天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志

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第89話

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1601年 雪の舞う元旦

西軍の各大名は国の使いをこぞって大坂城に派遣していた。

秀頼への元旦の挨拶の為である。

大坂城城下町は大いに賑わった。

いや、大坂へ繋がる全ての道が賑わった。

島津・黒田・立花・加藤・毛利・小早川…。ひしめく各国の家紋をあしらった旗が

「あれはどこぞの国のお方だ。」

と、町民は初めてそこで戦の終焉を肌で感じ取っていた。

この元旦の挨拶に関しても石田三成こと津久見は長束や郡《こおり》らと話し綿密に事を進めていた。

まず、秀頼への挨拶の有無から、その人数、貢物の類等々。

それはどの国は何を贈った。どの国は何人の行列であった。

そういう細かい所に諸国にを出さない事が一旦の落ちどころとなって、年末の早馬によって諸国に伝えられていた。

大坂城の正門の近くに詰所を作り、そこで記帳をした上で、城内へ入城し、正殿へ上がり、8歳の秀頼へ謁見。隣には淀君が。その後ろには郡が控えている。

長束や前田玄以は諸国の使いの案内で汗くせと働いていた。

津久見はというと、正門の詰所での帳簿記帳整理に当たっていた。

皆、三成に関しては、郡の後ろに控え、諸国の挨拶に耳を立てていた方がと提案したが、津久見はそれを嫌がり、自ら望んで詰所の番を引き受けていた。

「え~っと、その家紋は~秋月さん?」

「さん?」

「あ、秋月家ですね。明けましておめでとうございます。こちらの帳簿にご記帳下さい。寒い中ご苦労様です。」

「???」

津久見はフットワークも軽く諸国の使いの最初の挨拶相手となっていた。

時折積もる雪に足を取られながら、走り回っていた。

「殿がこの役目をされるとは…。」

正門の警備の任も石田家で受け持っているなか、馬上で主君を見つめながら喜内は左近に向かって言った。

「まあ、あのお姿が戦の無い世を実現したと、示したいのかもしれぬな。」

「そうですな。それに夜な夜な各国の家紋の暗記をなされておりましたからな。」

「何とも我が殿は…。」

と、それを聞いていた平岡は涙ぐんでいた。

「これ平岡。お主は石田家馬廻り筆頭になったのじゃ、皆の前ですぐ泣くのではない。」

喜内がこれを叱った。

石田家の編成も年末に話し合い、幾分かの変更があった。

佐和山19万石の返上が一番の理由であった。

それに加え、津久見はこの数カ月の間に良く家臣を見ていた。

どの時代にも『』というものは変わらなかった。

私心を捨て豊家と西国の発展を誓った津久見の想いが伝わる者、伝わらない者。

去る者には書状を認《したた》め次の赴任先を見つけてやっていた。

そんな多忙な日々の中でも、津久見は自身の知識を養っていた。

その一つが、小さい事だが、各国の家紋の暗記であった。

先の合戦で東軍に組みしていた大名にも分け隔てなく、挨拶を交わしていた。

そこに思いもよらない一行が大坂城の正門に向かってきていた。

大名家の旗も、服装もそれと違う。

「あ!!!!!」

津久見は何かに気付くと物凄い勢いでその一向に向かって走り出した。

「了以さん!!!!」

そこには角倉了以の姿があった。後ろに控えるは、堺の商人筆頭の連中である。

津久見は満面の笑みで走りながら言うと、雪道に足を取られ派手にずっこけた。

「ははははははは。」

了以は津久見の手を取ると

「お主はいつもどっかから飛んでくるわ。ははは。」

「いや、そんな気はないんですけど。ありがとうございます。」

「本当に変わった奴じゃの。」

了以は後ろに控える商人に向かって言う。

その者達も同じく笑った。

あの時小西と尋ねた時は、怯えて青ざめた表情とは一変していた。

