6 / 108
第一章:伝説の姫君と王と魔術師
第5話 天敵
「カディスと結婚なんて冗談でしょ?」
まあ、向こうもそう思ってると思うけど。
「イルーシャ様、そうは言いますが、民意というものは無視できないものですよ」
「それはそうかもしれないけど、お互い嫌いあってるのに、結婚なんて無理でしょ」
真面目に言ってくるヒューに、正直唸りたい気分で私は返す。
「……陛下のことがお嫌いなんですか?」
「ああまで言われて好きになる方がどうかしてると思うけど。わたしにとってカディスは天敵だよ」
「天敵か、これはいい」
なにがいいんだかよく分からないけど、ブラッドが膝を叩いてウケている。
「まあ、陛下はそこまであなたを嫌ってるわけではないと思いますよ。いや、むしろ……」
「むしろ……、なに?」
意味ありげに言葉を濁すブラッドにわたしは首を傾げると、彼はふっと笑って首を横に振った。
「いや、俺が言うようなことではありませんね。もしかしたら、そのうち陛下からなにかあるかもしれませんよ」
「……なにそれ? 全然訳分からないよ」
「いいんですよ、無理にお分かりにならなくても。では、そろそろ我々はおいとましますよ」
えええ? ちょっと、それって言い逃げじゃないの?
「おい、ブラッド」
「おまえにはきちんと説明してやるから」
そう言って、せき立てるようにブラッドがヒューの肩を軽く叩いた。
「それでは失礼します、イルーシャ様」
「失礼いたします」
ブラッドとヒューがそれぞれ騎士の礼をして部屋を退出する。
「……なんなの?」
一人残されたわたしは疑問符だらけだ。
そんなところに、シェリーがやってきた。なんでも、エトール侯爵令嬢のアイリン姫がわたしに面会を求めているという。
……なんだか来客の多い日だなあ。
面識はないけど、身分の高い人みたいだし、会った方がいいのかな。
そう思って通してもらうように言うと、しばらくして鈴を転がすような声が響いた。
「まあっ、伝説の姫君が目覚められたという噂は本当だったのですね! おとぎ話にある通り、本当にお綺麗な方!」
現れたのは金髪碧眼のお姫様。
うわあ、可愛いなあ。
いかにも純真無垢そうな可憐な姫に、わたしは目を細める。
わたしは一目でこの可愛らしい姫が気にいってしまった。
「はじめまして。エトール侯爵の娘、アイリンと申します。イルーシャ様、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
わたしも見よう見まねで挨拶を返す。それからアイリン姫に席に着いてもらった。
シェリーに女の子が好きそうなお茶菓子とお茶を出してもらって、わたしとアイリン姫のお茶会が始まった。
「実はわたくし、目覚めたばかりで記憶が抜け落ちておりますの。ですから、伝説の姫君などと呼ばれて少々戸惑っています。もしよろしければ、その伝説というものをお話頂けるとありがたいのですけれど」
わたしのお姫様言葉、変じゃないよね?
この言葉遣いは疲れるけど、アイリン姫にとっては、わたしはあくまでイルーシャ。伝説の姫君なのだ。その姫君のイメージを崩すようなことは、なるべくしないようにしないと。
でもまあ、わたしの即席お姫様言葉はどうやらアイリン姫に通用したようだ。
アイリン姫は瞳を見開いて、まあ、と頬に手を当てると、お気の毒に、と呟いた。
アイリン姫の口から紡がれたのは、五百年も昔の物語。
悪い魔法使いに眠りにつかされた王妃が、再び半身たる王に巡り合うのを待っているというおとぎ話だった。
それに加えて、この国ではイルーシャ姫が目覚めれば、その代の王か王子がアークリッド王の生まれ変わりであるということが通説のようになっていることも話してくれた。
ああ、だからカディスはわたしによりによって俺の代でと言ったんだ。
そんな人物が突然目覚めたら確かに鬱陶しく思うだろう。
……だからって、あの態度はどうかと思うけどね!
