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『ヤクザ若頭に保護されたら、なぜか嫁扱いです』 龍ヶ崎燎牙 × 夜見坂澄夜 #1
##1
龍ヶ崎燎牙(りゅうがさき・りょうが)は、雄咲市でも有名な男だった。
怖い男で、危険な男で、逆らってはいけない男。
人を睨むだけで空気を凍らせ、裏切った相手には容赦しない。部下ですら、燎牙の前では背筋を伸ばして息を潜める。
雄咲市の繁華街で、龍ヶ崎組の若頭を知らない者はいなかった。
そして、夜見坂澄夜(よみさか・すみや)は、その男と関わるつもりなど一ミリもなかった。
****
澄夜は、成人後、雄女化を選んでいた。
理由は、特別に劇的なものではない。
一人で生きていくため。
少しでも制度上の保障を得るため。
それから、いつか誰かと家族を持つ未来を、自分から閉ざしたくなかったから。
雄女化した身体は、以前より少し柔らかくなった。声も、肌も、周囲からの見られ方も変わった。
けれど澄夜自身は、相変わらずよく怒り、よく働き、よくツッコむ一般人だった。
「俺は普通に生活したいだけなんだよ」
それが口癖だった。
普通に働いて、普通に帰って、普通に飯を食う。
それだけでよかった。
ヤクザ若頭に保護される未来など、人生設計のどこにもなかった。
****
夜の繁華街。
割れた瓶の音と、怒号が響いた。
「逃げろ!!」
誰かの声に、澄夜は反射的に路地へ飛び込んだ。
「は!? 何で俺が巻き込まれてんの!?」
完全に最悪だった。
仕事帰りに安い惣菜を買って帰るだけのはずだったのに、なぜか黒スーツの男たちが殴り合う現場に遭遇した。
澄夜は慌てて後退る。
その瞬間、ドンッ、と誰かが壁へ叩きつけられた。
「……っ」
振り返る。
そこにいたのは、銀髪の男だった。
黒いシャツ。
鋭い目。
煙草の匂い。
そして、立っているだけで周囲を黙らせる圧。
「龍ヶ崎さん……」
誰かが震えた声で呼んだ。
龍ヶ崎燎牙。
この辺り一帯を仕切る組の若頭。
澄夜は本能で理解した。
――この人、本当に危ない。
「邪魔」
燎牙の低い声が落ちた。
次の瞬間、男が一人、地面へ沈んだ。
動きに迷いがない。
澄夜は惣菜袋を抱えたまま、そろそろ逃げようとした。
その時。
「おい」
燎牙が、真っ直ぐ澄夜を見た。
「怪我してる」
「え?」
言われて初めて、澄夜は腕が切れていることに気づいた。
瓶の破片でかすったらしい。
血が細く流れていた。
「いや、これくらい」
「来い」
「は!?」
燎牙は当然のように近づいてくる。
澄夜は後退った。
「いやいやいや、待ってください。俺、一般人なんで。そういう危ない人についていく趣味ないんで」
「血が出てる」
「出てますけど! 自分で病院行きます!」
「この時間に表の病院へ行くと、さっきの連中に顔を覚えられる」
燎牙は淡々と言った。
「お前、雄女だろ」
澄夜の肩が跳ねる。
「だったら何ですか」
「狙われる理由が増える」
低い声だった。
馬鹿にしているわけではない。
値踏みしているわけでもない。
ただ、危険を事実として言っている声だった。
「俺の縄張りに入れ」
「縄張りとか言うな! 怖いから!」
「怖くても来い」
「命令形!」
燎牙は澄夜の手首を掴んだ。
強い。
けれど、傷には触れない。
その妙な丁寧さに、澄夜は一瞬だけ黙った。
****
連れて行かれたのは、龍ヶ崎組の屋敷だった。
広すぎる玄関。
高そうな畳。
やたら静かな廊下。
澄夜は救急箱の前で正座させられ、完全に固まっていた。
