月読の塔の姫君

舘野寧依

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第一章:伝説の姫君と王と魔術師

第5話 天敵

「カディスと結婚なんて冗談でしょ?」

 まあ、向こうもそう思ってると思うけど。

「イルーシャ様、そうは言いますが、民意というものは無視できないものですよ」
「それはそうかもしれないけど、お互い嫌いあってるのに、結婚なんて無理でしょ」

 真面目に言ってくるヒューに、正直唸りたい気分で私は返す。

「……陛下のことがお嫌いなんですか?」
「ああまで言われて好きになる方がどうかしてると思うけど。わたしにとってカディスは天敵だよ」
「天敵か、これはいい」

 なにがいいんだかよく分からないけど、ブラッドが膝を叩いてウケている。

「まあ、陛下はそこまであなたを嫌ってるわけではないと思いますよ。いや、むしろ……」
「むしろ……、なに?」

 意味ありげに言葉を濁すブラッドにわたしは首を傾げると、彼はふっと笑って首を横に振った。

「いや、俺が言うようなことではありませんね。もしかしたら、そのうち陛下からなにかあるかもしれませんよ」
「……なにそれ? 全然訳分からないよ」
「いいんですよ、無理にお分かりにならなくても。では、そろそろ我々はおいとましますよ」

 えええ? ちょっと、それって言い逃げじゃないの?

「おい、ブラッド」
「おまえにはきちんと説明してやるから」

 そう言って、せき立てるようにブラッドがヒューの肩を軽く叩いた。

「それでは失礼します、イルーシャ様」
「失礼いたします」

 ブラッドとヒューがそれぞれ騎士の礼をして部屋を退出する。

「……なんなの?」

 一人残されたわたしは疑問符だらけだ。

 そんなところに、シェリーがやってきた。なんでも、エトール侯爵令嬢のアイリン姫がわたしに面会を求めているという。
 ……なんだか来客の多い日だなあ。
 面識はないけど、身分の高い人みたいだし、会った方がいいのかな。
 そう思って通してもらうように言うと、しばらくして鈴を転がすような声が響いた。

「まあっ、伝説の姫君が目覚められたという噂は本当だったのですね! おとぎ話にある通り、本当にお綺麗な方!」

 現れたのは金髪碧眼のお姫様。
 うわあ、可愛いなあ。
 いかにも純真無垢そうな可憐な姫に、わたしは目を細める。
 わたしは一目でこの可愛らしい姫が気にいってしまった。

「はじめまして。エトール侯爵の娘、アイリンと申します。イルーシャ様、よろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 わたしも見よう見まねで挨拶を返す。それからアイリン姫に席に着いてもらった。
 シェリーに女の子が好きそうなお茶菓子とお茶を出してもらって、わたしとアイリン姫のお茶会が始まった。

「実はわたくし、目覚めたばかりで記憶が抜け落ちておりますの。ですから、伝説の姫君などと呼ばれて少々戸惑っています。もしよろしければ、その伝説というものをお話頂けるとありがたいのですけれど」

 わたしのお姫様言葉、変じゃないよね?
 この言葉遣いは疲れるけど、アイリン姫にとっては、わたしはあくまでイルーシャ。伝説の姫君なのだ。その姫君のイメージを崩すようなことは、なるべくしないようにしないと。
 でもまあ、わたしの即席お姫様言葉はどうやらアイリン姫に通用したようだ。
 アイリン姫は瞳を見開いて、まあ、と頬に手を当てると、お気の毒に、と呟いた。


 アイリン姫の口から紡がれたのは、五百年も昔の物語。
 悪い魔法使いに眠りにつかされた王妃が、再び半身たる王に巡り合うのを待っているというおとぎ話だった。
 それに加えて、この国ではイルーシャ姫が目覚めれば、その代の王か王子がアークリッド王の生まれ変わりであるということが通説のようになっていることも話してくれた。
 ああ、だからカディスはわたしによりによって俺の代でと言ったんだ。
 そんな人物が突然目覚めたら確かに鬱陶しく思うだろう。
 ……だからって、あの態度はどうかと思うけどね!

