焔星高校の密室 鏡影の殺人 ~天才少年・神藤葉羽と幼馴染の事件簿~【本格推理×ホラー×どんでん返し】

葉羽

文字の大きさ
1 / 26
1章

悪夢の序章

しおりを挟む
轟音が天地を揺るがす。
 吹き荒れる嵐が、古びた洋館を打ち付けている。闇夜に浮かび上がるその姿は、まるで巨大な墓標のようだ。
 ここは、東京郊外に佇む、かつて名家と謳われた一族の旧邸。今はもう、朽ち果てるに任せるかのように、ひっそりと闇に溶け込んでいる。
 窓ガラスを叩く雨音が、まるで呪詛の囁きのようだ。時折、稲妻が閃き、洋館の輪郭を白く浮かび上がらせる。その度に、壁に刻まれた無数の傷跡が、まるで亡霊たちの苦悶の表情のように見えた。
 三日前の晩から降り続いている雨は、止む気配を見せない。鬱陶しい湿気が肌にまとわりつき、不快感を増幅させる。
 この悪天候の中、洋館にはただ一人、男の姿があった。
 男の名は、佐伯 蔵人(さえき くらんど)。この洋館の現当主であり、かつては名を馳せた実業家であった。だが、今は見る影もない。事業の失敗、相次ぐ不幸、そして病魔。それらが、かつての栄光を蝕み、彼を孤独な老いぼれへと変貌させた。
 蔵人は、書斎のロッキングチェアに深く腰掛け、窓の外の嵐を睨みつけていた。濁った瞳には、深い疲労と諦観が宿っている。
 書斎は、洋館の中でも最も古い一室だ。壁一面に設えられた巨大な書棚には、古今東西の書物がぎっしりと詰め込まれている。書棚は天井まで届き、窓を覆い隠すほどだ。そのため、昼間でも薄暗く、常に陰鬱な空気が漂っている。
 重厚なデスクの上には、書類が山積みになっている。しかし、蔵人はそれらに目もくれず、ただじっと嵐を見つめている。
 彼の傍らには、飲みかけのウィスキーグラスが置かれていた。氷は既に溶けきり、琥珀色の液体がわずかに残っているだけだ。
 蔵人は、ゆっくりとグラスに手を伸ばし、それを一気に飲み干した。喉を焼くような感覚が、彼の神経をわずかに刺激する。しかし、それも一瞬のことだった。すぐに、虚無感が彼を包み込む。
 時計の針が、午前零時を指し示していた。
 その時、蔵人の耳に、かすかな音が届いた。
 それは、まるで何かが軋むような音だった。
 蔵人は、ゆっくりと顔を上げた。
 気のせいだろうか。
 いや、確かに聞こえた。
 書斎のどこかで、何かが動いている。
 蔵人は、椅子から立ち上がり、音のする方へと歩き出した。
 足音が、重苦しい沈黙の中に響く。
 ギシ、ギシ。
 床がきしむ音。
 カタン、カタン。
 何かがぶつかる音。
 音は、書棚の方から聞こえてくる。
 蔵人は、書棚に近づいた。
 書棚は、壁一面に広がっており、その高さは天井まで届いている。無数の書物が整然と並べられており、その背表紙には、金文字で書名が刻まれている。
 蔵人は、書棚に手を触れた。
 冷たい。
 そして、湿っている。
 蔵人は、嫌な予感を覚えた。
 この書棚の裏には、隠し部屋がある。
 それは、この洋館の秘密の一つだった。
 蔵人は、子供の頃、この隠し部屋でよく遊んだ。しかし、大人になってからは、一度も足を踏み入れていない。
 隠し部屋の入り口は、書棚の一部が回転扉になっている。特定の場所を押すと、扉が開き、隠し部屋へと続く階段が現れる。
 蔵人は、その場所を知っていた。
 ゆっくりと、書棚の一部を押した。
 すると、ギギギ、という音を立てて、書棚が動き始めた。
 重い扉が、ゆっくりと開いていく。
 暗い穴が、口を開けたように見えた。
 中から、冷たい風が吹き出してくる。
 それは、まるで地下墓地から吹き出してくるような、陰湿な風だった。
 蔵人は、一瞬、躊躇した。
 この先に何があるのか。
 いや、分かっている。
 この先に待っているのは、絶望だ。
 それでも、蔵人は進まなければならなかった。
 何か、見えない力に突き動かされるように。
 蔵人は、隠し部屋の中へと足を踏み入れた。
 階段が、地下へと続いている。
 足元は暗く、何も見えない。
 蔵人は、手探りで階段を下りていった。
 ヒュウ、ヒュウ。
 風の音が、耳元で囁く。
 それは、まるで亡霊の叫び声のようだ。
 階段は長く、どこまでも続いているように感じられた。
 蔵人は、自分がどこに向かっているのか分からなくなっていた。
 ただ、闇の中を、ひたすら下りていく。
 その時、足元で何かが動いた。
 蔵人は、思わず足を止めた。
 心臓が、激しく鼓動している。
 息が、苦しい。
 蔵人は、目を凝らして暗闇を見つめた。
 すると、闇の中から、何かが浮かび上がってきた。
 それは、白い影だった。
 人の形をしている。
 しかし、顔がない。
 白い影は、ゆっくりと蔵人に近づいてくる。
 蔵人は、恐怖で体が硬直していた。
 逃げなければならない。
 そう思ったが、足が動かない。
 白い影は、蔵人の目の前まで来た。
 そして、影は、ゆっくりと口を開いた。
 いや、口ではない。
 それは、闇だった。
 底なしの闇が、蔵人を呑み込もうとしている。
 蔵人は、最後の力を振り絞って叫んだ。
 だが、声は出なかった。
 闇が、蔵人を包み込んだ。
 そして、世界は静寂に包まれた。
 雨音だけが、虚しく響いている。
 書斎の時計が、午前一時を告げた。
 カチッ。
 何かが閉まる音がした。
 書斎のドアが、内側から閉ざされた。
 密室が完成した。
 悪夢の始まりだった。

                
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...