「いや、何で俺ここにいるんですか!?」
「保護」
燎牙は煙草を咥えながら答えた。
「保護って言えば何でも許されると思うなよ!?」
「敵対組織がお前の顔を見た」
「最悪!!」
「外に出す方が危ない」
「言い方が監禁寄り!!」
組員たちは、廊下の向こうで青ざめていた。
若頭にここまで怒鳴れる人間など、ほとんどいない。
しかも相手は、さっき拾われてきたばかりの一般人である。
「腕」
燎牙が手を出す。
「自分でできます」
「左手で巻く気か」
「ぐ……」
澄夜は渋々腕を出した。
燎牙は雑そうに見えて、手当ては思ったより丁寧だった。
消毒液を含ませたガーゼを傷口に当てる。
「痛かったら言え」
「言ったらやめるんですか」
「我慢するなと言ってる」
澄夜は言葉に詰まった。
こういう男だと思わなかった。
もっと乱暴で、怖くて、こちらの都合なんて聞かない男だと思っていた。
「……痛いです」
小さく言うと、燎牙の手が少しだけ緩んだ。
「そうか」
「何か反応薄いな」
「暴れられるよりいい」
「俺を野良猫扱いするな」
「猫よりよく喋る」
「喧嘩売ってます?」
燎牙が少しだけ笑った。
怖い顔なのに、笑うと妙に色気がある。
澄夜はすぐに視線を逸らした。
危ない。
この男は、いろんな意味で危ない。
****
燎牙は、信用というものをあまり信じていなかった。
裏切りは日常。
損得で人が動くことも知っている。
部下はいる。
屋敷もある。
金も力もある。
だが、“家”はなかった。
帰る場所ではなく、戻る拠点。
眠る場所ではなく、目を閉じる場所。
食事も、煙草も、仕事の合間に済ませるものだった。
そこに、澄夜が入り込んだ。
「何ですか、この夕飯」
食卓で、澄夜が眉を寄せる。
「肉」
燎牙が答える。
「見れば分かります。野菜どこですか」
「添えてある」
「この小さい葉っぱを野菜扱いするな!」
組員が震えた。
「夜見坂さん、それは」
「だって咳してるじゃん! 煙草吸うし、飯は肉ばっかだし、肌荒れてるし!」
燎牙が黙る。
澄夜は遠慮なく続けた。
「若頭とか関係ないです。身体壊したら終わりだろ。ちゃんと食え」
部屋が凍った。
しかし燎牙は、灰皿へ手を伸ばしかけて、止めた。
煙草を置く。
「……一本だけ減らす」
組員たちがざわついた。
「若頭が従った……」
「天変地異か?」
澄夜は気づいていない。
自分だけが、燎牙を普通の男のように扱っていることに。
燎牙の身体を心配し、怒り、食事に文句を言い、煙草を減らせと命令する。
そんな人間は、燎牙の周りにはいなかった。
****
数日後。
澄夜は、まだ龍ヶ崎の屋敷にいた。
正確には、帰ろうとするたびに止められていた。
「帰ります」
「駄目だ」
「即答やめろ!」
「危ない」
「俺の家の方が心が安らぐんですけど!」
「敵対組織に張られてる可能性がある」
「現実的な理由出すな!」
燎牙は平然としている。
澄夜は頭を抱えた。
「俺、仕事あるんですけど」
「送る」
「遠足か」
「迎えも行く」
「過保護!!」
「保護だからな」
「便利ワードにするな!」
けれど、燎牙は本当に毎日送り迎えをした。
黒塗りの車が一般企業の前に停まるたび、澄夜は胃が痛くなる。
「目立つからやめてください!」
「目立った方が牽制になる」
「俺の社会的な平穏は!?」
「守る」
「そういう守り方じゃない!」
燎牙は少し考えた。
そして翌日から、車を一つ通りの向こうに停めるようになった。
澄夜は驚いた。
「……一応、聞いてくれるんですね」
「お前が嫌がるなら変える」
「じゃあまず保護を」
「それは無理だ」
「そこは聞けよ!」
燎牙は、わずかに笑った。
その笑い方が、妙に柔らかかった。
澄夜は心臓がうるさくなるのを感じた。
****
ある夜。
燎牙は血のついたシャツで帰ってきた。
「っ、何それ!」
澄夜が立ち上がる。
「かすっただけ」
「かすってねぇ!!」
澄夜は救急箱を掴んだ。
「座れ!」
組員たちが一斉に青ざめる。
若頭に命令した。
しかし燎牙は、素直に座った。
「……お前、怖くねぇの」
「怖いに決まってるだろ!」
澄夜は怒鳴りながら消毒液を取る。
手は少し震えていた。
「怖いけど、怪我してんのに平気な顔される方がムカつく!」
燎牙は黙った。
澄夜は傷を拭き、包帯を巻く。
「何でいつも自分のこと雑なんですか」
「慣れてる」
「慣れるな!」
「うるさいな」
「うるさくしますよ。死なれたら後味悪いから」
燎牙は、じっと澄夜を見た。
「後味か」
「何ですか」
「俺に死なれたくないって言え」
澄夜の手が止まる。
「……は?」
「違うのか」
燎牙の声は低い。
からかっているようで、どこか本気だった。
澄夜は顔が熱くなる。
「違わなくても言いません」
「そうか」
燎牙の口元が少し緩んだ。
「じゃあ、そういうことにしておく」
「何を納得した!?」
澄夜は包帯を強めに巻いた。
「痛い」
「知るか」
燎牙は文句を言わなかった。
その顔は、澄夜の知らない表情をしていた。
安心している顔だった。
****
組員たちは、もう分かっていた。
若頭が変わった。
以前なら朝まで戻らなかった仕事を、途中で切り上げる。
煙草の本数が減った。
食事に野菜が出るようになった。
何より、屋敷の空気が少し柔らかくなった。
理由は一人しかいない。
「若頭、最近すぐ帰りますよね」
「夜見坂さんが起きてるからだろ」
「もはや嫁」
「聞こえたら殺されるぞ」
その時、背後から低い声が落ちた。
「誰が嫁だ」
組員たちが飛び上がる。
澄夜だった。
「聞こえてるんですけど!?」
「すみません!!」
「あと俺は一般人です! 嫁じゃない!」
「一般人が若頭にあんな説教できます?」
「それは……それ!」
澄夜が言い返していると、廊下の奥から燎牙が現れた。
「澄夜」
「何ですか」
「飯」
「また肉だったら怒りますよ」
「今日は野菜もある」
「偉い」
その一言に、組員たちが固まった。
若頭が褒められている。
そして、少し嬉しそうにしている。
「……若頭、今の顔」
「見るな」
燎牙の低い声で、全員が散った。
澄夜だけが気づいていなかった。
自分が、燎牙の生活の真ん中に入り込み始めていることに。
****
ある日。
澄夜が屋敷の庭先で洗濯物を取り込んでいると、若い組員が声をかけてきた。
「夜見坂さん、手伝いますよ」
「あ、ありがとうございます」
組員が澄夜の腕に触れようとした瞬間。
「触るな」
低い声が落ちた。
空気が凍る。
燎牙だった。
表情は静かだが、目が笑っていない。
「若頭、これは」
「俺の許可なく触るな」
組員が慌てて下がる。
「す、すみません!」
澄夜は固まった。
「……何でそんな怒るんですか」
燎牙は少し黙る。
「ムカついた」
「は?」
「お前が、他の奴に触られると腹が立つ」
心臓が跳ねた。
「それ、普通に言うことですか」
「普通じゃねぇからな」
燎牙が近づく。
逃げようと思えば逃げられる。
でも、足が動かなかった。
「澄夜」
低い声。
「俺はお前を保護してるだけじゃない」
胸が熱くなる。
「じゃあ何ですか」
燎牙は、答えるまでに少し時間をかけた。
「帰したくない」
真っ直ぐだった。
「お前がここにいると、屋敷が家になる」
