RICE WORK

フィッシュナツミ

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第5部:「崩れゆく連帯」

第5部:「崩れゆく連帯」

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1. 
 陽太は移民労働者たちと共に働く中で、これまでの孤立した職場環境とは異なる「温かさ」を感じていた。彼らは慣れない異国の地で真摯に働き、互いに支え合い、助け合っている姿が印象的だった。何より、日々の仕事に対して楽しさや意義を感じ、誇りを持って働いているように見えた。そんな彼らと接することで、陽太は次第に「働くことの意味」を見つめ直すようになる。
 ある日、陽太が彼らに業務の効率的なやり方を教えると、移民労働者の一人が笑顔で「ありがとう、あなたのおかげで自信がついた」と言葉をかけてくれた。その瞬間、陽太は仕事に対する充実感を取り戻し、彼らと共に働くことが自分の中で大きな意義を持っていることを実感したのだった。

2. 
 移民労働者たちは、日本社会の一員として少しずつ受け入れられるようになり、地域社会の中でも次第に理解が深まっていた。彼らの誠実な姿勢や協力的な態度に触れ、多くの日本人が「一緒にこの国を良くしていく仲間」として彼らを受け入れる風潮が広がっていった。
 その流れはやがて「参政権の認可」へと繋がり、政府は移民労働者に対して地方選挙や国政における参政権を認める決定を発表した。日本国民としての一員として、彼らの存在が正式に認められることとなり、人々は歓喜に包まれた。陽太もまた、「共にこの国を良くしていく仲間が増えた」という希望を胸に抱き、彼らとの協力関係に新たな意義を見出していた。

3. 
 それから数年後、日本政府から驚愕の発表が行われた。「沖縄、北海道、九州、四国の各地域が日本から独立することとなった」との内容に、国中が混乱に陥った。人々は戸惑いと不安を隠せないまま、ニュースやSNSで情報を確認し合ったが、政府からの説明は曖昧なもので、なぜ独立が突然認められたのかという理由がはっきりしなかった。
 陽太はニュースを見て愕然とした。なぜ日本がこんなにも簡単に分裂するのか理解できなかった。街中の人々も不安そうにスマートフォンの画面を見つめ、通り過ぎる人と顔を見合わせることなく、その場に立ち尽くしていた。

4. 
 さらに、事態は急速に悪化した。移民労働者として受け入れられた人々が、日本の主要な政府機関やインフラを掌握していることが次々と明るみに出た。彼らの多くは工作員として日本に送り込まれており、日本社会の分断を狙っていたことが発覚したのだ。社会に溶け込み、日本人の信頼を得ながら徐々に要職を得ていった彼らは、ついに計画を実行に移し、各地で主要な施設や通信網を制圧していた。
 陽太もまた、職場で親しくなった移民労働者が工作員だったことを知り、驚きと同時に深い失望を感じた。「一緒に国を良くしていく」という言葉を信じていたのに、すべては偽りであり、信頼していた相手が国を裏切るための一端を担っていたのだ。

5. 
 分裂による日本国土の縮小と移民労働者の増加によって、日本社会の人口構成は急速に変化していた。日本人は数の上で少数派となり、民主主義の名のもとに政治的発言力を失っていった。政府の機関や主要なポストも次々に移民出身者によって占められ、国の行く先を決めるのはもはや日本人ではなくなっていた。
 かつて陽太たちが信じていた民主主義が、いまでは皮肉にも「日本人を野党に追いやるシステム」となり、彼らの意見は社会の主流から除外されていった。多くの日本人が再び社会の周縁へと押しやられ、陽太は自分の国が変わり果てていくのをただ見ていることしかできなかった。

6. 
 新しい政権の方針により、ベーシックインカム制度は突然停止されることが発表された。国民に最低限の生活を保障するはずだった制度が廃止され、多くの日本人が収入を失い、生活の基盤を奪われる事態に陥った。再び自らの手で生計を立てなければならない現実に、日本人の多くが打ちひしがれ、街には不安と絶望が漂い始めた。
 働かなければならない現実が戻ってきたが、移民出身者によって管理される労働市場では、日本人に対して低賃金と長時間労働が課されることが常態化していた。かつて日本が提供していた海外労働者の待遇と同じように、日本人が今度は「低所得層」として扱われるようになっていたのだ。

7. 
 陽太が毎日通う職場は、もはや「仕事場」というよりも「労働力消費施設」とでも呼ぶべきものになっていた。かつては誰もがベーシックインカムのおかげで自由な時間を楽しみ、働くことから解放されていた。今ではその自由な時間は、必要最低限の生活を維持するための「労働」で埋め尽くされている。陽太も、もはや仕事に楽しさや意義を見出すことはできず、ただ生きるために機械のように働いていた。
 社会から尊厳を奪い取ったベーシックインカムは、見事に「ライス・ワーク」――つまり、食べるための働き方を人々に強いる新たな現実を生み出していた。「仕事は好きなときに、自由に選べる」という夢のような日々は過去のものとなり、今では「生きるために仕方なく働く」という現実がすべてを支配していた。

8. 
 ある日、陽太はふとした瞬間に自分がかつて「仲間」として信じていた人々と、今や隔たりのある世界にいることを強く感じた。日本社会は、働くことへの意欲や信念を奪われ、ただ最低限の生活を維持するために働くだけの存在に成り下がってしまったように見えた。
 陽太の周囲には、かつての仲間だった日本人たちが疲れ切った顔で働いている。移民出身の上司たちは監視の目を緩めず、容赦なく労働を強いる。どこかで感じていた「共に未来を築く」という思いは、陽太の中で虚しい記憶と化し、ただの過去の幻想だったと思い知らされていた。

9. 
 街を歩くと、かつての希望に満ちた楽園の面影は、もはや見る影もない。ベーシックインカムでかつての安心を享受していた時代は遠く、今では誰もが何も言わず、何も感じず、ただ働き続けている。
 陽太もまた、黙々と働きながら、自分がかつて失ってしまったものを思い返していた。働くことは「食べるため」だけでなく、人生の充実感や尊厳を保つ手段であるはずだった。けれど、今ではそんな価値観を話す者もいない。ただ働き、ただ生きるだけの毎日が永遠に続くかのようだった。
 陽太は最後に、虚ろな目で街の景色を見つめ、消えゆく日本の面影を感じた。それはもう、彼が知っていた国ではなかった。




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