【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季

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28. 新しいスタート (完)

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「──そうだわ、お返事を書かないと」

何とは無しに始めた机上の整理中、見つけた手紙を手に独りつ。
差出人にはマルクスの名があり、それにはティルダから送られた手紙も一緒にしてあった。


──母の離縁とそれに関わる騒動から、半年近くが経っていた。

私は無事に女学院を卒業し、さらに未来の公爵夫人として必要な領地経営等についてもさらに深く学ぶべく、家庭教師を招いてのさらなる勉学に励んでいる。

女学院時代の最後の数ヶ月にたいへんお世話になった二人の令嬢たちとは、今も交流が続いている。
卒業間近に母の離縁に伴って姓が変わるという、かなりデリケートな時期もあったものの、彼女たちとの交友は一切変わることがなかった。
私のことを再び遠巻きにする方たちもいれば、二人とより仲良くなったことで、お近づきになれた令嬢方もいる。
総じて言うと、私の女学院生活は、当初の心配を他所に、なかなか恵まれていたと言えるだろう。

二人の令嬢とは、今でも文通を続けながら、月に数度は互いの屋敷を訪問し合う仲だ。
近いうちに一方の結婚式があるので、今から何を着て行こうか悩んでいる。とても幸せな悩み事だ。

1学年下のティルダとも、文通が続いていた。
彼女はその後正式に弟との婚約を破棄した──婚約者が死地とも言うべき辺境へ自ら志願して赴くことになったのだ。破棄されることになった責はフィングレイ家側となった。
フィングレイとなった元父は、ここでも慰謝料を払うこととなったのだが、賠償がかさんで首が回らないとプライセル公爵家に泣きついてきたのだから呆れた。

自領に引っ込んだ元父は当初、今までのようにこれからも何とかなるだろうと楽観的でいたらしい。
しかし領地経営は、祖父の代は祖父が、祖父が亡くなって爵位が父に移ってからは、母と家令─母が不在の間は私─が行っていたのだ。
一度も携わったことがないどころか、広大な領地の地名をすべて言えるかも怪しい元父は、初っ端からつまずき、未だに起き上がれていないようだった。
エンシーナ含むいくつかの土地も失っていることだし、賠償金の額は増える一方だし、この調子ではまず間違いなく赤字だろう。
むしろ、賠償金を払い切れるかも怪しい。

今回父は、国王陛下のご厚情のおかげで辛うじて奪爵は免れたが、次はないと脅しを受けている。
賠償金踏み倒しとなれば、すぐにそのとなるだろう。

そんなことがあってのプライセル公爵家への金の無心だが、当然応じなかった。
今まで散々ご自分の好き勝手に過ごしてきたのだから、これからも勝手になさってくださいという内容を懇切丁寧な言い方で手紙にしたため、母は使者に突き返していた。

とはいえ、婚約を取り付けたのは母で、親権をフィングレイ侯爵家に置いてきたとはいえ、トリスタンは実子だ。
母は母で、侯爵家の賠償とは別に、お詫びとしてティルダの父にお金を包んではいるようだ。

そんなこともあったが、今の私と彼女はよい友人同士だ。
彼女から悩み事を相談されることもあり、何度か公爵家で二人だけのお茶会もしている。
そんな彼女の最近の悩みというのが──

「⋯⋯気にしなくてもいいのに」

くすりと笑いながら、届いて目を通した当初は、その驚くべき内容に何度も読み返した手紙を見る。

マルクスからのその手紙には──ティルダに求婚することの報告が書いてあった。

マルクスが『フィングレイの断罪劇』と茶化して呼ぶあの出来事の後、彼が婚約を解消しに当家に来たときには、もう考えていたらしい。
いやきっと、こちら側の事情─母が公爵家に出戻り、私が跡取りになること─から婚約解消になるかもしれない、と告げた時点からぼんやり考えていたに違いない。

手紙には、私にくっついてティルダと何度か会っていたときから、その儚げながらも芯が強く気丈な姿に惹かれていたこと。もちろん、私との婚約が継続して婚姻に至っていれば、そんな淡い恋心など一生封印していたことが記されていた。
そして、何とか父の説得に成功し、ティルダの伯爵家に婚約を申し込みたい旨を伝えるにあたり、自分の元婚約者であり、しかも弟がティルダの元婚約者でもあるため、私にも事前に伝えるのが筋だろうと手紙を書いたという説明もあった。

なるほどこれが、私に対して失礼かもしれないと彼が言葉を濁したメリットだったのだ──と、私はやっと納得できた。

私としてはもちろん、自分のことなど気にしなくていいし、弟のことなど早く記憶から消して、是非ともティルダを幸せにしてほしいと、むしろ諸手を挙げて賛成するところだ。
マルクスの人柄は信じられるし、将来性もある。今度こそティルダは幸せになるべきなのだから。

もちろん、フィングレイ侯爵家の姉弟きょうだいの元婚約者同士の婚約だ、面白がる者たちはいるだろう。
それでも、そんなことも時間がやがて風化させてくれると思うし、何よりマルクスの想いが本物であるようなのだ。
そこに愛のない政略結婚などではなく、愛してくれる相手、愛せる相手と結婚したいと、誰だって夢見るものなのだから。