澄夜は言葉を失った。
危険な男。
怖い男。
近づいてはいけない男。
そう思っていた。
なのに、今の燎牙は、迷子みたいに不器用な顔をしている。
「……俺、ヤクザとか怖いんですけど」
「知ってる」
「ここ、普通じゃないし」
「知ってる」
「なのに」
澄夜は苦しそうに笑った。
「燎牙さんがいない方が、嫌になってきた」
燎牙の目が、わずかに見開かれる。
それから、本当に嬉しそうに笑った。
怖い顔の男が、初めて少年みたいに笑った。
澄夜は思った。
これは、まずい。
自分はたぶん、もうかなり深いところまで来ている。
龍ヶ崎燎牙(りゅうがさき・りょうが)は、雄咲市でも有名な男だった。
怖い男で、危険な男で、逆らってはいけない男。
人を睨むだけで空気を凍らせ、裏切った相手には容赦しない。部下ですら、燎牙の前では背筋を伸ばして息を潜める。
雄咲市の繁華街で、龍ヶ崎組の若頭を知らない者はいなかった。
そして、夜見坂澄夜(よみさか・すみや)は、その男と関わるつもりなど一ミリもなかった。
****
澄夜は、成人後、雄女化を選んでいた。
理由は、特別に劇的なものではない。
一人で生きていくため。
少しでも制度上の保障を得るため。
それから、いつか誰かと家族を持つ未来を、自分から閉ざしたくなかったから。
雄女化した身体は、以前より少し柔らかくなった。声も、肌も、周囲からの見られ方も変わった。
けれど澄夜自身は、相変わらずよく怒り、よく働き、よくツッコむ一般人だった。
「俺は普通に生活したいだけなんだよ」
それが口癖だった。
普通に働いて、普通に帰って、普通に飯を食う。
それだけでよかった。
ヤクザ若頭に保護される未来など、人生設計のどこにもなかった。
****
夜の繁華街。
割れた瓶の音と、怒号が響いた。
「逃げろ!!」
誰かの声に、澄夜は反射的に路地へ飛び込んだ。
「は!? 何で俺が巻き込まれてんの!?」
完全に最悪だった。
仕事帰りに安い惣菜を買って帰るだけのはずだったのに、なぜか黒スーツの男たちが殴り合う現場に遭遇した。
澄夜は慌てて後退る。
その瞬間、ドンッ、と誰かが壁へ叩きつけられた。
「……っ」
振り返る。
そこにいたのは、銀髪の男だった。
黒いシャツ。
鋭い目。
煙草の匂い。
そして、立っているだけで周囲を黙らせる圧。
「龍ヶ崎さん……」
誰かが震えた声で呼んだ。
龍ヶ崎燎牙。
この辺り一帯を仕切る組の若頭。
澄夜は本能で理解した。
――この人、本当に危ない。
「邪魔」
燎牙の低い声が落ちた。
次の瞬間、男が一人、地面へ沈んだ。
動きに迷いがない。
澄夜は惣菜袋を抱えたまま、そろそろ逃げようとした。
その時。
「おい」
燎牙が、真っ直ぐ澄夜を見た。
「怪我してる」
「え?」
言われて初めて、澄夜は腕が切れていることに気づいた。
瓶の破片でかすったらしい。
血が細く流れていた。
「いや、これくらい」
「来い」
「は!?」
燎牙は当然のように近づいてくる。
澄夜は後退った。
「いやいやいや、待ってください。俺、一般人なんで。そういう危ない人についていく趣味ないんで」
「血が出てる」
「出てますけど! 自分で病院行きます!」
「この時間に表の病院へ行くと、さっきの連中に顔を覚えられる」
燎牙は淡々と言った。
「お前、雄女だろ」
澄夜の肩が跳ねる。
「だったら何ですか」
「狙われる理由が増える」
低い声だった。
馬鹿にしているわけではない。
値踏みしているわけでもない。
ただ、危険を事実として言っている声だった。
「俺の縄張りに入れ」
「縄張りとか言うな! 怖いから!」
「怖くても来い」
「命令形!」
燎牙は澄夜の手首を掴んだ。
強い。
けれど、傷には触れない。
その妙な丁寧さに、澄夜は一瞬だけ黙った。
****
連れて行かれたのは、龍ヶ崎組の屋敷だった。
広すぎる玄関。
高そうな畳。
やたら静かな廊下。
澄夜は救急箱の前で正座させられ、完全に固まっていた。
「いや、何で俺ここにいるんですか!?」
「保護」
燎牙は煙草を咥えながら答えた。
「保護って言えば何でも許されると思うなよ!?」
「敵対組織がお前の顔を見た」
「最悪!!」
「外に出す方が危ない」
「言い方が監禁寄り!!」
組員たちは、廊下の向こうで青ざめていた。
若頭にここまで怒鳴れる人間など、ほとんどいない。
しかも相手は、さっき拾われてきたばかりの一般人である。
「腕」
燎牙が手を出す。
「自分でできます」
「左手で巻く気か」
「ぐ……」
澄夜は渋々腕を出した。
燎牙は雑そうに見えて、手当ては思ったより丁寧だった。
消毒液を含ませたガーゼを傷口に当てる。
「痛かったら言え」
「言ったらやめるんですか」
「我慢するなと言ってる」
澄夜は言葉に詰まった。
こういう男だと思わなかった。
もっと乱暴で、怖くて、こちらの都合なんて聞かない男だと思っていた。
「……痛いです」
小さく言うと、燎牙の手が少しだけ緩んだ。
「そうか」
「何か反応薄いな」
「暴れられるよりいい」
「俺を野良猫扱いするな」
「猫よりよく喋る」
「喧嘩売ってます?」
燎牙が少しだけ笑った。
怖い顔なのに、笑うと妙に色気がある。
澄夜はすぐに視線を逸らした。
危ない。
この男は、いろんな意味で危ない。
****
燎牙は、信用というものをあまり信じていなかった。
裏切りは日常。
損得で人が動くことも知っている。
部下はいる。
屋敷もある。
金も力もある。
だが、“家”はなかった。
帰る場所ではなく、戻る拠点。
眠る場所ではなく、目を閉じる場所。
食事も、煙草も、仕事の合間に済ませるものだった。
そこに、澄夜が入り込んだ。
「何ですか、この夕飯」
食卓で、澄夜が眉を寄せる。
「肉」
燎牙が答える。
「見れば分かります。野菜どこですか」
「添えてある」
「この小さい葉っぱを野菜扱いするな!」
組員が震えた。
「夜見坂さん、それは」
「だって咳してるじゃん! 煙草吸うし、飯は肉ばっかだし、肌荒れてるし!」
燎牙が黙る。
澄夜は遠慮なく続けた。
「若頭とか関係ないです。身体壊したら終わりだろ。ちゃんと食え」
部屋が凍った。
しかし燎牙は、灰皿へ手を伸ばしかけて、止めた。
煙草を置く。
「……一本だけ減らす」
組員たちがざわついた。
「若頭が従った……」
「天変地異か?」
澄夜は気づいていない。
自分だけが、燎牙を普通の男のように扱っていることに。
燎牙の身体を心配し、怒り、食事に文句を言い、煙草を減らせと命令する。
そんな人間は、燎牙の周りにはいなかった。
****
数日後。
澄夜は、まだ龍ヶ崎の屋敷にいた。
正確には、帰ろうとするたびに止められていた。
「帰ります」
「駄目だ」
「即答やめろ!」
「危ない」
「俺の家の方が心が安らぐんですけど!」
「敵対組織に張られてる可能性がある」
「現実的な理由出すな!」
燎牙は平然としている。
澄夜は頭を抱えた。
「俺、仕事あるんですけど」
「送る」
「遠足か」
「迎えも行く」
「過保護!!」
「保護だからな」
「便利ワードにするな!」
けれど、燎牙は本当に毎日送り迎えをした。
黒塗りの車が一般企業の前に停まるたび、澄夜は胃が痛くなる。
