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3 王立べラム訓練学校 高等部1
3-6話 借刀殺人1
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ルーセントたちは、オルマンの街に向けて順調に馬車を走らせていた。
オルマンの街は、王都から七〇キロメートルほど北へ進んだ場所に存在する。途中、アンゲルヴェルク王国の領土を三方向に分断する大河『コロント河』を越えなければならない。
所々で馬の休憩を挟みつつ、日が暮れかけてきたところで、コロント河手前にある七万人が住む小都市『リレーシャ』へと辿り着いた。
この街は、七メートルほどの高さがある城壁に囲まれ、地面を灰色と黒い石畳が覆う活気のある場所であった。日が落ちかけ、薄紫色に照らされた街は神秘的な表情を漂わせている。
街の中心を通る大通りを走り、目的の宿の駐車場に馬車を止めると、将軍の部下達が馬を馬車から解放する。そして、少し離れた場所にある厩舎に馬を預けに馬車を離れていった。将軍が戻ってきた部下を見て、それぞれに指示を飛ばす。
「宿をとったあとは四時間交代で馬車の警護をしろ。いいな」
「かしこまりました」
護衛の兵士たちが返事とともに散会すると、将軍の元に指示を仰ごうとルーセントたち訓練生が集まる。
「あの将軍、自分たちは何をしたらいいんでしょうか?」
「ああ、今回お前たちは商人だからな、警護に加わる必要はないぞ。ここからはロイに従え。ああ、そうだ。俺の名前は今からディアスと呼べ、将軍とも呼ぶなよ」
「分かりました」
将軍に呼ばれたロイがルーセントたちの前にやって来る。柔和な表情のまま落ち着いた声を出す。
「まずは二人ずつに別れて荷物の点検を行いましょう。パックスは私と一緒に来てください。冷凍用の氷がなくなりそうなので、氷魔法で補充していただけますか?」
「お? それならおれの得意分野だな。任せてください」
「それは頼もしいですね、では行きましょう」
パックスが親指を立てて自信を表すと、ロイはルーセントとフェリシア、ティアとヴィラに商品の名前と個数が印刷されている紙とペンを渡し、パックスとともに馬車へと戻っていった。
パックスとロイを見送ったフェリシアが、自分たちも点検を始めようとルーセントに振り向く。
「じゃあ私たちも点検始めようか。あ、ライトあった方がいいよね」
「そうだね、もう暗くてよく見えないから持ってきてもらっていい?」
「分かった! 待ってて」
フェリシアは御者台の方に走っていくと、備品箱の中から一本の黒い棒状のライトを持って戻ってくる。
「お待たせ、始めよっか」
ルーセントたちは手前にある荷物を降ろしていくと、丁寧に点検を始めていった――。
将軍は部下とともに、商業区に何個かある商店街のひとつに来ていた。
「ここは王都と違った趣があって、なかなか良い場所だな」
「そうですね。こういった庶民的な店は王都にはありませんからね」
将軍は隣を歩く部下に声をかけると、奥へと進んでいく。商店街は屋根が付いただけの露店が軒を連ね、客を呼び込む声で溢れていた。
かごや木箱の中に野菜や果物、香辛料等が置かれ、世間話に興じる者、値切ろうと交渉を続ける者など買い物客で賑わいを見せていた。
露店のある通りは幅が広く、両サイドに店が連なり、通路の中央には金属と木材で作られたテーブルセットが置かれ、食事も出来るようになっていた。それでも通路には余裕があり、詰まることなく人が流れて行く。
何軒かの露店をやり過ごしたとき、将軍は一軒の店の前で足を止めた。
「これは、面白いものが売っているな。付けヒゲ屋か」
「お、旦那、一つどうだい? なくても凛々しいが、うちのヒゲを付けたらもっと凛々しくなっちまうぜ」
「そうか? 俺はあまり伸びないからな、こういうのも悪くないな」
将軍が長いヒゲを手に取り、他のものも物色していると、部下の一人が困ったように話しかけてくる。
「兄貴、正気か? いくらなんでもその長いのはないだろう。そんな長いヒゲを生やした冒険者なんて見たことないぞ。仙人にでもなるつもりか?」
「このくらいあった方が強そうだろう。ウォルビスもどうだ? 変装と言えばヒゲだろう」
