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第24話 彼女は精霊の名前を間違える。
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「ピノアは攻撃魔法しか興味がなかったものね。
それも、火と水の精霊の魔法ばっかり」
「んー、興味がなかったわけじゃないんだけど、フェネクスとフォカロルがわたしのこと気に入ってくれてたからかなー」
フォカロルというのが、おそらく水の精霊の名前なのだろう。
火の精霊の名前がフェネクスであるのはふたりから既に聞いていた。
この世界に生まれたステラやピノアと違い、異世界からの来訪者であるレンジが魔法を使えるようになるには精霊に力を示し認められなければいけなかった。
だから三人はエウロペの隣国であり同盟国でもある東のランスという国に向かう途中だった。
ランスには火の精霊が棲む山があったからだ。
「そういえば確か、ヴァプラとアガレスは、わたしにいつもピノアの悪口を言ってたわ」
からかうようにステラが言った。
精霊にも人と同じで好き嫌いがあり、悪口を言うのには少し驚かされた。
「え、まじ? どっちがどっちだか忘れたけど、風と土の奴だよね?」
奴て。レンジは苦笑した。
「ピノアのそういうところが嫌いみたい。いつも名前を間違えてくるからって」
それは確かに嫌いになるな、とレンジは思わず笑ってしまった。
「でも、そのおかげで、わたしはヴァプラとアガレスにとても気にいってもらえたから、ピノアには感謝してるわ。
名前を間違えないという、人として当たり前のことをしただけで、涙を流しながら感謝されただけじゃなく、ピノアと違ってわたしは彼らにとても好かれてるんだもの」
ピノアに何度も名前を間違えられ、今だに覚えられていないその二柱の精霊にとって、きっとステラは女神や聖女のように見えたのだろう。
精霊というのは、案外かわいい存在なのかもしれない。
「もう二度と、あいつらの力なんか借りないようにしよ。
わたしには、オロバスちゃんもいるし」
ピノアが「ちゃん付け」で呼んだ精霊の名に、ステラはとても驚いていた。
「ピノア、あなた、もしかして時の精霊の魔法が使えるの?」
「うん、使えるよ。だから、さっきからオロバスちゃんと交渉中」
「何の交渉?」
「この世界の時間を何時間か止めて、わたしたち三人だけがゆっくりおねんねしていいかどうか」
ステラは、呆れてものが言えない、そんな顔をしていた。
よくわからないでいたレンジに、ステラは時の精霊の魔法は大賢者にしか使えない魔法なのだと教えてくれた。
それだけでなく、時の精霊は、人だけでなく他の精霊たちにもその存在を隠し続けており、その存在が明らかになったのはまだ100年ほど前のことだという。
100年ほど前といえば、大賢者が彼の父と共に旅をしていた頃だ。
その度の途中でふたりは時の精霊を見つけたのだろうか。
もしかしたら、異世界からの来訪者であった父をめずらしく思い、精霊の方から顔を出したのかもしれない。
「大賢者には結構前から愛想を尽かしちゃってたみたいだよ。
だから、あいつにはもう力は貸さないって言ってた。あ、あと、レンジのお父さんにも力を貸してたことがあるみたい。
ピノピノのほうがかわいいから、これからはピノピノに力を貸すって言ってた」
「あなた、もしかして、時の精霊をオロバスちゃんって呼んでるだけじゃなくて、オロバスからピノピノって呼ばれてるの……?」
レンジはまだ魔法を使えず、精霊には会ったこともなかったが、ステラの気持ちはなんとなくわかった。
精霊とはそれぞれ、火、水、土、風、雷、光、そして闇と時、そのそれぞれを司る存在だと聞いていた。
いくら人と同じように好き嫌いがあり、名前を何度も間違われたことでピノアを嫌いになったり、名前を間違えないだけでステラを可愛がったりする、人間味のあるかわいらしい性格の持ち主だったとしても、「司る」ということは、その精霊が一柱でも失われることがあったなら、それはこの世界の根幹を成すものが崩れるということだった。
仮に火の精霊がいなくなってしまったとしたら、この世界から火は存在しなくなるのだ。
火の魔法が使えなくなるだけでなく、火を物理的に起こすことさえもできなくなるにちがいない。
火という概念が世界から消えるのだ。
時の精霊がその存在を人だけでなく他の精霊にも隠していたのは、時という概念がもっとも扱いが難しく、人が扱うにはあまりに危険だったからだろうというのは容易に想像がついた。
だからこそ、以前は大賢者や父にしか力を貸さなかったし、今はピノアにしか力を貸さないのだ。
アルビノかそうでないかという違いはあれ、同じ魔人であり、同じ魔法使いであり、同じ巫女であるステラにとって、ピノアがそんな存在を「ちゃん」付けするだけでなく、「ピノピノ」と愛称で呼ばれているのは、おそらく信じがたいことだったろう。
