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73話

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津久見と青玉上人が二人で本殿から出てきた。

「あっ、治部殿!」

と、秀信は津久見を見ながら言った。

「皆さん、お待たせしました。」

と、津久見は言いながら本殿の階段を降りて行く。

「殿、いかがで…。」

左近が聞いてくる。

「大丈夫ですよ。それに今回のを手に入れる事ができたかもしれません。」

?」

「戻ってから精査は必要ですが、今の状況を打開できるかもしれません。」

「おぉ。」

今度は喜内が言った。

「治部よ。どうする?日も暮れて来そうじゃが、泊まって行くか?」

青玉上人は津久見に言う。

「…。」

津久見は迷った。

(お言葉に甘えるか…それとも、これをしっかり読み込むか……)

津久見は胸元に刺した書簡を見つめながら考えていた。

「殿。どうなされますか?いささか大坂を離れ過ぎているのも気が気でなりませぬが…。」

左近が言う。

確かにここ数日京にいる間にも、安国寺は大坂で手回しをしているに違いない。

津久見は考えた結果、青玉上人の方に振り向き

「上人様。私はこの足で大坂に戻ら事にします。」

と、伝えた。

上人はニコっと笑い

「そうか、そうか。」

とだけ言う。

津久見はニコっと上人に笑顔を送ると

「では、皆さん行きましょうか。」

と、皆に言うと、皆帰り支度を始めた。

津久見は厠を借りに本殿横の廊下を歩き、用をたしまた戻ってくる時、ふと本殿の中にいる青玉上人の姿が見えた。

「ん?」

と、上人の動きを見ていると、何やら本殿の奥に置いてある壺を持ち上げていた。

津久見は不思議そうにそれを見ていたが、

「殿~?」

と、平岡や喜内達の心配そうな声が聞こえてたので、本殿を後にした。

「すみません~。」

と、軽く津久見は左近らに言うと平岡からシップの手綱を受け取り馬に乗る。

「あ、上人に最後挨拶…。」

と、また馬から降りようとすると、阿弥陀寺の小姓が駆け寄って来た。

「石田治部様。」

「あ、はい。」

津久見は馬上から降りようとするが小姓が手を振り止めた。

「治部様。大丈夫でございます。上人様から御伝達でございます。」

慌てながら小姓が言う。

「え?上人様から?」

「はい。」

「何と?」

「急用を思い出した故見送れんが、何か困ったらいつでも参られよよ、と。」

?」

左近らははてな顔で小姓を見つめる。

津久見は空を見上げて

「急用…ですか…。ちょっと寂しいな…。」

と、こぼしたが、すぐに切り替えると

「分かりました。では、呉々も宜しくお伝えください!皆さん行きましょう。」

と、皆に促す。

皆慌てて馬に乗ると、本殿に一礼し馬の横腹を蹴った。

ちょうどその時、心地の良い風が阿弥陀寺を流れた。

本殿の裏にある花畑の前に青玉上人はいた。

上人はその風を待っていた様に、持っていた壺をあけると

「やっと、地に戻る事が出来るぞ…」

と、壺の中から白い粉の様なものを風に乗せてばら撒いた。

「うっ。うっ。」

上人は泣きながら津久見達の馬の足音が遠ざかるのを聞いてた。

______________________________________

「殿、いささか今日は日が暮れるのが早い様でございまするな。」

左近が津久見に馬を寄せて言う。

「そうですね。ちょっと急いだ方がいいかな…。」

一行が枚方に着く頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。

「秀信さん。ここから大坂までどれくらいですか?」

「馬を飛ばせば1時間半程でしょうか…。」

「そうですか。それでしたら急ぎましょう。」

一行の速度が上がる。

「殿、この森を抜ければ、枚方宿。そこから淀川沿いを通れば大坂でございますな。」

と、左近が前の森を抜ける一本道を指差し言う。

「そうですか。」

と、目の前の森を見る。道幅は馬が三頭通れるか程に細くなっており、木々が高い。

沿道には一応の提灯はあるものの全てが見通せる訳でも無かった。

「薄気味悪いですね…。」

「一気に抜けて、枚方宿で休憩して大坂に入りまするか?」

「それがいいですね。」

津久見は左近の意見に賛同した。

一行は馬の速度を上げ、森に入って行った。

一番前に平岡・喜内。

その後ろに秀信。

その後ろに津久見。

殿《しんがり》の形で左近が一番後ろを走っていた。

