夏雲 女子高生売春強要事件

あめの みかな

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第二部 秋雨(あきさめ)

第6話 ②

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「草詰……さん?」

 驚きのあまり、あたしはそう声を絞りだすのがやっとだった。

 と同時に夏目メイもアリスの異変に気付いて、

「先生、草詰さんの具合があまりよくないようなので、保健室に連れて行ってあげてもよろしいでしょうか?」

 手を上げて席を立った。

「あ、あたしもいっしょに行きます」

 何がなんだかわからないまま、あたしは夏目メイといっしょに、まっすぐ歩くことさえままならい草詰アリスの体を支えて、保健室に向かった。

 保健室には榊という女性の保健医がひとりいて、

「あら、はじめて見る顔ね」

 と、あたしに言った。

「今日この学園に編入してきました、鬼頭結衣と言います。草詰さんや夏目さんとは同じクラスで……」

 あたしは簡単に自己紹介して、

「そんなことよりこの子を……」

 草詰アリスを先生の前の椅子に座らせた。

 アリスは何も言わず、ただぽろぽろと涙を溢すだけだった。

 呼吸が荒く、過呼吸になりかけていた。

 よくあることなのか、榊先生は、アリスや夏目メイに何か問うことはなく、瞳孔を確認し、脈をとると、黙って彼女をベッドに促した。

「彼女のことはわたしにまかせて、ふたりとも授業に戻りなさい」

 榊先生はそう言って、あたしたちは保健室を後にした。



「あの子、先ほど男の子に興味がないなんて言ってましたでしょう?」

 保健室からの帰り道、夏目メイが言った。

 あたしは、うん、とうなづいた。

「これは、わたくしがこの学園に編入してくる前のことなんですけれど……」

 夏目メイはあたしに話していいものか思案しながら、ためらいがちにそう話し始めた。

「夏休みが始まるか始まらないかといった頃のことです。
 あの子には、恋人のような男性がいました。
 名古屋の方の大学生で、確か名前はシュウと言ったそうです」

 夏目メイはあたしに、鬼頭さんはチャットというものをしたことがありますか、と訊いた。

 あたしは首を横に振った。

「アリスとそのシュウさんは、インターネットのチャットサイトで知り合ったそうです」

 そう言った。

「アリスはお父様の度重なる不倫でお母様が体を崩されて、おふたりが離婚されるのをまのあたりにして、少し男性不信というか男性恐怖症のようなところがあるようなんです。それで共学の学校ではなく女子校を選んだようなんです」

 あたしたちは教室に戻らず、空き教室に入った。

「アリスもやっぱり女の子ですから、恋をしてみたかったんです。
 ですがアリスにとって男性はとても怖い存在で、男の子と面と向かって話すことはできませんでした。
 アリスはインターネットのチャットなら男の子とお話できるかもしれないと考えたようです。
 アリスがシュウさんと知り合ったのは春休みのことでした。
 一学期の間、アリスは休み時間や放課後の時間はいつもこのコンピュータ室でシュウさんとチャットをしていたそうです」

 そこは何十台もパソコンが並ぶ、コンピュータ室だった。

「アリスが参加していたチャットで、オフ会というものをしようという話が出たのは、夏のはじめ頃のことでした。
 そのころにはアリスとシュウさんはもう、毎日ケータイでメールを何十通も交わし、学校が終わると毎晩電話をしていたそうです。
 アリスはオフ会にはあまり乗り気じゃありませんでした。
 チャットやメールや電話では男性とお話しすることはできても、実際に会って話をするのは自分には無理だと思っていたからです。
 だからアリスはシュウさんが来るならオフ会に参加してもいいと、そう言ったそうです」


 そして夏休みが始まる頃、シュウは草詰アリスに会うために、横浜にやってきたのだという。


「アリスにとって、シュウさんのオフ会の参加は予想外の出来事でした。
 なぜならシュウさんもまた、アリスと同じで同世代の異性と満足に話すことのできない男性で、チャットでならそれができると考えた人だったからです。
 ふたりはメールや電話で何度も愛を囁きあいましたが、お互いに会って面と向かってしまったらそんな言葉を交すことはもちろん、会話をすることさえ、相手の顔を見ることさえ満足にできないだろうとよく話していたからです」


 だけどシュウはアリスに会いにきてしまった。

 シュウはその日一日頑張って何度もアリスに話しかけたそうだ。

 けれどアリスは返事をかえすことができず、ずっとチャット仲間の女の子の背中に隠れていたらしい。

「アリスにとって、実際に目の前に現れたシュウさんは想像していたよりずっと素敵な人だったそうです。
 ますます好きになってしまったそうです。
 それがアリスの初恋でした。
 しかし、アリスが彼のことを本当に好きになってしまったその瞬間、彼女の体に異変が起きました。
 それは男性という存在に対する拒絶反応でした」


 アリスはオフ会の最中何度もトイレに駆け込み、吐いたそうだった。


「ふたりは一言も会話を交せないまま夜になり、オフ会は終わってしまったそうです。
 別れ際、シュウさんは今夜またチャットでとだけ言って、ふたりは別れました。
 アリスは家から、シュウさんはネットカフェから、出会ってしまったらこうなってしまうことは想像していた通りでしたから、話せなかったことや話したかったことをチャットで話そうとふたりは約束しました」


 しかし、家に帰ったアリスはなかなかパソコンを立ち上げることができなかった。

 トイレで何度も吐き、こんなに苦しい思いをするくらいなら、もう恋なんてしない、シュウとは終わりにしようと考えてしまったという。


「シュウさんが待つチャットに顔を出したアリスは、もう二度と電話してこないでと言ったそうです。
 何がなんだかわからないままそんなことをつげられたシュウさんは何度もアリスに電話をかけましたが、アリスは電話にでませんでした。
 アリスは、シュウさんに自分のことを嫌いになってもらうしかないと考えました。
 だからアリスは、あんたみたいな気持ち悪い男と付き合うわけがないでしょう、とシュウさんにメールをしました」


 ふたりの恋はそれで終わるはずだった。

 少なくともアリスはそう考えていた。


「しかしシュウさんは、そのショックから、その夜横浜駅に滑り込んできた新幹線に飛び込んでしまいました」


 そしてシュウは死んでしまった。

 夏休みがはじまるちょうどその頃、横浜駅でそんな飛び込み自殺があったことは、ニュースで報じられたからあたしもかすかに覚えていた。

 あたしはそのとき、どうして名古屋の大学生が横浜駅で新幹線に飛び込むんだろうと不思議に思ったのを覚えていた。


「アリスは自分がシュウさんを殺したと思い詰めるようになりました。
 ときどき、あの日のことを思い出してしまって、先ほどのようになってしまうようになってしまったのです」


 夏目メイが話を終える頃、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。

 あたしは夏目メイと同じストラップをつけていたあの男の子のことを思い出していた。

 夏目メイは平気なのだろうか、とあたしは思った。


 学校帰り、横浜駅で草詰アリスを見かけた。

 何か落し物をしたのか、彼女は思いつめた様子で何かを探しているように見えた。

 そこは新幹線が滑り込んでくるホームで、たぶんシュウという男の子が死んだ場所だった。

 あたしは彼女に声をかけることができなかった。



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