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現在
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しおりを挟む「雪下、ちょっと」
出社して早々、上司からご指名が入った。すぐに彼の元へと足を運ぶと、悪いんだけど、と彼は申し訳なさそうに切り出した。
「この案件、今日から担当してもらえないかな」
「今日から、ですか?」
「本当は滝口の担当先だったんだけど、あいつ盲腸で入院したらしくて」
「え……大丈夫なんですか」
「大したことはないらしいが、退院まで一週間近くかかるみたいで。先方とは、今日の二時に打ち合わせの約束になってる。向こうに日時の変更をしてもらうよりは、担当を代えた方が早い」
「了解しました」
その件に関する資料を一式受け取り、席に戻る。現在抱えている業務量からすると、新たな案件の追加というのは決して楽なことではなかったが。仕事に没頭できるということは、今の自分にはありがたいことだった。
あれから一週間が経過したが、特別変わったことはない。夜が明けて四谷より先に目を覚ました僕は、彼の腕の下から這い出て、すぐさま服を身につけて部屋を出た。それであの件は終わりだった。終わったと──思っていた。
「はー……疲れた」
隣から聞こえてきた溜め息に、そうだね、と同調する。入院した滝口さんの仕事を割り振られたのは僕だけではない。同期の高遠もまた、当初予定していたタイムスケジュールの変更を余儀なくされ、慌ただしく仕事に取り組んでいた。
「雪下、今日外回りとかなかったよな。昼飯、どっかに食いに行かない?」
「あー、ごめん。午後からの打ち合わせの準備、もう少しやっときたいから」
「滝口さんのやつ?」
「そう」
「ドンマイ。何か、買ってきてやろうか」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
財布を持って席を立つ彼を見送ってから、僕は再び資料に目を通し始めた。
僕に回ってきた案件のクライアントは、個別指導の学習塾だった。依頼内容は、オリジナルのノート、シャープペンシル、消しゴムの作成。うちの既製品から基本となるモデルを選んでもらい、外側のデザインだけ変更するセミオーダー。今日の打ち合わせでデザインのイメージまで話し合うことができれば、明日にもデザイナーに依頼が出せる。
僕は見本のファイルを一通り眺め、何ヵ所かに付箋を貼り、サンプルの用意が必要そうなものは型番のメモを取った。後は相手と話しながら煮詰めていけばいい。軽く伸びをし、デスクのいちばん下の引き出しを開け、栄養補助食品のクッキーを取り出す。ひとまずこれでしのいで、打ち合わせの後にパンでも買いに行くとしよう。
「雪下さん、雪下さん」
打ち合わせの時間まで少し休憩していると、後輩が小さな声で僕の名前を呼んだ。
「なっちゃん。何?」
六歳年下の後輩、中村さん。通称なっちゃん。
「塾の担当、滝口さんから雪下さんに替わったんですよね?」
「ああ、うん」
「いいなあ……」
「え? 何で?」
「クライアント、噂によるとイケメンらしいんですよ」
「そうなんだ」
「非常にうらやましいです」
「……替わってあげられたらよかったんだけど」
業務量を勘案して割り振られた仕事だから、勝手に交換するわけにも行かない。大丈夫ですよ、となっちゃんは苦笑した。
「じゃあ、そろそろ行くね。もし、デザイナーの沢木さんから電話があったら、三時くらいまで打ち合わせだって伝えてくれる?」
「分かりました。……クライアント、イケメンだったかどうか、後で教えてくださいね」
「うん」
僕は必要なファイルを腕に抱え、サンプルを取りに資料室へと向かって歩き出した。
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