「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

文字の大きさ
254 / 271
第0部「RINNE -友だち削除-」&第0.5部「RINNE 2 "TENSEI" -いじめロールプレイ-」

第16話 出席番号男子9番・野中恵成 ②

しおりを挟む
 先生はまるでぼくたちの争いに興味がないといった様子で言った。鼻くそをほじっていた。 
 ぼくは野中に殴りかかった。 
 しかし、喧嘩なんて小学生以来したことがなかったぼくのパンチは野中に軽々とかわされてしまう。 
「いじめの仕方だけじゃなく喧嘩の仕方も知らないのか?」 
 野中が左から繰り出したジャブがぼくの顔面にヒットした。 
 鼻血が噴き出した。野中にしてみたら、牽制のつもりの軽いパンチだったろうけれど、鼻の骨が折れたかと思うほどの痛みだった。 
 続けて本命の右ストレートが頬に直撃し、ぼくは目眩がして、膝が笑い、立っていられなくなった。脳震盪を起こしたのかもしれない。 
「たった二発で終わりかよ。あっけねーな」 
 そう言った野中の足のステップは、ボクサーのように見えた。もしかしたらボクシングを習っているのかもしれない。崩れ落ちるぼくを逃がすまいと顎にアッパーカットが入った。 
「しょーりゅーけーん」 
 野中がふざけた声で言った。 
「ユーウィン、パーフェクト!」 
 床に崩れ落ちながら、片手を上げ勝ち誇る野中をぼくは見た。 
 そして次の瞬間、その腕と顔の上半分が切断されるのをぼくは見た。内藤美嘉だった。 
 チェーンソーによる切断は、切り裂かれたというより、削り取られたといった方が正しいかもしれない。野中の削り取られた鼻から上の顔が大塚紫穂という女子の机の上にべちゃりと乗った。大塚が悲鳴を上げる。野中の目は何が起こったのかわからないというように、上下左右をきょろきょろと見回していたが、すぐに白目を向いて動かなくなった。遺された鼻から下の体は力なく崩れ落ちた。 
 平井は野中の死体をさぐり、制服の内ポケットから透明なビニール袋を取り出した。 
「俺がどうして、あんなクソ野郎に従ってたか知りたいか?」 
 平井はゲームが始まってから初めて口を開いた。いや、同じクラスに半年いて、彼の声を聞くのはこれがはじめてのような気がする。それくらい彼は寡黙な男だった。 
 まだめまいのする頭で、ぼくは首を縦に振ると、平井はぼくにその透明なビニール袋を見せた。 
 注射器のようなものと、血のような赤い液体の入った小袋がいくつか見えた。 
「夏休みにバスケ部の男子が薬でラリってマネージャーを集団でレイプしたのは知ってるだろ?」 
 それがその薬だとでも言うのだろうか。でもどうして野中がそれを持っているんだ? 野中は確かテニス部で、平井も中北もそうだった。彼らがテニス部員だったのは中学時代からで、伊藤香織の恋人のいじめはその部活動の中で行われたはずだった。 
「このクラスにもその集団レイプに参加した奴がいる。なぁ山口、そうだろ?」 
 平井に名前を呼ばれた山口朋紘は、ああそうだよ、とだけ言った。彼は悪びれる様子はなかった。バスケ部の誰がドラッグに手を染め、集団レイプに参加したか、学校側は生徒にも保護者にも、もちろんマスコミにも生徒の名前を公表はしなかった。ただこのクラスにもそれに参加した生徒がいるという噂は聞いていた。けれどバスケ部員はこのクラスには山口の他にも、青山元や大河内真矢といった生徒がいて、誰が参加者だったのかまでは知らなかった。 
「彼は小学生時代は同級生だった野中くんよりもカリスマ性を発揮し、クラスでのいじめを煽動していたそうですよ」 
 先生が言った。それは知らなかった。初耳だった。山口がそんな奴だったなんて。 
「あの野中くんをいじめるほどだったそうですよ。もっとも中学生になると目立たない生徒に落ちぶれたようですが。野中くんを生み出したのはひょっとしたら彼なのかもしれませんねぇ」 
 先生はそう続けた。 
「どうして中学になって野中が山口にとって代わる存在になったのか、お前から説明してやれよ」
 平井が言い、そして山口は言った。 
「野中がそのドラッグの売人だったからだ」 
 信じられなかった。その言葉を理解するのに、ぼくには数秒の時間がかかった。こんな田舎町でドラッグが関わる事件が起きるだけでも珍しいというのに、その売人が高校生だったどころか、中学生の頃から売人をしていただなんて。 
「八十三町にはふたつトライブがあるだろ」 
 平井が言った。トライブっていうのは暴走族とカラーギャングを足して2で割ったような組織だ。
 八十三町には平井の言うとおり、市町村合併し八十三町になる前の旧八十三村を縄張りとするエイティスリーと旧十四山村を縄張りとするフォーティン、ふたつのトライブが存在し、縄張り争いの小競り合いを繰り返していた。 
