喪失

木蓮

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『何故ですか、父上。何故だめなのですか?』何度となく繰り返した問い。書類に目を通していた父上が、溜息をついてこちらを見上げた。
『アーレン、何度も言わせるな。其方が口にする事は認められないと申し付けたはずだが』
『それは伺っております』
『では、何故同じ事を言わせるのだ?』

父上は眉間を指で揉みながら、侍従にお茶をと指示を出す。

『納得がいかないからです。私の妃は、ミリア侯爵令嬢を望んでいると、侯爵に打診をするのが何故駄目なのですか。父上は立場を考えよと仰るばかり』

侍従の入れた紅茶を一口。香りを楽しむ様にまた一口嗜む父上が、鋭い視線を向ける。

『アーレン。其方は次期国王。今はまだ王太子ではあるが、其方の言葉はどれだけ重みのあるものなのか、理解はしておるのか?』
『重み、ですか?』
『そうだ。其方が打診のつもりでも、臣下からすればそれは王命。断る術を持てないのだぞ?ミリア嬢に関しては、其方の妃に据えるのを反対している訳ではない。ミリア嬢も其方を受け入れて双方が望む形であれば構わぬ。家柄もミリア嬢そのものも、妃としては申し分はない。ただ、ミリア嬢が其方の想いを受け入れた訳ではあるまい?まずはそこからだ』
『......分かりました。ミリアが私を望んでくれれば父上もお認め下さるのですね?』
『私に二言はない。ただ、侯爵については自分で説得せよ』

父上の執務室から下がり、自分の執務室へ戻る。椅子に座って、引き出しの中にしまってあった小箱を取り出す。蓋を開けると、少しすたれた髪留めのリボンが一つ。手に取り、思いを巡らす。


『あれーんさま。はじめておめにかかります。こうしゃくがむすめ、みりあでございます。きょうはよろしくおねがいいたします』

あれは自分の5歳の誕生を祝うパーティー。未来の王太子妃の候補として、伯爵家以上の臣下で頃合いの娘達を王宮に集めて、アーレンとの交流を持たせる機会を設ける為のものだった。

色とりどりのドレスを身にまとい、年の頃は3歳から10歳までの令嬢達が親に連れられて、王宮の庭園に集っていた。親の身分の低い順から挨拶をうけたのだが、アーレンも子供。いい加減に挨拶を受けるのに飽きてきていた頃。そんな時に目の前に現れた令嬢。

陽に輝く銀色の髪。キラキラと輝くエメラルドの瞳。淡い桜色のドレスを身にまとって、子供ながらに完成されたカーテシーをするその娘に、アーレンの視線が一瞬で釘付けになった。

『あーれんだ。ぱーてぃーをたのしんでいってくれ』

決まりきった受け答えでしか答えてはならないと最初から言われていたからだが、もっとあの娘と話をしたい、どんな娘なのか、どんな風に自分を見てくれるか、とめどなく溢れる思いに、傍にいたロイド叔父の袖を引っ張った。

『おじうえ、わたしはあのこがきにいりました。ぜひ、もっとはなしをしてみたいです』

叔父上は私の申し出に驚いた様子だったが、まだ挨拶を待っている娘達がいるからと許可はくださらなかった。
父親に手を引かれて会場から遠ざかっていく後姿を目にする。他の令嬢達がどうにかして私の目に留まる様にと会場にひしめき合っているのに、あの娘は正反対だ。
このままパーティーから辞去してしまうのではないかと、気もそぞろに挨拶を受けていた。
最後の令嬢の挨拶を受け終える。叔父上が止めるのも聞こえないふりをして、あの娘を追いかけた。

5歳の子供の脚だ。走って追いかけたとて、追いつくわけもない。王宮の出入り口に着いた時は、あの娘は馬車に乗り込むところだった。

『まて』

声をかけるが、喧噪にまぎれて侯爵家の従者には聞こえていない。走り出した馬車を追いかける。

何かに気が付いたのか、窓を開けあの娘がこちらを見下ろす。
驚いた為か、元々大きな目が零れ落ちそうになっている。驚いたものの、走る私を見てニッコリとほほ笑み手を振ってくれた。

どんどん遠ざかる馬車。風に煽られて、あの娘の髪留めのリボンが外れ、私の足元にふわりと舞って落ちてきた。そのリボンを手に取って、今度会えた時に手渡そう、そして沢山話をしよう、自分の将来の妃となって欲しいと言おうと心に誓った。

あれから数年、あの娘に会う事はなかった。王宮主催のパーティーなどに、あの娘が出席することはなく、父親の侯爵の姿だけしか見る事が叶わず。
侯爵にそれとなくあの娘の話題を向けてみるものの

『病気療養中の妻に付き添って領地で暮らしている』

『可愛い一人娘と甘やかしすぎて、しっかりとした淑女教育も出来ていない。とてもともて人前に出せる状況ではない』

など。
のらりくらりとかわす侯爵。普通であれば、王太子妃への足掛かりとして積極的に交流を図ろうとするのだが、侯爵はどちらかと言えば王家とつながりを持ちたいと思ってはいないのだろう。
あっさりとしたものだ。

あの日、拾った彼女の髪留めのリボンは今だ私の手元にある。年月を重ねて少しすたれてきた。それでも、いつの日かあの娘に渡すつもりだ。
今は会えなくても、15歳になれば。我が国では貴族の子はすべからず学院で学ぶことが決まっている。あと少し。あと少しであの娘と会える。

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