「薄気味悪い森じゃな。一応警戒しておけ。」

喜内が平岡に声をかける。

「はっ。」

と、平岡は手に持つ手綱に力が入った。

森の中腹まで来た時であった。

先頭の喜内と平岡の馬がその足を緩めた。

「どうした?」

後ろから左近が言う。

「いや。少し…。」

と、喜内が言いかけると、馬の足は完全に止まった。

「ん?」

津久見達も馬を止め聞く

「どうしたんですか?」

「殿、お下がりください。」

平岡が言う。

「ん?何かあったの?」

「先の提灯が一つずつ、消えて行きまする。」

次は喜内が答えた。

「え?」

津久見はそう聞くと前方を見た。

すると森を抜ける沿道の提灯が奥から一つ、また一つと消えて行っていく。

「なんだ?」

津久見は驚きながら言う。

「殿、岐阜殿。お下がりください。どうやら囲まれたようで。」

左近が後ろから津久見達を追い越しながら言う。

「え?」

「喜内殿は左を、平岡は右を。わしはどちらかを相手にする。」

「はっ。」

と、喜内と平岡は馬の上から刀を抜いた。


「え?何?どういうこと?」


津久見は混乱しながら言う。

「治部様。私の近くに。」


狼狽する津久見に秀信が言った。

「ひーふーみー…。」

と、左近が左右を目で追いながら数える。

「ざっと十人か…。」

「左様でござるな。」

「喜内殿。吠えてみますか?」

「左近殿のでは?」

「今回は譲って差し上げよう。」

「なら…。」

と、喜内は少し進み

「おんどらー!あほんだらー!提灯の火消したら見えねーだろ!どこのどいつだ!ばーろー!」

「…。」

皆思った。

下手くそ…。

すると、木々の上から微かな、音がした。

「来るぞ…。」

左近が言うと、皆構えた。

「!!!」

声は出さずに喜内と平岡に同時に切り掛かって来た。

「ふん!」

と、これをいなす。

「甘いわ!」

喜内がその者に叫ぶと、もう二人目が飛びかかって来ている。

「かーん!」

喜内は刀でまたもいなす。

「何者じゃ!!!!」

喜内が吠えるが、その者達は何も言わずに、いなされたものは既に体勢を整えている。

沿道に唯一残った火を頼りにその者達を見ると、黒い服に黒い頭巾を被っている。

「どこぞの忍びか?」

左近が言う。

「何も言わないと言うのが答えですな。」

左近を横目で見ながら、相手と間合いを取りながら喜内が言った。

「ぬかるるな。」

「左近殿も。」

と、喜内は言うと相手に斬りつける。

「あっ!」

と、津久見は目を閉じた。

かーん!

相手は喜内の刀を弾く。

そして違和感を感じている様であった。

「殿。ご安心なされよ。一旦はみねルビを入力…打ちです。」

左近が言った。

「殺すな。生け捕られよ。」

「無論。」

すると木の上に残っていた残党も下に降りて来ていた。

「無用者に情けはいらんと思うが、我が殿はちと、血が嫌いであってな…!」

と、喜内はまた振りかかる。

その気迫に押し負けた相手は後ろに下がる。

その隙に喜内は横の輩に蹴りを入れる。

「ぐふっ。」

悶絶する輩。

隣では平岡も健闘している。

左近は左右のどちらかが劣勢になれば、器用に立ち回っている。

「皆さん!」

津久見は気が気でならないように見ていた。

「治部殿、私から離れないで下さい。」

秀信が刀を抜き、周りに目を光らせながら、津久見に寄り添う。

「は、はい。」

津久見は秀信の後ろに隠れる様に身を寄せた。

「おら!!」

平岡も喜内に倣い相手の刃をすっと避けては相手の胸ぐらを掴み投げる。

「おう。中々やりよるな。」

左近は言う。

おおよそどちらに軍配が上がるかは分かっていたが、左近、喜内、平岡は強かった。

相手はいよいよおじけついたか悶絶する仲間を引きずり寄せ、身を寄せ何やら話し始める。

「敵を見誤ったようじゃな。」

喜内が睨みをきかせながら言う。

集団は話終わったのか、ゆっくりと後退する。

次の瞬間「!!!」と合図が出ると、一斉に地面の砂を蹴り上げて来た。

「ぬわっ!」

と、喜内ら三人は袖で振り払うが、その瞬間に隙が生まれた。

津久見はその一部始終を心配そうに砂煙の方を見ている。

「!!!」

砂煙の中から懐に手を入れている一人が飛び出して来た。

「ん?!」

誰かは分からない。

その瞬間男は地面に足をつけると、懐から何かを取り出し、津久見に投げつけて来た。

「あっ!!!!」

津久見の体は馬から落ちた。

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