【完結】婚約破棄令嬢の仕立て屋ですが、完全に巻き添えをくいました。〜災い転じて服と成す、なんて上手いこと言ってる場合じゃない〜

福田 杜季

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中編①

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ファリノス伯爵家の領地は、私の住んでいた王都にほど近いところにあった。乗合馬車でも半日の距離である。

街の人に道を尋ねながら、領主たる伯爵家の屋敷を訪ねた。
事前の約束もない訪問である。何度目かの門前払いを覚悟し、それでもエルミラお嬢様に会うまではけして諦めないと心を決めていたのだが──

「あらっ!ニーナじゃないっ!っ、ふっ!久しぶりねっ!っ、ふっ!」

──なぜかエルミラお嬢様は、男物のシャツにズボンを履いて、お屋敷の周りをぐるぐると歩いていた。

「エ、エルミラお嬢様⋯⋯?」

なんでしょう。その、直角に曲げた腕を大きく振りながら大股で歩く、いかにも淑女らしくない歩き方は──なんてことが、言えるはずもなく。

「ちょっと!待ってねっ!っ、ふっ!あと2周っ!ウォーキング!っふっ!させてちょうだいっ!」
「う、うぉるきんぐ?」

なんだろうその言葉は。初めて聞いた。
そう思いながらも詳しく聞くことなどできず、私は大人しくエルミラ様があと2周するまで待った。

やがて、奇妙な散歩を終えたエルミラ様は、首にかけていたタオルで汗を拭きながら、私の方に歩み寄ってきた。

「ふぅ、いい汗かいたわ。⋯⋯で、どうしたの?」

汗を拭き拭き、エルミラ様が気さくに尋ねる。
その様子には違和感しかなかったが、せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。
私は必死に自身の窮状を訴えた。

エルミラ様に依頼を受けた通り、最高級素材を使ってウエディングドレスを仕立てていたこと。
しかし、約束した代金を支払ってもらえなかったこと。
他の依頼を断っていたため、収入の当てがないこと。
仕入れたドレス素材の支払い期限が迫っていること。
他の依頼も来なくなり、お先真っ暗であること。

本当はわかっていた。エルミラお嬢様に言っても仕方のないことだと。
伯爵家としてドレスの支払いを拒絶したのだ。その家の娘であるお嬢様にはどうしようもないのかもしれない。
それに、傷心のエルミラお嬢様にウエディングドレスの話題を持ち出すなど、傷口に塩を塗る行為だ。

伯爵家の怒りに触れるかもしれない──とは、頭の隅ではわかっていた。

だけど。それでも。
仕立て屋としての矜持も名誉も踏み躙られたことを、私はどうしても許せなかったのだ──。


「──そうだったの。ごめんなさい、ニーナ。わたしのせいで大変な思いをさせたわね」

しかし私の予想に反して、話を聞き終えたお嬢様はあっさりと非を認めた上に、謝罪までしてくださった。
むしろ私が面食らってしまう。

「え、いえ、あの⋯⋯もったいないお言葉です」
「それなら、素材の代金だけでもすぐにでも支払ってしまいましょう。請求書はこれね?」

硬く握りしめていたせいでクシャクシャになった請求書の束を取り上げ、エルミラ様は人を呼んだ。
現れた執事らしき人に、すぐに支払いなさいと命じる。執事は眉を顰めたが、何も言わずに頭を下げた。

「あ、ありがとうございます、エルミラ様」
「いいのよ。自営業って大変よね。わたしの前の父も、支払い期日の前はカリカリピリピリしていたわ。一つでも支払いが滞ると、その次の支払いが滞るのよね。まさに一蓮托生、誰かが倒れればドミノ倒しにばたばた倒れる。本当に恐ろしい世界だわ」
「⋯⋯え?前の父?え?」
「だというのに今のお父さまときたら、金はガッポリあるくせにドケチ⋯⋯ええと、超倹約家ですもの。使うアテのないドレスになんか、お金を出さないわよね」

彼女はふぅと大きく息をつくも、そのぷっくりとした可愛らしい唇は止まらない。

「きっと今ごろ、婚約破棄なんて暴挙に出た侯爵家から銅貨1枚でも多く金をむしり取ろうと、最強の弁護士軍団なんかを組織しているんだわ。可哀想に、ケツの毛まで抜かれて鼻血も出ない目に遭うのね。でもちょっといい気味」
「け、けつ?え?」
「あーあ、嫌だわ。これでわたしに疵がついてしまったから、次に嫁がされるのは金だけはある禿げたジジ⋯⋯ご老人かしら?でもねぇ、かと言ってわたし、修道院って柄でもないし、そもそも金にならないことはあの守銭奴⋯⋯お父さまがお許しくださらないだろうし、なんとか儲ける手段を考えないといけないわね」

物憂げに瞳を伏せるお嬢様は、くらりとするほどに美しい。
美しいだけに⋯⋯その口から次々発される言葉が信じられなかった。

「お、お嬢様⋯⋯?」
「あらごめんなさい。いろいろと本音がダダ漏れになってしまったわ」

淡々と謝ると、お嬢様はじっと私を見た。そんな風に見つめられるとドキドキする。
同性なのに見惚れてしまうほどお嬢様が美しいから──という理由だったのは、今からほんの数分前までだ。
今は、今度は私に対してその愛らしい唇が火を吹くのかという意味の、冷や汗を伴うドキドキだ。

「ニーナ、よかったらわたしとお茶をしない?」

だから、そう言ってにっこりと笑うお嬢様のお誘いを、断れるはずがなかった。
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