「なんかねー、オロバスちゃんが言うには、『ピノピノ本当に眠そうだから、時間を止めてさせてあげたいし、好きなだけおねんねさせてあげたいけど、ピノピノはお寝坊さんだし寝起きも悪いからダメ』だってー。
『いくらかわいいピノピノでも、時間を止めていいのは数分だけ』だって。けちだよねー」
レンジは、少し安心した。時の精霊がピノアを溺愛しているのはわかったが、どうやらいくら溺愛していても、限度というものはちゃんとわきまえてくれているようだ。溺愛してる時点でどうかとは思ったが。
「あ、そうだそうだ。『いい感じの乗り物が今そっちに向かってるし、もうすぐ来るから、それに乗ってる間は時を止めなくても、ピノピノと隣の美人さんとサトッシーの息子は少しだけならおねんねできるよ』って言ってた」
父さんもサトッシーって呼ばれてたのか……。
レンジは、なんだかとても残念な気持ちになった。
父が時の精霊に気に入られ、愛称で呼ばれるような関係性になったとき、おそらくその愛称は父がそう呼んでくれと言い出したものであろう、ということが用意に想像がついたからだった。
父はふなっしーの大ファンだった。
父の座右の銘は、ふなっしーの名言「我々は無理をしない」だったという。
それは、「無理をして体調を壊すくらいなら休みましょう」という、ゆるキャラブームの中で多忙な日々を送る同胞や、働く人すべてへ向けて贈られた言葉であった。
父がピノアのように時の精霊から愛称で呼ばれていたのはなんだか非常に残念ではあったが、魔王になってしまうくらいの無理をしてまで守ろうとするほど、父はこの世界を愛していたのだ。
そして、きっと、それ以上の無理をしてでも、レンジや母や妹のところに帰ろうとしてに違いなかった。
志し半ばのままになってしまっているとはいえ、父の旅路は終わってしまったわけではない。まだ生きている。
その父の意思を継ぎ、父だけでなく、世界を今度こそ救えるかもしれない立場にある自分のことが、たとえ大賢者たちにそう仕組まれていただけかもしれないとはいえ、誇らしく思えた。
レンジとステラとピノアがエウロペに向かって歩き始めたとき、その上空から、竜にまたがる騎士が飛来した。
「ランスの竜騎士……?」
時の精霊がピノアに告げた、「いい感じの乗り物」とは、ドラゴンだった。
(作者注 ふなっしーが活動を開始したのは2012年なので、レンジの父が行方不明になった2009年にはまだいなかったのですが、リバーステラではふなっしーは2009年にはすでに大人気だったということにしてください! お願いします!!)
それも、火と水の精霊の魔法ばっかり」
「んー、興味がなかったわけじゃないんだけど、フェネクスとフォカロルがわたしのこと気に入ってくれてたからかなー」
フォカロルというのが、おそらく水の精霊の名前なのだろう。
火の精霊の名前がフェネクスであるのはふたりから既に聞いていた。
この世界に生まれたステラやピノアと違い、異世界からの来訪者であるレンジが魔法を使えるようになるには精霊に力を示し認められなければいけなかった。
だから三人はエウロペの隣国であり同盟国でもある東のランスという国に向かう途中だった。
ランスには火の精霊が棲む山があったからだ。
「そういえば確か、ヴァプラとアガレスは、わたしにいつもピノアの悪口を言ってたわ」
からかうようにステラが言った。
精霊にも人と同じで好き嫌いがあり、悪口を言うのには少し驚かされた。
「え、まじ? どっちがどっちだか忘れたけど、風と土の奴だよね?」
奴て。レンジは苦笑した。
「ピノアのそういうところが嫌いみたい。いつも名前を間違えてくるからって」
それは確かに嫌いになるな、とレンジは思わず笑ってしまった。
「でも、そのおかげで、わたしはヴァプラとアガレスにとても気にいってもらえたから、ピノアには感謝してるわ。
名前を間違えないという、人として当たり前のことをしただけで、涙を流しながら感謝されただけじゃなく、ピノアと違ってわたしは彼らにとても好かれてるんだもの」
ピノアに何度も名前を間違えられ、今だに覚えられていないその二柱の精霊にとって、きっとステラは女神や聖女のように見えたのだろう。
精霊というのは、案外かわいい存在なのかもしれない。
「もう二度と、あいつらの力なんか借りないようにしよ。
わたしには、オロバスちゃんもいるし」
ピノアが「ちゃん付け」で呼んだ精霊の名に、ステラはとても驚いていた。
「ピノア、あなた、もしかして時の精霊の魔法が使えるの?」
「うん、使えるよ。だから、さっきからオロバスちゃんと交渉中」
「何の交渉?」
「この世界の時間を何時間か止めて、わたしたち三人だけがゆっくりおねんねしていいかどうか」
ステラは、呆れてものが言えない、そんな顔をしていた。
よくわからないでいたレンジに、ステラは時の精霊の魔法は大賢者にしか使えない魔法なのだと教えてくれた。
