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第四章 朝闇の深林
盂蘭盆会の祭礼
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「難波宮に比べるとやはり見劣りがする」
飛鳥後岡本宮に対する葛城王の感想は率直だった。側にいるのが鎌子だけならば、葛城王は思ったことをそのまま口に出すことが多い。
「仕方ありません。葛城王が王位を継いだ時には難波宮よりも壮大な王宮を造りましょう」
葛城王は背後に座る鎌子を肩越しに軽く振り向いて頷くと、また視線を王宮へ戻した。
葛城王と鎌子がいるのは飛鳥に新たに建てられた葛城王の邸だった。
飛鳥後岡本宮での葛城王の邸は、王宮の北側に板柵を挟んで建てられている。建てられたばかりの白木がまだ強く香る新たな主殿の廻廊に、二人は敷物も置かないまま座っていた。
視線の先には王宮の建物の屋根が幾重にも重なって見えている。晩秋の陽が屋根を照らし、昨夜降った雨が水蒸気となって杮葺きの端々から微かに白く立ち昇っていた。
邸のすぐ西側には飛鳥川が流れている。邸のさらに北側には官人たちが働く役所が建てられるはずだが、まだ所々が造営中だった。
難波に王宮を置いていたのは十年足らずとはいえ、海原を間近に眺める難波の広い平地に慣れてしまった目から見ると、懐かしいはずの飛鳥の土地がひどく手狭なように感じるのは葛城王だけでなく鎌子も同じことだった。
「鎌子、引き続き新たな王宮を建てる土地の選定を続けてほしい」
「わかりました」
「それから中臣の者を誰か、吉野に行かせることはできないか」
「吉野ですか」
飛鳥の南側の山を越えた場所にある吉野は、古くから王族と縁が深い土地である。葛城王の兄であった古人大兄王が一時期身を寄せていた地でもあった。
「古人大兄王の娘、倭媛が吉野から出てこない。古人大兄王の殯は随分前に済んだのだが、いろいろと理由をつけて彼の地に留まり続けている」
倭媛は葛城王の妃となることが決まっている。その倭媛が飛鳥に来ないということは婚姻を拒否しているのも同じことだった。
「母上、いや大王が、名ばかりの妃ならばせめて彼の地で王族の祭祀を行わせろと言ってきた。もし倭媛が祭祀を行う事を受諾すれば、そこに離宮を造ってやろうと」
「大王の言う祭祀は雨乞いの祭祀でしょうか」
「ああ。雨を乞うため龍神の住まいの近くに宮を造りたいのだそうだ」
飛鳥後岡本宮の主である斉明天皇は、雨乞い祭祀のための石造りの施設を王宮内にも、王宮の近辺にもいくつか造らせていた。あまりにも工事が頻繁なので、造営に携わる工人や人夫からは「狂心の渠」とまで呼ばれていた。
せっかく飛鳥の地に戻ってきたのに人心が離れてしまっては王都の運営にも支障をきたす。そろそろ大掛かりな工事は止めるべきだった。
「分かりました。大王が吉野でどのような祭祀をなさるおつもりなのか、そのためにはどのような宮を造ればいいのか、近いうちに直接聞いてみましょう」
鎌子は葛城王の意を受けて、現在王族の祭祀を担っている中臣の長である中臣国足とともに大王との面会に臨んだ。だが内臣である鎌子はともかく、神祇官である国足は位が低いからと謁見を許されなかった。
一人、鎌足が対峙した斉明天皇は、脇几に上体を預けて入るものの以前と変わらぬ威厳で目の前に跪く鎌子を見下ろした。だがその髪にも、顔にも、衣に隠されている皮膚にも、六十を過ぎた老いは隠しきれていなかった。
斉明天皇傍らには間人皇女が付き添っている。斉明天皇は飛鳥後岡本宮に遷っても間人皇女を手元においていた。
「中臣鎌子、そなたの用向きを聞く前に少々相談がある。ここにいる間人皇女を良き者に娶わせて、飛鳥の地で心穏やかに子を産ませてやりたいのだが、しかるべき王族は今いるだろうか」
間人皇女は先に亡くなった孝徳天皇の皇后だったが、孝徳天皇との間には子がいなかった。
「思い当たる王族はおられません。山背大兄王の一族は滅び、古人大兄王は倭媛を残すのみです。先の大王の御子である有間皇子様は十六歳ですが、間人皇女様の義理の息子にあたります。婚姻は相応しいものではないでしょう」
「王族の数が少なくなっているのか」
「はい」
「葛城王の子は」
「太田皇女様、鵜野皇女様、大友皇子様、皆様ご健勝です」
鎌子はあえて言及しなかったが、葛城王のもう一人の皇子である不具の健皇子は、母である遠智娘が亡くなった後に斉明天皇が引き取って女官たちに世話をさせていた。
「間人の夫となる者がいないのは残念だ。だが葛城王の娘は血の通いを見たらすぐにでも大海人皇子の妃に入れよ。なるべく早く王族の数を増やさなければならない」
「わかりました。葛城王や左大臣と協議の上、そのように」
鎌子の返答の途中で、トン、と斉明天皇が脇几を軽く叩いた。
「内臣、王族の婚姻は臣が左右するものではない。他の者達に諮る必要はない。わたしの命令だ」
有無を言わさぬ斉明天皇の強い口調に、鎌子はその場で叩頭した。その様子をじっと見ていた斉明天皇はつと、敷物の上から立ち上がり鎌子の傍まで歩み寄った。
「顔を上げよ」
鎌子が従うと、斉明天皇はやや背を屈めるようにして鎌子の目を覗き込んだ。
「内臣、中臣鎌子。そなた葛城王に近すぎないか」
斉明天皇の強い目で間近に見据えられた鎌子は、頭を下げることも視線を逸らすこともできなかった。その目があまりにも葛城王とそっくりだったので二人は紛れなく親子なのだと、そんな場違いなことを鎌子は思った。
「なぜそなたはそこまで葛城王に付き従うのか。なんのために。蘇我入鹿のように王位簒奪を狙っているわけではあるまい」
それは質問と云うよりも斉明天皇自身の自問であるようだった。
「葛城王に褒められるため、とでもいうのだろうか」
外れているようでいて、案外近いようでもあった。
鎌子は口には出さないまま、返答を自らの内部に探し求めた。
――なんのためか、理由はずっと前から変わっていない
けれどその理由を斉明天皇の前で言葉にすることはできなかった。
鎌子の無言をどうとったか、斉明天皇は鎌子から離れて玉座に戻った。
「ただ誰かに褒められるために生きているのなら、まるで幼子のようだな。わたしは純粋な幼子が好きだ。わたしを疑わず、逆らわず、おとなしく言うとおりにする無垢な存在が好きなのだ。倭国の民は皆、我が子。子らのためにわたしは祈ろう」
「……祈りだけでは倭国は治まりません。政が必要です」
言い終えてから、大王の言葉に異を唱える発言だったことに鎌子は気づいた。
「中臣の者が云う言葉とは思えないが」
斉明天皇は気を悪くした様子なく、どこか遠い目で鎌子を見た。その目は長年斉明天皇に仕えた今は亡き鎌子の父、中臣御食子の面影を鎌子の顔貌に見ようとしているかのようだった。
斉明天皇の目から追憶の影はすぐに消え去り、理性の光が戻った。その変化の速さも彼女の息子である葛城王と同じだった。
斉明天皇は近習に命じた。
「この場に葛城王を呼べ。新たな命令を与える」
呼び出された葛城王と鎌子がそろって斉明天皇の前に膝を付くと、斉明天皇は言葉少なく命令を下した。
