喪失

木蓮

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『エリー、王太子は君が身ごもっていることを知っているのだろう?だから、君と私達を会わせた』
『.......』

エリアーヌはなにも答えない。それがラインハルトの問いかけの答えだった。

『私もキルハイトも君が望むなら、このまま、バッハツアルトの後継者を連れてもナレントへ帰るよ。例え、国中を戦火に巻き込もうとも、どれだけの血が流れようともだ。でも、君はそれを望まないんだろう?』

ラインハルトの言葉に、エリアーヌはうなづく。ラインハルトからの思わぬ言葉に動揺していたキルハイトも、兄としてでなく、ナレントの王太子としての表情を見せた。

『.....わかった。第一王女とラインハルトとの婚約は解消。第一王女はバッハツアルトより兼ねてから申し込まれていた王太子妃として嫁ぐ。国同士のしきたりの違いもあるから、婚礼の前に国入りして王太子妃教育を受けること。婚礼の儀については、第二王女の体調も思わしくなく両陛下が国を空ける事も難しい為、ナレントは参加を見合わせる。バッハツアルトの意向で行ってもらって構わない』
『かしこまりました』

エリアーヌはキルハイトの言葉を静かに受け止める。

『我はこのまま失礼する。国軍へ撤収の指示を出さねばならん。ラインハルト、先に行くぞ』

『兄上様、ナレントを父上様母上様をお願いします』

『言われずとも、それが我の務めだ。そなたとは二度と会う事はないだろう。達者で』

そう告げると、エリアーヌの顔を見ることもなく、振り返りもせずにキルハイトは部屋を出て行った。エリアーヌからはキルハイトの表情は見る事は出来なかったが、キルハイトは泣いていた。唇をきつく結び、前だけを見て、もう会う事のない妹を思い泣いていた。

『私も行かねばなりません。エリアーヌ様、どうぞお体を大切に。健やかな御子を御生みなされます様に』

片膝をつき、騎士としての最上の挨拶をする。唯一と決めていたエリアーヌ。いつまでも一緒にと誓ったあの日に戻れたなら...。

『ラインハルト様、お約束が守れなくて申し訳ございませんでした。ラインハルト様のご健勝とご多幸をバッハツアルトの地からお祈り申し上げております』

エリアーヌが美しく一部の乱れもないカーテシーをする。もう二度と会う事はない、愛しい人。
その姿を忘れない様に目に焼き付ける。

『失礼します』

エリアーヌに最後に声をかけて部屋を出る。扉が後ろで閉まった瞬間、エリアーヌのしのび泣く声が聞こえてきた。このまま戻って連れ帰りたい。エリアーヌが何と言おうと、一緒にナレントに戻りたい、幼い頃より二人で誓いあった共に生きるとの約束を叶えたいと、胸の中でもう1人の自分が叫ぶ。扉一枚先に、エリアーヌがいるのに、なのにたったその一枚が、2人を遠く隔てていた。


*************************************************************


キルハイトとラインハルトがナレントに戻った次の日に、キルハイトがエリアーヌに告げた様に、ナレント国王から国内外にエリアーヌ第一王女がバッハツアルトの王太子妃として嫁ぐ事が決定した事、バッハツアルト国の事を学ぶためにもう国入りしている事。バッハツアルトで行われる予定の結婚式には、第二王女の容態が思わしくない為、参加は出来ない事などを発表した。

実際、エリアーヌが拉致された原因になったと、カトリーヌは思い悩み、一時は落ち着いていた容態が悪化し、明日をも知れない状況となっていた。国中がカトリーヌの回復を祈り、エリアーヌの事はタブーになったかの様に、誰の口の端にも乗らなくなった。婚約者だった、ラインハルトの事も。



『ハルト。ほら、こっちにきて。綺麗な花が咲いているわ』
『あぁ、綺麗だ。ラッシュの花かな?』

白くて小さいが香り豊かな野の花。早春に咲くこの花が、エリアーヌは1番好きだった。

『うーん、いい香り。この香りを感じると、ナレントにも春が来たと思うわ』

ラッシュの花を一輪手に取り、エリアーヌの髪に刺す。嬉しそうに笑うエリアーヌ。

『ありがとうハルト。大好きよ』

照れながら、エリアーヌがそっと抱きついてくる。そんなエリアーヌを腕の中に閉じ込め、笑いながら口づけを交わす。

『愛しているよ、エリー。私の唯一』



目を開くと、部屋の中はまだ薄暗い。まだ朝には早いのだろう。
バッハツアルトから戻って3ヶ月。季節はそろそろ秋も深まって来ていた。

ベッドから起き出し、着替えをする。もう寝れないだろうし、もともとここ数ヶ月は満足に眠れてもいない。
毎夜、エリアーヌの夢を見る。幼馴染として過ごした日々。婚約者となってからの年月。そして、最後の別れとなったあの日の事。
眠りに落ちている時だけが、エリアーヌに会えるのだ。


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