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第一章

第十五話

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 貧民街深部の夜は長い。
 光源が多くないこの時代、夜という時間帯はどうしても犯罪が増加するものである。闇夜に紛れることで発見のリスクは低く、住民の多くは眠っているため警戒されることも少ない。最もその分衛兵などの警戒がされているのだが、帝都という広大な都市全体をカバーできるほどではなかった。
 昼の治安の代わりに夜はある程度好き勝手するという奇妙な関係が成り立っているが、そこには夜という時間帯がもたらす効果とは別に理由が存在する。
 深部に存在する闇ギルド。そこには今日も闇に生きる者達が集っていた。ギルドとは言っているが、ありていに言うならばマフィアという方が正確だろう。ボスとその周囲を固める幹部たち。そしてその元で動く荒くれの集まりがこの闇ギルドの本性だった。

「……それで、ボス。の依頼は受けるのか? ターゲットは一応貧民出身なのだろう? 俺は貧民街内でのゴタゴタはあまり賛成しないが」

 ギルド本部と呼ばれる建物の一室。そこで葉巻を加えた細身の男と、ガタイの良い大男が一対一で話し込んでいた。
 大男の方が言った言葉に細身の男はフッ、と笑う。
 椅子の中で格好を崩し、目線を大男から外して言った。

「お相手は彼女の事を大分欲しているみたいでなあ。奴曰くあの女にはとんでもない才能があるとかなんとか。そんな依頼を断ったとありゃあ、向こうの覚えが悪くなっちまうだろう? これからも対等に付き合うため、変に関係を拗らせるのが得策とは思えねえなあ」
「……」

 細身の男が吐き出した煙草の煙が辺りを漂い、そして消える。
 フッと再び煙を吐き、男は相手に正対した。

「予定通り今日決行するぞ。今女は孤児院にいる。手下に囲ませろ」
「……了解だ」

 夜が蠢く。
 まだ誰も、彼らの動きを知りはしない。


   * * *


「フリート、種目のリストが来たみたいだよ。ほら、コレ」
「ありがとう。……計五種目か。配分が大変だな……」

 リスト曰く種目は、
 集団戦、剣術演舞、三人騎乗試合、流鏑馬、一騎打ち。
 集団戦と三人騎乗試合がチーム戦、他が個人技だ。

「こりゃあ一騎打ちの人選が辛いな、ポイントもかなり高いし。次点で騎乗戦かな。」
「そうだね、なんならフリートが立候補すれば?」

 にやにやとラングが冗談を飛ばしてくる。
 確かにフリートとしては名声などさして気にしていないのでそれでもいいが、一騎打ちの持つポイントは高い。それに賭けるかはともかくそれなりの奴を置いたほうがいいだろう。そして生憎フリートの得物は弓だ。

「だったらラングがやったほうが良いだろ。剣得意なんだし。ギャモンさんと偶に鍛錬してるんだろ?」
「ん、いや、まあそれはそうだけれど」

 旗色の悪さを悟ったのか、途端に歯切れが悪くなる。

「まあ取り敢えずはビハイム殿下と話してだな。今日の帰りに以前話し合った通り投票を取るはずだ。その結果を見てまた考えよう」
「だね」

ーーはあ、何とも面倒な役目だ。日本にいたときは学祭のまとめ役とか嫌いじゃなかったんだがな……。この世界だと貴族のせいで考えることが多すぎる。例えばビハイム殿下を個人競技に入れて負けたら大変なことだからな。そういう配慮がダルい。

 そういう意味では、ビハイムの入る種目は集団戦以外にあり得ない。それならば負けたとしても彼一人の責任ではなくなるからだ。逆に一騎打ちにだけは絶対に入れてはいけない。そもそも皇族と本気で戦えるのかという公平性の問題が生まれるし、その問題を超えたとしても仮に負けてしまったら皇族が格下に剣で倒されるという身分差社会で絶対にやってはいけない状況が生まれてしまうのだ。

ーーまあそう意味ではビハイム殿下が一騎打ちに出たらある意味最強ではあるんだがな。主人公とかは全力で向かってくるだろうからアウトだ。はあ……、なんで貴族が通う学園で体育祭とかやっちゃうんだよ。いややるのは百歩譲っていいとしても、順位をつけるな!

 フリートはこう思っているが、実際Bクラスはビハイム殿下以外さした高位貴族がいないためマシな部類ではある。
 そういう意味でAクラスは酷い。主人公の所属するということでこれでもかと詰め込まれた高位貴族たち。もしフリートがその割り振りを行うものだったら、おそらく発狂していたことだろう。

 帰りに予定通り投票が実施された。第三希望までをフリートも記入し、提出する。
 ちなみに希望したのは、集団戦、流鏑馬、一騎打ちだ。
 前二つは当然弓競技であるからだが、最後の一つは消去法だ。適任でないことは分かっているので、実質第二希望までしか書いていないようなものである。

「シントール、今日の放課後は早速いいか? どうせなら早く割り振りを決めたい」

 ビハイムがラングと一緒にやってきた。
 彼としては早く決めて練習などに打ち込みたいところなのだろう。全くもって正しい。
 だがフリートはサーニャとの約束がありそれどころではない。はっきり言ってフリートにとって体育祭などどうでもいいため、休むことは躊躇わないのだ。

「申し訳ないですが、少し用事がありまして。今日のところは参加できません」
「ん、そうか、分かった。ハイナと考えておこう」
「すいません、よろしくおねがいします」

ーーラングが少し悲壮な顔をしているが、まあ大丈夫だろう。そんな変な人じゃなかったしな、ビハイム殿下は。

 そう思ってあえてラングをスルーし、フリートは学園の門を出ていく。
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