「やっぱり、この館、何か変だわ……」
彩由美が不安げに呟いた。彼女の言葉は、俺の胸の奥にある疑念をさらに深める。この館には、何か恐ろしい秘密が隠されている。
俺たちは、再び歪みの部屋へと向かった。昼間でも、この部屋は薄暗く、不気味な雰囲気を漂わせていた。壁の模様、床の傾斜、オブジェの形状。すべてが、俺たちの視覚を惑わせるように設計されている。
「葉羽くん、見て」
彩由美が壁の模様を指差した。よく見ると、模様の中に微かに文字が刻まれている。それは、まるで暗号のようだった。
「これは……」
俺はルーペを取り出し、文字を拡大して観察した。文字は古びた字体で書かれており、解読するのは容易ではなかった。
「何か意味があるのかしら?」
彩由美が尋ねた。俺は首を横に振った。
「まだ分からない。だが、何か手がかりになるかもしれない」
俺は文字をメモ帳に書き写し、さらに部屋の中を調べ始めた。すると、床のタイルの一つが、わずかに盛り上がっていることに気づいた。俺はタイルを慎重に持ち上げてみた。
タイルの下には、小さな金属製の箱が隠されていた。箱には鍵穴がついており、何か特殊な鍵が必要なようだった。
「これは……」
俺は箱を手に取り、じっくりと観察した。この箱の中に、事件の真相を解き明かす鍵が隠されているかもしれない。
その時、再び部屋の照明が消え、辺りが暗闇に包まれた。
「きゃっ!」
彩由美が悲鳴を上げた。俺は反射的に彼女の手を握り、身を守った。
暗闇の中、再びあの不気味な気配を感じた。それは、まるで生き物のように蠢き、俺たちに近づいてくる。
「葉羽くん、怖い……」
彩由美が震える声で言った。俺もまた、恐怖を感じていた。この暗闇の中に、何か恐ろしいものが潜んでいる。
その時、突然、壁の向こう側から物音が聞こえた。それは、何かが引きずられるような、重苦しい音だった。
「何かいる……」
俺は彩由美に囁いた。音は徐々に大きくなり、俺たちに近づいてくる。
俺は懐中電灯を取り出し、音のする方へと向かった。壁の向こう側には、狭い通路が続いていた。通路の奥は暗闇に包まれ、何も見えない。
俺は懐中電灯の光を頼りに、慎重に通路を進んでいった。彩由美は恐怖に怯えながらも、俺の手をしっかりと握り、ついてきた。
通路の奥には、小さな部屋があった。部屋の中央には、古い木製の椅子が置かれており、その上に何かが置かれていた。
俺は懐中電灯の光を椅子の上に向けた。すると、そこに置かれていたのは……。
それは、人間の頭蓋骨だった。
「きゃあああああ!」
彩由美が悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。俺もまた、恐怖に慄然とした。頭蓋骨は、まるで生きているかのように、不気味な光を放っていた。
この館には、一体何が隠されているのか。天音の失踪、錯乱する目撃者、そして、この頭蓋骨。すべてが、一つの恐ろしい真相へと繋がっているような気がした。
俺は頭蓋骨を手に取り、じっくりと観察した。頭蓋骨には、何か文字が刻まれているように見えた。俺はルーペを取り出し、文字を拡大して観察した。
文字は、古びた字体で書かれており、解読するのは容易ではなかった。しかし、俺はなんとか文字を読み解くことができた。
そこに書かれていたのは、「真実を見つける者には、死が訪れる」という不吉な言葉だった。
この言葉は、一体何を意味するのか。そして、この頭蓋骨は、誰のものなのか。
俺は、この館に隠された恐ろしい謎を解き明かす決意を新たにした。たとえ、死が待ち受けていようとも……。
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