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大谷吉継

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「殿!あちらでございます!」



 平岡は指さす。指した先には、「対かい蝶門むかいちょうもん」の家紋の入った旗印がひしめく陣があった。



 主君から返事が無い。

平岡は振り返り、三成を見てみると、馬にもたれかかっている。



 慌てて、馬を三成に近づけ大声で叫ぶ。



「殿。大丈夫でございますか!」



「う…。」



 平岡はまたも、三成の馬の手綱を寄せようとした。

 が、三成の馬は、上手にバランスを取りながら、三成が落ちないように走っている。



(賢い馬じゃな…。)



 平岡がそう思っていると、三成がぱっと起き上がる。



「おっととと。」

 馬上であるのを忘れて慌てて、手綱を引き、事なきえた。



「殿大丈夫でございますか。」

 心配そうに、平岡が言う。

(なんと、先程わしは殿をお守りすると決めたのに!くそ!)

 と、自分の太ももを叩き悔しがる。



「あ~、平岡ちゃん。ごめんね。また気絶してたみたいで…。」

「いえ、それよりもう大谷刑部様の陣でございますぞ。」

「うん。あれね。」

「先に私が行って来まする。」

「あ、ありがとう。」

 平岡は馬を走らせた。



(大谷吉継か…。確か、石田三成の親友で、病に侵されながらもこの戦に参戦して、最後は小早川隊に突撃されて…この戦で唯一切腹して果てたんだっけ…。茶会のエピソード好きだったな~)

 こんな風に津久見は、自分の頭の中の日本史の教科書をめくるように考えていた。



「手前は石田家馬回りの平岡と申す。わが殿、石田治部少様が、大谷刑部様へお目にかかりたいと、こちらまで参陣いたしました!」



 と、平岡は大声で言う。

 大谷隊の見張り部隊はそれを聞くと、中へ入って行った。



 それをゆっくりとシップの上から遠目で見ていた津久見は

(どんな人なんだろう…。左近にしろ、さっきの島津のおっちゃんにしろ、キャラが濃すぎるからな~)

 と、考えていたら、平岡に追いついた。

 追いついたと同時に陣幕から両脇を2人の男に支えられ、杖をついてこちらに向かってくる人がいた。



 津久見は直感的に、馬から降りると、その男の元に歩み寄った。



 主君の思わぬ行動に平岡は驚き、後に続く。



 津久見は両脇を支えられている男の近くに来ると、咄嗟に男の腕を支えるように手を差し伸べた。



「治部か?」

 男は、津久見が降りたシップの方向を見ながら言った。

「はい!」

 と、津久見が答えると、男は津久見の方へ振り向く。

 病のせいなのか、頭には頭巾、口元には白い布を垂らしている。



「おお、治部。こちらか…。すまぬな…。最近は目もあまり見えぬ故…。」

「大丈夫ですよ。わざわざ出てきてくださらなくても…。何かすみません。」

「ん?治部か?」

「あ!!!うむ。刑部よ。」

「お~治部よ治部よ。」

 吉継は嬉しそうに言う。



 石田三成と大谷吉継は共にその才覚を豊臣秀吉に認められ、若い時から、一緒に切磋琢磨しあいながら、豊臣家に尽力してきた戦友であった。



「刑部。一旦座ろう。」

「うむ。そうじゃな。」

 と、陣幕の中に戻り、椅子に腰かける。

「して、治部よ。いかがいたした。お主の送ってくれた、左近殿の部隊のお蔭でわが部隊は、なんとか持ちこたえておる故、こちらは大丈夫だぞ。」

「いや。その…。」

「ん?」

「会いたくなって。」

「なんと?」

「はっきり言います」

「なんじゃ。」

「死んじゃだめです!」

「治部?」

「大谷さんがこの場所に陣取った理由は知ってます。」

「大谷さん?」

「良いから聞いてください。」

「さっきから何か言葉使いが変じゃぞ、治部。」

「いいですか。あなたは最初から、朽木・脇坂らは家康の調略によって裏切るだろうと算段してましたね。」

「なに!!?」

「それに…。それに…。」

 津久見は言葉を詰まらす。

 なんせ、今から言おうとしている事はこの大戦の要も要。いわばマジックの種明かしのようなものだからだ。





「小早川が…。」







 津久見が言うと、吉継は被せるように

「金吾中納言は裏切るぞよ。」

 と。

「え!?」

「だから治部の言うように、わしはここに陣取った。」

「知っていたのですか??」

「治部よ。わしはこの身は、病に侵されようとも、太閤様の元で培ったここは衰えてはおらん。」

 と、吉継は自分の頭をポンポンと叩きながら言う。

 その眼は何故か優しそうであった。



「じゃあ。何で?自ら死にに行くようなものじゃないですか!!」

「ふふふ。治部よ。」

「はい。」

「この戦は、始まる前から、ほぼ勝敗は決まっておるわ。わしが敦賀から参陣する時からもう、分かっておったわ。」

「…。」

 図星である。現に、家康はあらゆる手を尽くし、この関ヶ原の戦いに挑んできている。一つ誤算であったのは、家康の跡継ぎの徳川秀忠が上田で足止めされ、遅参したくらいであった。

「太閤様は逝かれた。おぬしと一緒に太閤様の目指す天下作りに、あせくせと働いておった時が懐かしいわい。」

「…。そうですね。」

「太閤様の為、豊臣家の為におぬしは戦うのであれば、わしは喜んで、その盾になろうと、そう決めたのじゃ…。」





 自然と津久見の目から涙が溢れてきた。

 すると、外から聞きなれた声がした。



「御免!」

 左近だった。

「刑部様もいらっしゃる。これは都合がいい!!」

 と、左近は空いている椅子に座った。

「少し、おかしいですぞ!!!」

 と、気迫のこもった声で、津久見に言う。



 久しぶりの左近の気迫に、押し負け津久見は白目をむいた。

 第九話 完
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