「目立つからやめてください!」
「目立った方が牽制になる」
「俺の社会的な平穏は!?」
「守る」
「そういう守り方じゃない!」
燎牙は少し考えた。
そして翌日から、車を一つ通りの向こうに停めるようになった。
澄夜は驚いた。
「……一応、聞いてくれるんですね」
「お前が嫌がるなら変える」
「じゃあまず保護を」
「それは無理だ」
「そこは聞けよ!」
燎牙は、わずかに笑った。
その笑い方が、妙に柔らかかった。
澄夜は心臓がうるさくなるのを感じた。
****
ある夜。
燎牙は血のついたシャツで帰ってきた。
「っ、何それ!」
澄夜が立ち上がる。
「かすっただけ」
「かすってねぇ!!」
澄夜は救急箱を掴んだ。
「座れ!」
組員たちが一斉に青ざめる。
若頭に命令した。
しかし燎牙は、素直に座った。
「……お前、怖くねぇの」
「怖いに決まってるだろ!」
澄夜は怒鳴りながら消毒液を取る。
手は少し震えていた。
「怖いけど、怪我してんのに平気な顔される方がムカつく!」
燎牙は黙った。
澄夜は傷を拭き、包帯を巻く。
「何でいつも自分のこと雑なんですか」
「慣れてる」
「慣れるな!」
「うるさいな」
「うるさくしますよ。死なれたら後味悪いから」
燎牙は、じっと澄夜を見た。
「後味か」
「何ですか」
「俺に死なれたくないって言え」
澄夜の手が止まる。
「……は?」
「違うのか」
燎牙の声は低い。
からかっているようで、どこか本気だった。
澄夜は顔が熱くなる。
「違わなくても言いません」
「そうか」
燎牙の口元が少し緩んだ。
「じゃあ、そういうことにしておく」
「何を納得した!?」
澄夜は包帯を強めに巻いた。
「痛い」
「知るか」
燎牙は文句を言わなかった。
その顔は、澄夜の知らない表情をしていた。
安心している顔だった。
****
組員たちは、もう分かっていた。
若頭が変わった。
以前なら朝まで戻らなかった仕事を、途中で切り上げる。
煙草の本数が減った。
食事に野菜が出るようになった。
何より、屋敷の空気が少し柔らかくなった。
理由は一人しかいない。
「若頭、最近すぐ帰りますよね」
「夜見坂さんが起きてるからだろ」
「もはや嫁」
「聞こえたら殺されるぞ」
その時、背後から低い声が落ちた。
「誰が嫁だ」
組員たちが飛び上がる。
澄夜だった。
「聞こえてるんですけど!?」
「すみません!!」
「あと俺は一般人です! 嫁じゃない!」
「一般人が若頭にあんな説教できます?」
「それは……それ!」
澄夜が言い返していると、廊下の奥から燎牙が現れた。
「澄夜」
「何ですか」
「飯」
「また肉だったら怒りますよ」
「今日は野菜もある」
「偉い」
その一言に、組員たちが固まった。
若頭が褒められている。
そして、少し嬉しそうにしている。
「……若頭、今の顔」
「見るな」
燎牙の低い声で、全員が散った。
澄夜だけが気づいていなかった。
自分が、燎牙の生活の真ん中に入り込み始めていることに。
****
ある日。
澄夜が屋敷の庭先で洗濯物を取り込んでいると、若い組員が声をかけてきた。
「夜見坂さん、手伝いますよ」
「あ、ありがとうございます」
組員が澄夜の腕に触れようとした瞬間。
「触るな」
低い声が落ちた。
空気が凍る。
燎牙だった。
表情は静かだが、目が笑っていない。
「若頭、これは」
「俺の許可なく触るな」
組員が慌てて下がる。
「す、すみません!」
澄夜は固まった。
「……何でそんな怒るんですか」
燎牙は少し黙る。
「ムカついた」
「は?」
「お前が、他の奴に触られると腹が立つ」
心臓が跳ねた。
