喪失

木蓮

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『思ったより、リアナカル離宮は王宮より離れているのですね』

先に馬車から降りたロイド様に手を取られ、馬車から降りて目の前の建物を見た。城下の邸宅から馬車で小一時間。森の中に静かに佇むリアナカル離宮に到着した。

『リアナカル離宮は元々人目から隠す為のものだからね』

『え?ロイド様?それはどういう事なのですか?』

思いがけない内容に驚く。私からの問いに答えず
ロイド様が私の手を引いてれ離宮へ。
中に数人の侍女が控えていた。

『エッセン大公殿下?こちらには一体…。』

中の1人がロイド様に驚いた様に声をかける。数人いる侍女の中では一際目を引く立ち振る舞い。

『ハイルドナ侯爵令嬢の付き添いかな。アーレン殿下から資料を借受する約束でこちらに来ると聞いたのでね』

『そうでございましたか。』

『ライラは何故に?こちらはライラの管轄ではないだろう?』

ライラ?王宮の侍女長のライラ様?

『…アーレン殿下のご指示でございます』

『…そう。それはご苦労だったね。陛下にはわたしから伝えたので、ライラの職務に戻って構わないよ』

『エッセン大公殿下?それは…』

戸惑うライラに、ロイド様がにっこり笑う。

『ライラ』

『………畏まりました。ただ、私以外の侍女はまだ不慣れな者達でございますので、私がこちらに残りまして、他の侍女たちを城に』

ライラがロイド様に深く敬礼する。微動だにしないその姿に、ロイド様は溜息をついた。

『わかった。ライラの言う通りに。さぁ、ミリア、こちらに』

私の手を引いてロイド様が奥に進む。
頭を上げたライラ様と視線が合った際に、なんとも言い難い様な視線を向けられる。なんだろう、私を見て…。


******************


『ロイド様、どちらにいらっしゃるのですか?アーレン殿下をお待ちしないと』

黙ったまま先に進むロイド様に話しかけてみるが、返事はない。
一体どうしてしまったのだろう。いつも穏やかなロイド様とは違う雰囲気に不安になってくる。

『ロイド様?どちらに…』

『さぁ、ミリア。こちらを見てごらん』

進んだ廊下の奥の扉を開くと、天井からの光にあふれた沢山の花が咲き乱れる温室があった。

『まぁ、素敵です、ロイド様。こんなに沢山の花が』

『気に入った?』

『はい!』

温室一面に咲き乱れる色様々な花。見た事もない情景に感動する。季節はもう秋口。通常であればこんなに花が咲いている訳はないのに、離宮ともなると特別な仕様になっているのかもしれない。

『ミリア』

ロイド様から呼びかけられて後ろを振り向く。大輪の白薔薇を一輪手に持ち、ロイド様がわたしの髪に差し込んでくれる。むせかえる様な芳香とロイド様の視線に、ミリアは頬を染める。ロイド様がミリアの髪に刺した薔薇の花びらに触れる。ふわりとした感触に胸がくすぐったくなる。

『ありがとうございます、ロイド様』

『どういたしまして。馬車にも疲れたのでは?お茶にしよう』

温室を見ると、南国の樹の枝葉の下にテーブルがあり、ライラ様がティーカップをセッティングしていた。

『ロイド様、ミリア様。こちらにお座りください』

テーブルの上には二人分のティーカップと焼き上げたばかりのクッキーやケーキなどを盛り合わせたスタンドがあり、甘い匂いが漂っている。

『ありがとうございます』

椅子に座り、ライラ様が入れてくれた紅茶を堪能する。

『美味しい……』

『ライラの入れてくれた紅茶は格別だね』

『ありがとうございます。ロイド様、ミリア様』

ライラ様はそう言うとにっこり笑って温室から退出していった。

優雅にお茶を飲むロイド様の姿に目を奪われる。お父様と同い年であるのに、とてもそんな風には見えなくて。

『どうしたんだ、ミリア。熱心に見てくれている様だけど?』

『あ、も、申し訳ありません。ロイド様が父と同い年とは聞いておりましたのに、どうにもそんな風にはみえないなぁと…』

見つめていたのを指摘された恥ずかしさに、しどろもどろになる。
私の返答が思ってもいなかった内容だったのか、目を見開いてロイド様の動きが止まった。
あ、やってしまった…。
暫し固まった後で、盛大にロイド様が吹き出した。

『あはははは。ミリアが見つめてくれるので、ようやく気づいてくれたのかと思ったら。そうか、グレイドと同い年なじいさんと思ってみていたのか』

ヒーヒー泣きながら笑うロイド様の姿に、慌てて答える。

『ち、違います。た、確かに父と同い年なのにとは思って見ておりましたが、それは同い年なのにロイド様の方がずっとお若く見えるからと…』

『自分の父親と同い年なのに、若作したじじいと言う訳だな。道理で熱心にみていた訳だ』

まだ笑いが止まらないのか、身を屈めて体を震わすロイド様。

『もう、違うと言ってるではありませんか、ロイド様。若作もなにも、ありのままのお姿でしょう。そのままの姿で充分素敵です。アーレン殿下のお兄様と言っても遜色ありませんから!』

真っ赤になりながら答える私に、ようやく笑いを止めたロイド様が顔をあげる。

『あぁ、怒るな、美しい顔が台無しだ。其方があまりに意地悪な事を言うのでね、つい』

さっきまで大笑いしていたのが嘘の様に、ロイド様がひんやりとした雰囲気になる。

『ロイド様…?』


『リアナカル離宮が何故こんな場所にあるのかと尋ねたね、ミリア。』

『…はい。離宮であれば王宮にあるのが普通ですし』

少し冷めた紅茶をテーブルに戻す。雰囲気の変わったロイド様を見つめる。

『ここは、私の曽祖母が暮らした宮だ。』

『ロイド様のお祖母様が?大陸一の美姫として語られているエリアーヌ様の事ですか?』

『そうだ。曽祖母はナレント国の第一王女で、国内の公爵家に降嫁する予定だった。公爵家の嫡男である婚約者と共に、バッハツアルトの立太子の祝いに来た際に、曽祖父に見染められたんだ。』

『見染められたと言っても。エリアーヌ様は、あの、婚約者の方がいらっしゃったのですよね?』

ロイド様が大きな溜息をついた。

『そうだ。半年後には降嫁される予定だった。仲睦まじい幼馴染の婚約者だったと聞いている。』

『そ、そんな…。でも、王太子様が幾ら見染めたと言っても…婚約者のいる他国の王女様をそんな簡単に娶られるなどとは出来ませんよね?』

『当たり前だ。再三ナレント国に将来の王妃として迎えいれたいと親書や使者を送ったが相手にされる事は無かった。これ以上続けるのであれば開戦もやむなしとナレント国から返書が送られてきて、曽祖父はとうとう、曽祖母を無理矢理攫って来たのだ。当時、曽祖母の妹が病気療養でシャレー湖に逗留していたんだ。ミリアも知っている様に、シャレー湖はバッハツアルトの国境に近いからね。』

『そんな、あんまりです。婚約者がいらっしゃった方を無理矢理にだなんて…』

知らなかった真実に顔が青ざめる。エリアーヌ様はお身体が弱く、公務にも殆ど姿を見せられる事は無かったが、先先代の陛下とは仲睦まじかったとお聞きしていたのに。
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