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過去
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しおりを挟む先程から、思考停止するようなことばかりが続く。
「気づかなかった?」
僕が頷くと、そっか、と新田君は苦笑した。自分にとっては、少々騒がしいクラスメイトで、四谷琉聖の友人で……。
「いつから?」
「え?」
「その……」
「いつから、好きだったかってこと?」
「うん……」
「どうだろう。分かんないな」
「分かんない……?」
「最初は、何となくかわいいなって思っただけだったのに。いつから、とか、どうして、とか。そんなの、どうでもよくて。ただ今は、好きだなって思ってる。……若葉ちゃんも、そうじゃない?」
若葉ちゃんも、と言われて。四谷の顔が脳裏をよぎった僕は、もう、元には戻れないのかもしれない。
好きというのは、もっと甘い感情だと思っていた。僕の恋愛感情は、ただただ苦い。
「琉聖に、言わないの?」
苦くて、苦しい。
「好きだ、って」
「言わない……」
言ったら、きっと四谷との関係は壊れてしまう。だって、四谷には。
「四谷、付き合ってるひと、いるよね……?」
四月、よく彼の首筋には赤い痕がついていた。それが何なのか分からないほど無知ではない。
「あー……あれか。今も続いてるかは分かんないけど。でも、あれは彼女っていうより」
新田君は言葉を濁したが、その先は大体察することができた。四谷と同じクラスになる前から、一応四谷のことは知っていた。四谷の噂をクラスの男子から聞いたことだってある。四谷は、モテる。そして、特定の相手をつくらないというので有名だった。特定の相手をつくらない、というのがただの噂だったとしても。女子と付き合っていた四谷が、男の自分に傾くとは到底思えなかった。
じゃあ、と新田君は言った。
「気持ちを伝えるだけ伝えてみて、ダメだったら俺と付き合うってのはどう?」
軽い口調だったが、わざとそうしてくれているのだと分かった。彼は、優しいひとだ。
「……ごめん」
「無理?」
新田君のことは、嫌いではない。自分とはタイプが違うが、一緒にいたら案外楽しいかもしれないな、とも思う。
もう一度僕は、ごめん、と彼に告げた。
「今は、四谷しか好きになれない」
僕は必死で本心を伝えた。彼には、本当のことを言うべきだと思った。自分の気持ちをまっすぐ伝えてくれた彼には、同じように返すべきだと思った。
そう言うと思った、と。新田君はほんの少し寂しげに笑った。
卒業までの数か月、僕は四谷への思いを隠し続けた。しばらくは、四谷がサボらないための監視役を続けていたが、それが苦しくなってくると、受験勉強を理由にして彼から少しずつ距離を取った。そうしているうちに夏休みに入り、休みが明けた頃、席替えがあった。四谷の隣の席になったのは僕ではなかった。
四谷が眠っていても、僕の手はもう彼には届かない。そのことにほっとして、同時に、傷ついている自分がいた。どちらの自分からも目を背けて、僕の高校生活は翌年の三月、曇り空の下で幕を閉じた。
卒業式に、四谷の姿はなかった。おそらくもう二度と、会うことはない。嵐のように心を掻き乱されることも、もうない。
胸の中に生まれた、綺麗な空洞とひとつの嘘。
四谷琉聖。
僕は彼のことが嫌いだった。
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