「いや、俺はいいよ。それに兄貴はもう十分強いだろう。それ以上厳つくなってどうするんだ? それにどうせ付けるなら、こっちの方が良いんじゃないか?」
うんざりしたような、諦めにも似た表情で話しかけるのは、ディフィニクス前将軍の弟『ウォルビス・ローグ』だった。
ウォルビスは金髪の短い髪が特徴的で、一八〇センチメートル近くある長身に、日焼けをした浅黒い肌が鍛えられた身体をより一層にたくましく見せていた。
見本を眺めるウォルビスは、数ある付けヒゲから一つを選ぶと将軍へと手渡した。
「そんなに悪いと思わないんだがな。……おお、これもスッキリしていて良いな」
ウォルビスから手渡されたものは、口の上から両サイドを下まで通ってアゴまでつながり、もう一方は口の下から細いヒゲがアゴまでつながり、アゴ下五センチメートルまであるヒゲだった。
「よく似合っておりますよ。こいつは一箱に三十個入って七千リーフですが、いかがですか?」
「なかなか良い値段するんだな」
「そりゃもう、うちのは人の髪の毛を使って丁寧に作ってるんで、そこらの商品とは一味違うんですぜ」
「普通は獣の毛を使うと言うが、良い買い物かもしれんな。一つもらおうか。」
「まいど、付け方は今からやって見せるんで覚えてくださいよ。糊はサービスで付けときますぜ。温度と水に反応して取れるんで、取るときは熱めのお湯で取ってくだせい」
ディアスは店主から商品を受けとるとヒゲを付けてもらう。気分をよくしたのか笑みを浮かべて部下に振り返る。
「どうだ? あるとないとじゃ印象が変わるもんか?」
「驚きですね、全然違います。さらに威厳が増しましたよ」
「まったくだな。見違えたぞ、兄貴。まるで大将軍って感じだ。これなら義姉上も惚れ直すんじゃないか?」
「そうか? それは楽しみだな。今日は気分が良い、夕飯は俺が全部だそう」
部下たちに褒められた将軍は、上機嫌で夕飯を奢ると口にすると、すぐに弟のウォルビスが言葉巧みに誘導していく。
「兄貴、露店で食べるのは軍営を思い出して味気ないから、どこか洒落たレストランにでも行かないか?」
「それもそうだな。せっかくだ、評判が良さそうな店にでも行ってみるか」
ウォルビスの言葉に乗せられた将軍が、レストランを探すように歩き出す。将軍の後ろではウォルビスが仲間に親指を立てて、軽く下唇を噛みニヤけるとウインクをして合図を送った。
仲間からもよくやったとジェスチャーが送られ意気揚々と歩いていった。
ここは、宿の駐車場。
ライトに照らされて荷物の点検をしていたルーセントが声をあげる。
「よし、これで終わりだ。お疲れさまフェリシア」
「お疲れさま。お茶あるよ、飲んで」
フェリシアからお茶の入った缶を受けとると、ルーセントはふたを開けて飲み干す。
一息つくと他の仲間も点検を終えて、ルーセントの元へと話しながら集まってきた。
「こっちも終わりましたよ~。おなか減りました、早くご飯を食べに聞きましょう」
「さすがはドラグミス商会ですね。品質の良い素材ばかりで、欲しくなってしまいましたよ。錬金術師にはたまらない馬車でした」
ティアとヴィラが本能丸出しで戻ると、奥にある三台目の馬車からロイとパックスが会話をしながら戻ってくる。
「いや~見事な腕前ですな。あんな丈夫でいつまでもなくならない氷は初めて見ましたよ」
「任せてください! おれにはあれしか取りえがないんで」
「ほっほっほ、それでしたら、失業した暁にはうちに来てください。喜んで雇いますよ」
全員がルーセントの元にそろうと、ティアがロイの言葉を聞いてパックスをからかい始める。
「良かったじゃないですか! 就職決定ですよ。少ない取りえの活躍先が決まって私もひと安心です」
ティアが「やったね!」と親指を立ててパックスに突き出すと、見事な反射神経でパックスがティアの額をはたいた。
「おぐぅ!」
「ったく、こいつはいつもいつも。大体、冒険者が失業するときって手足がなくなったときだろうが、働けないだろう!」
パックスの言葉を聞いたロイは、その瞳を鋭く光らせる。開く口から出てくるのは、自慢に溢れた自社の商品紹介だった。
「大丈夫です。わが社には義手義足、車椅子までありますから問題ありません。お安くしますよ」
「金取るのかよ! もう勘弁してよ。まだ夢と希望を持った若者なんだぞ。絶対世話になんかならないからな!」
