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第1章 転生令嬢たちは決意する。
13. お茶会のその後
しおりを挟むクレヴィング侯爵家に訪れていた貴族子女たちの馬車が去っていく音が途切れてからしばらく。
客の見送りを終えたアドルファスが、ひどく疲れ切った様子で別邸にある自室に戻った。
「あぁ、ドルフ。どうした、随分と疲れているようだが」
「⋯⋯誰のせいだ⋯⋯」
カウチソファに優雅に横たわって読書していた金髪の美青年が、ひらりと手を上げる。
第二王子レイフォード・アルムガルトゥスだった。
「誰のせい?まさか、私のせいだとでも言うのか?仕方なしにお前の部屋で待っていてやったというのに」
「そもそもただでさえ忙しい日に、王子殿下がお忍びで押しかけてくる時点で大迷惑なんだ!」
招待客の出迎えに立っていたアドルファスのもとへ、わざわざお忍び用の紋章のない馬車で乗りつけ、窓から優雅に手を振った放蕩王子がよくぞのたまう。
回れ右させようとしても、嫌だ帰らないと駄々をこねる我儘王子を、仕方なしに秘密裏にこの自室まで運んで、閉じ込めておいたのだ。
家人に気づかれなかったのは不幸中の幸いだろう。
「それで、何かあったんだろう?」
対面にどかりと腰を下ろしたアドルファスに、レイフォードは楽しそうに問いかける。
「何でそう言えるんだ」
「お茶会が終わって早々に、馬車が一台帰って行っただろう。普通はもう少し名残を惜しむものだ。何事かあったとしか思えない」
あっさりと言うレイフォードに、アドルファスは目をみはった。
本邸からは少し離れた位置にある別邸のこの部屋からでも、表の様子に気づくとは。
一般的には『変わり者』と評されるレイフォードだが、その実、観察眼の鋭い切れ者でもあるとアドルファスが思う所以だ。
それに、とレイフォードは笑う。
「お前が私の来襲ごときでそこまでやつれるはずがないだろう」
いい笑顔の主に、アドルファスは固まった。
今でも長男などは、レイフォードの側仕えをするアドルファスを憎らしそうに思っているようなのに。
──代われるものなら俺が代わりたい、と。叶うはずもない苛立ちを押しこめた。
「で、何があった?」
「⋯⋯ヴェインローゼの姉妹が途中で席を外した。それで、その後もゴタゴタが続いたんだ」
その言葉に、レイフォードがまたたいた。
「席を外した?何故そうなった」
首を傾げるレイフォードに、アドルファスはかいつまんで事情を説明した。
平民暮らしの長い妹が粗相をしたこと。
それに続いて姉も粗相をしたこと。
汚れたドレスを理由に、二人で席を外したこと。
「──おかしいな」
「何がだ?」
「結局、一台早々に帰っている。おそらくヴェインローゼの姉妹の馬車だろうが⋯⋯。絶好の人脈づくりの場なんだ、多少のドレスの汚れには目をつぶってでも、少しでも長く会場で過ごしたいものだろうに、なぜ早く帰ったんだ?」
「ああ」
今の話を聞けば、確かにそう思うだろう。
だが、実際に起きていたことは、もっと気分のよくないものであったようなのだ。
アドルファスは息をついてから、その後にあったことを話した。
◇
「──何があったのでしょうか」
ヴェインローゼの姉妹が去ってからしばし。
アーテルからの一方的な話では現状を把握できなかったアドルファスが姉妹の座っていたテーブルに向かうと、そこに座する令嬢たちは顔を見合わせた。
「何って⋯⋯ねぇ?驚きましたわ。アーテル様はあれだけ慈悲深いお姉さまという風でしたのに、ルチア様のちょっとした粗相に激怒なさって」
「ええ。まさかお紅茶をかけてしまわれるとは。熱くなかったのかしら?ルチア様が心配だわ」
「本当、可哀想ですわね。無理に引っ張って行ってしまわれましたし。このあと別室で折檻でもなさるのかしら?」
「恐いわぁ。お優しいお姉さまは演技だったのね。あの剣幕に毒々しいドレスの色がよく合っておりましたわ」