「それ、普通に言うことですか」
「普通じゃねぇからな」
燎牙が近づく。
逃げようと思えば逃げられる。
でも、足が動かなかった。
「澄夜」
低い声。
「俺はお前を保護してるだけじゃない」
胸が熱くなる。
「じゃあ何ですか」
燎牙は、答えるまでに少し時間をかけた。
「帰したくない」
真っ直ぐだった。
「お前がここにいると、屋敷が家になる」
澄夜は言葉を失った。
危険な男。
怖い男。
近づいてはいけない男。
そう思っていた。
なのに、今の燎牙は、迷子みたいに不器用な顔をしている。
「……俺、ヤクザとか怖いんですけど」
「知ってる」
「ここ、普通じゃないし」
「知ってる」
「なのに」
澄夜は苦しそうに笑った。
「燎牙さんがいない方が、嫌になってきた」
燎牙の目が、わずかに見開かれる。
それから、本当に嬉しそうに笑った。
怖い顔の男が、初めて少年みたいに笑った。
澄夜は思った。
これは、まずい。
自分はたぶん、もうかなり深いところまで来ている。
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Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
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背景/ロゴデザイン:こな様(@konya0924)
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表紙や動画にAIを使っていますが、小説にはAIを使っておりません
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
恋愛偏差値ゼロの若きエリート財務官、今世の有能さが過ぎて冷徹王太子と天才魔術師に全力で外堀を埋められています
雪平もち前世は三十代、今世は二十代の若きエリート財務官・シリル。
恋愛偏差値ゼロのまま予算だけを愛してきた彼は、その並外れた有能さゆえに、王宮の超大物たちからロックオンされていた!
胃痛と腰痛に耐えながら、無自覚天然な財務官が、二人の凄まじい執着の狭間で右往左往する、異世界王宮溺愛BLコメディ!
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
勇者に捨てられた俺のヒーラー(♂)が、世界一可愛い
いちみりヒビキ最弱モブ青年・レンが出会ったのは、銀髪ショートボブの儚げの青年ヒーラー・カオル。
健気で天然、守ってあげたくなるのに色気は凶器級。世話焼きなレンは毎日距離を詰められ、気づけば守護欲MAXのスパダリ化。
星空の下での初キス、密着修行、両片想いのすれ違い――。
だが現れた勇者は、カオルを侮辱し価値を否定する。その瞬間、モブ攻めレンはブチ切れた。
「その言葉、取り消せ」
これは、最弱攻めが愛する美人受けのために勇者をぶっ飛ばし、溺愛覚醒する異世界BL。
ざまぁあり、甘々あり、最後はてえてえのハッピーエンドです。
※完全健全です。安心してお読み頂けます。
◾️AI活用
・表紙(AIイラスト)
・会話テンポの調整と文章校正
・タイトル案、概要案など
◾️各話リスト
1 召喚された美青年
2 世話焼きモブ青年と健気ヒーラー
3 密着イベント連発
4 星空の下、初めてのキス
5 勇者一行、来村
6 モブ、勇者に喧嘩を売る
7 絶望、それでも立て
8 愛でぶっ倒す勇者戦
9 お前しか見えてねえ
10 手を繋いで、世界へ