みんなが笑い出すと、ルーセントたちの護衛を任されている兵士二人が会話に割り込む。
「ルーセント、終わったのならご飯を食べに行こう。まだ旅は続く、早く休んだ方がいいだろう」
「そうですね。でも、どこに行けばいいんでしょうか? ここら辺には来たことがないんで分からないのですが」
ルーセントの言葉に、この街を頻繁に訪れるロイが自信に満ち溢れた表情で口を挟む。
「それでしたら、私にお任せください。行きつけのレストランがあります。そこへ行きましょう、今日は私がごちそうしますよ。好きなだけ食べてください」
みんなから歓声の声が上がると、ルーセントが肩にかけていたカバンから、きゅうちゃんが目を覚まして出てきた。
「きゅ? きゅ?」
ルーセントの頭の上まで登ると、少し眠そうにしながらも辺りをキョロキョロと見回していた。
「おはよう、きゅうちゃん。今からご飯だよ。あ、ロイさん。きゅうちゃんも中に入れますか?」
「そうですね。……まぁ、大丈夫でしょう。ただ、席につくまではカバンの中に入れておいてくださいね」
「だってさ、きゅうちゃん。悪いけど店の近くまで来たらカバンの中に入ってね」
「きゆう」
分かったと力強く一言鳴くと、ルーセントの肩の上にちょこんと座った。そして護衛の二人を含めた計八人が、ロイ行きつけのレストランへと向かっていった――。
二時間ほどがたち、食事を終えたルーセント一行が店を出ると、空はすっかり暗くなっていた。
街にはオレンジ色の街灯がそこかしこにともり、優しい光を放ち煌々と輝いていた。
白っぽいレンガと、茶色の濃いレンガで建てられている建物が、オレンジ色に照らされて神秘性が一層引き立てられている。少し露店を回ろうと言うロイの提案で、寄り道をすることになった。
将軍も通った商店街を奥へと進み、皆が楽しそうにいろいろな店を眺め歩く。ところが、少し離れた場所から突如、男の怒鳴り声が辺り一帯に響いた。
「貴様! 誰に言ってるのか分かってるのか! 誰のおかげで平和に暮らせていると思ってるんだ? ああ?」
「も、申し訳ありません。ど、どうかお許しを」
ルーセントたちは、ただ事じゃない状況に声の主がいる場所まで急いで向かう。そこには、護衛を連れた身なりの整った若者が、倒れている店主とそれをかばう若い娘に剣を向けているところだった。
オルマンの街は、王都から七〇キロメートルほど北へ進んだ場所に存在する。途中、アンゲルヴェルク王国の領土を三方向に分断する大河『コロント河』を越えなければならない。
所々で馬の休憩を挟みつつ、日が暮れかけてきたところで、コロント河手前にある七万人が住む小都市『リレーシャ』へと辿り着いた。
この街は、七メートルほどの高さがある城壁に囲まれ、地面を灰色と黒い石畳が覆う活気のある場所であった。日が落ちかけ、薄紫色に照らされた街は神秘的な表情を漂わせている。
街の中心を通る大通りを走り、目的の宿の駐車場に馬車を止めると、将軍の部下達が馬を馬車から解放する。そして、少し離れた場所にある厩舎に馬を預けに馬車を離れていった。将軍が戻ってきた部下を見て、それぞれに指示を飛ばす。
「宿をとったあとは四時間交代で馬車の警護をしろ。いいな」
「かしこまりました」
護衛の兵士たちが返事とともに散会すると、将軍の元に指示を仰ごうとルーセントたち訓練生が集まる。
「あの将軍、自分たちは何をしたらいいんでしょうか?」
「ああ、今回お前たちは商人だからな、警護に加わる必要はないぞ。ここからはロイに従え。ああ、そうだ。俺の名前は今からディアスと呼べ、将軍とも呼ぶなよ」
「分かりました」
将軍に呼ばれたロイがルーセントたちの前にやって来る。柔和な表情のまま落ち着いた声を出す。
「まずは二人ずつに別れて荷物の点検を行いましょう。パックスは私と一緒に来てください。冷凍用の氷がなくなりそうなので、氷魔法で補充していただけますか?」
「お? それならおれの得意分野だな。任せてください」
「それは頼もしいですね、では行きましょう」
パックスが親指を立てて自信を表すと、ロイはルーセントとフェリシア、ティアとヴィラに商品の名前と個数が印刷されている紙とペンを渡し、パックスとともに馬車へと戻っていった。
