残響鎮魂歌（レクイエム）

12章

絶望の旋律

朔也の復讐劇は終わりを告げたと思われた。しかし、朔也の狂気は、葉羽の想像をはるかに超える深淵に根付いていた。朔也は、自身の計画が崩壊したことを認めようとはせず、最後の悪あがきに打って出た。

「まだだ…まだ終わっていない…」朔也は呟きながら、音響発生装置の出力ダイヤルを最大まで上げた。研究室全体が、耳をつんざくようなノイズに包まれる。

葉羽は、朔也の異変に気づき、叫んだ。「朔也先生！何を…！」

しかし、時すでに遅し。強烈な音波が葉羽の脳を襲い、彼は意識を失った。

葉羽が目を覚ますと、彼は見覚えのない場所にいた。薄暗い部屋、古びた家具、そして、壁に掛けられた奇妙な絵画。ここは、50年前の豪邸だった。

「ここは…一体…」葉羽は混乱した様子で周囲を見渡す。彼の体は、時間音響学の影響で、50年前の記憶の中に閉じ込められていた。

彼は、白いワンピースの女性の姿を見つける。彼女は恐怖に怯え、部屋の隅で震えていた。葉羽は彼女に近づき、声をかけた。

「大丈夫ですか？」

しかし、女性は葉羽の声に反応しない。彼女は、50年前の記憶の中に囚われており、葉羽の存在を認識できていなかった。

その時、部屋のドアが開き、数人の男たちが現れた。彼らは、黒曜の父親と、葉羽の祖父だった。彼らは不気味な笑みを浮かべながら、女性に近づいていく。

「…お願い…やめて…」女性は怯えた声で訴える。

しかし、男たちは聞く耳を持たない。彼らは女性を捕まえ、暴行を加え始めた。葉羽は、目の前で繰り広げられる惨劇に、言葉を失った。彼は助けたいと願うが、彼の体は、記憶の中に囚われており、何もできない。

絶望的な光景が、葉羽の精神を蝕んでいく。彼は、過去の記憶と現実の区別がつかなくなり、自分自身も50年前の事件の当事者であるかのような錯覚に陥っていく。

「俺は…何を…？」葉羽は呟きながら、両手で頭を覆う。彼の心は、絶望の淵に沈み込んでいく。

その時、葉羽の耳に、微かな声が届いた。

「葉羽くん…頑張って…」

それは、彩由美の声だった。彩由美は、朔也の研究室に駆けつけ、音響発生装置を停止させようとしていた。彼女の必死の呼びかけが、記憶の迷宮に囚われた葉羽に届いたのだ。

彩由美の声は、葉羽の心に一筋の光を灯した。彼は、絶望の淵から這い上がり、現実世界へと戻ろうとする。しかし、時間音響学の影響はあまりにも強く、彼の意識は、過去と現在の間で揺れ動いていた。

絶望の旋律が、葉羽の心を締め付ける。彼は、この悪夢から逃れることができるのだろうか。