「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

文字の大きさ
24 / 271

第24話 彼女は精霊の名前を間違える。

しおりを挟む
「ピノアは攻撃魔法しか興味がなかったものね。
 それも、火と水の精霊の魔法ばっかり」

「んー、興味がなかったわけじゃないんだけど、フェネクスとフォカロルがわたしのこと気に入ってくれてたからかなー」

 フォカロルというのが、おそらく水の精霊の名前なのだろう。
 火の精霊の名前がフェネクスであるのはふたりから既に聞いていた。

 この世界に生まれたステラやピノアと違い、異世界からの来訪者であるレンジが魔法を使えるようになるには精霊に力を示し認められなければいけなかった。
 だから三人はエウロペの隣国であり同盟国でもある東のランスという国に向かう途中だった。
 ランスには火の精霊が棲む山があったからだ。

「そういえば確か、ヴァプラとアガレスは、わたしにいつもピノアの悪口を言ってたわ」

 からかうようにステラが言った。
 精霊にも人と同じで好き嫌いがあり、悪口を言うのには少し驚かされた。

「え、まじ? どっちがどっちだか忘れたけど、風と土の奴だよね?」

 奴て。レンジは苦笑した。

「ピノアのそういうところが嫌いみたい。いつも名前を間違えてくるからって」

 それは確かに嫌いになるな、とレンジは思わず笑ってしまった。

「でも、そのおかげで、わたしはヴァプラとアガレスにとても気にいってもらえたから、ピノアには感謝してるわ。
 名前を間違えないという、人として当たり前のことをしただけで、涙を流しながら感謝されただけじゃなく、ピノアと違ってわたしは彼らにとても好かれてるんだもの」

 ピノアに何度も名前を間違えられ、今だに覚えられていないその二柱の精霊にとって、きっとステラは女神や聖女のように見えたのだろう。
 精霊というのは、案外かわいい存在なのかもしれない。

「もう二度と、あいつらの力なんか借りないようにしよ。
 わたしには、オロバスちゃんもいるし」

 ピノアが「ちゃん付け」で呼んだ精霊の名に、ステラはとても驚いていた。


「ピノア、あなた、もしかして時の精霊の魔法が使えるの?」

「うん、使えるよ。だから、さっきからオロバスちゃんと交渉中」

「何の交渉?」

「この世界の時間を何時間か止めて、わたしたち三人だけがゆっくりおねんねしていいかどうか」

 ステラは、呆れてものが言えない、そんな顔をしていた。

 よくわからないでいたレンジに、ステラは時の精霊の魔法は大賢者にしか使えない魔法なのだと教えてくれた。
 それだけでなく、時の精霊は、人だけでなく他の精霊たちにもその存在を隠し続けており、その存在が明らかになったのはまだ100年ほど前のことだという。
 100年ほど前といえば、大賢者が彼の父と共に旅をしていた頃だ。
 その度の途中でふたりは時の精霊を見つけたのだろうか。
 もしかしたら、異世界からの来訪者であった父をめずらしく思い、精霊の方から顔を出したのかもしれない。


「大賢者には結構前から愛想を尽かしちゃってたみたいだよ。
 だから、あいつにはもう力は貸さないって言ってた。あ、あと、レンジのお父さんにも力を貸してたことがあるみたい。
 ピノピノのほうがかわいいから、これからはピノピノに力を貸すって言ってた」


「あなた、もしかして、時の精霊をオロバスちゃんって呼んでるだけじゃなくて、オロバスからピノピノって呼ばれてるの……?」


 レンジはまだ魔法を使えず、精霊には会ったこともなかったが、ステラの気持ちはなんとなくわかった。

 精霊とはそれぞれ、火、水、土、風、雷、光、そして闇と時、そのそれぞれを司る存在だと聞いていた。

 いくら人と同じように好き嫌いがあり、名前を何度も間違われたことでピノアを嫌いになったり、名前を間違えないだけでステラを可愛がったりする、人間味のあるかわいらしい性格の持ち主だったとしても、「司る」ということは、その精霊が一柱でも失われることがあったなら、それはこの世界の根幹を成すものが崩れるということだった。

 仮に火の精霊がいなくなってしまったとしたら、この世界から火は存在しなくなるのだ。
 火の魔法が使えなくなるだけでなく、火を物理的に起こすことさえもできなくなるにちがいない。
 火という概念が世界から消えるのだ。


 時の精霊がその存在を人だけでなく他の精霊にも隠していたのは、時という概念がもっとも扱いが難しく、人が扱うにはあまりに危険だったからだろうというのは容易に想像がついた。

 だからこそ、以前は大賢者や父にしか力を貸さなかったし、今はピノアにしか力を貸さないのだ。

 アルビノかそうでないかという違いはあれ、同じ魔人であり、同じ魔法使いであり、同じ巫女であるステラにとって、ピノアがそんな存在を「ちゃん」付けするだけでなく、「ピノピノ」と愛称で呼ばれているのは、おそらく信じがたいことだったろう。


「なんかねー、オロバスちゃんが言うには、『ピノピノ本当に眠そうだから、時間を止めてさせてあげたいし、好きなだけおねんねさせてあげたいけど、ピノピノはお寝坊さんだし寝起きも悪いからダメ』だってー。
『いくらかわいいピノピノでも、時間を止めていいのは数分だけ』だって。けちだよねー」


 レンジは、少し安心した。時の精霊がピノアを溺愛しているのはわかったが、どうやらいくら溺愛していても、限度というものはちゃんとわきまえてくれているようだ。溺愛してる時点でどうかとは思ったが。


「あ、そうだそうだ。『いい感じの乗り物が今そっちに向かってるし、もうすぐ来るから、それに乗ってる間は時を止めなくても、ピノピノと隣の美人さんとサトッシーの息子は少しだけならおねんねできるよ』って言ってた」


 父さんもサトッシーって呼ばれてたのか……。
 レンジは、なんだかとても残念な気持ちになった。

 父が時の精霊に気に入られ、愛称で呼ばれるような関係性になったとき、おそらくその愛称は父がそう呼んでくれと言い出したものであろう、ということが用意に想像がついたからだった。

 父はふなっしーの大ファンだった。
 父の座右の銘は、ふなっしーの名言「我々は無理をしない」だったという。

 それは、「無理をして体調を壊すくらいなら休みましょう」という、ゆるキャラブームの中で多忙な日々を送る同胞や、働く人すべてへ向けて贈られた言葉であった。

 父がピノアのように時の精霊から愛称で呼ばれていたのはなんだか非常に残念ではあったが、魔王になってしまうくらいの無理をしてまで守ろうとするほど、父はこの世界を愛していたのだ。
 そして、きっと、それ以上の無理をしてでも、レンジや母や妹のところに帰ろうとしてに違いなかった。

 志し半ばのままになってしまっているとはいえ、父の旅路は終わってしまったわけではない。まだ生きている。
 その父の意思を継ぎ、父だけでなく、世界を今度こそ救えるかもしれない立場にある自分のことが、たとえ大賢者たちにそう仕組まれていただけかもしれないとはいえ、誇らしく思えた。


 レンジとステラとピノアがエウロペに向かって歩き始めたとき、その上空から、竜にまたがる騎士が飛来した。

「ランスの竜騎士……?」

 時の精霊がピノアに告げた、「いい感じの乗り物」とは、ドラゴンだった。





(作者注 ふなっしーが活動を開始したのは2012年なので、レンジの父が行方不明になった2009年にはまだいなかったのですが、リバーステラではふなっしーは2009年にはすでに大人気だったということにしてください! お願いします!!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

処理中です...