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第88話

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津久見達一行は雪の舞う丹波福知山に差し掛かっていた。

京から西へ馬を走らせながら、雪深くなっていく道に入るにつれ、おのずと馬の速度は落ちて行った。

「ふふぁ!!!」

津久見がシップの馬上で目を覚ます頃にはもう、福知山城の天守閣が遠くに見えて来ていた。

「う…。雪?」

津久見は周りを見渡しながら朦朧とする意識の中で言った。

「お、治部。目覚めたか。」

小西が言う。

「行長さん…。ここは?」

「おぬしが寝ている間にもう福知山はもうすぐそこじゃよ。」

と、小西は目を前方の福知山城に向けた。

「それにしてもおぬしの馬は利口じゃな。」

「え?」

「わしはおぬしが起きるまで京で待ってと申したが、左近が言うには、おぬしとその馬は人馬一体、急ぎ福知山へ向かっても問題なかろう、と。な。」

と言うと小西は左近に目をやった。

「それにもし落馬したならば、それでお目覚めになられるとも言っておったわ。」

小西は笑いながら続けた。

「…。」

津久見はギロッと左近を睨む。

しかし左近は、そんな視線を一切気にせず少し馬の足を速めた。

「左近ちゃん…??」

「殿。もう少しで福知山城でございます。」

「左近ちゃん!」

「かつて福知山城は明智様が丹波制圧と共に築城されたお城でございまする。」

「え?無視?」

「その後は、女婿の明智秀満殿が城主を務め、文禄の役以降は小野木重勝殿が城主を務めておりまする。」

「何?凄い説明するじゃん。こっち向いてよ。」

「その小野木重勝殿は、殿とご一緒に検地をなされておられるので、ご存じかとは思いますが。何を隠そう私の娘婿でもございまする。」

「凄い良く分かったよ。でもね…。」

「先の合戦では細川幽斎殿の居城、丹後の舞鶴城を開城させ、和議の後は、福知山城へ戻られたとの事でございまする。」

「細川幽斎…。なんか聞いた事あるような…。」

津久見は左近の親切な説明を聞いているうちに、自分への雑な対応への恨みが薄れていった。

ニヤリ。

左近は薄目に津久見を見ると、作戦通りと笑った。

「聞いた話では最近少し奇行に出ておられるとの事で…。」

「奇行?」

「はい。私も聞いた話で、実際に見たことはございませんが…。殿に伝えて、先立って我々の来城は小野木殿もご存じでごじまする。」

「そこまでやってくれてたのね。」

と津久見は言うと辺りを見渡した。

険しい山を縫うように一本の道が切り開かれその先には大きな城が目に見えた。

囲う山々は厳しい寒さにも負けぬ力強さを津久見はどこか感じていた。

(明智光秀が築いた城か…)

