喪失

木蓮

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『ミリアと申します。皆様よろしくお願いしますね』

学院に入学しての自己紹介。

初めて会った時から10年。あの時から更に美しさも際立ち、ミリア嬢はクラスの男女問わず憧れの視線を一身に集めている。私でさえ目を奪われたのだから無理はない。

生まれは名門侯爵家の1人娘。見目麗しく成績も私に次ぐ2位。明るく聡明な彼女を好きにならない者はいないだろう。

『アーレンだ。学院にいる間は皆と同じ学生で、身分などには捉われずに仲間としてよろしく頼む』

とは言え、王族。不敬にならない様にと気遣われているのはヒシヒシと感じる。身分というものは、なかなか大きな壁だ。

そんな中、ミリア嬢だけは、普通のクラスメイトと同じ様に接してくれた。彼女の振る舞いを見て、徐々に他の生徒達も身分と言う見えない壁を取り払い、3ヶ月も立つ頃にはすっかり皆に馴染んだ。

たまに馴染みすぎて、私が王族という事をすっかり忘れているんじゃ…と思うことも度々だ。

『明日からは学院も夏休暇になるが、ミリア嬢はどうするんだ?やはり領地に戻るのか?』

他のクラスメイトとミリアと共にカフェでランチを摂っていた際に、さりげなくミリアに尋ねる。
もし領地に戻らないと言うのであれば、他の生徒も含めお茶会として王宮に招待するつもりだった。
なかなか進められないミリアとの関係を、なんとか改善したかった。

『夏季休暇中は、父と共に領地に戻る予定です。母が待っていますから』

やはり、戻るのか…。侯爵のガードはかなり硬い。何度もミリアとの婚約を仄めかしているのだか、一向に耳を傾ける様子もない。その態度はいっそ潔い位だ。

『そうか。道中気をつけて。また休暇後に』

『アーレン様、ありがとうございます。でも、大丈夫です。父のご友人のエッセン大公様もご一緒されますから』

思いがけない名を耳にする。叔父上の名が何故?

『エッセン大公?叔父上が、ミリア嬢の父上と友人と?』

『はい。父とご学友だったとか。我が家にもよくいらっしゃいます』

そうだったのか。ならば、叔父上から侯爵にミリアとの事を認めてもらえる様に口添えをしてもらえれば!

夏休暇もそろそろ終わりに近づいてきた夏のある日。
叔父上に会う為に、側近のフリートと護衛騎士のリハルトと共に私はエッセン領を訪れていた。

『アーレン、久しぶりだな。どうしたんだ先触れもなく。何か王都であったのか?』

領主として采配を振るう叔父上。父上とは大分歳が離れている事と、母上との間になかなか子が恵まれず、私が生まれる前までは時期国王と目されていた。私が生まれた事で、一年後叔父上は王位継承権を自ら放棄し、臣下に降った。幼き頃から学問は優秀な成績を納め、剣の腕も右に出るものはいないと言わしめ、容姿は大陸1番の美姫と言われていたエリアーヌ妃に似ていると言われた叔父上。

地位も名誉もあり、容姿端麗な叔父上が何故妻を向かえていないのか、不思議で仕方がない。叔父上が望めば、どんな高位の令嬢でも諾と返事をするだろうに。

『実は叔父上にお願いがあって参りました』

『おいおい、どうしたんだ?なんだか、アーレンらしくない』

『私らしくないとはどんな意味ですか』

『畏まっているから』

叔父上の物言いにげんなりする。5歳の子供でもあるまいに。

『叔父上、私ももう16歳です。場にそぐわない事はしませんよ』

『そうか。隣国から友好の印として送られてきた雄馬の前に牝馬を連れてきて、興奮した雄馬が牝馬にのしかかろうとして盛大に蹴られたのは、国交樹立の記念式典であったかな?あの時はアーレンは何歳だったか』

『…………12歳でした』

後ろでフリートとリハルトが悶絶している気配を感じる。きっと笑いたいのに笑えず、さぞかし引き攣った顔をしている事だろうよ。

『まぁ可愛い甥の願いだ。聞くだけは聞いてやる』

『ありがとうございます、叔父上』

ニコニコ笑いながら叔父上が私の肩を抱く。頭をもしゃもしゃと撫でられる。昔からよくされた挨拶。父上とはまた違った叔父上との交流は子供ながらに楽しみだった。

『さて、アーレンのお願いとは?』

フリートとリハルトは席を外し、叔父上と2人きりになる。叔父上の従者も気がつかない内に下がっている。

『叔父上はハイルドナ侯爵とお付き合いが?』

『グイードの事か?そうだな、同い年だからもあって、昔から付き合いはあったよ。学院で一緒のクラスになってからは、常に一緒だったからな。今でも付き合いは続けているよ』

『そうみたいですね。お話を伺っておりますから』

『……ミリア嬢からかな?』

『はい』

『アーレン、悪いが協力は出来ないよ』

『叔父上っ!』
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