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71話

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古都京都。多くの戦禍の中を生きてきたこの街は、時の権力者がこぞってこの京を目指し、支配しようと競う様に争った。
 
 喧騒の日々がやっと止んだと思えば、また血を血で洗う日々がやってくる。
 
 故にそれらを鎮魂する思いで建てられた寺院も多い。

津久見一行は牛一一家と別れると、嵯峨野竹林を抜け京の街を行く。

「秀信さん。」

津久見が前を行く秀信に声をかける。

「はい?」

秀信は馬の歩みを緩め、津久見と並行して進む。

「今から行く所はどんな所なんですか?何か牛一さんも意味深な事を言ってましたが…。」

「あぁ。阿弥陀寺ですね。いや、私も幼少期からお世話になっているお寺でして、そこにいらっしゃるお方が、とても優しくて、まるで我が子の様に私を可愛がって下さるんですよ。」

「そうなんですね。で、信長さんと何か関係があるとか…?」

「あぁ、そうなんですよ。でも何も教えて下さらなくて…ただ…。」

秀信の顔が曇った。

「ただ…?どうしたんですか?」

「あの日…あの本能寺に…。」

秀信の声は小さい。

(本能寺???)

津久見は思いもよらない言葉に驚き、考えた。

(本能寺…明智光秀が謀反を起こして、信長は自害。その後二条城の嫡男信忠は…。)

と、考えると津久見は咄嗟に声を漏らした。

「はっ!」

(そうか!秀信さんのお父さんは本能寺の変のあの日、二条城で亡くなられたんだ!だから寂しそうに…。)

「秀信さん。大丈夫ですよ。もう話さないで。私が何も気をつかえずに申し訳ありません…。」

津久見は馬上ながら、頭を深く下げた。

すると秀信はニッコリと笑うと津久見に向かって言う。

「大丈夫ですよ。あの日から全てが変わってしまいました。先の会議でもお伝えした様に治部殿のお陰で何か私は自分は何の為に生きてるのか、と自問自答する時間ができました。それに…。」

秀信の声が止まる。

「それに?」

「あそこのお坊さん…何か本当に血のつながっている様な、そんな気がしてならないんです。」

「えっ?」

「いや、そんな気がするだけです。ただ、本能寺のあの日もその場にいたとも聞いておりますし…」

「えっ!そうなんですか?」

「いつもはぐらかされてしまうんですけどね。でも、見識の深さは当代一と言われる御仁ですのでお会いして損は無いと思いますよ。」

「本当ですね。そんな方とお会いできるのか…。」

津久見は日本の歴史上一番と言っても過言無いあの事件。
 
本能寺の変の現場にいたと言われる人物に今から会いに行く、と思うと心が踊った。

そんな会話をしていると一つの寺院が見えて来た。

「治部殿!着きました!あちらが阿弥陀寺です!」

秀信が嬉しそうに指差し言う。

「お!あれですか。」

そこには近くの木々が呼応し息をするかのように立つ立派な寺院があった。

阿弥陀寺(あみだじ)は、現在の京都市上京区寺町通今出川上ル鶴山町にある浄土宗の寺院である。
 
例のごとく秀信が先に足速に寺院の門前へ行き

「織田岐阜秀信でございます。青玉上人はおいでなさりますか?」

溌剌とした声で言う。

「これは岐阜様。」

と、ほうきを持った小姓が頭を深々と下げながら言う。

「青玉上人はおわしますか?」

改めて秀信は聞く。

「はい。今お呼びいたしてまいります。」

と、小姓は言うと足早に奥の寺院へ歩いて行った。

「それにしても綺麗なお寺ですなぁ。」

左近達が秀信に追いつき寺院の門前で感心しながら言った。

「そうですな。いつもここに来ると心が洗われる思いがしますよ。」

秀信は目を瞑り深呼吸しながら言う。

「父上…。」

津久見に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で秀信は呟いた。

そこへテクテクと歳を取った坊主が歩いて来る。

テクテク。

丸坊主だが、白い立派な髭を蓄えている。

テクテク。

テンポの良い足取りで秀信の方へ向かってくる。

テクテク。

「上人様!!」

秀信は大声でその坊主に声をかける。

テクテク。

坊主は秀信の言葉を意に介せず歩いてくる。

テクテク。

「石田治部三成様をお連れ致しました!」

と、秀信が更に言う。

ピクっ。

坊主の眉が少し上がった

が、また

テクテクとこっちに向かってくる。

遂には秀信の横を通り過ぎて津久見の前に来ていた。

「えっ!?」

狼狽する津久見を坊主は爪先から頭のてっぺんまで舐める様に見る。

「え、あの~。」

困り果てた津久見は助けを求める様に秀信の方を見た。

その時であった。

大声で坊主は叫んだ。

「お主!!!未来人か!!!???」

静寂に包まれた寺院に声が響く。

「え!?え!?」

(未来人…?)


津久見は久しぶりに気絶した。


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