マルクスからの報告の手紙とほぼ間を空けぬように、ティルダからはその求婚をどうするべきかとの手紙が届いた。
ティルダはその相手が、当主が財務大臣に就任しようという、飛ぶ鳥を落とす勢いの侯爵家嫡男で、しかも私の元婚約者であることに、とても萎縮し、断ろうと考えているようだった。
私にわざわざ手紙を寄越したのも、万が一にも人伝に尾ひれ背びれのついた噂が先に耳に入っては、あらぬ誤解を受けるかもしれないと、配慮した結果であるらしい。

だから、何とかその気持ちを解きほぐしつつ、私の正直な気持ちを伝え、婚約が上手くいくように後押しせねばならない。
私の文才が問われる。これは絶対にしくじってはならない──そう思いながら、私は腕まくりをするような気持ちで、便箋と向き合った。


没頭していると、あっという間に昼食の時間になった。
それでも力作が書けたと思う。これを読めば、とりあえずはティルダも、マルクスと一度くらいお茶でもしてみようと思うはずだ。
そこまで漕ぎつければ、あとは風評も含めてマルクスの頑張り次第だ。それ以上は両人と両家に任せるしかない。


完成した力作を出しておくよう侍女に頼み、私は意気揚々と食堂に向かった。
扉を開けて、そして──私の姿を認めた母が、途端に表情を険しくしたのを見て、すぐに回れ右したくなった。

「⋯⋯セシリア?貴女、その格好は何かしら?」
「これは⋯⋯その、明日は家庭教師の先生がいらっしゃる日ですから、張り切って机上の整理をいたしておりました」

母は、にっこりと美しく笑った。
鬱々とした時期は随分と前に脱し、心身ともにお元気で、その美貌がますます輝いていることはたいへん喜ばしいのだが。
そんなわけがないのに、笑顔の母の背後に物語で読んだ魔王の姿が見えた。

「言い訳はお止めなさい、見苦しい。──いいこと?昼食は10分以内に食べなさい。⋯⋯貴女たち、セシリアが昼食を食べ終えたら、すぐに支度をしなさい。なんとしても1時間で完璧に仕上げるように」

上げそうになった悲鳴を笑顔の下で押し殺し、私はもちろんですわと応じた。


机上整理は現実逃避だったのだろうと言われては、否定はできない。
だって今日は、本当は大切な日だったのだから──


「⋯⋯お母様、おかしくはありませんか?」
「よく似合っているわ」
「そうでしょうか⋯⋯。⋯⋯あの、少し息が苦しいのですが」
「それも淑女の嗜みよ。我慢なさい」
「⋯⋯髪留めは曲がっていませんか?先程から気になって」
「侍女たちが完璧に仕上げたのよ?そんなことあるわけないでしょう」

小声で言い合う私たちの様子を眺めていたフィリップは、ふむと頷いた。

「緊張しておいでなのですね、お嬢様」
「そんなことは──!」
「いえいえ、大丈夫でございますよ。少しくらいは緊張なさっている方が、お相手様も喜ぶことでしょう。自分を意識してもらえているというだけで、男というものはうれしいものなのです」

そう言って、ぴしりと皺一つない燕尾服に身を包んだフィリップが快活に笑う。
私の隣に座る母もこれまた美しく着飾り、老執事の言葉に紅の引かれた唇を綻ばせた。

──今、私たちはこうしておめかしをして、庭園に設けられた東家ガゼボに座していた。

そのうち、出迎えのために邸の方に残った祖父と公爵家家令に案内されて、御三方がこちらにやってくるはずだ。
顔合わせという名目で──ラザル卿と、その奥様、そして三男でいらっしゃるエリアーシュ様──私の新しい婚約者候補の方が。

「ふふ、セシリアでも緊張するのね」
「それは⋯⋯しますわ。私も人間ですもの」
「そうよね、当然のことよね」

現実逃避に忙しくて何も準備していなかった私に激怒し、私の支度を間に合わせるために般若の形相で見張っていたとは思えないくらい、母は麗しい笑みを浮かべた。
とりあえずは機嫌が治ったようでよかったと、私は胸を撫で下ろした。

「──いらしたようです」

邸の方を見ていたフィリップが、密やかな声を出す。
私たちはすぐに立ち上がって、邸の方を見やった。

祖父と家令に続いて、二人組が見えた。
うち一人は、相変わらずいかめしい顔立ちのラザル卿だ。今日は騎士の正装をしている。
その隣でエスコートされて歩くのは、奥様だろう。

「──セシリア、別にアルフたちは見なくていいのよ。貴女のお相手は後ろよ、後ろをご覧なさい」

アルフとは、ラザル卿の愛称である。従兄妹である母とラザル卿は、それなりに親しいのだ。
こそりと囁かれた言葉に、私はあえて見ないようにしていた後方へと視線を向けた。
その先に、一人の青年がいた。

「あの方がエリアーシュ様よ」

分かっていることを、母がまた囁く。
私は大きく深呼吸をすると、気持ちを落ち着けた。

──やがて、東屋にたどり着いた御三方に向け、緊張など微塵もないというように、笑みを浮かべた。

「お久しぶりです、ラザル子爵様。そして、お初にお目にかかります、奥様、エリアーシュ様。本日はわざわざご足労いただき、ありがとうございます」

ラザル卿が応じ、奥様が軽く頭を下げる。
子息も追いつき──私を見た。

「プライセル家のセシリアと申します。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」

私は堂々と胸を張りながら会心の笑みを浮かべると、丁寧にカーテシーをした。


Fin.
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