喪失

木蓮

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エリアーヌと共に数回会った事がある。その時もベッドの上にいたカトリーヌ。
日に当たる事のなかったであろう白く透き通る様な肌。訪れたエリアーヌの姿を見て喜ぶ姿も、はかなげで今にもいなくなってしまうのではないかとその当時も思ったが、今は痩せ衰えて肌も青ざめて血の気もなく、今にも点に召されてしまうのではないかと言った風情だ。表情も乏しく、キルハイトが言っていた『生きる気持ちがない』と言っていたのが良く分かった。

『カトリーヌ、其方が会いたいと言っていた、ラインハルトを連れてきた』

ベッドの脇のソファーに座り、キルハイトがカトリーヌに話かける。

『兄様。ラインハルト様と二人だけにしてもらえますか?』

囁くようなカトリーヌの声。やせ衰えた身体から、なんとか出しているのだろう。少し話すだけで、苦しそうな様子だ。

『カトリーヌ....。分かった、ラインハルトいいか?』

部屋の中にいた侍女や付き添ってきた近衛騎士なども全て下がらせ、キルハイトも出ていき、部屋の中にはカトリーヌとラインハルトだけが残された。

『お座りください、ラインハルト義兄様』

昔からそう呼んでいた事もあってか、何のためらいもなく、カトリーヌはラインハルトに呼びかけた。ジクっとした胸の痛み。ラインハルトは頷いてベッド脇のソファーに座る。

『無理をお願いして申し訳ありませんでした』

カトリーヌがラインハルトに向かって頭を下げる。ちょっとした動作でも、今のカトリーヌには大きな負担になるのか息も切れ切れになっていた。

『ラインハルト義兄様、本当に申し訳ありませんでした。私がエリアーヌ姉様を、ラインハルト義兄様を不幸にしてしまって。私が姉様に会いたいと我儘を言ったばかりに、本当に申し訳ありませんでした』

頭を下げ続けるカトリーヌ。呼吸も段々荒くなっていく。布団の上に固く握りしめられた両手に、ポタポタと涙が落ちた。
自分の身を削るだけの行為に、ラインハルトは微かに苛立ちを覚えた。

『カトリーヌ様の仰りたい事は分かりましたので、お顔を上げてください』
『でも、私にはもう、ラインハルト義兄様にお詫びするだけしか出来ないのです』

息を切らしながら、カトリーヌはなおもラインハルトに詫び続ける。

『私さえ、我儘を言わなければ、エリアーヌ姉様が連れ去られる事はなかったし、ラインハルト義兄様を悲しませる言葉なかったのに。私さえ、私さえ生きてさえいなければ……』
『ふざけるな』

考えるより先に言葉が出た。

『えっ?』

驚いてカトリーヌが顔を上げる。涙から鼻水からでグシャグシャになった顔。今日見た中で1番生気を感じた表情だ。

『自分さえ生きていなければ?君が生きてなかったら、エリアーヌがここにいるとでも?ふざけるな!エリアーヌは自分のことよりも相手の事を大切にする人だ。君が生きていなかったら、エリアーヌはもっと悲しむ。誰一人自分の知る人間のいない場所で、これから生まれてくるであろう子供の事、誰にも頼る事も出来ず。理不尽なことに巻き込まれて、それでも王族に生まれた矜持を捨てず、たった1人でかの地に立っているエリアーヌを思えば、死ぬなど、そんな事は許される訳はないだろう!為政者として、民を守る選択肢を取らざるを得なかった陛下やキルハイト。初めての出産を迎える娘に会いたくても会えない王妃様。子供の頃からずっと支えて来た臣下達。皆、苦しみに耐えて生きているんだ。一人異国で生きるエリアーヌを想って。それなのに、君1人苦しみに耐えかねて死ぬと?ふざけるな!死ぬなんて俺が許さない!これ以上エリアーヌを悲しませる様な真似は俺が絶対に許さない!』

ラインハルトの大声に驚いたのか、近衛騎士達が部屋に飛び込んで来た。激昂するラインハルトに驚きつつも、カトリーヌを叱咤しているラインハルトを止めようとした。

『よい』

キルハイトの一言で、近衛騎士達が動きを止める。

『ラインハルト。その辺りで許してやってくれないか。頼む』

キルハイトがラインハルトの肩を叩く。激昂していたラインハルトがキルハイトに振り返る。

『どうして、エリアーヌなんだ?何故エリアーヌでなければならなかったんだ?』

キルハイトの肩を掴み、ラインハルトが問いかける。

『俺にも分からないよ、ラインハルト。誰にも答えは分からないんだよ』

ラインハルトと向かいあったキルハイトがそう答える。

『エリアーヌ』

天を仰ぎ、両手で顔を覆い、崩れ落ちる様にラインハルトが慟哭する。
そんなラインハルトの姿を、その場にいた人達はどうすべくも無く見つめるだけだった。
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