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契約結婚の優しさに触れて
契約結婚の優しさに触れて9
しおりを挟む真剣な表情の匡介さんを信じて待っていたい、私にだってそんな気持ちもあったりはするの。だけどその理由も何も話してくれないのに、待てるほど私達の間に信頼関係を築けていると思えない。
いったい何が私の為になるのか、どうしてそれが結婚式の夜である必要があったのか。私には何も分からないのに……
「……言えない理由は、私が鏡谷の家にとって何の役にも立たない人間だからですか?」
少し投げやりにそう言ってみれば、匡介さんはそんな私の言葉を聞いて眉を寄せた。あまりに卑屈な考え方に彼も呆れているのかもしれない。
私は昔からこうだった、自分でこうだと思ったらいい事でも悪い事でもその考えをなかなか変えたりすることが出来なくて。
だから匡介さんに対するこの可愛くない態度も、きっと最後まで……
「俺は杏凛が役に立つか立たないかで、己の価値を決めようとするところは好きではない」
じゃあ、どこか好きな所もあるんですか? なんて聞く勇気はなかった。思ったよりも匡介さんの「好きではない」という言葉にショックを受けていたから。
嫌うならこんな風に構わなければいい、いつもだったらこれくらいの事は言えるのに。そう思って俯いていると、匡介さんの腕が伸びてきて……
私の側頭部にそっとその大きな手が添えられ、そのまま眠るために下した私の髪をそっと梳いていく。
……この人は見た目よりも狡い人だな、と思った。こんな風に優しく触れられれば「嫌だ」と突っぱねてしまう事も出来ない。
どうして嫌いだという癖に、大切なものにでも触れるかのような手つきで私の髪を梳いてくれるの?
「優しくしないでくれませんか、後から傷付くのは嫌なんです」
「君を傷付けたくて優しくしているつもりはない。なぜ杏凛はそうやって俺の事を遠ざけようとする?」
私が匡介さんを遠ざけようとしている? そんなつもりではなかったけれど、少なくとも夫である彼はそう感じていたことになる。
でも思い出してみればそうかもしれない。結婚前は匡介さんの視線が気になって傍に寄ろうとはしなかったし、今でも彼が近寄れば自分は一歩下がっている。
「それを知ってどうするんですか? まさかこんな契約妻のご機嫌取りをするなんて言わないですよね、鏡谷コンツェルンの御曹司である貴方が」
言い過ぎた、そう気付いたのは匡介さんの眉間にハッキリとしわが刻まれてからだった。彼は優しく梳いてくれていた髪から手を離すと、ベッドから一歩下がり大きく息を吐いた。
「……杏凛、俺は君の前でも鏡谷コンツェルンの御曹司でいなければいけないのか? 俺は妻の前ではただの鏡谷 匡介でいたい」
「……すみません」
もしかして私が想像していた契約結婚と、匡介さんが思い描く二人の関係は全く違っていたりするのかもしれない。だって、匡介さんは私に素の自分を見せたいと言っているようなものだったから。
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