「あの……大変不躾ではありますけれど、本日はわたくし、イルーシャ様にお願いがあって参りましたの」
「……お願いですか?」

 わたしがその先を促すように首を傾げると、姫は自分の手をきゅっと握りしめて思い詰めたように言った。

「はい、実はわたくし、陛下の妃候補なのです。ですが、わたくしには事情がありまして、なんとかそれを辞退することはできないものかと考えまして……。そんな時にイルーシャ様が目覚められたと聞き及びましたので、図々しくもこちらに押しかけて参った次第ですの」

 なんでも、アイリン姫には幼馴染みに想い合っている人がいるらしい。
 同じくらいの家格らしいので、その人と結婚するのはなんの不都合もないらしいのだけど、婚約を発表しようとした矢先にカディスから姫の父親へ輿入れの打診があったらしい。
 その為、幼馴染みとの婚約話は立ち消え。
 王と普通の貴族じゃ、王の意志が優先されるに決まってるものね。

「イルーシャ様が目覚めてくださって、本当に助かりましたわ。もうわたくし達、二人で駆け落ちする覚悟までしておりましたもの」

 駆け落ちする覚悟っていったら相当だよね。今までなに不自由なく生活していた家や家族を捨てるほどの覚悟。
 わたしには好きな人がいたことないから、その気持ちはよく分からないけれど。

「それほどまでに想い合っているのなら、わたくしが王に事情を話しますわ。言ってお分かりにならない王ではありませんもの。大丈夫、姫が心配なさることなど、なにもありませんわ」
「イルーシャ様……」

 うるうると瞳を潤ませてアイリン姫がわたしを見つめる。
 うう、可愛いなあ。わたしが男だったら、絶対惚れてたね。
 それにしても、カディスは失恋確定だよね。ざまあ、なんて思うほどわたしは鬼ではない。いやちょっとだけ思ったかもしれないけど。
 それから、わたしに何度もよろしくお願いしますと言って、アイリン姫は帰っていった。

「うう、疲れたあー」

 誰もいない部屋でわたしは伸びをした。
 本当、慣れないことはするもんじゃないわ。
 ちょっとだらしなく長椅子に寝そべりながら、これからのことを考える。
 このまま寝室に行って寝てしまおうか。

「んー、どうしようかなあ……」

 でもカディスに姫の事情を話すってアイリン姫と約束したんだよなあ。やつに会うのは気が重いけど、うん、やっぱり約束は守らないとね。

「……よしっ」

 気合いを入れて、長椅子から立ち上がる。
 ──天敵であるカディスにこれから立ち向かうために。



 そんなわけで、わたしは今、王の執務室の前にいる。
 ドアの前には私と同じくらいの歳の近衛騎士が立っていた。栗色の髪と青い瞳はどこかで見た色彩だ。

「あれっ、ひょっとしてあなた、リイナさんの」
「はい、息子です。イルーシャ様には、母がお世話になっております」
「いやいや、お世話になってるのはこっちだから」

 近衛に息子がいると聞いてたけど、ダリルさんに似ててかっこいい。もうちょっとすると、男前と騒がれそうな容貌だ。
 名前はマーティンと言うらしい。歳は私より一つ下の十八歳。マーティン君と呼んだら、君はお止め下さいと嫌がられた。仕方ないので、心の中だけでマー君と呼ぶことにする。

「カディスに会いたいんだけど」

 マー君に取り次いで貰って、部屋に入った途端、こう言われた。

「またおまえか」

 なにおうっ!?