「角倉様。本日は良くご参列頂きました。」

駆け付けた左近が馬から降りながら言う。

「おう。左近殿。」

「では、例の件…。」

と、左近が聞くと。

了以は小さく頷いた。

「小野木笠とは面白いもの。それにあの甲冑。あれで京の治安は守れましょうぞ。」

「あ、ありがとうございます!!!」

津久見は大きく腰を曲げた。

福知山城へ小野木重勝との対談後、大館の作った甲冑と、小野木笠。

そこから小西行長の働きが大いにあった。

その小西の働きが今日、実を結んだのであった。

「本当にありがとうございます!!!」

目に涙を浮かべて、津久見は了以等一行を詰所に案内した。

「あ、左近ちゃん了以さんたちをお願いできますか?」

「え?」

左近は呆気に取られた。

「了以さんまた後でゆっくり話しましょう。商人の皆さまもゆっくりしていってくださ…」

と、言うや否や、次に現れた一行への挨拶に向かって行ってしまった。

「…。」

少し分が悪そうに左近は了以に目をやった。

その了以は津久見を見つめていた。

「えっと~あの家紋は…。」

走りながら津久見は必死に思い出していた。

「寺沢さん!!ですね?」

と、その一行に話しかけていた。

「ふふ。三成殿は本当に戦の無い世を作る様じゃな。」

了以は左近の方へ向かって言った。

「はあ…。」

「あれは先の戦で東軍についた寺沢家であろう。」

「ですな。」

「面白い男よ。石田三成。」

「まあ、ちょっと変わってござるな。」

「だからそんな男にこの老いぼれの残った人生くれてやろうと思ったのよ。」

「…。」

「ではでは、秀頼公へ挨拶に行って参りまする。」

了以が言う。

「では私が。」

と、喜内が場内へと案内していった。

「…。」

左近は黙ってはいたが、誇れるわが主君を想うと、口元が緩んだ。

_____________________________

一通りの仕事を終えた津久見は詰所で暖を取っていた。

「皆さんご苦労様でした。秀頼様への謁見は我々で最後です。用意しましょうか。」

と、津久見はあかぎれを起こした手に息を吹きかけながら言った。

詰所と言ってもただの小さい小屋である。

そこに津久見・左近・喜内・平岡の4人がいると少し狭くも感じた。

その時であった。

「カチャ。」

左近、喜内、平岡の3人が刀に手をかけていた。

「え?どうしたんですか?」

津久見は驚きながら聞く。

「何者じゃ。」

津久見の問いを無視し、喜内が言う。

「え?」

「殿に何かすれば容赦はせぬぞ。」

平岡が言う。

津久見にも分かった。

3人がつい数か月前の枚方夜襲の時の様に殺気立っているのを。

「え??」

「使いか?」

左近が言う。

そこで初めて津久見は気付いた。

この小さな詰所の中で、皆が自分の後ろに向かって話している事を。

すると

「いかにも。」

と、低い声がした。

「ひえええええ!!」

と津久見は振り向きながら腰を抜かした。

詰所の中の日の当たらない陰から一人の男が現れた。全身黒ずくめの上に黒い頭巾で口元まで隠している。

「乱波《らっぱ》か。動くな。動けば斬る。」

喜内が言う。

「我帯刀せず。」

と、男は多くを語らず、両手を上げ手のひらを見せた。

「何者じゃ。」

「内府様からの使いにござる。」

「内…家康の!!!???」

津久見はさらに驚いた。

「いかにも。石田治部様へ殿からの伝言を預かってござる。」

男が言った。

「名を名乗れ。どこぞの密偵やもしれぬ。」

喜内が言う。

「服部半蔵。」

「え!!!!???あの!!!半蔵門の!!???」

「門?私は2代目服部半蔵でござる。これで信用してくださったかな?」

「…。」

左近は何も言わない。言わないがいつでも斬れる構えであった。

「もし私がどこぞの乱波であれば、石田治部なぞ狙わず。秀頼を狙う。」

「お主!!!!」

平岡が怒りに任せて斬りかかろうとしたが、左近が止めた。