「王族の祭祀に仏教の祭祀を取り込む。新たな儀礼の場を用意しろ」
葛城王が一度拱手した後、斉明天皇に応えた。
「大王、大陸ではかつて武帝の頃に、仏教と儒教そして道教を融合しようと試みましたが、混乱を招いただけでした。その混乱は隋を滅ぼす遠因となったものです」
「葛城王、大陸のことはどうでもいい。古来、行われていた陵墓での祭祀を禁じたのはそなたではなかったか」
斉明天皇が云うのは大化の改新の際に出された薄葬礼のことだった。大規模な陵墓の造営を禁止し、祭祀も簡略化するようにという命令を難波宮から確かに出していた。
言葉に詰まる葛城王を前にして斉明天皇は、
「立派な陵墓をもつ各地の郡司から不満が出ている。もとはわれらが彼らに造営を命じたのに、その王族が今度は陵墓の造営を禁じるとは何事かと。陵墓での祖霊祭祀の代わりとなる儀式を王族が執り行い、地方へ広める」
そして斉明天皇は葛城王に向けていた視線を鎌子に向けた。
「これまで王族が陵墓で行ってきた祖霊への祈りの儀式を飛鳥寺で執り行う。内臣、儀式の準備と執行の手配を任せる。それから」
斉明天皇は立ち上がりながら、
「吉野には王宮内郭と同規模の宮を建てる。王族に古くから従いながらも今の世に位階を得られなかった国栖の者たちを慰撫し、倭媛を彼らの巫女とせよ。しかる後に倭媛を飛鳥に連れてきて葛城王の妃とすれば良い」
葛城王と鎌子が揃って平伏するその傍らを斉明天皇はこれ以上の用はないとばかりに素っ気なく歩み去り、部屋を出ていった。
斉明天皇三年七月、飛鳥寺でこれまでになく大掛かりな法要が営まれた。
前方後円墳の陵墓で行われていた祖霊祭祀を寺院で行う行事とし、王族の祭祀と仏教を融合させたこの行事は盂蘭盆会という名で後世まで長く伝えられていくことになる。
そして祖霊への祈りを捧げる盂蘭盆会は薄葬礼で禁じられた陵墓の代わりに、各地での新たな寺院の造営を促すことになった。
飛鳥後岡本宮に対する葛城王の感想は率直だった。側にいるのが鎌子だけならば、葛城王は思ったことをそのまま口に出すことが多い。
「仕方ありません。葛城王が王位を継いだ時には難波宮よりも壮大な王宮を造りましょう」
葛城王は背後に座る鎌子を肩越しに軽く振り向いて頷くと、また視線を王宮へ戻した。
葛城王と鎌子がいるのは飛鳥に新たに建てられた葛城王の邸だった。
飛鳥後岡本宮での葛城王の邸は、王宮の北側に板柵を挟んで建てられている。建てられたばかりの白木がまだ強く香る新たな主殿の廻廊に、二人は敷物も置かないまま座っていた。
視線の先には王宮の建物の屋根が幾重にも重なって見えている。晩秋の陽が屋根を照らし、昨夜降った雨が水蒸気となって杮葺きの端々から微かに白く立ち昇っていた。
邸のすぐ西側には飛鳥川が流れている。邸のさらに北側には官人たちが働く役所が建てられるはずだが、まだ所々が造営中だった。
難波に王宮を置いていたのは十年足らずとはいえ、海原を間近に眺める難波の広い平地に慣れてしまった目から見ると、懐かしいはずの飛鳥の土地がひどく手狭なように感じるのは葛城王だけでなく鎌子も同じことだった。
「鎌子、引き続き新たな王宮を建てる土地の選定を続けてほしい」
「わかりました」
「それから中臣の者を誰か、吉野に行かせることはできないか」
「吉野ですか」
飛鳥の南側の山を越えた場所にある吉野は、古くから王族と縁が深い土地である。葛城王の兄であった古人大兄王が一時期身を寄せていた地でもあった。
「古人大兄王の娘、倭媛が吉野から出てこない。古人大兄王の殯は随分前に済んだのだが、いろいろと理由をつけて彼の地に留まり続けている」