 聞こえよがしに溜息までつかれて、臨戦態勢に入りそうになったわたしは、はた、と思いとどまった。

 いけない、いけない。わたしはアイリン姫の結婚話についてカディスを説得しに来たんだった。

「あの、アイリン姫のことなんだけど」
「……なんだ、会ったのか?」
「うん、さっきね。あの、姫には他に好きな人がいるんだって。でもその人と一緒になるには、もう駆け落ちするしかないって思い詰めてた。だから、姫との結婚を考え直してくれないかな?」
「好きな人がいる、か。それがどうしたというんだ。王族や貴族の結婚は、恋愛感情などとは無縁のものだ。おまえには政略というものがどういうものか分かっていないようだな」
「でも、少なくともカディスは姫のこと好きだよね?」

 わたしがそう言うと、カディスは少し不愉快そうに眉を顰めた。

「好きとか嫌いとかでの問題ではない。本当に口の減らない女だな、おまえは」

 うわっ、なんか言っちゃいけないことだった? あんな可愛い姫なら好きにならないわけはないと思って、つい言っちゃったけど。

「……そうだな、どうしてもと言うなら、考えてやらなくもないぞ」
「え、本当!?」

 思わず、わたしは色めきたった。
 なんだ、カディスってば結構話分かるじゃない!

「アイリンが駄目なら、おまえが代わりに王妃になることになるが、それでもいいか?」
「え……?」

 思わず頭の中が真っ白になる。
 なにを言ってるんだこの男はー!?

「ななな、なに言って……っ、わたしが王妃になれるわけないじゃないっ。だ、だって、わたしはひ、人妻ですから!!」

 昔の王の妃だったなら、そうだよね? あ、この場合、正しくは未亡人か。
 叫ぶように言ったら、カディスがくっと笑いだした。

「おまえほど人妻という言葉が似合わない女もいないな。落ち着きが全くない」

 そんなことないと言えないのが、ちょっと哀しい。どうせわたしには人妻の色気なんかありませんよ!

「確かに色気はないが……まあ、それは追々どうにかなるだろう」
「はあ?」

 意味が分からず、思わず首を傾げていると、カディスに腕を引っ張られた。そのままカディスの腕の中に閉じこめられると、カディスは感心したように言った。

「おまえは抱き心地がいいな」
「──っ!?」

 はいーっ!? ちょっとあなた、どうしちゃったんですか!?
 突然の事態に混乱するわたし。
 そんなわたしの気持ちもおかまいなしに、カディスの大きな手が背中を滑る。その途端、ぞくりとした感覚が背筋に走った。
 思わずびくりと反応してしまったわたしに、カディスがにやりと笑った。

「なんだ、ここが弱いのか?」
「なに人の背中撫で回してるのよ、このセクハラ大王! 離せえぇぇっ!」
「なにを言ってるのか分からんが、とりあえず嫌がってるのは分かった」
「分かってるのなら、とっとと離しなさいよ! この馬鹿──っ!」
「何度も俺を馬鹿扱いするのはおまえくらいだな」

 滅茶苦茶に暴れるも、カディスの腕は緩まない。
 本当にもう、嫌だあぁぁぁ!

「カディス、いい加減にしときなよ。嫌われるよ」

 突然声が響いて、空中からキースが現れた。
 いや、もう嫌ってたから!
 カディスもそのはずなのに、どうしてこうなったんだ。
 ……そうか、嫌がらせか。嫌がらせなんだな?

「キース、助けて!」
「はいはい、お姫様」

 キースがわたしの手をとって、カディスの腕から救い出してくれた。
 ……が。
 なぜかキースはそのまま腕を引いて、わたしをぎゅっと抱きしめた。

「ああ、本当に抱き心地いいね」

 なに、そのセリフ。
 ひょっとして今までのやりとりを黙って見ていたわけ?

「おまえものぞき趣味とは悪趣味だぞ」
「いやあ、おもしろそうだから、ついね」

 じゃあなに? わたしが困ってるのを見て楽しんでたってこと?
 わたしをのけ者して話す二人に、わたしはワナワナと震えた。

「二人とも、わたしで遊ぶな──っ!」

 そうわたしが叫んだのは言うまでもない。
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