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2009年 パート7
しおりを挟む警察はいつまでたってもこなかった。5時のチャイムが鳴ってからもう2時間はたっているだろう。宮野が言っていた儀式の時間までもうすぐだ。隆は自分が殺されるところをイメージした。日本刀で斬り殺される自分の姿。首から血が吹き出る。緑の床が赤く染まる。すぐには楽になれない。痛みはいつまでも付きまとう。死はすぐそこまで来ていた。隆にはもうどうすることもできない。あとは世界の流れに身を任すしかない。一度できた流れは誰にもとめられない。
倉庫が静かに開き、そこから宮野と拓也が現れた。宮野はいつもと変わらない無表情だったが、拓也はひどく興奮しているようだった。
「はー、ついにこの時がきたね!! 儀式のとき!! 女の子は僕に殺させてよ!!」
拓也は視線を少女に注いだ。それから少し首を傾げ、なにか不満げな顔を見せた。
「なんだか、この子、ちょっとハズレじゃない? あんまり言い声で泣きそうにないよ」
「そんなことはどうでもいい、お前は早く準備しろ」
宮野はひどく怠そうに言いながら自分は椅子に座った。これから人を殺すことになんの感情もないようだった。
「仕方ない、準備するか!」
拓也はそう言うと隆の目の前に立った。じっと顔を覗き込み、それから大きな唾を吐いた。にやにや笑い、軽く足で顔を蹴る。少女はなにが起きたのかよくわからないといった表情でふたりを見た。
「これから殺すから、残念だったね。お前はここで、死ぬんだよ。おいおい、昨日の元気はどうした? これからが本番だっていうのにさあ」
拓也は笑いながら隆を髪を引っ張った。
「どうした? 死ぬのが怖いの? だったら謝ってみたら。昨日は間違ったことを言ってすみませんでしたって。自分が間違ってましたって。ほら、ねえ」
「おっさん、口臭いから離れろよ。女の子から気持ち悪いと思われていることを自覚した方がいい。あと、自分が他人よりはるかに劣っていることもね」
「なんだってー!! むぎゅうーーー!! できるだけ痛めつけて殺してやるからなあ!!このクソガキー!!」
そのとき携帯の着信音が鳴った。若者の間で流行っている曲だ。拓也の怒鳴り声と混じり、ひどく気色の悪い音になった。
拓也は着信音に驚き、一歩うしろに下がった。それから焦ったように宮野の方を振り向いた。
「どうしましょう、宮野さん」
宮野はめんどくさそうに椅子から立ち上がった。
「焦るな、ただの電話だ」
彼は音が鳴っている隆のポケットから携帯をとりだし、画面を開いた。携帯の画面を見て、宮野は珍しく顔を歪めた。彼が表情を変えるのは初めてのことだった。小さく舌打ちをし、それから携帯の電源を切った。バッテリーを抜き、棚に置く。
宮野の顔を伺っていた拓也と敦に緊張が走った。あの宮野が動揺したからには、まずい事態になったんじゃないかと、そう思っているのだ。
誰からの電話だ? 隆は考えた。まず考えられるのはさっき電話した警察だ。しかし、どうして折り返しの電話を? もし少女の捜索願が出されて、自分の電話が信じられたのなら、すぐに通話の履歴から場所を特定して、直接来るはずだ。拉致されて命が危ぶまれている人間に電話をかけるほど危ない橋はわたらないだろう。
でも他の人間だということも考えがたい。わざわざ電話をかけてくる人間といえば、同級生かバイト仲間くらいだ。そんな一般人からの電話であの宮野が動揺するわけがない。いったいどういうことだろうか?