パックスとロイを見送ったフェリシアが、自分たちも点検を始めようとルーセントに振り向く。
「じゃあ私たちも点検始めようか。あ、ライトあった方がいいよね」
「そうだね、もう暗くてよく見えないから持ってきてもらっていい?」
「分かった! 待ってて」
フェリシアは御者台の方に走っていくと、備品箱の中から一本の黒い棒状のライトを持って戻ってくる。
「お待たせ、始めよっか」
ルーセントたちは手前にある荷物を降ろしていくと、丁寧に点検を始めていった――。
将軍は部下とともに、商業区に何個かある商店街のひとつに来ていた。
「ここは王都と違った趣があって、なかなか良い場所だな」
「そうですね。こういった庶民的な店は王都にはありませんからね」
将軍は隣を歩く部下に声をかけると、奥へと進んでいく。商店街は屋根が付いただけの露店が軒を連ね、客を呼び込む声で溢れていた。
かごや木箱の中に野菜や果物、香辛料等が置かれ、世間話に興じる者、値切ろうと交渉を続ける者など買い物客で賑わいを見せていた。
露店のある通りは幅が広く、両サイドに店が連なり、通路の中央には金属と木材で作られたテーブルセットが置かれ、食事も出来るようになっていた。それでも通路には余裕があり、詰まることなく人が流れて行く。
何軒かの露店をやり過ごしたとき、将軍は一軒の店の前で足を止めた。
「これは、面白いものが売っているな。付けヒゲ屋か」
「お、旦那、一つどうだい? なくても凛々しいが、うちのヒゲを付けたらもっと凛々しくなっちまうぜ」
「そうか? 俺はあまり伸びないからな、こういうのも悪くないな」
将軍が長いヒゲを手に取り、他のものも物色していると、部下の一人が困ったように話しかけてくる。
「兄貴、正気か? いくらなんでもその長いのはないだろう。そんな長いヒゲを生やした冒険者なんて見たことないぞ。仙人にでもなるつもりか?」
「このくらいあった方が強そうだろう。ウォルビスもどうだ? 変装と言えばヒゲだろう」
「いや、俺はいいよ。それに兄貴はもう十分強いだろう。それ以上厳つくなってどうするんだ? それにどうせ付けるなら、こっちの方が良いんじゃないか?」
うんざりしたような、諦めにも似た表情で話しかけるのは、ディフィニクス前将軍の弟『ウォルビス・ローグ』だった。
ウォルビスは金髪の短い髪が特徴的で、一八〇センチメートル近くある長身に、日焼けをした浅黒い肌が鍛えられた身体をより一層にたくましく見せていた。
見本を眺めるウォルビスは、数ある付けヒゲから一つを選ぶと将軍へと手渡した。
「そんなに悪いと思わないんだがな。……おお、これもスッキリしていて良いな」
ウォルビスから手渡されたものは、口の上から両サイドを下まで通ってアゴまでつながり、もう一方は口の下から細いヒゲがアゴまでつながり、アゴ下五センチメートルまであるヒゲだった。
「よく似合っておりますよ。こいつは一箱に三十個入って七千リーフですが、いかがですか?」
「なかなか良い値段するんだな」
「そりゃもう、うちのは人の髪の毛を使って丁寧に作ってるんで、そこらの商品とは一味違うんですぜ」
「普通は獣の毛を使うと言うが、良い買い物かもしれんな。一つもらおうか。」
「まいど、付け方は今からやって見せるんで覚えてくださいよ。糊はサービスで付けときますぜ。温度と水に反応して取れるんで、取るときは熱めのお湯で取ってくだせい」
ディアスは店主から商品を受けとるとヒゲを付けてもらう。気分をよくしたのか笑みを浮かべて部下に振り返る。
「どうだ? あるとないとじゃ印象が変わるもんか?」
「驚きですね、全然違います。さらに威厳が増しましたよ」
「まったくだな。見違えたぞ、兄貴。まるで大将軍って感じだ。これなら義姉上も惚れ直すんじゃないか?」
「そうか? それは楽しみだな。今日は気分が良い、夕飯は俺が全部だそう」
部下たちに褒められた将軍は、上機嫌で夕飯を奢ると口にすると、すぐに弟のウォルビスが言葉巧みに誘導していく。
「兄貴、露店で食べるのは軍営を思い出して味気ないから、どこか洒落たレストランにでも行かないか?」
「それもそうだな。せっかくだ、評判が良さそうな店にでも行ってみるか」
ウォルビスの言葉に乗せられた将軍が、レストランを探すように歩き出す。将軍の後ろではウォルビスが仲間に親指を立てて、軽く下唇を噛みニヤけるとウインクをして合図を送った。
