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契約結婚が始まりました!

契約結婚が始まりました!2

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「そうですか、分かりました。ではキッチンとバスルームの使い方についてなんですが……」

 私の恥ずかしいセリフも柚瑠木ゆるぎさんはあまり気にする様子はなく、次の説明を始められました。もちろん握った手もすぐに外されてしまいましたし。
 でも柚瑠木さんは私がどんな変な事を言っても、怒る様子も呆れた様子も見せてはくれません。いつ見ても彼の表情はほとんど変化をしないままで……

「これで説明は終わりますが、何か他に聞きたいことはありますか?」

 キッチンやバスルーム、その他の家電などの説明をしてくれた後で柚瑠木さんはそう言いました。
 私が彼に聞きたい事?それでしたら……

「どうすれば……ってくれますか?」

「すみません、月菜さん。よく聞こえなかったので、もう一度言っていただけますか?」

 だって、とても小さな声でしか聞く勇気が無かったんです。だけど柚瑠木さんには聞こえなかったようで、聞き返されてしまいました。

「ですから、柚瑠木さんはどうすれば笑ってくれますかって聞いたんです……」

 頑張ってみたけれど、やっぱり小さな声しか出なくて……これで柚瑠木さんにちゃんと伝わったかとても心配でした。
 いつの間にか私は無表情な柚瑠木さんはどうすれば笑ってくれるのか、どうすれば怒ったり悲しんだりするのかとそんな事ばかりが気になるようになっていました。



月菜つきなさんはおかしな人ですね。」

 柚瑠木ゆるぎさんは顎に手を当てて、私の事をジッと見ていらっしゃいます。今まで見たことも無い生き物を見つけたというような顔をして。

「えっと、私のどこがおかしいのでしょうか。柚瑠木さんがお嫌でしたらすぐに直しますので……」

 結婚初日から欠点を見つけられた様な気がして、すこし落ち込みそうになる。だけどこれくらいの事でグズグズしてはいけないと思い柚瑠木さんに聞いてみました。

「いいえ、直す必要はありません。僕はそこまで貴女の事を気にしてはいませんから。」

「そう……ですか。」

 ハッキリと私の存在の意味の無さを知らされて、涙が出そうになりました。だけど……柚瑠木さんはこんな事で泣くような面倒な女性はきっとお嫌いだろうと思ったので、目を閉じてギュッと我慢したのです。

 悔しいんです。私が柚瑠木さんのために出来ることが、なかなか見つからないのです。

「ああ、もうこんな時間ですか。それでは月菜さんの荷物が片付いたら、一緒にショッピングモールへ行きましょう。」

 腕時計で時間を確認した柚瑠木さんは、私の部屋に荷物を置いて静かに部屋から出ていかれました。
 それでも彼は夫として、こうして私のために一緒に過ごせる時間も作ってくれている。その事が嬉しかったりもするんです。




 テナントには日本の古き良き文化を伝えるための高級な和のお店が並んでいました。
 そこでショッピングを楽しんでいらっしゃるのは、すぐに見てわかるほどのセレブな方たちばかり。
 それなのに私は……

「ふあっ!柚瑠木ゆるぎさん、あのお店は何のお店でしょう?あ、そっちのお店は……」

「月菜さん、ちゃんと前を見て歩かないと転んでしまいます。」

 私はいままであまりこうしてお買い物に来る機会が無かったので、あっちの店もこっちの店も気になってしまって。
 子供のようにはしゃいでしまい、柚瑠木さんに迷惑をかけてしまいました。

月菜つきなさん、そこのお店に入りませんか?」

 シュンと一人で反省していると、柚瑠木さんが目の前にある和食器のお店を指さしました。嬉しいです、私そういうのを見るの大好きなんです。

 中に入ると色んな和食器が並んでいて……人気のブランドの物もありましたし、職人さんの手によって作られた一点物まで。
 さすが【ラピスヒルズビレッジ】のテナン内にあるお店だと思いました。

 その中で私が気になったのが、お箸でした。それはとてもシンプルな物でしたが、どうしても欲しくて私は柚瑠木さんに買ってもいいかを尋ねました。

「お箸ですか?すでに家には用意されていると思いますけど……どれですか?」

 私は柚瑠木さんに、欲しいと思ったお箸を見せる。もしかしたら嫌がられるかもしれない、だけど私はこれを柚瑠木さんとお揃いで使いたくて……

「この、夫婦箸が欲しいんです。」





 お箸を見た柚瑠木ゆるぎさんは私を見て何か考えていたようですが、すぐに目を細めて……

月菜つきなさん、僕と貴女は契約結婚です。ですから僕は貴女と仲良し夫婦ごっこをするつもりはないんです。これから先もずっとそうだと思っていてください。」

 そう言うと柚瑠木さんは私から離れて、他の和食器を見始めました。
 でも柚瑠木さんは悪くありません。この結婚が契約結婚だという事を、ちゃんと理解出来ていなかった私が悪いんです。

 それでも私は身体その場所からなかなか動かすことが出来なくて……柚瑠木さんに迷惑をかけたくない、早くここから離れないと彼に気を使わせてしまうかもしれない。

 そう思った時、他のお客さんがその夫婦箸を手に取ろうとしたんです。

「すみません、この商品は僕の妻が選んだものですから。」

 柚瑠木さんはその夫婦箸を持ってそのまま会計へ。彼の行動はいったいどういう事なんでしょうか?
 柚瑠木さんが会計を終えるまでただ見ている事しか出来ない私。

「あの、柚瑠木さん。さっきは……」

 会計を終えた柚瑠木さんに近付き謝ろうとすると、彼からスッと商品の入った紙袋を差し出される。

「僕はこの箸のデザインが気に入っただけ、それだけですから。」

 涙が出るかと思いました。柚瑠木さんにとってはそうだったとしても、私はとても嬉しかったです。


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