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数日後、私は父と母に付き添われ、王城を訪れていた。
国王陛下からのお茶会への招待。
それは、リンクス公爵家にとって、この上ない栄誉であると同時に、途方もない緊張を強いるものだった。
「セレナード、くれぐれも粗相のないように。よいな?」
「大丈夫ですわ、お父様。いつも通りにしております」
私の落ち着き払った様子が、逆に父の不安を煽っているようだった。
通されたのは、王城の奥にある、美しい庭園に面した小さな応接間だった。
やがて、レオポルド陛下がお一人で姿を現された。
「おお、来たか、セレナード嬢。公爵夫妻は、別室で休んでいてくれ。今日は、この娘と二人で、ゆっくり話がしたいのでな」
その言葉に、父と母は恐縮しきった様子で退室していった。
テーブルを挟んで、国王陛下と二人きりになる。
目の前には、極上の紅茶と、美しい焼き菓子が並べられた。
「まあ、美味しそうなお菓子ですこと」
私が素直に感想を述べると、陛下は愉快そうに笑った。
「はっはっは。私が腕利きのパティシエに特別に作らせたのだ。遠慮なく食べるといい」
「国王様が……? 恐縮です」
最初は、他愛のない世間話が続いた。
庭の花の話、最近読んだ本の話、街の様子の話。
私は、聞かれたことに、ただ正直に、自分の言葉で答えた。
私の答えに、陛下は何度も興味深そうに頷かれた。
そして、紅茶を一口飲んだ後、陛下はふと、遠くを見るような目をされた。
「セレナード嬢。君は、人の心というものが、分かるか?」
唐突な問いかけだった。
「……わたくしに分かるなどと、大それたことは申せません。ですが、3年間、自分の心とだけ向き合ってきて、ほんの少しだけ、その複雑さや、脆さを学んだ気はいたします」
「ほう……」
陛下は、何かを決心したように、私を見つめ直した。
「セレナード嬢。君になら、話せるかもしれん。わしは長年、ある悩みを抱えている」
そして、陛下はぽつりぽつりと語り始めた。
それは、この国の誰もが知る、国王夫妻の冷え切った関係についてだった。
「妃は……エレオノーラは、もう何年も、わしのことなど見てはくれんのだ。わしが話しかけても、上の空。共に食事をしても、会話はない。まるで、美しい人形と食卓を囲んでいるようだ」
「……」
「わしが若かった頃は、あんなではなかった。よく笑い、よく喋る、太陽のような女だった。だが、わしが王となり、公務に追われるうちに、いつからかすれ違ってしまった。気づけば、二人の間には、氷のように冷たい壁ができておった」
その声は、一国の王としての威厳などなく、ただ妻に愛されない一人の男の、悲痛な叫びだった。
私は、陛下の言葉を一切否定せず、ただ静かに耳を傾けた。
彼の孤独、寂しさ、そして後悔。
そのすべてを、受け止めるように。
陛下が話し終えると、部屋には沈黙が落ちた。
やがて、私は静かに口を開いた。
「国王陛下」
「……何だ」
「僭越ながら、一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「うむ」
「陛下は、王妃様のお顔を、最近いつ、まっすぐにご覧になりましたか?」
「……なに?」
私の問いかけの意味が分からず、陛下は眉をひそめた。
「わたくしが思うに、王妃様は、決して陛下のことをご覧になっていないわけではないと存じます。むしろ、ずっと、陛下のことをご覧になっているのではないでしょうか」
「……どういうことだ」
「王妃様は、国王陛下に、見ていただきたいだけなのかもしれませんわ。公務に追われる王としてではなく、ご自身の夫として。たった一人の、愛する男性として」
私は、続けた。
「王妃様は、国母である前に、一人の女性でいらっしゃいます。陛下に愛されたいと願う、ただ一人の……。そのお気持ちに、陛下は気づいていらっしゃいましたか?」
私の言葉は、静かに、しかし確かに、国王の心の最も柔らかな部分に届いたようだった。
陛下は、まるで雷に打たれたかのように、呆然としていた。
そして、その目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
自分が、どれほど大切なことを見失っていたのか。
王という立場に目が眩み、愛する妻の心を、どれだけないがしろにしてきたのか。
陛下のその表情が、すべてを物語っていた。
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