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第1章 炎の国『イグニス』〜今こそ覚醒の時〜
第16話
しおりを挟むしかも……こいつは。
「何ですか?貴方は?」
レインと阿頼耶は合流し帰ろうとした時だった。登録さえ終わればここでダンジョンを探す必要もない。
この街は大きいから支部も何箇所かある。こんな居心地の悪い本部で探そうとは思わない。
そんな時に鎧を着た背の高い男が1人、阿頼耶に話しかけてきた。
「私はギルド『黒龍』所属のAランク冒険者で〈剣闘士〉の職を生業としているアランです。よろしくお願いします」
〈剣闘士〉か。接近戦では上位の職業で魔法的な遠距離攻撃や回復手段はないけど、戦闘力を上げたり、痛みを緩和するスキルがあるんだったっけ?
レインは当然知らない。職業なんてあるはずがなく、あったとしても自分には雑魚か荷物持ちくらいしか思い付かないレインには難しい話だった。
「何か用ですか?」
アランは阿頼耶に握手を求めたが、阿頼耶はそれを無視して続ける。既にかなりイライラしているから心配だ。
「では単刀直入に言いましょうか。私たちのギルドに入りませんか?契約金は望む額を約束しましょう」
望む金額――相場の倍といった組合が既に霞んでしまう。
「お断りします。貴方も私の話を聞いていたのでしょう?私はこの御方とパーティーを組んでいます」
阿頼耶は一歩も譲らないが、この人はこの人で結構強いと思う。赤い魔力が身体から立ち昇っている。
「……フッ」
「何が可笑しいのです?私、何か貴方が笑うような事を言いましたか?」
レインは冷や汗を掻きながら横目で阿頼耶をチラチラと見る。当然、このアランとかいう覚醒者にビビっている訳ではない。
阿頼耶が本当にブチ切れて暴れると困るからだ。抑え込むまでに死人が出るだろう。それにFランクの雑魚――と思われている奴――がAランクを取り押さえるのを目撃されるのも嫌だ。
しかしここでレインが口出しして阿頼耶が素直に従う光景もおかしい。
だからレインはこの視線が注目する前では大きく動けない。
「いえ……ククッ!失礼。貴方のような神に選ばれた強者が……誰からも必要とされないゴミとパーティーを組んでいるなんて……言うもんだから……クククッ!」
"こいつ……マジでぶっ殺してやろうか……"
ほら今度はこっちが出てきたよ。さっきまで静かだったのに。
「阿頼耶……落ち着けよ?」
レインは小声で阿頼耶の肩に手を置き宥める。
「ふぅー……分かっております」
2人はアランとかいう覚醒者を無視して帰ろうとする。関わるだけで面倒だし不愉快だ。
「おい……待てよ。話は終わってないぞ?」
アランはレインの肩を掴んだ。それもかなりの力を入れている。……今の俺にとっては別に何ともないが以前なら痛みで顔を歪めただろう。
Aランク覚醒者で近接戦闘職を持っている奴の力は単純に強い。普通の人間なら簡単に潰されてしまう。
「はぁー……」
レインはため息をつきアランの右手を掴んで無理やり引き剥がす。それ自体にアランは驚いていた。
FランクがAランクの覚醒者を力で圧倒したからだ。
今度はレインが逆にアランの肩を掴んだ。
"向こうの方が背が高いから右腕が疲れるな"
レインはアランの左肩に手を置いて力を込めた。アランはその場で地面に膝をついた。
アランは立ち上がろうと俺の手を掴んで抵抗するが全く動けない。そこそこの力で押し込んでいるから無理もない。
そしてレインは掴む手の力を上げていく。肩当ての部分は鋼鉄の素材と何らかのモンスターの素材や強化の魔法付与を使用しているにも関わらずミシミシと音を立てて変形していく。
「ぐッ……ぐあぁぁ……」
アランは苦痛の症状を浮かべる。それでも力を緩めない。次は鎧がバキバキとひび割れていく。
コイツが自発的に負けを認めて謝罪しない限り力を緩めるつもりはない。謝らないならこのまま肩を潰す。その次は腕の骨を折って、足の骨も折る。
殺しはしないがこのまま覚醒者としての職を一生引退させてやる。そして同じ苦労を味わえ!