「あの……大変不躾ではありますけれど、本日はわたくし、イルーシャ様にお願いがあって参りましたの」
「……お願いですか?」
わたしがその先を促すように首を傾げると、姫は自分の手をきゅっと握りしめて思い詰めたように言った。
「はい、実はわたくし、陛下の妃候補なのです。ですが、わたくしには事情がありまして、なんとかそれを辞退することはできないものかと考えまして……。そんな時にイルーシャ様が目覚められたと聞き及びましたので、図々しくもこちらに押しかけて参った次第ですの」
なんでも、アイリン姫には幼馴染みに想い合っている人がいるらしい。
同じくらいの家格らしいので、その人と結婚するのはなんの不都合もないらしいのだけど、婚約を発表しようとした矢先にカディスから姫の父親へ輿入れの打診があったらしい。
その為、幼馴染みとの婚約話は立ち消え。
王と普通の貴族じゃ、王の意志が優先されるに決まってるものね。
「イルーシャ様が目覚めてくださって、本当に助かりましたわ。もうわたくし達、二人で駆け落ちする覚悟までしておりましたもの」
駆け落ちする覚悟っていったら相当だよね。今までなに不自由なく生活していた家や家族を捨てるほどの覚悟。
わたしには好きな人がいたことないから、その気持ちはよく分からないけれど。
「それほどまでに想い合っているのなら、わたくしが王に事情を話しますわ。言ってお分かりにならない王ではありませんもの。大丈夫、姫が心配なさることなど、なにもありませんわ」
「イルーシャ様……」
うるうると瞳を潤ませてアイリン姫がわたしを見つめる。
うう、可愛いなあ。わたしが男だったら、絶対惚れてたね。
それにしても、カディスは失恋確定だよね。ざまあ、なんて思うほどわたしは鬼ではない。いやちょっとだけ思ったかもしれないけど。
それから、わたしに何度もよろしくお願いしますと言って、アイリン姫は帰っていった。
「うう、疲れたあー」
誰もいない部屋でわたしは伸びをした。
本当、慣れないことはするもんじゃないわ。
ちょっとだらしなく長椅子に寝そべりながら、これからのことを考える。
このまま寝室に行って寝てしまおうか。
「んー、どうしようかなあ……」
でもカディスに姫の事情を話すってアイリン姫と約束したんだよなあ。やつに会うのは気が重いけど、うん、やっぱり約束は守らないとね。
「……よしっ」
気合いを入れて、長椅子から立ち上がる。
──天敵であるカディスにこれから立ち向かうために。
そんなわけで、わたしは今、王の執務室の前にいる。
ドアの前には私と同じくらいの歳の近衛騎士が立っていた。栗色の髪と青い瞳はどこかで見た色彩だ。
「あれっ、ひょっとしてあなた、リイナさんの」
「はい、息子です。イルーシャ様には、母がお世話になっております」
「いやいや、お世話になってるのはこっちだから」
近衛に息子がいると聞いてたけど、ダリルさんに似ててかっこいい。もうちょっとすると、男前と騒がれそうな容貌だ。
名前はマーティンと言うらしい。歳は私より一つ下の十八歳。マーティン君と呼んだら、君はお止め下さいと嫌がられた。仕方ないので、心の中だけでマー君と呼ぶことにする。
「カディスに会いたいんだけど」
マー君に取り次いで貰って、部屋に入った途端、こう言われた。
「またおまえか」
なにおうっ!?
聞こえよがしに溜息までつかれて、臨戦態勢に入りそうになったわたしは、はた、と思いとどまった。
いけない、いけない。わたしはアイリン姫の結婚話についてカディスを説得しに来たんだった。
「あの、アイリン姫のことなんだけど」
「……なんだ、会ったのか?」
「うん、さっきね。あの、姫には他に好きな人がいるんだって。でもその人と一緒になるには、もう駆け落ちするしかないって思い詰めてた。だから、姫との結婚を考え直してくれないかな?」
「好きな人がいる、か。それがどうしたというんだ。王族や貴族の結婚は、恋愛感情などとは無縁のものだ。おまえには政略というものがどういうものか分かっていないようだな」
「でも、少なくともカディスは姫のこと好きだよね?」
わたしがそう言うと、カディスは少し不愉快そうに眉を顰めた。
「好きとか嫌いとかでの問題ではない。本当に口の減らない女だな、おまえは」
うわっ、なんか言っちゃいけないことだった? あんな可愛い姫なら好きにならないわけはないと思って、つい言っちゃったけど。
「……そうだな、どうしてもと言うなら、考えてやらなくもないぞ」
「え、本当!?」
思わず、わたしは色めきたった。
なんだ、カディスってば結構話分かるじゃない!
「アイリンが駄目なら、おまえが代わりに王妃になることになるが、それでもいいか?」
「え……?」
思わず頭の中が真っ白になる。
なにを言ってるんだこの男はー!?
「ななな、なに言って……っ、わたしが王妃になれるわけないじゃないっ。だ、だって、わたしはひ、人妻ですから!!」
昔の王の妃だったなら、そうだよね? あ、この場合、正しくは未亡人か。
叫ぶように言ったら、カディスがくっと笑いだした。
「おまえほど人妻という言葉が似合わない女もいないな。落ち着きが全くない」
そんなことないと言えないのが、ちょっと哀しい。どうせわたしには人妻の色気なんかありませんよ!
「確かに色気はないが……まあ、それは追々どうにかなるだろう」
「はあ?」
意味が分からず、思わず首を傾げていると、カディスに腕を引っ張られた。そのままカディスの腕の中に閉じこめられると、カディスは感心したように言った。
「おまえは抱き心地がいいな」
「──っ!?」
はいーっ!? ちょっとあなた、どうしちゃったんですか!?
突然の事態に混乱するわたし。
そんなわたしの気持ちもおかまいなしに、カディスの大きな手が背中を滑る。その途端、ぞくりとした感覚が背筋に走った。
思わずびくりと反応してしまったわたしに、カディスがにやりと笑った。
「なんだ、ここが弱いのか?」
「なに人の背中撫で回してるのよ、このセクハラ大王! 離せえぇぇっ!」
「なにを言ってるのか分からんが、とりあえず嫌がってるのは分かった」
「分かってるのなら、とっとと離しなさいよ! この馬鹿──っ!」
「何度も俺を馬鹿扱いするのはおまえくらいだな」
滅茶苦茶に暴れるも、カディスの腕は緩まない。
本当にもう、嫌だあぁぁぁ!
「カディス、いい加減にしときなよ。嫌われるよ」
突然声が響いて、空中からキースが現れた。
いや、もう嫌ってたから!
カディスもそのはずなのに、どうしてこうなったんだ。
……そうか、嫌がらせか。嫌がらせなんだな?
「キース、助けて!」
「はいはい、お姫様」
キースがわたしの手をとって、カディスの腕から救い出してくれた。
……が。
なぜかキースはそのまま腕を引いて、わたしをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、本当に抱き心地いいね」
なに、そのセリフ。
ひょっとして今までのやりとりを黙って見ていたわけ?
「おまえものぞき趣味とは悪趣味だぞ」
「いやあ、おもしろそうだから、ついね」
じゃあなに? わたしが困ってるのを見て楽しんでたってこと?
わたしをのけ者して話す二人に、わたしはワナワナと震えた。
「二人とも、わたしで遊ぶな──っ!」
そうわたしが叫んだのは言うまでもない。
まあ、向こうもそう思ってると思うけど。
「イルーシャ様、そうは言いますが、民意というものは無視できないものですよ」
「それはそうかもしれないけど、お互い嫌いあってるのに、結婚なんて無理でしょ」
真面目に言ってくるヒューに、正直唸りたい気分で私は返す。
「……陛下のことがお嫌いなんですか?」
「ああまで言われて好きになる方がどうかしてると思うけど。わたしにとってカディスは天敵だよ」
「天敵か、これはいい」
なにがいいんだかよく分からないけど、ブラッドが膝を叩いてウケている。
「まあ、陛下はそこまであなたを嫌ってるわけではないと思いますよ。いや、むしろ……」
「むしろ……、なに?」
意味ありげに言葉を濁すブラッドにわたしは首を傾げると、彼はふっと笑って首を横に振った。
「いや、俺が言うようなことではありませんね。もしかしたら、そのうち陛下からなにかあるかもしれませんよ」
「……なにそれ? 全然訳分からないよ」
「いいんですよ、無理にお分かりにならなくても。では、そろそろ我々はおいとましますよ」
えええ? ちょっと、それって言い逃げじゃないの?
