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第4話② 開発主任

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「どういう意味で?」
「文字通り、私があの子の開発主任やってたのよ。なんせあの子の前の世代が私だからね~。当然っちゃ、当然よね☆」

 前の世代――御鈴波が言っていた『サンプルボーイ』の旧世代型、ということだろうか。となると、目の前のこの女性もまた、自分より強いのでは――? ゴッ太郎はそんな風に湧き上がってきた疑問をなんとか喉元で押し殺すと、別に湧いてきた質問を投げた。

「前の世代と今の世代って何が違うんスか?」
「まず人数が違うわね~。私達、旧世代型はある程度の人数と全く違う属性を持った青少年たちから成る先進教育と収斂しゅうれん型育成の実験台だったから、優秀で若干規格外程度にスペックは収まってたわけ。
 でも最新世代はたった一人。スペアもない、完全なオーダーメイドヒューマン。性能の差は歴然よね。それが反逆してくるとはボスも思ってなかったみたいだし。優秀にしすぎちゃった☆」

「……なんだか、混乱する話だなあ」
「でしょうね~。なんだったら奥に個室ベッドあるけど使う? 私用のだからちょっと掃除しなきゃだけど」
「いいや、いいッス。もう十分聞けたんで。そろそろ戻らないと」

 ゴッ太郎は蹌踉よろめきながら立ち上がろうとして、自らの身体が何も纏っていないことに気がついた。生まれたままの全身が、ずっと洋華の前に晒されていたのだ。

 二度見しても、洋華は焼き菓子を頬張ったまま、穏やかな顔でずっとこちらを見ている。ゴッ太郎は沈痛な面持ちで布団の中に潜り込んだ。

「ゴッ太郎くんて、いい身体してるわよね。すごく健康的で男らしくって――若さっていいわねえ☆」
「……なんで言ってくれなかったんスか」
「見てたいものを隠して貰うように言う義理もないじゃない。あっ、制服貸与あるけど、使う? 後でボスに支給してもらうように言っとくけど」
「お願いします」

 真新しい制服に袖を通す動きでさえ、ゴッ太郎の全身は痛みを発していた。けれどこのまま寝ていても、問題は何も解決しない。震える体にむち打って、ゴッ太郎は闇雲にでも動き始めなければならなかった。

「……どうも助かりました」
「今日から帰る前と、登校したらすぐ来ること。夜の分と朝の薬を処方します」
「りょーかいっス、ところで……」
「なに?」
「先生って、ひょっとして強いんスか? ほら、玄明はあんなにインチキなくらい強いわけで。旧世代型なんて言いましたけど、先生も相当なんじゃ……」
「やぁ~~~ねえ、もお~~~」

 洋華はゴッ太郎の身体をペチペチと優しく叩きながら、全身で優しく抱きしめた。ふわりと香る、どこか大人っぽい酸味と甘さの混じった香りに包まれたゴッ太郎は、肉体の緊張がほぐれていくのを感じていた。

「うちの作品にボコボコにされちゃったせいで、自信無くしてるのね。でも、大丈夫よ。わたしは全然強くない。ゴッ太郎くんの方がきっと強いと思うわ。自信を持って。うちのボスも君には期待してるんだから。ね。男の子でしょ。もっと背伸びして、大きく見せなさい。それが本物になりさえすれば、あなたの勝ちなんだから」

 背中を優しく撫でる手は、赤ん坊でもあやすみたいに慈愛の体温を以てゴッ太郎を慰めていた。その手は、戦いに身を置く者が負けた時――その苦しみをどこかで知っている。

「不安だったら、いつでもおいで。先生がなんでもしてあげるから」
「……すんません。ありがとうございます」
「うん。いってらっしゃ~い」

 洋華に手を振り見送られ、ゴッ太郎は燦々と日差しの降る校舎の中へ消えていく。
 ゴッ太郎が見えなくなると洋華はデスクに戻ると勢いよく椅子に座り、回転しながらモニターの横に並んだ何枚かの写真立てから一枚を取り出して眺めた。そこには懐かしい日々を切り取った一瞬が、色褪せることなく残っている。

 取り出したのは、幼い玄明と洋華が机を囲んで楽しそうに知育ゲームで遊んでいる写真だった。洋華は、今でもこの写真を撮った時の温度も湿度も、玄明の心拍数でさえ思い出せる。

「なっつかしいなあ。あの頃は、こんなに素直だったのに。いつからあんなに反抗的になっちゃったのかしら」

 思い起こすに、幼い玄明は何度も洋華のことを『お母さん』と呼び間違えたものだ。それもそのはず、玄明は技研にいる時間の方が、実の母と過ごす時間よりも長かったのだから。その中で一番世話を見ていた洋華のことをもう一人の母として認知していても、なんら違和感はなかった。

「はるく~~~ん。いつでも帰っておいでね」

 写真の中の玄明の頭を撫でる。洋華は、玄明のことを信じ続けている。玄明は、必ず自分の元へ帰ってきてくれる。玄明が何度も母と洋華を間違えたように、洋華もまた、玄明のことを子供だと間違えている。洋華自身もそのことを自覚してはいる。けれど、それでも――我が子には、胸の中に帰ってきて欲しい。それが洋華の、たった一つの切なる願いだった。
 
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