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第5章 外国編

隣国の帝国

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帝国の首都・帝都。

 帝国。そこは王国の隣国にして宿敵と言ってもいいほど度重なる争いを続けた大国だ。そしてここは帝国の皇帝の居城が構える首都にして、帝国最大の都市、帝都。王国の王都のように覆うの人が住んでいるが、その治安は王国に比べればあまりいいものではなかった。少なくともこの時点では……。

 この帝都では、ある事件が発生していた。帝国の血筋から反逆者が出てしまったというものだった。その事件で帝都は大騒ぎした。その反逆者が帝国で知らない者がいないほどの人物だっただけに誰もが衝撃を受けた。その人物に怒り、悲しみ、失望、絶望という感情を多くの者が抱いた。だが、その一方で疑念、不信感、勇気、希望を抱くものも少なくはなかった。その人物の帝国への反逆が信じられないものだったからだ。 

「はぁ…はぁ……!」

 人々が寝静まる夜中に人気のない場所を走り回る女性がいた。そして、複数の男たちも走り回っている。その女性は正体を隠すためなのかフードを目元が見えないほど深く被っている。女性は追われている身だった。男たちはその女性を追っているのだ。女性はちょうど人一人分入りそうな物陰に隠れると、身をかがめて追ってきた男たちをやり過ごした。

「探せー! 反逆者を探せー!」
「見つけ出して捕まえろ! 我らが帝国のために!」

「…………おのれっ!」

 追ってきた男たちは帝国の兵士だった。彼らは鎧を身に着け、手に武器を持っていた。ある者は剣を、ある者は槍を、ある者は弓矢を。一人の女性を捕まえるにしてはどう見ても過ぎた武装だ。兵士たちの言葉を聞いた少女は激しい怒りを抱いた。

(おのれ! この私が反逆者だと! 何が帝国のためだ! ふざけるな!)

 しかし、その怒りを行動で示すことはできない。できるはずがないのだ。少なくとも今の女性は剣の腕以外に何の力もないのだから。腰に掛けている剣も非常時以外に抜くわけにはいかない。

(この帝国の第一皇女たる私が! この『リオル・ヒルディア』が反逆者扱いとは!)

 彼女の名はリオル・ヒルディア。帝国の第一皇女。それが彼女の正体だ。帝国の皇女としてのプライドが高く、剣士としての実力もある。戦争で兵を率いて何度も最前線で戦ったこともあり、その功績から多くの兵からも信頼されている。そんな彼女が兵士に追われている理由は国家反逆罪だと言われているが、実は冤罪だったのだ。

(どうせこれは妹か兄上の差し金だろうが、こんなことで私は終わらない! 必ずこの帝国のためにも内戦を終わらせて見せる! どんな手段を使っても!)

 彼女は心の中でそう決意して立ち上がり、暗闇の中に消えていった。この時の彼女はまだ魔法の力を持っていなかった。ローグ・ナイトという男に出会うまでは。
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