「おい、ブラッド」
「おまえにはきちんと説明してやるから」
そう言って、せき立てるようにブラッドがヒューの肩を軽く叩いた。
「それでは失礼します、イルーシャ様」
「失礼いたします」
ブラッドとヒューがそれぞれ騎士の礼をして部屋を退出する。
「……なんなの?」
一人残されたわたしは疑問符だらけだ。
そんなところに、シェリーがやってきた。なんでも、エトール侯爵令嬢のアイリン姫がわたしに面会を求めているという。
……なんだか来客の多い日だなあ。
面識はないけど、身分の高い人みたいだし、会った方がいいのかな。
そう思って通してもらうように言うと、しばらくして鈴を転がすような声が響いた。
「まあっ、伝説の姫君が目覚められたという噂は本当だったのですね! おとぎ話にある通り、本当にお綺麗な方!」
現れたのは金髪碧眼のお姫様。
うわあ、可愛いなあ。
いかにも純真無垢そうな可憐な姫に、わたしは目を細める。
わたしは一目でこの可愛らしい姫が気にいってしまった。
「はじめまして。エトール侯爵の娘、アイリンと申します。イルーシャ様、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
わたしも見よう見まねで挨拶を返す。それからアイリン姫に席に着いてもらった。
シェリーに女の子が好きそうなお茶菓子とお茶を出してもらって、わたしとアイリン姫のお茶会が始まった。
「実はわたくし、目覚めたばかりで記憶が抜け落ちておりますの。ですから、伝説の姫君などと呼ばれて少々戸惑っています。もしよろしければ、その伝説というものをお話頂けるとありがたいのですけれど」
わたしのお姫様言葉、変じゃないよね?
この言葉遣いは疲れるけど、アイリン姫にとっては、わたしはあくまでイルーシャ。伝説の姫君なのだ。その姫君のイメージを崩すようなことは、なるべくしないようにしないと。
でもまあ、わたしの即席お姫様言葉はどうやらアイリン姫に通用したようだ。
アイリン姫は瞳を見開いて、まあ、と頬に手を当てると、お気の毒に、と呟いた。
アイリン姫の口から紡がれたのは、五百年も昔の物語。
悪い魔法使いに眠りにつかされた王妃が、再び半身たる王に巡り合うのを待っているというおとぎ話だった。
それに加えて、この国ではイルーシャ姫が目覚めれば、その代の王か王子がアークリッド王の生まれ変わりであるということが通説のようになっていることも話してくれた。
ああ、だからカディスはわたしによりによって俺の代でと言ったんだ。
そんな人物が突然目覚めたら確かに鬱陶しく思うだろう。
……だからって、あの態度はどうかと思うけどね!
「あの……大変不躾ではありますけれど、本日はわたくし、イルーシャ様にお願いがあって参りましたの」
「……お願いですか?」
わたしがその先を促すように首を傾げると、姫は自分の手をきゅっと握りしめて思い詰めたように言った。
「はい、実はわたくし、陛下の妃候補なのです。ですが、わたくしには事情がありまして、なんとかそれを辞退することはできないものかと考えまして……。そんな時にイルーシャ様が目覚められたと聞き及びましたので、図々しくもこちらに押しかけて参った次第ですの」
なんでも、アイリン姫には幼馴染みに想い合っている人がいるらしい。
同じくらいの家格らしいので、その人と結婚するのはなんの不都合もないらしいのだけど、婚約を発表しようとした矢先にカディスから姫の父親へ輿入れの打診があったらしい。
その為、幼馴染みとの婚約話は立ち消え。
王と普通の貴族じゃ、王の意志が優先されるに決まってるものね。
「イルーシャ様が目覚めてくださって、本当に助かりましたわ。もうわたくし達、二人で駆け落ちする覚悟までしておりましたもの」
駆け落ちする覚悟っていったら相当だよね。今までなに不自由なく生活していた家や家族を捨てるほどの覚悟。
わたしには好きな人がいたことないから、その気持ちはよく分からないけれど。
「それほどまでに想い合っているのなら、わたくしが王に事情を話しますわ。言ってお分かりにならない王ではありませんもの。大丈夫、姫が心配なさることなど、なにもありませんわ」
「イルーシャ様……」
うるうると瞳を潤ませてアイリン姫がわたしを見つめる。
うう、可愛いなあ。わたしが男だったら、絶対惚れてたね。
それにしても、カディスは失恋確定だよね。ざまあ、なんて思うほどわたしは鬼ではない。いやちょっとだけ思ったかもしれないけど。
それから、わたしに何度もよろしくお願いしますと言って、アイリン姫は帰っていった。
「うう、疲れたあー」
誰もいない部屋でわたしは伸びをした。
本当、慣れないことはするもんじゃないわ。
ちょっとだらしなく長椅子に寝そべりながら、これからのことを考える。
このまま寝室に行って寝てしまおうか。
「んー、どうしようかなあ……」
でもカディスに姫の事情を話すってアイリン姫と約束したんだよなあ。やつに会うのは気が重いけど、うん、やっぱり約束は守らないとね。
「……よしっ」
気合いを入れて、長椅子から立ち上がる。
──天敵であるカディスにこれから立ち向かうために。
そんなわけで、わたしは今、王の執務室の前にいる。
ドアの前には私と同じくらいの歳の近衛騎士が立っていた。栗色の髪と青い瞳はどこかで見た色彩だ。
「あれっ、ひょっとしてあなた、リイナさんの」
「はい、息子です。イルーシャ様には、母がお世話になっております」
「いやいや、お世話になってるのはこっちだから」
近衛に息子がいると聞いてたけど、ダリルさんに似ててかっこいい。もうちょっとすると、男前と騒がれそうな容貌だ。
名前はマーティンと言うらしい。歳は私より一つ下の十八歳。マーティン君と呼んだら、君はお止め下さいと嫌がられた。仕方ないので、心の中だけでマー君と呼ぶことにする。
「カディスに会いたいんだけど」
マー君に取り次いで貰って、部屋に入った途端、こう言われた。
「またおまえか」
なにおうっ!?
聞こえよがしに溜息までつかれて、臨戦態勢に入りそうになったわたしは、はた、と思いとどまった。
いけない、いけない。わたしはアイリン姫の結婚話についてカディスを説得しに来たんだった。
「あの、アイリン姫のことなんだけど」
「……なんだ、会ったのか?」
「うん、さっきね。あの、姫には他に好きな人がいるんだって。でもその人と一緒になるには、もう駆け落ちするしかないって思い詰めてた。だから、姫との結婚を考え直してくれないかな?」
「好きな人がいる、か。それがどうしたというんだ。王族や貴族の結婚は、恋愛感情などとは無縁のものだ。おまえには政略というものがどういうものか分かっていないようだな」
「でも、少なくともカディスは姫のこと好きだよね?」
わたしがそう言うと、カディスは少し不愉快そうに眉を顰めた。
「好きとか嫌いとかでの問題ではない。本当に口の減らない女だな、おまえは」
うわっ、なんか言っちゃいけないことだった? あんな可愛い姫なら好きにならないわけはないと思って、つい言っちゃったけど。
「……そうだな、どうしてもと言うなら、考えてやらなくもないぞ」
「え、本当!?」
思わず、わたしは色めきたった。
なんだ、カディスってば結構話分かるじゃない!
「アイリンが駄目なら、おまえが代わりに王妃になることになるが、それでもいいか?」
「え……?」
思わず頭の中が真っ白になる。
なにを言ってるんだこの男はー!?
