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72話

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津久見と青玉上人との会話は軽く1時間程経っていた。

たまに心配になって様子を見に来た秀信に対し上人は我が子を叱る様に

「今大事な話しをしておる!外坊で茶でも飲んでおられよ!」

と、言い放った。

渋々秀信は本殿の扉を閉め、左近らに事情を説明し、外坊に向かった。

「それで安国寺恵瓊がそう言うて来たのじゃな。」

「はい。」

津久見は目が覚めたら自分が石田三成だった事、徳川家康もまた転生した人物である事、二人して戦を止めた事、大垣での事、九州での事、そして大阪会議に至るまで全て洗いざらい話した。

「恵瓊か…あの坊主めがそんな事をの…。」

「ご存じなのですか?」

「話した事は無い。しかしある書簡でその名知った。」

「書簡?」

「ああ。してお主、お主の都合で歴史が変わってしまったが、その責を負う覚悟はできておるのか?」

芯を食った質問であった。

「…。」

津久見は黙り込む。

「まぁ普通の人間がいきなりこんな所に来てしまったんだから、無理も無いか。」

上人は優しく言う。

「しかし、お主の戦の無い、誰も悲しまない世造りには賛同じゃ。人が人を殺す。それが今の世の中当たり前じゃ。誰々は何人首級を取った、誰々は一人で敵陣に乗り込み見事散った。こんなものは野蛮な行為じゃ。と、お主は思っておるでな?」

「…はい。」

「うむ。所詮この世は私利私欲で動く者達で溢れておる。信長公はそれを力を持って制し、戦の無い世を作ろうとした。」

「天下布武…ですか。」

「そうじゃ。だが、あの日志半ばでその命は絶たれた。」

「本能寺の変…。」

「誰かが大きな推進力で物事を進めようとすると必ずと言って良いほど抵抗勢力が現れる。皆、天下が欲しいのじゃ。皆、各々の大義の元な。」

「明智光秀…。」

「いや、日向惟任《ひゅうがこれとう》は利用されただけじゃよ…。」

「えっ!」

津久見は驚き前のめりになる。

「ど、ど、どう言う事ですか?」

「惟任《これとう》が信長公に恨みがあったのは確かじゃ。惟任の母の件や、安土での料理番もそう、恨みは募っておったかもしれぬが、誰かがそそのかさねば、あやつは動かぬ。と、わしは思うておる。元々惟任は仁義に厚い漢《おとこ》であったからの。」

「え?いや、ついていけないんですが…。」

「まぁ、聞け。信長公は用心深いお方、本能寺を宿営にすると決めてから実際本能寺に入るまでに何かあった時用に、抜け穴を造るように指示しておった。」

「えっ、だったら!」

「まぁ聞け。その抜け穴工事の普請を任されたのが…。」

上人は目を瞑った。何か思い詰めている様子でもある。

(誰だろう。普請で有名なのは丹羽…?)


「猿じゃよ。」

「猿???」

………。

「えっ!豊臣秀吉!!?」


「そうじゃ。あの猿めは特殊な工作部隊を抱《かか》えこんでおったからの。本能寺から外へ抜け出す抜け道なんぞ造作もない事。」

「そう、そうだったんですね…。え、でもそれなら信長は逃れたはずでは!?」

「それがな…。当時猿は中国攻めの真っ最中。おそらく前野長康あたりに作らせてであろうな。」

「前野…さん?」

「こっからが問題じゃ。猿めは前野に恐らくその抜け穴に細工する様に指示を出しておった。」

「え?細工?」

「恐らくいざその抜け穴を使う時に道を塞ぐ様な…。」

「え!!だったら!!」

「その日わしは信長公と一緒に本能寺におった。」

「え!?」

「信長公は言うた『惟任の事じゃ坊主に手は出さんだろう。この書簡を持って逃げよ。事の顛末はこれが全てを物語っておる。是非に及ばず。』と、言うて抜け穴へ一度は入られたものの戻って来よったわ。」

「???いまいち意味が…。」

津久見の言葉を無視して上人は続ける。

「そしてある間《ま》で自刃なされた。」

「あのー私が知ってる本能寺の変とはだいぶ違うのですが…。」

「全て仕組まれた事じゃったのよ。」

と言うと立ち上がり本殿の奥にある書棚に向かって歩き出した。

「これかの。」

と、上人は一通の書簡を大事そうに書棚から取り出した。

そして、ふと本尊の前にある壺に向かって手を合わせた。

「お…う…とよ。そなたの…無念…は…。」

小声のため聞き取れない。

上人は言い終えると、津久見の元に戻ってきた。

「これがその書簡じゃ。」

と、大事そうに書簡を津久見に渡した。

「あ、ありがとうございます。」

「開いてみよ。」

上人は言う。

書簡は所々焼け落ちていたが、何とか文字が読めた。

津久見には到底読めない。

が、一つ二つと知っている人物の名前がそこには書かれていた。

「あっ!!!!」

「少しは分かったかの、未来人よ。」

上人は書簡を広げて説明し出した。

「つまりの…。」

上人は文字をなぞる様に説明する。

説明が進む内に津久見の背すじは凍った。

と、同時に怒りが込み上げて来た。


上人の説明が終わると、上人は書簡を大事そうに畳みながら、書簡を津久見に渡した。

「お主の窮地、信長公がお助けになるやもしれんな。」

「…。」

津久見はその書簡をジッと見つめながら動かない。

未だに衝撃に動揺している様であったが、深く息を吸い、吐くと言った。

「上人様。ありがとうございます。これでどうにか戦えそうです。」

「そうかそうか、それは良かったわぃ。」

「それに…」

「それに?」

「この謀略渦巻くこんな世の中…歴史を変えた責も負ってみせますよ。」

津久見は上人の目を見つめながら言った。

「あっぱれ未来人よ。わしの命も長くは無かろう。だが、この命尽きるまでお主を見届けてやるわい!」

「はい!…、やってみます!」

最後津久見は弱気になったが元気良く言った。

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