残響鎮魂歌（レクイエム）

8章

共鳴の代償

幻視に悩まされながらも、葉羽は事件の真相を追う決意を固めていた。彩由美の励ましと、黒曜の無念を晴らしたいという思いが、彼を突き動かしていた。しかし、時間音響学の影響は、想像以上に深く、そして残酷だった。

葉羽は過去の記憶と現実の境界線が曖昧になり始めていた。50年前の豪邸の光景が、彼の日常にフラッシュバックのように入り込んでくる。白いワンピースの女性、不気味に笑う男たち、そして、耳をつんざく悲鳴。それらは、もはやただの幻覚ではなく、彼の現実の一部になりつつあった。

「葉羽くん、最近、ぼーっとしてることが多いね。大丈夫？」彩由美は心配そうに声をかけた。葉羽の異変は、彼女にも隠しきれないほど明らかだった。

「ああ、大丈夫だ。少し考え事をしてるだけだ」葉羽は力なく答えた。彼は彩由美に心配をかけたくない一心で、真実を隠していた。しかし、彼の心は限界に近づいていた。

ある日、葉羽は学校からの帰り道、突然、激しい頭痛に襲われた。50年前の豪邸の光景が、彼の脳裏に鮮明に蘇る。白いワンピースの女性が、血まみれで倒れている。その光景があまりにもリアルで、葉羽は思わず立ち止まり、両手で頭を覆った。

「うっ…頭が…」

通行人が心配そうに葉羽を見つめる。しかし、葉羽は彼らの声も、周りの景色も、何も認識できていなかった。彼の意識は、50年前の豪邸に囚われていた。

その時、葉羽は閃いた。レコード盤に記録された音は、特定の人物にしか影響を与えないのではないか？時間音響学の効果は、過去の出来事と何らかの繋がりを持つ人物、つまり、共鳴しやすい人物にのみ強く作用するのではないだろうか。

だとすれば、次のターゲットは誰なのか？葉羽は必死に考えを巡らせる。50年前の事件の関係者は、既に故人となっているか、行方不明になっている。唯一の手がかりは、黒曜の日記だ。彼は日記を読み返し、黒曜の交友関係を調べていく。

すると、黒曜が最近、ある人物と頻繁に連絡を取っていたことが判明した。その人物は、50年前の事件の被害者女性の妹、瑠璃川星良（るりかわ せいら）だった。星良は事件当時幼く、記憶が曖昧なため、姉の死の真相を明らかにしようと、黒曜に接触してきたらしい。

「星良さん…？」葉羽は呟いた。もし、星良が次のターゲットだとしたら、一刻も早く彼女に警告しなければならない。

葉羽はすぐに星良の連絡先を調べ、電話をかけようとした。しかし、その時、彼のスマートフォンに朔也から着信が入った。

「もしもし、朔也先生？」

「神藤くん、今どこにいるんだ？ すぐに私の研究室に来てくれ。重要な話がある」朔也の声は緊迫していた。

「重要な話…？」葉羽は不吉な予感を覚えた。

「星良さんが…星良さんが、倒れたんだ」朔也は重々しい口調で言った。「心臓発作で…」

葉羽は言葉を失った。星良が…まさか。彼は急いで朔也の研究室に向かった。胸騒ぎが止まらない。時間音響学の共鳴は、想像以上に残酷な代償を伴っていた。そして、葉羽は、自分がその共鳴の連鎖を止めることができるのか、不安に駆られていた。