「…………す、すまなかった…俺……俺の負けだ」
アランは割と早く降参した。あと数秒遅ければ左肩を完全に破壊していただろう。その言葉を聞いてすぐに手を離した。
「分かればいいんだ。もう俺たちに関わるな」
周囲は誰も話さない。Fランクが片手でAランクを屈服させた。その事実を誰も受け入れられなかった。
普通なら『神覚者』を疑う人も出てくるだろうが、そのFランクはレインだった。
誰も声をかけられなくなった。あれほど賑やかだった組合本部は静まり返る。レインにとってはその方が好都合だ。
◇◇◇
レインたちは本部を出て支部へと向かう。時間はお昼をまわっている。急がないと帰りも遅くなる。
「……ご主人様」
「どうした?」
「先程は申し訳ありませんでした。ご主人様から事前に言われていたにも関わらず自分の感情をコントロール出来ませんでした。この失態を払拭する機会をお与え下されば、これに勝る喜びはありません」
「別にいいよ。次から気を付けてくれ」
阿頼耶はAランク覚醒者の資格証を受け取っている。これでそこそこのダンジョンにはいける。
「かしこまりました。……それでこれからどうするのですか?ダンジョンへの行き方など私には分からない事が多いので……」
「そうか……じゃあ簡単に説明するか」
ダンジョンというのは見つけたら誰でも行っていい訳じゃない。組合から正式に許可を得ないといけない。
認知されているダンジョンは全て組合に管理されている。
だから攻略する為には、組合にお金を払いダンジョンの攻略権を購入する。そして購入したダンジョンの中にあるものは全てその冒険者の物になる。
といってもモンスターの素材を加工したり魔法石を大量に持って帰ってもそのままじゃあ使えないから売ることになる。
一定期間以内に攻略完了の知らせを組合管理の施設に届け出ないと取り消され他のギルドや個人に権利が移ってしまう。
この時、攻略権獲得のために使ったお金はキャンセル料という名目で半分が手数料で持っていかれる。
ダンジョン内で手に入った物を組合やギルドに売れば攻略権以上の金になる。そうして上位ランクの覚醒者たちは富を築いていくんだ。
でも1人では限界がある。1人でモンスターと戦い、倒したら解体して、魔法石を採掘するなんて不可能だ。
だからみんなギルドや組合に所属してパーティーを組むか、斡旋してもらい報酬は下がるが攻略できる確率を上げる。
その方が死ぬ事もない。死ねば金は無意味な物だ。一度で得られる金が減ったとしても生存できる確率が高い方を選ぶのが金持ちになる鉄則だ。
「かなり考えられていますね」
「そうだな。あとそのダンジョンに入るには同じランクの覚醒者が申請しないといけないんだ」
「……そうなのですか?」
「例えばAランクダンジョンがあったとする。それを金を持ってるだけのFランクが購入したらどうなると思う?」
「身の丈に合わないレベルの敵に挑めば死ぬだけです」
「その通り。でも一定期間が経過しないと攻略権は移らないから本当に攻略できる冒険者たちは何も出来なくなる。
さらにダンジョンは誰かが中に入ると内部のモンスターは行動を開始する。
放置しておくと、外にモンスターが出てきてしまうんだ。まあ誰も入らなくても出てくるんだけどね。
だから同じランクかそれ以上のランクの人しかそもそも購入する事が出来ないようになってるんだよ」
「そういう事でしたか。だから私に覚醒者になるよう指示されたのですね」
「そういう事だ」
「あと1つ気になったのですが……」
「どうした?」
「冒険者……と言いますか、覚醒者にはランクがございますよね?ダンジョンの最高ランクというのはどのレベルなのでしょうか?」
「Sランクだよ。でも世界で確認されているのは8ヶ所……かな?クリアされているのは1つだけだったはず。この国にも『魔王城』って呼ばれてるダンジョンがあるな」
阿頼耶はレインの説明に頷きながら耳を傾ける。
「ただ資金力もなくギルドに所属しない者たちはダンジョンの攻略権を買うことは出来ない。まあ、完全に無理な訳ではないがかなり厳しいな。
そういう人たちの為にダンジョン内で手に入れた素材の一部を渡す事でお金を払わなくてもダンジョンに入る事が出来る様ようにしてくれる団体もあるんだ」
「なるほど……冒険者になりたての者はお金がありませんからね。本当によく考えられています」
「これから向かう組合支部はそういうダンジョンをメインで取り扱う所なんだ。今日だけで2ヶ所は周りたいな」
「お供いたします」
阿頼耶に説明を済ませレインたちは支部へと向かった。
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