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後編
しおりを挟むそれからの日々は、本当に幸せな時間になった。
エルミラお嬢様が描いたデザイン画を元に、彼女と素材や細部のつくりを相談しながら、この世にない作品を作り上げる。
やがて完成した記念すべき一着目は、エルミラ様曰く『エンパイアスタイル』という形のドレスだった。
アンダーバストの切り替え位置を胸のすぐ下と、今までのドレスの常識を覆すほど高くし、そこから裾にかけてを自然に緩やかに膨らませる。
ゴテゴテとした派手な装飾はなく、レースと、裾に少し刺繍が入っているだけだ。それが全体を清楚に引き立てる。
完成したばかりのそのドレスを身にまとったエルミラ様を見ると、私は感涙にむせびそうになった。
「本当にお美しいです、エルミラ様⋯⋯!」
きっと女神は、このようなお姿をなさっていたに違いない。そう思わせるほどだった。
「うれしいわ。それに、とっても楽」
エルミラ様がそう言うのにも理由がある。
今のファッションでは当たり前だったが、エルミラ様は嫌っていた例のアレ──コルセットを着用していないのだ。
それでも自然な体のラインを魅せるドレスは、十分に美しかった。
「この調子で他にもいろいろ作ってみてちょうだい。わたしの商売も軌道に乗ってきたから、お金も気にしなくていいわ」
わたしの商売というのは、美容品や食品その他の品々の販売のことだろう。
エルミラ様は前世の知識を活かされて、このドレスのように、この世界にはない品物をあれこれと作り出されていた。
そう。エルミラ様が言う前世の知識というものを、私は完全に受け入れていた。
だってそうでもしないと、この素晴らしい発明品の数々を説明しきれないと思うのだ。
今この世界が位置するところよりも、一歩や二歩どころか何十歩も何百歩も進んだ先に存在するような品々は、エルミラ様がすべて一から考えたものではなく、違う世界のものを模倣したものだと言われる方が、すんなりと納得できた。
そうやって作り出した品物の中から、この世界の人々にも受け入れてもらえそうなものを売り出してみたのだ。
特に人気なのは、顔に使う化粧品や髪に塗るオイル、手足に塗る保湿クリーム類などの美容品だという。
もともとは自分のために作ってみたのよね、とはエルミラ様の言だ。
女が商売などとんでもないと、ファリノス伯爵は最初反対したものの、彼女の生み出す品物が金になるとわかると、すぐさま支援を始めた。
この見事な手のひら返しにエルミラ様は、
「さすが金の亡者のお父さまね。変わり身が早くて結構ですこと」
と、いい笑顔だった。
それでも、父君の言葉を完全に無視する形で、商売の名義を伯爵家ではなく、しっかりとエルミラ様自身にしていた。
「当然でしょう。一滴でも甘い汁を吸わせては、骨までしゃぶり尽くされて髄まで啜られるに違いないもの」
と、エルミラ様は愉快そうに笑っていた。
それからエルミラ様と相談しながら、さらに何着かのドレスを作った。
そのほとんどは、切り替え位置こそ腰のあたりであるものの、過剰に裾を膨らませず、過度な装飾をなくしたシンプルなものだった。
そして、驚くべきことにエルミラ様はそうしたドレスを着て夜会に参加された。
私個人としては素晴らしいと思うのだが、さすがに世の貴族女性方には受け入れられまいと思ったのだが、それを聞いたエルミラ様は快活に笑っていた。
「そんなことはないわよ。みなさま、素晴らしくて画期的なドレスだって褒めてくれるわ」
そうエルミラ様は言ったが、彼女謹製の美容品は貴族女性の間で爆発的人気を勝ち取るに至っている。
だから、彼女の機嫌を取るためのおべっかなのだろうと最初は思っていた。
しかし、エルミラ様を通して他の貴族女性からのドレスの仕立ての依頼が入ったり、他の仕立て屋が私への弟子入りを願ったりしたことで、その言葉もすべてがお世辞ではないのだと、やがて理解した。
「やっぱりね、みんな以前までのドレスには疲れていたのよ。数人がかりで締め上げて、たまに失神させられるコルセットに、どんどん巨大化していって馬車に乗れなくなりそうなクリノリンだもの。もっと楽な服装にしたいという願望はみんなもっていたに違いないわ」
そうだとしても、エルミラ様がファッションの最先端を行っていることには変わりないのだろう。
今の彼女は、結婚目前で婚約破棄された悲劇の令嬢ではなく、画期的な品物を世に送り続ける女性実業家だ。
そして私は、その彼女のもとで革新的なドレスを生み出し続ける超一流のドレスメーカーとなっていた。
本当に、ほんの数年前に資金繰りに苦しみ、決死の覚悟でエルミラ様のもとを訪ねたことが嘘のようだった。
「──本当にありがとう、エルミラ。あのとき私に声をかけてくれて」
あの日のように邸のテラスでエルミラと二人、お茶を飲みながらふとそんなことを言った。
貴女とはもう戦友だからとエルミラに言われ、随分前から敬称や敬語は止めてしまっている。
「なあに、突然」
優雅にティーカップを傾けていたエルミラが言う。
今の彼女は、衣服の上下がわかれたツーピースの服を着ている。下はスカートであるものの、上着は男性物のジャケットのような形をしているのだが、相変わらず彼女は美しく着こなしている。
本当は女性でもズボンタイプを履いたり、足を出したりしたいそうだが、それが受け入れられるまではまだまだ時間がかかりそうだった。
「ふと思ったの。私の人生の転機には、すべて貴女が関わっていたって」
そう言えば、彼女は美容品や運動等の力もあり、数年経ってますます磨きのかかった美貌で、美しく笑んだ。
「それを言うならあの婚約破棄ね。世間一般から見ると最悪なあの出来事によって、わたしたちの人生が変わったのだわ」
確かに、と私は頷いた。
最初は完全に巻き添えをくったと思ったのだが、まさかその最低最悪の出来事から、このような大逆転の人生が始まるなんて思わなかった。
私の仕立て屋人生にしてみればまさに、災い転じて素敵な服が転がり込んできたのだ。
「ファリノス伯爵家への賠償で一気に落ちぶれちゃった あの侯爵家に感謝ね」
「エルミラのお父様によって、尻の毛を抜かれて鼻血も出ない目に遭ったっていう、あの?」
「そうそう」
穏やかな陽射しの中、二人分の明るい笑い声が響いた。
『婚約破棄令嬢の仕立て屋ですが、完全に巻き添えをくいました。~災い転じて服と成す、なんて上手いこと言ってる場合じゃない~』
Fin.
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