 どちらのトライブもリーダーはまだ二十歳そこそこと若く、構成員も18~25歳くらいの連中だ。大抵は高校を卒業したあと、進学もせず、就職も決まらなかったような連中が、リーダー直々の試験を受けてトライブに入る。試験は喧嘩の技量や頭の良さを見るために行われ、どちらかの能力が秀でていないとトライブには入れないと聞く。たまに例外があって、高校生や中学生のうちからトライブに入ることを許可される者がいると聞いたことがあったけれど、まさか……。 
「野中は十四歳、中学二年のときに喧嘩の技量と頭の良さの両方を買われてフォーティーンのメンバーになったんだ」 
 山口が言った。それで、ぼくの中で、野中とドラッグの売人という一見相容れないふたつの要素がつながった。 
 トライブは地元のヤクザともつながっていて、主な資金源をヤクザから依頼されるドラッグの売買から得ていると聞いている。野中がフォーティーンの構成員だったなら、ドラッグの売人を任されていてもおかしくはなかった。 
「俺は誘惑に負けて、野中からそのドラッグを買い、いつの間にかドラッグを手に入れるためなら野中の言うことを何でも聞くようになっていた」 
 俺がこいつにさからえなかったのは、こいつが売人だったからだ、山口はそう言い、ぼくの考えがあたっていたことがわかった。 
「お前もそのドラッグのために、野中の下についてたのか?」 
 ぼくの問いに平井は、そうだ、と答えた。 
「このドラッグはアリスっていうかわいい名前でね、ドラッグのくせに苗字もあるんだ、草詰って言ったかな。不思議だろ。草詰アリス。まるで女の子の名前みたいだ」 
 ぼくはその名をどこかで聞いたことがあるような気がした。まただ。また例の既視感、デジャブって奴だ。前世の記憶だか、夢の記憶だか知らないが、既視感に襲われるたびにぼくの頭はひどく痛む。 
 平井はブレザーを脱ぎ、シャツの袖をまくり上げると、注射の痕だらけで紫色の斑点が無数にある腕に注射器を刺した。 
「アリスはとてもおもしろい幻覚が観せてくれるんだよ。秋月、お前は知っているか? この世界はひとつじゃない。同じ人間が住む世界が無数にあるんだよ。俺はこの世界では、野中の手下に過ぎなかったし、たぶんこのゲームで俺は死ぬだろう。けれど、あちら側では俺はトライブの新勢力HIRAIを率いるリーダーなんだ。その世界の俺がきっと本当の俺なんだ」 
 平井はまるで意味のわかないことを言うと椅子に座った。ドラッグが効いてきたのか、焦点のあわないうつろな目で、天井をぼんやりと眺め始めた。 
「あぁなったら、何時間かは帰ってこれない」 
 山口が言った。 
「あいつが言っていたのは本当だ。この世界はひとつじゃない。俺もこの世界じゃ、野中に覇権を奪われた落ち武者みたいなもんだけど、アリスを打てば、別の世界、俺がその世界、その物語の主人公の世界に行けるんだ。アリスが見せてくれる世界は俺たちひとりひとりの理想郷だ」 
 山口は、その自分が主人公の世界に酔っている平井に近づくと、彼の手から注射器と赤い液体の入った小袋を盗った。 
「お前、それ、針を換えるとかしないと危ないんじゃないのか?」 
「お前変わってるよな。そんなことを気にするなんて。普通は止めるんじゃないのか」 
 山口もそのアリスとかいうドラッグに手を出すことに、ぼくは反論するつもりはなかった。けれど、最低限衛生のことは考えるべきだと思い、そう言っただけだ。 
 平井や山口の言った通り、ドラッグが見せる世界が本当の自分の世界だと思えるなら、それはきっと彼らにとって幸せなことなのだ。 
 山口もドラッグの世界に酔いしれていった。 
 こんなくそったれなゲームが開催されるような世界はぼくも御免だった。 
 けれど、ぼくはこの世界で生き抜かなきゃいけない。大切な友達を守るために。姉ちゃんを助けるために。 
 次の指令メールが届いたが、その内容は内藤が野中を処刑したため、一時間休憩時間にするという内容で、ぼくたちはほっと胸をなでおろした。 
「みーんな、いじめってのがわかってないなぁ」 
 笹木舎聡(ささきささとし)が言った。 
「いじめっていうのはさ、もっとスマートにやるもんでしょ」 
 このゲームに乗っかかる奴がまだいた。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

異世界をスキルブックと共に生きていく

大森 万丈
ファンタジー
神様に頼まれてユニークスキル「スキルブック」と「神の幸運」を持ち異世界に転移したのだが転移した先は海辺だった。見渡しても海と森しかない。「最初からサバイバルなんて難易度高すぎだろ・・今着てる服以外何も持ってないし絶対幸運働いてないよこれ、これからどうしよう・・・」これは地球で平凡に暮らしていた佐藤 健吾が死後神様の依頼により異世界に転生し神より授かったユニークスキル「スキルブック」を駆使し、仲間を増やしながら気ままに異世界で暮らしていく話です。神様に貰った幸運は相変わらず仕事をしません。のんびり書いていきます。読んで頂けると幸いです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...