「確かに。お主の言う通りじゃ。わざわざこの狭い詰所にいる殿に会いに来たと言えば合点が行く。だが何故殿の屋敷におられるときに現れず今に至る。」

左近が聞く。

「お主らの。隙を見せず。今日に至れり。」

か。」

左近が呟く。

「せんちゃん…。」

津久見はそう言いながら立ち上がり続ける。

「では、服部半蔵さん初めまして。」

「初めてではござらん。真善院にて一度。」

「あ、あの時いらしたんですね。」

「いかにも。」

「で、家康…内府殿はなんと?」

「一つ。来月一日の会見の事、忘れるべからず。
 二つ。会見は天竜川右岸の寺院にて…。」

「右岸だと!!!」

喜内が言うが、またもや左近が止める。

「三つ。供は一人まで。以上」

「おい!!!いい加減にしろ!!!」

左近の抑止を振り払い喜内が言う。

確かに会見の段取りを全て徳川方に決められている。

しかも、津久見側はリスクが大きすぎる。

「お聞き受けなされたか。」

「…。」

半蔵の問いに津久見は黙っている。

静寂が詰所を覆う。

「分かりました。」

津久見は言った。

「ちなみに内府殿は何か言ってましたか?」

と更に聞いた。

「我が殿。苦戦。『かなんわ~』以上。」

津久見の眉が上がる。そして左近を見る。

左近は小さく頷く。

それを見て

「分かりました。その条件でと。」

「では…。」

と半蔵が言いかけると

「あ!半蔵さん!」

と、津久見は呼びかける。

「いかが。」

「内府殿に『やっとだね』と、伝えて下さい。」

「??。承知。では。」

半蔵はそう言うと、いつの間にか消えていた。

「あれが…服部半蔵…。」

カチャ。

皆刀を収め、少し感心したように言う。

「しかし、今日この日を狙うしかなかったという事は、せんの守りもあっぱれなものですな。」

左近が言う。

「そうですね。……。」

「殿、何か考え事でも?」

左近が津久見の異変に気付き聞く。

(半蔵の最後の言葉…『かなんわ~』は確実に島森の言葉だ…。それに苦戦?あの徳川家が?)

津久見は友の身を案じていた。

そこに

「あ!!殿!!!秀頼様謁見のお時間が!!」

と、平岡が慌てた様子で言う。

「そうですね…。」

と、津久見は特段慌てる様子も無く言う。

(家康が困る事…。手を焼いている事…。)

4人は詰所を出る。雪はコンコンと降り続けている。

「分からない…。何だ?」

と、津久見は詰所から城へ向かいながらボソっと言う。

(秀頼様とお会いするのは今日と、出発前で終わりだ…。それまでにが家康を助けることが出来る事は…)

と、津久見は必死で考える。

そこへ左近が近付いてきた。

「殿。何かお悩みでございますな。謁見前に半蔵殿が現れたのも何かの縁。もし、その悩みの種を解消したければあちらへ…」

と、左近は大坂城内の一室を指さす。

「あ!!!そうだね!!!」

「私がどうにか玄以殿や正家殿の時間稼ぎは致しまする。と、言っても少しだけかもしれませんが…。」

「うん!!!ありがとう!!そうする!!あの人ならきっと!!行ってくる!!」

と言うと津久見は走って秀頼と謁見の間とは別方向へ走り出してしまった。

「え。殿!?」

平岡が驚き叫ぶ。

「良いのじゃ。それより、喜内殿、平岡。雪合戦でもしまいか?」

と、左近はかがむと雪を集めだした。

「左近殿?この期に及んで、何を…。」

と、喜内が言いかけると、喜内の顔には大きな雪玉がぶつかっていた。

「左近様!!??うげ!!!」

次は平岡に。

そして左近はもう一つ雪玉を作ると自分の顔目掛けて投げつけた。

「ちょ、左近様!?何をなされて?」

平岡が呆れて聞く。

「お主まだ汚れておらんな、ほら!」

左近はまたもや大きな雪玉を平岡に、喜内に投げつける。

怒った喜内も左近に雪玉を投げつける。

「はははは。」

左近はただ笑いながら大坂城の一室を眺めていた。
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