21 / 51
過去
20
しおりを挟む
火曜日の放課後。HR終了後すぐに教室を出ると、新田君に後ろから声をかけられた。
「わーかばちゃん」
隣を歩き出す彼に構うことなく、僕は昇降口に向かって歩いていく。
「若葉ちゃん、今週掃除ないんだっけ?」
「ない」
「俺も。じゃあ、一緒帰ろ?」
一緒に帰るのが普通みたいな言い振りだが、彼と下校したことは一度もない。
「遠慮しとく」
「えー? いいじゃん。大体方向同じだし」
いいから一人で帰りなよ。そう言い返そうとしたとき、ふいに真顔の彼と目が合った。
「若葉ちゃんさ、今日、避けてなかった?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「避ける……?」
「うん。避けてたでしょ?」
琉聖のこと、とつけ足して彼は微笑んだ。まるで、別に責めているわけではないと意思表示するかのように。
「そんなこと、ない」
「そうかな?」
僕は頷いた。頷くことしかできなかった。
「琉聖と……何かあった?」
「何かって、何」
新田君から目を逸らし、僕は考える。何か、って? 休み中に四谷と会ったこと? 四谷がうちに泊まったこと?
四谷が、僕に。キスしたこと?
「……若葉ちゃん」
校舎を出ても、新田君は僕の隣を離れなかった。街路樹の緑が目に眩しい。
「ちょっと寄り道しよ?」
「え? ちょっ……」
彼は僕の手を引くと、帰りのバス停とは逆の方向に向かって歩き出した。引きずられるようにして歩きながら、僕は新田君を見上げる。
「新田君、僕帰る……っ」
「少しくらい、付き合ってくれてもいいでしょ」
「何で」
「若葉ちゃんと、話がしたいから」
からかうような言葉をかけられたり、それに言い返したり。彼とは、そんなどうでもいいような会話しかしたことがない。話がしたい、と前もって言われたのは初めてだった。抵抗を諦めついていくと、見慣れたファーストフード店に行き着いた。ガラス張りの店内を覗き込むと、数人の客の姿が見える。
「ここでいい?」
頷くと、新田君は外開きの扉を開き、中に入るよう促した。
適当に飲み物だけ注文し、席に着く。学校帰りにこんなふうに寄り道すること自体少ないというのに、さらに相手が友人未満のクラスメイトとなると。
「若葉ちゃん、何か固まってない?」
「え、いや別に」
社交的とは言いがたい自分は、少なからず緊張していた。気を紛らわすために目の前のアイスコーヒーに口をつけると、新田君がにこっと笑った。
「デートみたいじゃない?」
けほ、と僕は軽く咳き込んだ。涙目になりつつ新田君を睨む。
「冗談だって」
「……からかうのはやめてくれるかな」
「ごめんごめん。で、何で今日琉聖のこと避けてたの?」
本題。僕は唇を薄く開いてまた固まってしまった。
避けていたと言われれば、そうかもしれない。四谷とほとんど話をせず、四谷が授業をサボっても探しに行かなかった。ただ、それだけのことだ。
四谷のことが、いつの間にか嫌いではなくなっていた。そして僕は、そのことに訳もなく不安を感じている。
一昨日、と僕は言った。
「四谷に、会った」
「琉聖に?」
「うん。それでいろいろあって、うちに泊めた」
「え……?」
本来そういう間柄ではないのだから、驚かれて当然だと思う。
「もしかして……」
「もしかして?」
「そのとき、琉聖に何かされた?」
何か、というのが何を指すのか分からないが。
「されてない」
「じゃあ、何で」
「分からない」
人を嫌うことは、苦しい。嫌わずにいられるなら、その方がいいに決まっている。なのにどうして四谷に対してだけは。嫌いよりも、好きの方が苦しいのか。
「わーかばちゃん」
隣を歩き出す彼に構うことなく、僕は昇降口に向かって歩いていく。
「若葉ちゃん、今週掃除ないんだっけ?」
「ない」
「俺も。じゃあ、一緒帰ろ?」
一緒に帰るのが普通みたいな言い振りだが、彼と下校したことは一度もない。
「遠慮しとく」
「えー? いいじゃん。大体方向同じだし」
いいから一人で帰りなよ。そう言い返そうとしたとき、ふいに真顔の彼と目が合った。
「若葉ちゃんさ、今日、避けてなかった?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「避ける……?」
「うん。避けてたでしょ?」
琉聖のこと、とつけ足して彼は微笑んだ。まるで、別に責めているわけではないと意思表示するかのように。
「そんなこと、ない」
「そうかな?」
僕は頷いた。頷くことしかできなかった。
「琉聖と……何かあった?」
「何かって、何」
新田君から目を逸らし、僕は考える。何か、って? 休み中に四谷と会ったこと? 四谷がうちに泊まったこと?
四谷が、僕に。キスしたこと?
「……若葉ちゃん」
校舎を出ても、新田君は僕の隣を離れなかった。街路樹の緑が目に眩しい。
「ちょっと寄り道しよ?」
「え? ちょっ……」
彼は僕の手を引くと、帰りのバス停とは逆の方向に向かって歩き出した。引きずられるようにして歩きながら、僕は新田君を見上げる。
「新田君、僕帰る……っ」
「少しくらい、付き合ってくれてもいいでしょ」
「何で」
「若葉ちゃんと、話がしたいから」
からかうような言葉をかけられたり、それに言い返したり。彼とは、そんなどうでもいいような会話しかしたことがない。話がしたい、と前もって言われたのは初めてだった。抵抗を諦めついていくと、見慣れたファーストフード店に行き着いた。ガラス張りの店内を覗き込むと、数人の客の姿が見える。
「ここでいい?」
頷くと、新田君は外開きの扉を開き、中に入るよう促した。
適当に飲み物だけ注文し、席に着く。学校帰りにこんなふうに寄り道すること自体少ないというのに、さらに相手が友人未満のクラスメイトとなると。
「若葉ちゃん、何か固まってない?」
「え、いや別に」
社交的とは言いがたい自分は、少なからず緊張していた。気を紛らわすために目の前のアイスコーヒーに口をつけると、新田君がにこっと笑った。
「デートみたいじゃない?」
けほ、と僕は軽く咳き込んだ。涙目になりつつ新田君を睨む。
「冗談だって」
「……からかうのはやめてくれるかな」
「ごめんごめん。で、何で今日琉聖のこと避けてたの?」
本題。僕は唇を薄く開いてまた固まってしまった。
避けていたと言われれば、そうかもしれない。四谷とほとんど話をせず、四谷が授業をサボっても探しに行かなかった。ただ、それだけのことだ。
四谷のことが、いつの間にか嫌いではなくなっていた。そして僕は、そのことに訳もなく不安を感じている。
一昨日、と僕は言った。
「四谷に、会った」
「琉聖に?」
「うん。それでいろいろあって、うちに泊めた」
「え……?」
本来そういう間柄ではないのだから、驚かれて当然だと思う。
「もしかして……」
「もしかして?」
「そのとき、琉聖に何かされた?」
何か、というのが何を指すのか分からないが。
「されてない」
「じゃあ、何で」
「分からない」
人を嫌うことは、苦しい。嫌わずにいられるなら、その方がいいに決まっている。なのにどうして四谷に対してだけは。嫌いよりも、好きの方が苦しいのか。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる