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4. 現れた者たち
しおりを挟む突然響いたノックの音に、エトムントは驚愕して周囲を見回した。──ドアから聞こえた音ではなかったからだ。
「⋯⋯随分と遅かったな」
前に座る父が不機嫌そうに言う。
その顔越しに見えたのは──壁際に置かれた本棚が、滑るように横に動く様だった。
ぽっかりと開いた暗い穴から、人影が現れる。
「お待たせいたしました、陛下」
「待ちくたびれた。この愚か者との会話は疲れる」
現れたのは、父と同年代くらいの男。
エトムントは、見覚えのある白金色と同じ色の髪をもつその男を思わず指さした。
「貴様⋯⋯ッ、ダルトン公爵⁉︎ ふ、不敬だ!どこから忍び込んだ!」
王城には、非常事態に備えて貴人要人が抜け出すための隠し通路が張り巡らされているのだが。
ダルトン公爵が現れたのもその一つだろう。
しかしそれは、当然ながら機密扱いだ。王太子であるエトムントですら、すべては知らない。
王の私室に繋がる道など、その中でも最高機密にあたるために彼でさえ知らぬのに──いち家臣に過ぎぬ公爵が、その道を当然のように使うとは。
「おや、これはこれは。娘がお世話になったようで」
エトムントがきつく睨みつける先、ダルトン公爵は飄々と笑う。
だがその目には、隠すつもりもないように鋭い光が宿っていた。
「私の可愛い一人娘にとんでもない暴挙を働いてくれたな、この痴れ者めが」
「何だと⋯⋯──ッ!」
あり得ない暴言にエトムントが腰を浮かせかけ──公爵の後ろから現れた別の人物に息を呑んだ。
「ク、クリスティナ⋯⋯」
「先程ぶりでございます」
現れたクリスティナは、軽く頭を下げた。
自分の人生から退場してもらったつもりだった令嬢との予想外の再会に、エトムントは言葉を失う。
「迎えに行ったら、まさかその先に娘もいるとは。可哀想に、王太子殿下の隣に相応しいようにと、この舞踏会のためにあつらえたドレスがドロドロだ。しかもそう仕向けたのが、このドレスを褒めるべき相手だというからまた救えない⋯⋯」
たいそう立腹しているらしい公爵が尚もぐちぐちと言っていたが、エトムントの耳には入ってこなかった。
クリスティナを打ち捨てたあの離宮は、妬心に狂って邪法に手を出したという、数代前の寵妃ゆかりの場所だ。
それ故に、邪悪な魔法の影響が残るとされ、放棄されたのだ。
荒れ果てた宮殿は、邪法の影響か怨霊が棲むと噂されたり、そんな怪談まがいの噂から誰も近づかぬために犯罪者どもの格好の隠れ場所になったり、最近では"離宮の怪異"とあだ名される何かが棲みついたりと、間違いなく危険な場所だったというのに。
手足も拘束していたし、確実に無事ではないだろうと思っていたのだが──舞踏会のままのドレスに汚れは見られるものの、まさか無事だとは。
エトムントは浮かしかけた腰を再び据え、内心の動揺を悟られぬように、なんとか鷹揚に振る舞った。
「なんだ、無事だったのか。公爵に助けられたか?」
「いえ。助けてくださったのはこのお方です」
相変わらず動かぬ表情で、彼女は背後の闇を指した。
誰もいないではないかとエトムントは思い──ぎょっとした。
彼女の背後に影のように寄り添って立つ、闇色の人物に気づいたのだ。
「⋯⋯誰だ、そいつは」
不気味な奴だ。
漆黒の衣をまとい、フードを目深に被っているため、人相はおろか、性別も判然としない。──背格好から、おそらくは男だろうと思われるが。
そして──不思議なことに、エトムントは奇妙な既視感に襲われていた。
その影のような男に、見覚えがあるような──どこかで会ったような、以前から知っているような気がするのだ。
だが、エトムントはすぐにその奇妙な感覚を振り払った。
王太子たる自分が、こんな不審人物と以前に会っているはずがない。
王と王太子の御前で顔も見せぬような者だ。貴族どころか、まともな育ちの者でもあるまい。
それよりも、そんな不審人物までもが秘密の通路を通って王の私室に現れたことが問題である。
「ダルトン公爵め、なんて愚かで勝手な真似を。クリスティナに加え、そのような怪しい者までその通路から連れて来るとは。皆殺しにされたいのか」
「秘密の運び物のためですよ。⋯⋯それにしても、この通路を陛下の御前で堂々と使う時点で、王命だということは察しがつくだろうに。愚かはどちらでしょうかね」
「貴様⋯⋯ッ!」
「いちいち噛みつくな、愚か者。話が進まぬ」
王がため息を吐きながら言う。
その言葉の"愚か者"は明らかにエトムントに向けられていて、彼は歯噛みした。
父が否定しないということは、公爵の言葉通り王命が背後にあるのだろう。
だとしても──納得できない。
「こんな不審な男もいてもよいのですか?ここは王の私室だというのに──」
「聞いていた通り、本当に愚かだな」
「──何?」
自分の言葉をさえぎった声に、エトムントは眉をひそめた。
その声色に、どくりと、心臓が嫌な風に脈打つ。
男の声だったが、父の声でも公爵の声でもない。
それでも、妙に聞き覚えのあるような──。
エトムントの視線は、消去法で影の男に向いた。
男もエトムントを見ているようだ。
「少しは考えてものを言え。問題ないから俺がここに来たんだ」
「貴様⋯⋯王太子たる私にそのような口を利くなど、余程その命要らぬようだな」
「止めろ二人とも」
緊張感の高まる二人を、王の声が止める。
エトムントは忌々しげに目の前の父を睨んだ。
そもそも、父が在室を許しているのが不服でならないのだ。こんな、どこまでも不審な男。
何より、その姿に、声に感じる奇妙な既視感が、不気味極まりない。
「父上、そもそもこいつは一体──」
「私の方からご紹介いたします」
凛と響いた声は、クリスティナだった。
相変わらずの無表情で、淡々と、彼女は言う。
「こちらが、貴方が"離宮の怪異"と呼ぶお方です」
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