倭媛は葛城王の妃となることが決まっている。その倭媛が飛鳥に来ないということは婚姻を拒否しているのも同じことだった。
「母上、いや大王が、名ばかりの妃ならばせめて彼の地で王族の祭祀を行わせろと言ってきた。もし倭媛が祭祀を行う事を受諾すれば、そこに離宮を造ってやろうと」
「大王の言う祭祀は雨乞いの祭祀でしょうか」
「ああ。雨を乞うため龍神の住まいの近くに宮を造りたいのだそうだ」
飛鳥後岡本宮の主である斉明天皇は、雨乞い祭祀のための石造りの施設を王宮内にも、王宮の近辺にもいくつか造らせていた。あまりにも工事が頻繁なので、造営に携わる工人や人夫からは「狂心の渠」とまで呼ばれていた。
せっかく飛鳥の地に戻ってきたのに人心が離れてしまっては王都の運営にも支障をきたす。そろそろ大掛かりな工事は止めるべきだった。
「分かりました。大王が吉野でどのような祭祀をなさるおつもりなのか、そのためにはどのような宮を造ればいいのか、近いうちに直接聞いてみましょう」
鎌子は葛城王の意を受けて、現在王族の祭祀を担っている中臣の長である中臣国足とともに大王との面会に臨んだ。だが内臣である鎌子はともかく、神祇官である国足は位が低いからと謁見を許されなかった。
一人、鎌足が対峙した斉明天皇は、脇几に上体を預けて入るものの以前と変わらぬ威厳で目の前に跪く鎌子を見下ろした。だがその髪にも、顔にも、衣に隠されている皮膚にも、六十を過ぎた老いは隠しきれていなかった。
斉明天皇傍らには間人皇女が付き添っている。斉明天皇は飛鳥後岡本宮に遷っても間人皇女を手元においていた。
「中臣鎌子、そなたの用向きを聞く前に少々相談がある。ここにいる間人皇女を良き者に娶わせて、飛鳥の地で心穏やかに子を産ませてやりたいのだが、しかるべき王族は今いるだろうか」
間人皇女は先に亡くなった孝徳天皇の皇后だったが、孝徳天皇との間には子がいなかった。
「思い当たる王族はおられません。山背大兄王の一族は滅び、古人大兄王は倭媛を残すのみです。先の大王の御子である有間皇子様は十六歳ですが、間人皇女様の義理の息子にあたります。婚姻は相応しいものではないでしょう」
「王族の数が少なくなっているのか」
「はい」
「葛城王の子は」
「太田皇女様、鵜野皇女様、大友皇子様、皆様ご健勝です」
鎌子はあえて言及しなかったが、葛城王のもう一人の皇子である不具の健皇子は、母である遠智娘が亡くなった後に斉明天皇が引き取って女官たちに世話をさせていた。
「間人の夫となる者がいないのは残念だ。だが葛城王の娘は血の通いを見たらすぐにでも大海人皇子の妃に入れよ。なるべく早く王族の数を増やさなければならない」
「わかりました。葛城王や左大臣と協議の上、そのように」
鎌子の返答の途中で、トン、と斉明天皇が脇几を軽く叩いた。
「内臣、王族の婚姻は臣が左右するものではない。他の者達に諮る必要はない。わたしの命令だ」
有無を言わさぬ斉明天皇の強い口調に、鎌子はその場で叩頭した。その様子をじっと見ていた斉明天皇はつと、敷物の上から立ち上がり鎌子の傍まで歩み寄った。
「顔を上げよ」
鎌子が従うと、斉明天皇はやや背を屈めるようにして鎌子の目を覗き込んだ。
「内臣、中臣鎌子。そなた葛城王に近すぎないか」
斉明天皇の強い目で間近に見据えられた鎌子は、頭を下げることも視線を逸らすこともできなかった。その目があまりにも葛城王とそっくりだったので二人は紛れなく親子なのだと、そんな場違いなことを鎌子は思った。
「なぜそなたはそこまで葛城王に付き従うのか。なんのために。蘇我入鹿のように王位簒奪を狙っているわけではあるまい」
