月読の塔の姫君

舘野寧依

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第一章:伝説の姫君と王と魔術師

第3話 確認

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 声がした方を見ると、七十歳くらいの白髪のおじいさんが楽しそうに笑っていた。
 その後ろには二十代後半くらいの薄茶色の髪をした男の人が頭が痛いとでもいうように額を押さえている。

「伝説の姫君は随分と個性的な方のようじゃの」
「……個性的にも程があると思うが。いくら古の王の妃でも現王を馬鹿王呼ばわりとは」

 不機嫌を隠そうともせずにカディスが言う。
 ちょっと待って、今変なこと言ってたような気がする。

いにしえの王の妃ってなに?」

 首を傾げながらそう言うと、キース以外の人に凝視された。
 え……なに、わたしなにか変なこと言った?

「五百年前の王、アークリッド王の妃ってことだよ」

 誰も言葉を発しないのでキースが説明してくれたけど、初めて聞く名前だ。

「アークリッド王? 誰それ」
「呆れた女だな、おまえは。アークリッド王の人生を狂わせておきながら、その王のことも忘れたのか」
「なに、ひょっとしてイルーシャ姫って物凄い悪女だったりするの?」

 そのわりにはリイナさん達の態度は随分と友好的だった気がするんだけど。

「おまえ、何を言ってるんだ。まるで他人事のように……」
「仕方ないと思うよ。実際、他人事だからね」

 眉をひそめるカディスに、キースが肩を竦めて言った。

「おまえまでなにを言ってるんだ、キース」
「信じられないかもしれないけど、この娘、姿はイルーシャ姫だけど中身はユーキって女の子なんだ」
「……失礼ですが、キース様。そんなことが起こりうるのでしょうか」

 今まで黙ってた薄茶色の髪の男の人が堅い調子で言う。

「禁呪の魂換えなら考えられるけど、ただ、この娘異世界人なんだよね。その点で人物の特定が必要な魂換えが可能とは思えない」
「……異世界人だと? なにを馬鹿なことを」
「ユーキ」

 よく分からない話をぼうっとして聞いていたわたしは、いきなり名前を呼ばれて慌てた。

「な、なに?」
「君がどこに住んでたのか話してごらん」
「わたしは──」

 注目されてちょっと緊張しながら言いかけた時、ドアがノックされた。入ってきたのはリイナさん。

「失礼いたします。皆様、陽の間にお集まりになられました。お食事の準備も出来ておりますが、いかがなされますか」
「そうだね、主要な人物には事情を説明しておいたほうがいいかもね。紹介もしたいし、すぐ移動するよ。リイナも一緒に来て」
「かしこまりました」

 キースの移動魔法でその場にいた全員が別の場所に移動した。
 この魔法は二回目だけど、こんな大人数でも移動できるんだ。すごいな。
 素直に感心して室内に目をやると、そこには騎士みたいな格好をした三人の男の人がいた。その内の一人はとんでもない美貌の持ち主だ。
 この人達もキースが言っていた主要な人物なのかな。

「とりあえず席に着こうか。ああ、ユーキはここに座って」

 キースに椅子を引かれて、わたしは長テーブルの端に着席する。

 わたしの目の前にはカディス、左隣にはキースが座った。
 カディスの横には白髪のおじいさん、薄茶色の髪の人、二十代半ばくらいの赤っぽい黒髪の人が着席。
 反対側のキースの横には、焦げ茶の髪の四十歳くらいの人、二十代前半と思われる蜂蜜色の髪の人が着席した。

「では自己紹介といきますかな。わしはこの国の宰相を務めているアリストと申します」

 白髪で青い瞳のおじいさんが人の良さそうな笑顔を浮かべて言う。

「わたしは宰相補佐のイザトと申します。以後よろしくお願いいたします」

 アリストさんの隣に座っている薄茶色の髪に水色の瞳をした男の人が堅い調子で言う。なんというか顔は彫像のように整っているんだけど気難しそうな人だ。わたしはその言葉に慌てて頷く。
 カディス、わたし、宰相、キース、宰相補佐……この席順ってもしかしなくても偉い順だったりする?

「わたしは近衛騎士団団長のダリルと申します。イルーシャ様、よろしくお願い申しあげます」

 キースの隣の焦げ茶の髪に黒い瞳のその人はとっても渋かった。端正な顔といい、若い頃は相当もてたんじゃなかろうか。

「彼はそこにいるリイナの夫だよ」

 キースにそう言われて、わたしは後ろに控えているリイナさんを振り返ると、リイナさんは肯定するように頷いた。
 うわー、こんなかっこいい旦那さん、いいなあ。でもリイナさんも美人だし、とってもお似合いだ。

「わたしは紅薔薇騎士団団長、ブラッドレイと申します。伝説の姫君にお目にかかれて身に余る幸せにございます」

 赤みがかった黒髪に赤い瞳のその人は、どこか気障っぽくそう言った。
 この人も美形で、いかにももててそうな空気を放っている。あ、こういうのをフェロモンというのか。

「わたしは白百合騎士団団長ヒューイと申します。よろしくお願い申し上げます」

 蜂蜜色の髪と紫の瞳をしたその人は、わたしの予想に反して、とってもハスキーな声だった。
 ものすごい美人。いや、男の人だって分かってるけど、とにかく美人。
 キースが中性的な美形だとしたら、この人はより女性的な感じのする美形だ。
 わたしがぽかんとしてその人を見つめていると、キースがくすくすと笑って言った。

「美人だろ、彼。十代の頃なんて絶世の美少女と呼ばれていたんだよ」
「……へえ、そうなんだ」
「……キース様!」

 頬を染めて抗議する姿はどこか可愛くて、美少女と呼ばれていたのも大いに納得した。
 それにしてもこのメンバー、やたら美形揃いだなあ。アリストさんの若い頃はどうだったのかは本人に聞いてみないと不明だけど。

「あ、わたしは由希、原田由希です。日本から来ました」

 わたしがそう言うと、事情を知らない三人の騎士さん達が不思議そうな顔をした。

「……失礼ですが、あなたはイルーシャ様では?」

 ダリルさんが至極もっともな質問をしてくる。

「ええと、体はイルーシャなんですけど、中身は原田由希なんです」
「は?」

 三人にそう返されて、わたしはどう説明しようかと思案する。
 こんな話、当の本人であるわたしでさえ信じられないのに、他人が訳分からないのは当然だ。

「見ろ、キース。こんな荒唐無稽な話、誰も信じないぞ。おまけにこの女が異世界人だと? おまえ、この女におかしなことでも吹き込まれたんじゃないのか?」
「ちょっと、失礼なこと言わないでよね。それじゃ、まるでわたしがだましてるみたいじゃない」
「実際そうだろう」
「カディス、ちょっと黙っててくれないかな」

 キースが王であるカディスの言葉を遮ってそう言ったのには、わたしもびっくりした。

 こ、これは俗に言う暗黒微笑というやつでは?
 どこか黒いオーラを放ちながらキースが微笑む姿は恐怖以外のなにものでもない。

「ユーキのいたニホンという国はどんな国なんだい?」

 キースに聞かれて、わたしは慌てて少ない知識を総動員する。

「ええと、日本は四方を海に囲まれた島国だよ。工業が盛んかな。一応経済大国って言われてる」
「……島国で経済大国。聞いたことないですね」

 イザトさんがこめかみに指を当てて考える仕草をする。

「あ、じゃあ、アメリカは? ロシア、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア」

 とりあえず思いついた国の名前を列挙してみる。

「どれも知らん。キース知っているか」
「どの国もこの世界には存在しないよ。だから言っただろう、ユーキは異世界人だって」
「しかし、それもその女の作り話だと言えなくもないぞ」
「彼女はイルーシャ姫やこの世界のことについて知らなさすぎる。実際に鏡で自分の姿を見て驚いてた彼女を目にしてれば、カディスも納得すると思うよ」

 うあぁ、お願いだからキース、あの時のことは忘れて!
 思わず赤面して頬を押さえるわたしをカディスはまじまじと見つめると、やがて溜息をついた。

「……おまえがそこまで言うのなら仕方ない。一応信じてやる」
「分かってくれたようで嬉しいよ。……じゃあ、食事にしようか」

 キースのその言葉を合図に、テーブルに料理が運ばれてくる。
 焼きたてのパン、豆のスープ、魚介類を炊き込んだピラフのようなもの。薄くスライスしたジャガイモと挽肉と炒めたタマネギを重ねてパイ生地で包んだ料理。手羽をニンニクで風味付けしてローストしたもの、白身魚のソテー、茹でた野菜などが大皿に盛られていた。
 ここの食事は大皿に盛った料理を各自で取る形式らしくて、食事のマナーもそううるさくなさそうなので私はほっとする。

「ユーキ、取ってあげるよ」

 キースがわたしの分の料理を全部取ってくれた。

「え、ちょっとキース、わたしそんなに食べられないよ」
「どれが君の口に合うか分からないからね。無理して食べることもないし、残していいから」

 ……キースのこういうとこは、いいところの出なんだなあと思う。庶民のわたしには料理を残すのがちょっと心苦しいんだけどな。
 そう思いながら、淡い緑色をした豆のスープをスプーンですくって口に運ぶ。

「あ、おいしい」

 裏ごしして口当たりを良くしたスープは豆の風味と塩加減が絶妙で、思わず口元が綻ぶ。

「パンにスープやソースをつけて食べてもいいんだよ」
「あ、そうなんだ」

 早速言われたとおりに焼きたてのパンをちぎってスープにつけて食べてみた。うん、おいしい。

「ここにもお米ってあるんだね。日本のお米と違って細長いけど」

 ピラフもどきをすくって食べてみる。うわ、味もピラフそのものだ。ちょっと嬉しい。

「米がおまえの国にもあるのか」
「うん、一応主食だよ。パンや麺類を食べることも多いけどね。それにしても、ここの料理がわたしのところと似通ってて良かった」
「ほお、異世界でも似たような料理があるとは、不思議なことがあるものじゃの」

 アリストさんが感慨深げにそう言ったのを聞いて、わたしはふいに疑問を持った。

「ね、ここが異世界なら、なんで言葉が通じてるんだろ? わたしの世界では、日本以外の国に行くと言葉が通じないんだけど」

 まあ、英語みたいな公用語はあるけどね。

「それは、君がイルーシャ姫の体に入ってることが要因なんじゃないかな。君はここの言葉を普通に話してるよ」
「え、そうなの?」
「うん、たまに分からない単語が混じるくらいだね」

 今まで日本語しゃべってるとばかり思ってたから、これには驚いた。

「……そうなんだ。あ、でも、話すのはともかく書く方はどうかな? さすがにこれは自信ないけど」
「おまえには専任の教師をつけてやるから安心しろ。たっぷり絞らせてやるから覚悟しておけ」
「ええ~……」

 カディスの容赦ない言葉に、思わず情けない声が出た。そのくらいわたしは勉強というものが苦手なのだった。
 キースが噴き出したのを機に、その場は穏やかな笑いに包まれた。
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