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契約結婚に戸惑いを隠して
契約結婚に戸惑いを隠して
しおりを挟む「はあ? あの旦那様がついて来たんですか、奥様の料理教室に?」
今日も朝から来てくれている寧々は食器を洗う手を止めて、驚いた様子で本棚の整理をしていた私の方を向いた。彼女の反応は当然だと思う、普通はわざわざ料理教室に夫はついてきたりしない。
それも結婚して平日は、私の事をほとんど放ったらかしにしていたのに……
「訳が分からない、誰だってそう思うわよね? 扉の外でずっと待たれていては、気が散ってしょうがないのよ」
香津美さんや月菜さんはあえて何も聞かないでくれたけれど、周りの生徒さんからチラチラと見られるし恥ずかしいじゃない。匡介さんはそういうのを気にしないでいれるのかもしれないけれど、気の小さい私は違う。
何度かあの時の料理講師の男性が話をしに行ってくれていたけれど、彼は最後まで扉の前から動かなかった。
「そう……ですよね。まさかそんな事になるなんて」
「幼馴染の彼から聞いて無いの? ああ、もしかして営業妨害だと思われたのかも……」
思い出せば思い出すほど次に教室に行くのが躊躇われる。もう少し私の事を一人の大人として扱ってもらわなければ、このままではとても困る。
料理教室にはもちろん通いたい、せっかく出来た香津美さんと月菜さんという友人に会えるのはこの時だけなのだから。
「あー、彼とはちょっと今……そういえば、旦那様が何度か映画について尋ねて来られたんですが……杏凛様、旦那様と何か約束されました?」
「……え?」
匡介さんと映画、それには確かに心当たりがあって……
一度二人で出かけた時に、彼は次は映画を見に行こうと私に言ってくれたのだった。だけどその予定はすぐに彼の休日出勤で消えてしまい、そんなものだろうとすっかり忘れてしまっていた。
だけど匡介さんはあの時の約束をちゃんと覚えてくれていたの?
「その反応だとやはり旦那様が喜ばせようとしていたのは杏凛様で間違いなかったようですね」
寧々のその言葉にじわじわと頬が熱くなっていくのが分かる。あの人が私を喜ばせようとしているなんて、そんなはずは……
そう思いながらもどこか期待してしまう自分もいたりする、少しくらいは妻である私の事も考えてくれているのかもしれないと。
「でも、匡介さんは私にはそんなこと一言も……」
「そりゃあそうでしょう、旦那様だって自分が喜ばせたい相手にはカッコつけたいでしょうし?」
カッコつけたい? 匡介さんが私相手にいったい何故? 不思議に思って寧々を見ると、彼女は呆れたような顔をしてこれ見よがしに溜息をついた。
「前々から思っていたんですが、杏凛様って鋭そうに見えるのに結構鈍感なところありますよね。旦那様が少し気の毒な気もします」
匡介さんが気の毒になるって、そんなに私は鈍いのかしら? 今まで匡介さんは何も言ってこなかったけれど、そんな私に不満を感じているのかもしれない。
そう考えるとますます匡介さんとの間に見えない距離を感じるような気がした。
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