あまりにも有名な歴史上の人物の築城した城と聞いて津久見は少し興奮を覚えた。

「あ、殿。恐らく小野木殿かと…。」

と、遠く福知山城の城門を指さす。

「ん?どれどれ~?」

と、津久見は左近の指さす方を見た。

そして

「え?????」

と、驚いた。

というのもの殿と言われたその男

先程から今に至るまでずっとピョンピョンと、飛んでいるのである。

「あ、あれが?城主の?」

津久見は驚いて左近に聞く。

「はあ。噂通りの奇行でござりまするな。」

と、左近も驚きを隠せない様子で言う。

「なんやあれ?ずっと跳ねよるで。」

小西も続く。

一行が福知山城の城門前に到着した。

「石田治部殿!久しぶりでござるな!」

重勝が言う。

もちろんその間も飛び跳ねている。

「え、あ、はい。」

「舅様もご健在で何よりでございまする。」

「重勝殿も…」

と、左近は怪訝な目で飛び跳ねる重勝を見ながら言う。

「小西様もいらしますな。ささ、広間の方へ。温かい茶でも飲みながらお話伺いましょう。寒かったでしょう。」

と、話し半ばに重勝は振りむくと城門をくぐると、ピョンピョンと石畳を飛び跳ね、城の中へ進んで行ってしまった。

「か、変わった御仁であるな…。」

小西は少し呆れた様子で言いながら馬から降りると、重勝の後を追う。

小野木重勝
羽柴秀吉に仕え、秀吉が近江国長浜城主だった頃に直参の黄母衣衆、のちに大母衣衆となる、秀吉子飼いの将の一人である。

が、その重勝の様子が…。。

小姓の案内により足を洗い奥の広間に通された津久見達を、重勝はそこに座っていた。

座っていると普通の精悍な大将に見える。

そのギャップに驚きながらも、津久見達は重勝の前に座った。

そこに小姓が茶を持って来て客人に振舞う。

「して、治部殿、今日は如何いたした。先の一戦の和議から、お主らの来城。わしらはちと困惑しておるところじゃ。」

普通に喋っている。

それに津久見は驚いた。

さっきまでピョンピョンと跳ねていた男の顔つきが、いっぱしの城主の顔になっていたからである。

「ああ、その…。」

津久見は言葉がすぐに出てこなかった。

それを感じた左近が

「いや、重勝殿。実は今日福知山に参ったのは、重勝殿が作られたと言う物を拝見したく参上したまでにござる。」

「ん?笠?それだけでござるか?」

「はい。聞くところによると、とても良い笠と聞いておりまする。」

左近が答えた。

重勝は自分の開発した笠を褒められ上機嫌になったのが、口元を見て取れた。

「おお。そうでしたか。それでわざわざ福知山まで?」

「はい。今後の豊臣家の為でございまする。」

「何??豊臣家の?」

重勝は思いもよらない左近の言葉に真顔になった。

「わしの笠と豊家。何が関係があるので?」

「それを話すと、長くなります故、一度拝見しても宜しいでしょうか?」

左近は単刀直入に言った。

「ん~。まあ、構わんが。どうも結びつかんがな…。」

と、重勝は渋々と腰を上げるとまたピョンピョンと跳ねながら広間の襖を開けると小姓を呼びつけ笠を持ってくるよう指示した。

小姓はすぐさま笠を用意しに出た。

その間も重勝は飛び跳ねている。

「…????」

津久見一行は尚一層不思議そうに重勝の後姿を見ている。

すぐに小姓は笠を持って来ては重勝に渡す。

受け取った重勝はまたピョンピョンと跳ねながら津久見達の前に座った。

「これでござる。」

と、重勝は笠を津久見達の前に差し出した。

そこには、津久見も何度と見た、一見何の変哲もない陣笠であった。

「これが??」

小西が言う。

「そうでござる。一見何の変哲もない笠に見えるであろうが、被ってみてくださいませ。」

と、笠を津久見の前に押し出した。

「え、あ、はい。」

と、津久見はその陣笠を手にした

「え!!!!」

と思わず声が出た。

「軽い!!」

「でしょう。」

重勝は得意げに言う。

津久見はその軽い陣笠を被って見た。

「え、左近ちゃん、私なんか被ってる?」

と左近に向かって言う。

「殿。正気でござるか?しっかりとした陣笠を被ってござりまするぞ。」

「え、ちょ、これ軽すぎない????」

「それが小野木笠でござる。」

重勝が言う。

津久見は陣笠の上から自らの頭を叩いた。

トントン。

と軽い振動が頭に伝わる。

「これ…鉄ですか???」

「左様。鉄の兜にござる。」

「ええ。それにしては軽すぎませんか?」

「はははは。そこは私の改良によりここまでの軽量に成功いたしました。」

「凄い!!!」

「はははは。でありましょう。朝鮮の役際に太閤様にお披露目した際には、ひどく驚かれ、隣にいた内府様にご自慢されておりましたぞ。『重勝よ。これがどれほど良い物か、内府殿にとくとお見せし給え』と、仰せになられたものですから、私はこの笠を被り太閤と内府様の前でピョンピョンと跳ね申した…」

重勝はそう言いながら目には涙が溢れていた。

「太閤様には長浜城からお仕えさせて頂いた我が身、太閤様の喜ぶお顔を拝するが私の全てでござりました。太閤様がお亡くなりになられた報を受け、私は陣笠の事を思い出しては、飛び跳ねておりまする。そうするとどこか太閤様が笑っておられるのが目に浮かびましてな…。」

(だからピョンピョンと…。)

津久見はやっと理解した。

「しかし、跳ねれば跳ねる程、その太閤様がもういないと悲しみにくれておりまする…。」

秀吉を思い出してか、重勝は号泣した。

(こんなにも秀吉さんに…)

津久見は思った。

「太閤様~。」

重勝の声が響く。

「重勝さん!!!!」

津久見は言った。

はっと、重勝は涙目で津久見を見た。

「あなたが太閤秀吉様に恩があるのは分かりました。でももう太閤様はいらっしゃらない!」

津久見ははっきりと言い、続けた。

「その太閤様のお世継ぎ秀頼様を皆で支えていくというのが秀吉様の最期のお言葉でございました。私は五奉行として、秀吉様の最期までお側でお仕えし、何度もそのお言葉を聞きました。ならばあなたが生きる使命は秀頼様を全力でお支えすることではないのですか?跳ねてその忠義を亡き太閤様に示すよりも、ご遺言の通り秀頼様をお支えする事こそがあなたが生かされた使命ではないのですか?」

重勝は呆然としている。

現に小野木重勝は関ケ原の合戦の家康より自刃を命じられその一生を終えている。

「あ、ああああ。」

重勝はまた泣き崩れた。

そこに

「重勝殿。治部の言う通りじゃ、わしも今この世に生かされてる事が不思議に思う時がある。しかし、治部の言うの実現に残された一生を託してみようと思った一人じゃ。」

小西が言う。

「小西殿…。」

重勝の目に火が灯り始めた、が、まだ自分に何ができるか分からない様子でいた。

「重勝さん。この陣笠は大量生産できますか!?」

津久見は言う。

「大量?どのくらいで?」

「まずは京の守護にあたるもの…そうだなあ…」

津久見は少し考えながら

「5000程。」

「5000????それは無理でござる。この福知山で作れて100が精一杯で。」

「堺なら?」

「堺?堺なら可能じゃろうが…。でも、堺はもう内府様側の商人が多い上に、あまりいう事を聞いてくれないと思われるが…。」

「そうですか。」

津久見はニコッと笑った。

そして被った陣笠をポンポンと叩くと言った。

「これが切り札になりそうですよ重勝さん。」

津久見は満面の笑みで言った。
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