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第0章 豹変編

迷宮とカマキリ

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 古井戸の底は水が流れていた。ローはそのまま流されていった。
 しばらく流されている時に、何とか岩にしがみついてそのまま水流から脱出した。

「ゲホッ! ゲホッ! なんだったんだ…」

 落ち着いた後、自分の身に何が起きたか考えた結果、

(誰かが僕を突き飛ばした……誰かが井戸に突き飛ばしたんだ……どうしてそこまで……誰が一体……。なんでこんなことを…)

 ローの心に暗い気持ちが込み上げる。

「そこまで嫌がられてたのか…。嫌われてたのか…。人の気も知らないで…」

 そして怒りが込み上げる。

「ふざけんな! 好きで魔法がないんじゃない! 僕だって魔法が欲しかった! ずっと夢見てたんだ! 村の外に出て冒険をして活躍する! 誰かを助けて英雄になる! いや、少しでも誰かを支えられるだけでも良かったんだ! そんな夢を見てたのに魔法がないだけでこんな目に合うのが正しいことなのか! ふざけるな―――――!」

 彼は怒りに任せて世界に対する罵詈雑言を大声で喚きだした。ついに喚き疲れて座り込んでしまう頃に、自分がいる場所の異常さに気が付いた。地上ではないことは確かだが不自然に明るい。周囲の壁が明らかに作られた感じがする。

「ここ、どこ? まさか、本で読んだ迷宮!」

 迷宮とは世界のどこかに隠された謎の遺跡のことであり、強い魔物が生息し奥には凄い宝物があるとされる存在だ。

(…もし迷宮ならとんでもないぞ! 僕は鍛えてるつもりだけど魔法がない! 生きて帰れるはずがない! 冗談じゃない! 冗談じゃないぞ!)

 彼は絶望するが、生きてここから出たいという気持ちからすこし都合のいいことを思いつく。

「待てよ….迷宮は地下に続くと本に書いてあった。つまり上に向かって進んでいけば迷宮の入り口から地上に出られるじゃ…。よし! そうするしかないや!」

 こうしてローの望まぬ最初の冒険が始まった。



 ローは少し休んだ後に周りに武器になりそうなものがないか探したが、そんなものは無かった。仕方が無いので、石を器用に削って簡易なナイフを作って、迷宮の中を進んだ。
 最初のうちは警戒していたが、1時間近く進んでも魔物らしいものに遭遇しなかったので安心していた。

(思ったより危険がないな。このまますぐに出られるかなのかな。そしたらこの迷宮を出た後は新しい生活の準備をしなきゃな)

 彼はまた都合のいいことを考えてしまう。

ギチギチ

 そのとき、上から何か音が聞こえた。

(えっ何…)

 恐る恐る頭上を確認しようとした瞬間、

ザシュッ!

 人間の倍以上大きいカマキリの魔物が腕を振った後だった。

「あっ」

 ローの左腕がなくなっていた。そして、

「あっ! ぐっああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 生まれてきた中で感じたこともないような激痛が襲ってきた。カマキリの魔物に対する恐怖よりも、腕を切り落とされた痛みで絶叫した。
 激痛のせいで身動きができないでいる間に、カマキリがローの腕を夢中で食っていた。
 痛みで腕を抑えている間にカマキリが食事を続けている。次に狙うには、

「うう…にっ逃げっ…なきゃ…うう…」

 このままだと自分自身が食い尽くされると思ったローは、激痛に耐えながら逃げようとしたが、カマキリがその動きに気付いた。

「ひっ…ひいい…」

 目が合っただけで、恐怖に塗りつぶされそうだった。震える足を必死に動かして離れようとしたが、カマキリが近づいてくる。その距離が縮まっていく。

「くっ来るな! 来るな! うわああ…」

 カマキリが腕を振り上げようとする。その鋭利な鎌のような腕を。

「いっ嫌だあああああああああああああああ! わあっ!」

 ローは叫びながら、石のナイフをカマキリに向かって投げつけた。カマキリの顔面にあたったが、少し驚いただけでそのまま鎌の腕をローに振るった。

ドゴッ!

 しかし、鎌の腕はローのすぐ横に振り下ろされただけだった。ナイフに一瞬でも気を取られたせいで、狙いがずれ、ローには当たらなかった。

 そして、それだけではなかった。鎌が振り下ろされた床が崩れて穴ができた。ローも巻き込まれるように落ちていった。

「ひっ! こっ今度は…ぐはっ!」

 穴の底は深くはなかった。ローは顔面に新たなダメージを受けた。

「…か、隠し部屋…、隠し通路ってやつか…? ひっ」

 落ちてきた穴から、大きな鎌が見えた。獲物を探すカマキリの腕だ。

「こっここから離れなきゃ。つっ…」

 ローはまだ震える足を必死に動かして奥に進もうとした時、自分の目を疑った。
奥に光が見えたのだ。

(出口!? …いやっでも、おかしいだろ、いくらなんでも! ここは迷宮の隠し通路みたいなんだぞ!? さらに地下に続くんじゃ…。でも、このままじゃ死ぬし…)

 こんな状況でそんな疑問を持つが進むしかなかった。今は、すぐ後ろに迫る敵から逃げるのが先決だ。

(行くしかない! 頼む! 出口であってくれ!)

 希望を見出したためか、足の震えが止まった。腕の出血を手で押さえながら歩きだした。
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