それだけでなく、時の精霊は、人だけでなく他の精霊たちにもその存在を隠し続けており、その存在が明らかになったのはまだ100年ほど前のことだという。
100年ほど前といえば、大賢者が彼の父と共に旅をしていた頃だ。
その度の途中でふたりは時の精霊を見つけたのだろうか。
もしかしたら、異世界からの来訪者であった父をめずらしく思い、精霊の方から顔を出したのかもしれない。
「大賢者には結構前から愛想を尽かしちゃってたみたいだよ。
だから、あいつにはもう力は貸さないって言ってた。あ、あと、レンジのお父さんにも力を貸してたことがあるみたい。
ピノピノのほうがかわいいから、これからはピノピノに力を貸すって言ってた」
「あなた、もしかして、時の精霊をオロバスちゃんって呼んでるだけじゃなくて、オロバスからピノピノって呼ばれてるの……?」
レンジはまだ魔法を使えず、精霊には会ったこともなかったが、ステラの気持ちはなんとなくわかった。
精霊とはそれぞれ、火、水、土、風、雷、光、そして闇と時、そのそれぞれを司る存在だと聞いていた。
いくら人と同じように好き嫌いがあり、名前を何度も間違われたことでピノアを嫌いになったり、名前を間違えないだけでステラを可愛がったりする、人間味のあるかわいらしい性格の持ち主だったとしても、「司る」ということは、その精霊が一柱でも失われることがあったなら、それはこの世界の根幹を成すものが崩れるということだった。
仮に火の精霊がいなくなってしまったとしたら、この世界から火は存在しなくなるのだ。
火の魔法が使えなくなるだけでなく、火を物理的に起こすことさえもできなくなるにちがいない。
火という概念が世界から消えるのだ。
時の精霊がその存在を人だけでなく他の精霊にも隠していたのは、時という概念がもっとも扱いが難しく、人が扱うにはあまりに危険だったからだろうというのは容易に想像がついた。
だからこそ、以前は大賢者や父にしか力を貸さなかったし、今はピノアにしか力を貸さないのだ。
アルビノかそうでないかという違いはあれ、同じ魔人であり、同じ魔法使いであり、同じ巫女であるステラにとって、ピノアがそんな存在を「ちゃん」付けするだけでなく、「ピノピノ」と愛称で呼ばれているのは、おそらく信じがたいことだったろう。
「なんかねー、オロバスちゃんが言うには、『ピノピノ本当に眠そうだから、時間を止めてさせてあげたいし、好きなだけおねんねさせてあげたいけど、ピノピノはお寝坊さんだし寝起きも悪いからダメ』だってー。
『いくらかわいいピノピノでも、時間を止めていいのは数分だけ』だって。けちだよねー」
レンジは、少し安心した。時の精霊がピノアを溺愛しているのはわかったが、どうやらいくら溺愛していても、限度というものはちゃんとわきまえてくれているようだ。溺愛してる時点でどうかとは思ったが。
「あ、そうだそうだ。『いい感じの乗り物が今そっちに向かってるし、もうすぐ来るから、それに乗ってる間は時を止めなくても、ピノピノと隣の美人さんとサトッシーの息子は少しだけならおねんねできるよ』って言ってた」
父さんもサトッシーって呼ばれてたのか……。
レンジは、なんだかとても残念な気持ちになった。
父が時の精霊に気に入られ、愛称で呼ばれるような関係性になったとき、おそらくその愛称は父がそう呼んでくれと言い出したものであろう、ということが用意に想像がついたからだった。
父はふなっしーの大ファンだった。
父の座右の銘は、ふなっしーの名言「我々は無理をしない」だったという。
それは、「無理をして体調を壊すくらいなら休みましょう」という、ゆるキャラブームの中で多忙な日々を送る同胞や、働く人すべてへ向けて贈られた言葉であった。
父がピノアのように時の精霊から愛称で呼ばれていたのはなんだか非常に残念ではあったが、魔王になってしまうくらいの無理をしてまで守ろうとするほど、父はこの世界を愛していたのだ。
そして、きっと、それ以上の無理をしてでも、レンジや母や妹のところに帰ろうとしてに違いなかった。
志し半ばのままになってしまっているとはいえ、父の旅路は終わってしまったわけではない。まだ生きている。
その父の意思を継ぎ、父だけでなく、世界を今度こそ救えるかもしれない立場にある自分のことが、たとえ大賢者たちにそう仕組まれていただけかもしれないとはいえ、誇らしく思えた。
レンジとステラとピノアがエウロペに向かって歩き始めたとき、その上空から、竜にまたがる騎士が飛来した。
「ランスの竜騎士……?」
時の精霊がピノアに告げた、「いい感じの乗り物」とは、ドラゴンだった。
(作者注 ふなっしーが活動を開始したのは2012年なので、レンジの父が行方不明になった2009年にはまだいなかったのですが、リバーステラではふなっしーは2009年にはすでに大人気だったということにしてください! お願いします!!)
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