「はやく準備をしろ、すぐに始めるぞ」
宮野はすぐに気持ちを切り替えた。顔にはさっきまでの動揺はまったくない。いつ通りの無表情だ。
「だれからの電話ですか?」
拓也の声は少しだけ震えていた。
「問題ない。儀式に支障はない」
それだけ言うと、宮野は棚から日本刀をとりだした。隆を殺すための刀。儀式を行うための刀。鞘から少しだけ抜き、切れ味を確かめる。天井にぶら下がった電気の明かりに反射しぴかっと光る。
「おい、こっちに来い」
拓也は隆の腕をひっぱった。相変わらず力だけは強い。隆は引きずられるように倉庫の中央あたりに連れてこられた。
敦がバックの中から赤いテープをとりだした。テープで隆の周りに五芒星を描く。五芒星の周りに円を描こうとするが、テープだからしっかりとした円は描けない。しかし、それは最初からわかっていたことらしく、とくに気にするようすもなかった。それから拓也が蝋燭を五本とりだして、五芒星の先端にそれぞれ置いた。チャッカマンで火をつけると、そこには異様な雰囲気ができあがった。隆は蝋燭を眺め、それから3人の男たちを見た。そして自分がこれからほんとうに死ぬのだろうと思った。けれど実感のようなものはない。ただ、脳で理解しているだけだ。
「よし、電気を消せ」
宮野が言うと敦がすばやく電気を消した。外は暗い。ここにある光りは蝋燭の火だけだ。火が目に焼けるように写る、と隆は思った。
それから3人の男たちはいきなり服を脱ぎ始めた。一瞬なにが起こったのか隆にはわからなかった。火で目がおかしくなったのかと思った。男たちは昔から決めてあったことのように全裸になり、それから3人で隆を囲んだ。隆は視線をどこに置けばいいのか悩んだ。
「儀式を始める」
宮野の合図でその儀式は始まった。まず拓也が大きくジャンプし、「世界の終わりはすぐそこにー」と叫んだ。ジャンプしたときに、ぶるんと性器が大きく揺れた。隆はひどく気分が悪くなった。そして敦が「表と裏がひっくり返るー」と叫びながら腰を前後に振った。続けるように宮野が「意味はないのに意味があるー」と叫ぶ。いままでの宮野では想像ができないような声だった。儀式でしか見せない姿なのかもしれない。彼はいままで常に冷静で無表情だった。もしかしたら、彼はこの儀式のときにだけ本当の姿を見せることができるのかもしれない。
「意味はあるのかー?」
宮野がふたりに問いかける。
「意味はないかもー」
ふたりが答える。
「それでもやっちゃうー」
「それが人間ー」
ふたりが言い終えると、少しの間があいた。蝋燭の火が揺れる。彼らは裸で寒くないのだろうか、と隆は考えた。
「はじまり、はじまりー」
3人が息をそろえて言った。それを合図に3人は反時計回りにぐるぐるとスキップをはじめた。みんな気味が悪いほどに笑顔だ。顔がのっぺりと光り、体から異様な匂いが出ている。隆はしだいに意識が遠のいているのに気がついた。この儀式を見ていると、現実と空想が入り乱れ、全身の感覚が失われていく。もう自分がまだ存在しているのかすら曖昧だ。
3人はスキップを続ける。笑顔で、テンポよく。その狭い空間を切り抜くように。
「僕は偽善者ー」
宮野はそう言うといきなりスキップをとめ、そばに置いてあった日本刀を手にした。
「そして無意識ー」
日本刀を鞘から抜く。刃がきらりと蝋燭の火を反射させる。鋭い、と隆は思った。あれならすぐに死ねるだろう。
「楽しなあ楽しいなあ」
宮野は鞘を捨て、ゆっくりと隆に近づく。ふたりは笑顔で見守っている。その笑顔に答えるように宮野は日本刀を高く振り上げた。
「自由意志はそこに!!」
叫びながら日本刀を首の中央に振り下ろした。首から大量の血が吹き出る。隆は叫ぶ暇もなく意識を失った。意識がなくなっていくとき、そもそも自分がこの世界に存在していたのかと疑問に思った。もしかしたら自分という存在はもとから存在していなかったのかもしれない。
外から車の音が近づいてきた。
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