それは質問と云うよりも斉明天皇自身の自問であるようだった。
「葛城王に褒められるため、とでもいうのだろうか」
外れているようでいて、案外近いようでもあった。
鎌子は口には出さないまま、返答を自らの内部に探し求めた。
――なんのためか、理由はずっと前から変わっていない
けれどその理由を斉明天皇の前で言葉にすることはできなかった。
鎌子の無言をどうとったか、斉明天皇は鎌子から離れて玉座に戻った。
「ただ誰かに褒められるために生きているのなら、まるで幼子のようだな。わたしは純粋な幼子が好きだ。わたしを疑わず、逆らわず、おとなしく言うとおりにする無垢な存在が好きなのだ。倭国の民は皆、我が子。子らのためにわたしは祈ろう」
「……祈りだけでは倭国は治まりません。政が必要です」
言い終えてから、大王の言葉に異を唱える発言だったことに鎌子は気づいた。
「中臣の者が云う言葉とは思えないが」
斉明天皇は気を悪くした様子なく、どこか遠い目で鎌子を見た。その目は長年斉明天皇に仕えた今は亡き鎌子の父、中臣御食子の面影を鎌子の顔貌に見ようとしているかのようだった。
斉明天皇の目から追憶の影はすぐに消え去り、理性の光が戻った。その変化の速さも彼女の息子である葛城王と同じだった。
斉明天皇は近習に命じた。
「この場に葛城王を呼べ。新たな命令を与える」
呼び出された葛城王と鎌子がそろって斉明天皇の前に膝を付くと、斉明天皇は言葉少なく命令を下した。
「王族の祭祀に仏教の祭祀を取り込む。新たな儀礼の場を用意しろ」
葛城王が一度拱手した後、斉明天皇に応えた。
「大王、大陸ではかつて武帝の頃に、仏教と儒教そして道教を融合しようと試みましたが、混乱を招いただけでした。その混乱は隋を滅ぼす遠因となったものです」
「葛城王、大陸のことはどうでもいい。古来、行われていた陵墓での祭祀を禁じたのはそなたではなかったか」
斉明天皇が云うのは大化の改新の際に出された薄葬礼のことだった。大規模な陵墓の造営を禁止し、祭祀も簡略化するようにという命令を難波宮から確かに出していた。
言葉に詰まる葛城王を前にして斉明天皇は、
「立派な陵墓をもつ各地の郡司から不満が出ている。もとはわれらが彼らに造営を命じたのに、その王族が今度は陵墓の造営を禁じるとは何事かと。陵墓での祖霊祭祀の代わりとなる儀式を王族が執り行い、地方へ広める」
そして斉明天皇は葛城王に向けていた視線を鎌子に向けた。
「これまで王族が陵墓で行ってきた祖霊への祈りの儀式を飛鳥寺で執り行う。内臣、儀式の準備と執行の手配を任せる。それから」
斉明天皇は立ち上がりながら、
「吉野には王宮内郭と同規模の宮を建てる。王族に古くから従いながらも今の世に位階を得られなかった国栖の者たちを慰撫し、倭媛を彼らの巫女とせよ。しかる後に倭媛を飛鳥に連れてきて葛城王の妃とすれば良い」
葛城王と鎌子が揃って平伏するその傍らを斉明天皇はこれ以上の用はないとばかりに素っ気なく歩み去り、部屋を出ていった。
斉明天皇三年七月、飛鳥寺でこれまでになく大掛かりな法要が営まれた。
前方後円墳の陵墓で行われていた祖霊祭祀を寺院で行う行事とし、王族の祭祀と仏教を融合させたこの行事は盂蘭盆会という名で後世まで長く伝えられていくことになる。
そして祖霊への祈りを捧げる盂蘭盆会は薄葬礼で禁じられた陵墓の代わりに、各地での新たな寺院の造営を促すことになった。
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