「それにしても、それで招待されたお茶会で席を外されるなんて。クレヴィング侯爵家と婚約関係にあるからって、無礼が過ぎるのではないかしら」
口々に令嬢たちが喋る言葉に、アドルファスは顔をしかめた。
以前の手紙からは変化を感じていたのだが──気のせいだったということか。
「ふふ。貴女たち、随分と愉快な解釈をなさっているのね?」
そこに響いたのは、嘲笑混じりの涼やかな声だった。
居合わせた全員の視線が、華やかな容姿の侯爵令嬢に釘づけになる。
「アーテル様はルチア様の失態を誤魔化すために、あえてご自分が泥を被られたのではなくて?それがわからぬとおっしゃるなら、来年のデビュタントに向けてもう少しお勉強なさった方がよろしくってよ」
アンネロッサの言葉に、令嬢たちは押し黙った。
それに流し目を送り、彼女は嫣然と笑う。
「人の失敗を嘲笑い、うるさくさえずることしかできない方々ですものね。アーテル様が無礼を承知で席を外されたのもわかるわ。少しはご令嬢らしく慎みを備えられた方がよろしいわよ、皆さん」
「トレンメル侯爵令嬢、そのくらいに」
「ええ、もちろんよ。わたくしには弱者をいたぶる趣味はありませんから」
アドルファスの制止に、口元に笑みを浮かべながら応じるが、その翠玉の瞳に温度はない。
そんな瞳に流し目を送られ、令嬢たちはそろって顔を青くした。
アンネロッサはその様子を一瞥すると、席を立った。
「申し訳ないけれど、お席を替えていただけないかしら。こんな低俗な方たちと一緒では楽しめないわ」
「それは⋯⋯」
「それと、これはわたくしからの忠告ですけれど。──お付き合いするお家はよく考えて選んだ方がいいわ、クレヴィング侯爵令息。貴方は第二王子殿下の侍従でしょう?」
お通夜のように静まり返ったテーブルをそれ以上見ることもなくそう言ったアンネロッサは、これ以上この場にいたくないとばかりに、室内にあらかじめ設置されているベンチの方へと向かっていってしまった。
◇
「──アンネロッサ⋯⋯トレンメル侯爵令嬢か。知っているぞ、なかなか芯の強いお嬢さんだな。私の婚約者候補に挙がっていた」
顎に手をやったレイフォードがそう言う。
デビュタントを目前にしているのに婚約者のいない王子殿下には、懲りることなく大量の釣書が届き、親が自分の娘を売り込むのだ。
──もちろん、彼には彼なりの思惑があって婚約者不在を貫いているのだが。
それにしても、とレイフォードは笑う。
「お前から聞いていた話と、今聞いた話、随分とアーテル嬢の印象が違うな」
「それは──俺も思っていた」
招待されたお茶会で姉妹そろって粗相するなど、どんな粗忽者の令嬢かと思ったのだが。
どうやら彼女は、褒められた方法ではないかもしれないが、それでもおそらくは妹を護るために行動したのだとわかったのだ。
そこには、どこまでも高慢で居丈高な令嬢の姿はない。
護るべきもののためには、手段を選ばず、自らを犠牲にすることも厭わない高潔な令嬢がそこにいた。
「少し、興味が湧いた」
「そうか。何よりだ」
アドルファスの言葉に、レイフォードが頷く。
アドルファスが知る以前までの姿と、本日見せた姿。
いったい、どちらが本物の彼女であるのか。
アーテル・ヴェインローゼに対して冷え切っていたはずの心が、僅かだが確かに動いたのを感じた。
今この場にいない令嬢を想っているらしい侍従を見ながら、レイフォードもまた考えていた。
遠目にちらと見えた、ゆるく波打つ白金髪をもつ、少女と呼んで差し支えない小柄な女性。
彼女こそが、喪われたと言われていた"聖女"の力の継承者。
使い手の絶えた光魔法と思しき魔法を使ったという令嬢なのだ。
「──私の婚約者候補の筆頭かな」
どこかおもしろがるように、レイフォードは呟いた。
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