喪失

木蓮

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『アーレン様、なにかございましたか?』

執務室で書類を確認していると、フリートに問いかけられる。

『うん?何がだ』

書類から顔を上げずに答える。

『いえ、エッセン大公様様に会いに行かれとお戻りになってから、何か考え事をされているのか、いつものアーレン様とは雰囲気が』

もう何年も一緒にいるからか、フリートは感が鋭い。リハルトも、普段あれだけ喋る奴なのに、帰り道は一言も口を聞く事なく追従してきた。
手を止めて顔をあげる。

『そうだな。今こうやって普段通りに執務をしている自分を褒めてやりたいよ』

『アーレン様⁈一体何があったのですか?』

私の表情をみたフリートが驚く。きっと今私は酷い顔をしているのだろう。

『叔父上に会いに行ったのだ。丁度侯爵家にいるという事だったから、ミリア嬢にも会えるかと』

『庭の東屋にいたんだ。2人で丁度本の事で話をしていたんだと思う。その時の2人の様子がな』

笑いあってた、2人。私には見せたことのない表情でミリアは楽しそうに笑っていた。そんなミリアを見つめる叔父上の視線が…

『ア、アーレン殿下!て、手をお話しください!』

フリートに言われて右手を見る。強く握りすぎたのか、折れたペンの羽が手に刺さり、机の上を血で汚していた。

『リハルト、王宮医を!』

扉近くに控えていたリハルトが飛び出していく。

『大事ない、ハーレン。大袈裟にするな』

『一体何があったんですか、アーレン様』

タオルで手を押さえつち、フリートが宥める様に問いかける。

『叔父上はミリアを好いているのだ』

『は?エッセン大公様がですか?何かのお間違えでは?』

『あんな目で誰かを見る叔父上は初めて見た。愛おしいと、そんな視線でミリアを見ていたんだ』

『まさか。エッセン大公はミリア嬢のお父上の侯爵と同い年ですよ?子供の頃から交流もあるでしょうし、愛おしいとはいっても、自分の娘みたいな愛おしさでは?』

そうかもしれない。あの時みた叔父上の視線は、私が思うものではなく、フリートが言うようにミリアを娘の様に思ってた親の様なものだったかもしれない。
これまでも、ミリアに対して煮詰まってた私に示唆してくれたり、背中をおしてくれたり、ミリアの事を叔父なりに応援してくれていたのは間違いない。侯爵にも叔父上からミリアとの事を認めてくれる様に話してくれていた事も知っている。

それでも、一瞬、ミリアを愛おしいと見つめていた叔父上の視線が胸をざわめかせるのだ。

王宮医に傷の手当てを受け、暫く手を使わない様にと注意される。
王宮医が執務室から辞去し、部屋には私とハーレン、リハルトが残った。

『…少し疲れた。』

溜息をついて、ソファーに身を委ねる。

『そうですね。アーレン様はここずっと頑張ってらっしゃいましたからね。手の事もありますし、暫く王都を離れてみては如何ですか?夏休暇には少し早いですが』

『では、シグレアの領地にいらっしゃいませんか?まぁ、山と海しかない田舎ですが、何にも考えずに頭を空っぽにしてみるのも、たまには悪いことじゃないですよ』

リハルトから思い掛けない提案をされる。

『シグレアにか…。リハルトは構わないのか?』

シグレアはリハルトの父、シグレア辺境伯が治めている領地。王都からは馬車で3日はかかる国境近くの場所だ。

『父や母にも今年の夏休暇は領地に戻る様にと言われてましたから丁度良かったです。ただ、田舎ですから、王宮の様な至れり尽くせりの生活環境ではない事はご了解下さい』

それからのフリートの行動は早かった。当面の執務を前倒しし、どうしても変更のできない公務については、叔父上に代理を依頼。叔父上は、こころよく引き受けてくれた。
王都を離れる事を父上に報告したが、特に何も問われることは無かった。ただ一言、『臣下に報いる事も上に立つ者としての務めと心得なさい』と。

フリート、リハルト、ありがとう。私にとっては得難い臣下だ。
自分を見失わない様に、少しここから離れて自分自身を見つめ直そうと思った。



*********************************************



シグレアは深い森と青い海で囲まれた領だった。リハルトは田舎というものの、自然に囲まれたその地は
、王都で生まれ育った私にとっては驚きの連続だった。

領民の住んでいない小島へ船で渡り、3人で釣った魚を食材に野宿をしたり、森の奥地で生命の神秘とも言えるアナグロットの羽化を見たり。少年の様な日々を過ごした。公務の事も、叔父上の事も、そしてミリアの事も。考える暇もないくらいあれこれ連れまわして、体験させてくれたリハルトはやフリートには感謝しかない。手の傷もすっかり癒え、明日には王都に戻るとなっていた日の夜、最後だからとシグレト辺境伯との晩餐会が催された。

晩餐会と言っても、シグレア辺境伯と奥方、リハルトやその弟や妹、私やフリートなど、うちうちのこじんまりしたものだった。

『陛下も、後継たるアーレン殿下がこんなにも素晴らしく成長なされた事は自慢でしょう』

『いや、父上にまだまだだと言われます。』

『そんな事はありませんよ。陛下とは書簡にてやり取りさせていただいておりますが、息子の成長がうれしいと話されておりましたよ』

父上がそんな事を。最近は親子としてよりは、王と王太子としての立場で話す事が殆どで、そんな風に考えてくれていたなんて、思ってもみなかった。

『そうですか』

『えぇ。学院もいよいよ来年にはご卒業ですし、そろそろ殿下の婚約者を探さねばですな』

『いや、まだ、そんな事は......』

『なんでも、マッカランの王室から、殿下にと第一王女との婚約の打診が来ていると伺っておりますよ。お相手の第一王女は見目麗しく才女と名高い方との事。マッカランであれば国としても申し分なく、良い縁組となるのでは?』

これでこの国も安泰ですなと満足げに話すシグレア辺境伯の声が、霞がかかったかの様にぼんやり聞こえている。なんと答えたかも記憶にない。

気が付けば、シグレアに逗留している間に宛がわれた客室のベッドの上に腰かけていた。

シグレア辺境伯が言った言葉が頭の中から離れない。
マッカラン国の第一王女との縁談。確かに一度そんな話は父上から聞かされていた。しかし、私が妃として望んでいるのはミリアただ1人だけだし、父上もそれを理解しているから、その縁談は断ると話していた。それは間違いない。実際、私からの断りの書簡を送っているはず。
きっとシグレア辺境伯の勘違いだろう。王都からはなれている辺境。事実とは違った話で伝わったのだろう。

4日後には王都に帰る。学院も始まるし、公務も山積みだろう。
でも、ミリアに会える。愛しいミリア。聡明な君はまた一段と美しくなっているのだろう。
そう思いながら、眠りについた。


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