仲間からもよくやったとジェスチャーが送られ意気揚々と歩いていった。
ここは、宿の駐車場。
ライトに照らされて荷物の点検をしていたルーセントが声をあげる。
「よし、これで終わりだ。お疲れさまフェリシア」
「お疲れさま。お茶あるよ、飲んで」
フェリシアからお茶の入った缶を受けとると、ルーセントはふたを開けて飲み干す。
一息つくと他の仲間も点検を終えて、ルーセントの元へと話しながら集まってきた。
「こっちも終わりましたよ~。おなか減りました、早くご飯を食べに聞きましょう」
「さすがはドラグミス商会ですね。品質の良い素材ばかりで、欲しくなってしまいましたよ。錬金術師にはたまらない馬車でした」
ティアとヴィラが本能丸出しで戻ると、奥にある三台目の馬車からロイとパックスが会話をしながら戻ってくる。
「いや~見事な腕前ですな。あんな丈夫でいつまでもなくならない氷は初めて見ましたよ」
「任せてください! おれにはあれしか取りえがないんで」
「ほっほっほ、それでしたら、失業した暁にはうちに来てください。喜んで雇いますよ」
全員がルーセントの元にそろうと、ティアがロイの言葉を聞いてパックスをからかい始める。
「良かったじゃないですか! 就職決定ですよ。少ない取りえの活躍先が決まって私もひと安心です」
ティアが「やったね!」と親指を立ててパックスに突き出すと、見事な反射神経でパックスがティアの額をはたいた。
「おぐぅ!」
「ったく、こいつはいつもいつも。大体、冒険者が失業するときって手足がなくなったときだろうが、働けないだろう!」
パックスの言葉を聞いたロイは、その瞳を鋭く光らせる。開く口から出てくるのは、自慢に溢れた自社の商品紹介だった。
「大丈夫です。わが社には義手義足、車椅子までありますから問題ありません。お安くしますよ」
「金取るのかよ! もう勘弁してよ。まだ夢と希望を持った若者なんだぞ。絶対世話になんかならないからな!」
みんなが笑い出すと、ルーセントたちの護衛を任されている兵士二人が会話に割り込む。
「ルーセント、終わったのならご飯を食べに行こう。まだ旅は続く、早く休んだ方がいいだろう」
「そうですね。でも、どこに行けばいいんでしょうか? ここら辺には来たことがないんで分からないのですが」
ルーセントの言葉に、この街を頻繁に訪れるロイが自信に満ち溢れた表情で口を挟む。
「それでしたら、私にお任せください。行きつけのレストランがあります。そこへ行きましょう、今日は私がごちそうしますよ。好きなだけ食べてください」
みんなから歓声の声が上がると、ルーセントが肩にかけていたカバンから、きゅうちゃんが目を覚まして出てきた。
「きゅ? きゅ?」
ルーセントの頭の上まで登ると、少し眠そうにしながらも辺りをキョロキョロと見回していた。
「おはよう、きゅうちゃん。今からご飯だよ。あ、ロイさん。きゅうちゃんも中に入れますか?」
「そうですね。……まぁ、大丈夫でしょう。ただ、席につくまではカバンの中に入れておいてくださいね」
「だってさ、きゅうちゃん。悪いけど店の近くまで来たらカバンの中に入ってね」
「きゆう」
分かったと力強く一言鳴くと、ルーセントの肩の上にちょこんと座った。そして護衛の二人を含めた計八人が、ロイ行きつけのレストランへと向かっていった――。
二時間ほどがたち、食事を終えたルーセント一行が店を出ると、空はすっかり暗くなっていた。
街にはオレンジ色の街灯がそこかしこにともり、優しい光を放ち煌々と輝いていた。
白っぽいレンガと、茶色の濃いレンガで建てられている建物が、オレンジ色に照らされて神秘性が一層引き立てられている。少し露店を回ろうと言うロイの提案で、寄り道をすることになった。
将軍も通った商店街を奥へと進み、皆が楽しそうにいろいろな店を眺め歩く。ところが、少し離れた場所から突如、男の怒鳴り声が辺り一帯に響いた。
「貴様! 誰に言ってるのか分かってるのか! 誰のおかげで平和に暮らせていると思ってるんだ? ああ?」
「も、申し訳ありません。ど、どうかお許しを」
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