「ななな、なに言って……っ、わたしが王妃になれるわけないじゃないっ。だ、だって、わたしはひ、人妻ですから!!」
昔の王の妃だったなら、そうだよね? あ、この場合、正しくは未亡人か。
叫ぶように言ったら、カディスがくっと笑いだした。
「おまえほど人妻という言葉が似合わない女もいないな。落ち着きが全くない」
そんなことないと言えないのが、ちょっと哀しい。どうせわたしには人妻の色気なんかありませんよ!
「確かに色気はないが……まあ、それは追々どうにかなるだろう」
「はあ?」
意味が分からず、思わず首を傾げていると、カディスに腕を引っ張られた。そのままカディスの腕の中に閉じこめられると、カディスは感心したように言った。
「おまえは抱き心地がいいな」
「──っ!?」
はいーっ!? ちょっとあなた、どうしちゃったんですか!?
突然の事態に混乱するわたし。
そんなわたしの気持ちもおかまいなしに、カディスの大きな手が背中を滑る。その途端、ぞくりとした感覚が背筋に走った。
思わずびくりと反応してしまったわたしに、カディスがにやりと笑った。
「なんだ、ここが弱いのか?」
「なに人の背中撫で回してるのよ、このセクハラ大王! 離せえぇぇっ!」
「なにを言ってるのか分からんが、とりあえず嫌がってるのは分かった」
「分かってるのなら、とっとと離しなさいよ! この馬鹿──っ!」
「何度も俺を馬鹿扱いするのはおまえくらいだな」
滅茶苦茶に暴れるも、カディスの腕は緩まない。
本当にもう、嫌だあぁぁぁ!
「カディス、いい加減にしときなよ。嫌われるよ」
突然声が響いて、空中からキースが現れた。
いや、もう嫌ってたから!
カディスもそのはずなのに、どうしてこうなったんだ。
……そうか、嫌がらせか。嫌がらせなんだな?
「キース、助けて!」
「はいはい、お姫様」
キースがわたしの手をとって、カディスの腕から救い出してくれた。
……が。
なぜかキースはそのまま腕を引いて、わたしをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、本当に抱き心地いいね」
なに、そのセリフ。
ひょっとして今までのやりとりを黙って見ていたわけ?
「おまえものぞき趣味とは悪趣味だぞ」
「いやあ、おもしろそうだから、ついね」
じゃあなに? わたしが困ってるのを見て楽しんでたってこと?
わたしをのけ者して話す二人に、わたしはワナワナと震えた。
「二人とも、わたしで遊ぶな──っ!」
そうわたしが叫んだのは言うまでもない。
あなたにおすすめの小説
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】
本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。
Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited.
© 魯恒凛 / RoKourin
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち
せいめ
恋愛
侯爵令嬢のアンネマリーは流行り病で生死を彷徨った際に、前世の記憶を思い出す。前世では地球の日本という国で、婚活に勤しむアラサー女子の杏奈であった自分を。
病から回復し、今まで家や家族の為に我慢し、貴族令嬢らしく過ごしてきたことがバカらしくなる。
また、自分を蔑ろにする婚約者の存在を疑問に感じる。
「あんな奴と結婚なんて無理だわー。」
無事に婚約を解消し、自分らしく生きていこうとしたところであったが、不慮の事故で亡くなってしまう。
そして、死んだはずのアンネマリーは、また違う人物にまた生まれ変わる。アンネマリーの記憶は殆ど無く、杏奈の記憶が強く残った状態で。
生まれ変わったのは、アンネマリーが亡くなってすぐ、アンネマリーの従姉妹のマリーベルとしてだった。
マリーベルはアンネマリーの記憶がほぼ無いので気付かないが、見た目だけでなく言動や所作がアンネマリーにとても似ていることで、かつての家族や親族、友人が興味を持つようになる。
「従姉妹だし、多少は似ていたっておかしくないじゃない。」
三度目の人生はどうなる⁈
まずはアンネマリー編から。
誤字脱字、お許しください。
素人のご都合主義の小説です。申し訳ありません。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております