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第23話 勇者の土下座と、俺なりのケジメのつけ方
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冬の澄んだ空気の中、王都の南門でひとりの男が膝をついていた。
勇者レオナード――かつては光輝の名で呼ばれ、栄光と希望の象徴だった男。
しかし今、その姿は見る影もなく、旅衣のまま土埃にまみれている。
正門前に立つ者たちは誰もが息を呑み、そして誰もが理由を理解していた。
「……来たのね」
門の陰でその光景を見ていたミリアが、長く息を吐く。
「本当に、来たのね……わざわざ」
「まぁ、来るだろうさ」隣でエイルが肩をすくめた。
「昨日、わざわざ手紙まで置いてったろ。“直接謝罪したい”ってやつ」
王都に戻った勇者――いや、元勇者は、王家から正式に罪を赦された身だった。
だが世間にその事実が知れ渡る前に、彼が一人で騒動の中心に姿を現したことで、一気に注目を浴びてしまった。
門前に民が集まり、ざわめきが風に乗る。
「勇者が……土下座してる?」
「噂の白の守護者に会いに来たんだって」
「追放した本人が、謝るのか」
レオナードはそんな視線など気にしていなかった。
地面につけた額のまま、小さく息を吸い、はっきりと声を出す。
「エイル・シェルド! 俺は――お前に、謝りに来た!」
周りの空気が凍りつく。
ミリアが唇を噛む。
リュナが呆れ顔で呟く。
「こんな公開謝罪、誰が予想したよ……」
「まぁ、らしいっちゃらしいけどな」
エイルは門影からゆっくり出ていく。
人々のどよめきが波のように広がった。
その中を涼しい顔で歩き、レオナードの前で足を止める。
「お前、風邪ひくぞ。地べた冷たいのに」
「いいさ……これくらい当然だ」
「いや、当然とか言って土下座されるのって慣れないんだけど」
エイルは顎を掻き、少し考えたあと膝を折った。
驚いたレオナードが顔を上げる。
「な、なにを……!」
「いや、目線が違うと話しにくいんでな。だから、こっち向け」
「……っ、エイル……」
二人は、静かに見つめ合った。
長い沈黙のあと、レオナードがゆっくり口を開く。
「……俺は、お前を追放したあの日、心のどこかで気づいていた。お前が自分より上だって」
「そんなこと思わなくてよかったのに」
「思い知らされたんだ。お前を失って、俺たちは何も守れなかった。
仲間も、国も、自分の誇りすら、全部だ」
「……」
「ミリアを泣かせたのも俺だ。お前が笑って許す度に、どれだけ俺たちが小さく見えたことか。
だから今……俺は、人生で一番情けない姿でお前に頭を下げる」
レオナードの拳が雪混じりの泥を打った。
その音がやけに重い。
エイルはゆっくり息を吸い、そして言った。
「お前が謝らなくても、誰も責めやしないよ」
「ちがう! 俺は自分を許せなくて……!」
「……なら、それが罰だな」
レオナードが顔を上げる。
エイルは笑顔のまま続けた。
「俺を見捨てたこと、後悔してくれてありがとう。
でもな、あのとき俺を追い出したお前がいたから、俺は外の世界を見られた。
辺境の村も、魔族の国も、全部あの追放がきっかけだったんだ」
レオナードは言葉をなくした。
彼の脳裏に、以前の自分の姿がよみがえる。誇り高く、自信に満ち、けれど傲慢に歪んでいた。
「……お前、やっぱり馬鹿だな」
「よく言われる」
「普通、こんな状況で笑うか?」
「凡人の強み、かな」
エイルが立ち上がり、手を差し伸べた。
「――あとは生きて、取り戻せ。それが勇者の仕事だろ」
戸惑ったようにレオナードはその手を見上げ、ゆっくり掴む。
「……もう一度、立っていいか」
「むしろ立て。二度寝は禁止な」
「お前、本当に優しいな」
「違う。これ以上気まずいのが嫌なだけだよ」
周囲のざわめきが少しずつ歓声へと変わっていく。
「勇者が……笑ってる……!」
「赦されたんだ。あの白の守護者に!」
「ひとつの伝説の終わりだ……!」
リュナは肩を竦めながら笑った。
「ねぇ、あんたってやっぱり“天災”じゃなくて“再生の神”なんじゃないの?」
「いや、神だなんて柄じゃないよ。俺はただ、終わった話をやり直すのが好きなだけさ」
「やかましいわ、格好つけやがって」
ミリアが嬉しそうに涙を浮かべながら手を叩いた。
「ほら見て、もうみんな笑ってる。……これでやっと、全部終わったね」
しかしエイルの顔はどこか遠くを見ていた。
「いや、終わりじゃない。あれがいる」
王都の外壁の向こう、空に黒い靄が立ち昇っている。
それはかつて滅んだはずの災厄の核が、再び動き出した兆候だった。
空気が震え、虹色の閃光が雲を突き抜ける。
リュナが眉をひそめる。
「……また、か。休ませてくれないねこの世界」
「うん。まあ、予想通りだ」
エイルは顔を上げ、春のように笑った。
「でも今度は違う。仲間も、王国も、もう誰も失わない。次は、ここから守り抜く番だ」
門前の風が、音を立てて吹き抜けた。
レオナードはその背中を見ながら、静かに呟いた。
「結局、最後までお前が勇者だったな」
雪が舞う中、彼らの瞳に宿るのはかつてとは違う光。
そして遠くの空で、地鳴りのような低音が響く。
それは――新たな災厄の目覚めの前兆。
平穏を願う凡人は、再び世界の中心へ引き戻されていく。
続く
勇者レオナード――かつては光輝の名で呼ばれ、栄光と希望の象徴だった男。
しかし今、その姿は見る影もなく、旅衣のまま土埃にまみれている。
正門前に立つ者たちは誰もが息を呑み、そして誰もが理由を理解していた。
「……来たのね」
門の陰でその光景を見ていたミリアが、長く息を吐く。
「本当に、来たのね……わざわざ」
「まぁ、来るだろうさ」隣でエイルが肩をすくめた。
「昨日、わざわざ手紙まで置いてったろ。“直接謝罪したい”ってやつ」
王都に戻った勇者――いや、元勇者は、王家から正式に罪を赦された身だった。
だが世間にその事実が知れ渡る前に、彼が一人で騒動の中心に姿を現したことで、一気に注目を浴びてしまった。
門前に民が集まり、ざわめきが風に乗る。
「勇者が……土下座してる?」
「噂の白の守護者に会いに来たんだって」
「追放した本人が、謝るのか」
レオナードはそんな視線など気にしていなかった。
地面につけた額のまま、小さく息を吸い、はっきりと声を出す。
「エイル・シェルド! 俺は――お前に、謝りに来た!」
周りの空気が凍りつく。
ミリアが唇を噛む。
リュナが呆れ顔で呟く。
「こんな公開謝罪、誰が予想したよ……」
「まぁ、らしいっちゃらしいけどな」
エイルは門影からゆっくり出ていく。
人々のどよめきが波のように広がった。
その中を涼しい顔で歩き、レオナードの前で足を止める。
「お前、風邪ひくぞ。地べた冷たいのに」
「いいさ……これくらい当然だ」
「いや、当然とか言って土下座されるのって慣れないんだけど」
エイルは顎を掻き、少し考えたあと膝を折った。
驚いたレオナードが顔を上げる。
「な、なにを……!」
「いや、目線が違うと話しにくいんでな。だから、こっち向け」
「……っ、エイル……」
二人は、静かに見つめ合った。
長い沈黙のあと、レオナードがゆっくり口を開く。
「……俺は、お前を追放したあの日、心のどこかで気づいていた。お前が自分より上だって」
「そんなこと思わなくてよかったのに」
「思い知らされたんだ。お前を失って、俺たちは何も守れなかった。
仲間も、国も、自分の誇りすら、全部だ」
「……」
「ミリアを泣かせたのも俺だ。お前が笑って許す度に、どれだけ俺たちが小さく見えたことか。
だから今……俺は、人生で一番情けない姿でお前に頭を下げる」
レオナードの拳が雪混じりの泥を打った。
その音がやけに重い。
エイルはゆっくり息を吸い、そして言った。
「お前が謝らなくても、誰も責めやしないよ」
「ちがう! 俺は自分を許せなくて……!」
「……なら、それが罰だな」
レオナードが顔を上げる。
エイルは笑顔のまま続けた。
「俺を見捨てたこと、後悔してくれてありがとう。
でもな、あのとき俺を追い出したお前がいたから、俺は外の世界を見られた。
辺境の村も、魔族の国も、全部あの追放がきっかけだったんだ」
レオナードは言葉をなくした。
彼の脳裏に、以前の自分の姿がよみがえる。誇り高く、自信に満ち、けれど傲慢に歪んでいた。
「……お前、やっぱり馬鹿だな」
「よく言われる」
「普通、こんな状況で笑うか?」
「凡人の強み、かな」
エイルが立ち上がり、手を差し伸べた。
「――あとは生きて、取り戻せ。それが勇者の仕事だろ」
戸惑ったようにレオナードはその手を見上げ、ゆっくり掴む。
「……もう一度、立っていいか」
「むしろ立て。二度寝は禁止な」
「お前、本当に優しいな」
「違う。これ以上気まずいのが嫌なだけだよ」
周囲のざわめきが少しずつ歓声へと変わっていく。
「勇者が……笑ってる……!」
「赦されたんだ。あの白の守護者に!」
「ひとつの伝説の終わりだ……!」
リュナは肩を竦めながら笑った。
「ねぇ、あんたってやっぱり“天災”じゃなくて“再生の神”なんじゃないの?」
「いや、神だなんて柄じゃないよ。俺はただ、終わった話をやり直すのが好きなだけさ」
「やかましいわ、格好つけやがって」
ミリアが嬉しそうに涙を浮かべながら手を叩いた。
「ほら見て、もうみんな笑ってる。……これでやっと、全部終わったね」
しかしエイルの顔はどこか遠くを見ていた。
「いや、終わりじゃない。あれがいる」
王都の外壁の向こう、空に黒い靄が立ち昇っている。
それはかつて滅んだはずの災厄の核が、再び動き出した兆候だった。
空気が震え、虹色の閃光が雲を突き抜ける。
リュナが眉をひそめる。
「……また、か。休ませてくれないねこの世界」
「うん。まあ、予想通りだ」
エイルは顔を上げ、春のように笑った。
「でも今度は違う。仲間も、王国も、もう誰も失わない。次は、ここから守り抜く番だ」
門前の風が、音を立てて吹き抜けた。
レオナードはその背中を見ながら、静かに呟いた。
「結局、最後までお前が勇者だったな」
雪が舞う中、彼らの瞳に宿るのはかつてとは違う光。
そして遠くの空で、地鳴りのような低音が響く。
それは――新たな災厄の目覚めの前兆。
平穏を願う凡人は、再び世界の中心へ引き戻されていく。
続く
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