喪失

木蓮

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『兄上から聞いているよ。ミリア嬢を王太子妃としてアーレンが望んでいると。反対をするつもりはないが、あくまでもミリア嬢の気持ち次第だと』
『分かっています。ミリア嬢の気持ちを無視して、話を進めようとしている訳ではありません。ただ、侯爵は取り付く暇もなく、なかなかミリア嬢と話をする機会も取れなくて。夏休暇も領地で過ごすと話し戻ってしまい、侯爵領にお邪魔したいと打診はしましたが、先客があり、お相手ができないからと断りの挨拶状が送られてきました』

『あー、それは…』

『侯爵は私の事を嫌っているのでしょうか?ここまで完全に拒まれるのが何故なのか。叔父上だったら、その理由をご存知なのではないかと』
『聞いてどうするんだ?』
『原因がわかれば、対処も出来るのではないかと』

『アーレン、それではいつまで経っても変わらないよ』

叔父上が私にはあまり見せる事がない真面目な顔で答えた。
『アーレンがアーレンである限り、どうにも出来ない事が原因だったら?それも含めてアーレンを認めさせるしかないのでは?』
『………………』
『グイードはアーレンを嫌っている訳じゃない。ミリア嬢が愛しくて仕方がないんだよ。可愛い我が子の幸せを願わない親はいないだろう?兄上だって同じだよ』

だから焦らずお前の良さを認めてもらう努力をしなさいと、そう言って叔父上は部屋を出ていった。
(私の良さ…)

叔父上の領地から王都に戻り、王太子としての公務をこなしつつ、叔父上の言葉を振り返る。

『私の良さ、か。』

『どうしました、アーレン様』

考え込んでいる私を見て、フリートが声をかけてくる。

『私の良さって何だかわかるか?』

『顔ですかね』

間髪いれずにリハルトが答える。

『顔って………』
(父上より叔父上に似ていると言われている私だが、それにしたって顔しか取り柄がないと思っているのか、此奴は)

がっくりと執務室の机に項垂れる。

『あ、いや、アーレン様。勿論、顔だけじゃなくて、頭だっていいし、剣の腕も。性格だっていいし、もう褒めるところがないくらいですよ!』

慌てて言い繕うリハルトを半目で睨む。

『私はいい部下を持って幸せだよ』

いや、あ、そんな、と、あかくなったり、青くなったりしているリハルトを横目に、フリートが話しかけてくる。

『アーレン様。どう言う意図があるかは敢えてお聞きしませんが、私は真面目で物事を公平に見て考える事が出来るのがアーレン様の良いところだと思いますよ』

書類を整える手を止める事なく、フリートが淡々と答える。

『リハルトの言う事も勿論本当の事ですが。アーレン様はいずれ王位を継がれるお方。普通であれば学びや年月を重ねても得難い、王として必要な資質をもうお持ちなのですから、それがアーレン様の良さ、かと』
『そうか……』

私は国の王太子。時期国王として学ばなければならない事は山とある。国民や国を守る為に、今は自分を鍛えなければならない。自分が強くなる事で、民を国をそしてミリアを守れる術を持てると、そうする事がハイルドナ侯爵に認めて貰える一歩になると自分に言い聞かせた。

叔父上に教えを乞うた夏から、今まで以上に公務に取り組む様になった。学業と王太子としての公務をこなすのは正直大変だった。だが、侯爵に認めてもらえなければいつまで経っても前に進めない。今の自分に出来る精一杯で物事に取り組むしかないと、自分を叱咤した。


*********************************************


翌年の春、建国祭のパーティーに、侯爵のエスコートでミリアが参加した。季節に合わせ桜色のドレス。ミリアをより魅力的に見せるそのドレス姿に会場にいた人間が一同瞠目した。

『陛下、娘のミリアでございます』

『侯爵が娘、ミリア・ハイルドナでございます。本日はお招きいただきましてありがとうございます』

壇上の父上と母上に侯爵と二人で挨拶を済ませた後、ミリアは他の学院の女生徒達と交流を図っていた。楽しそうに歓談しているミリアを横目に、侯爵に挨拶をする。

『侯爵、今宵はミリア嬢も伴われたのですね』

あれだけ公の場には出さず、掌中の珠としていたミリア嬢をどうしてまた と口にする訳にもいかず、当たり障りのない言葉を選ぶ。

『えぇ、娘ももうすぐ16歳です。いつまでも親が守ってやる訳にもいきませんしね。アーレン殿下は最近は執務にも熱心に取り組んでおられるとか。陛下が喜んでいらっしゃいましたよ。臣下としても、そんな方が後継として陛下を支えて下さる事を喜ばしく思います』

『あ、ありがとう。でも、まだまだだと父上には言われるよ。日々学ぶ事も多い。これからも精進していかなければ』

『殿下はまだ学生ですから。娘から聞き及んでおります。学院の改革にも取り組んでいるとか。家柄や身分は低いが、将来有望な生徒が勉学に励めるように奨学金制度を立ち上げたとか。とても素晴らしい事です。娘もそんな殿下のお手伝いが出来ればと申しておりました。まだまだ幼いところのある娘ですが、同じ学び舎の友人としてこれからも宜しくお願い申し上げます」

『ハイルドナ侯爵........』

ようやく侯爵に認められたのか。ようやく、ミリアと交流を持っても構わないと許可をもらえたのか。叔父上のおっしゃる通り、焦らずに自分らしくやってきて良かった。
「友人として」だけど、それでもミリアとの将来に向けて大きな一歩となったはずだ。

『こちらこそ、これまで以上に宜しくお願いしたい。ミリア嬢に信頼して貰える様な、そんな友人になれる様にこれからも精進するよ』


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