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第一章:伝説の姫君と王と魔術師
第6話 天敵の異変
「それで、結局アイリン姫との結婚は考え直してくれるの?」
かなり軌道から外れたけど、わたしはアイリン姫のことでカディスに会いに来たんだった。
「だから、おまえが俺のきさ……」
「却下。断固拒否。お断りします」
「……まだ皆まで言ってないぞ」
カディスがなんかほざいてるけど、やつの言いそうなことは大体分かる。
聞いてしまって、またからかわれるのはごめんだ。
でもこれって、こっちの一方的な願いなんだよね。結婚の申し込みをなかったことにしてって言って、はい分かりましたっていうわけにはいかないか。なにか取引に使える材料……あ、そうだ。
「そう言えば、わたしのこと観光資源とか言ってたけど、見せ物にでもなるわけ?」
歯に衣着せずに聞いたわたしに、キースが苦笑した。
「まあ、ある意味そうかもね。国民に姫が目覚めたことを知らしめす必要があるから」
「世間一般には、あくまでもイルーシャ姫として振る舞えってことだよね? でもわたし、ここの礼儀作法とか知らないけどどうするの?」
「それについては、君に学んでもらうしかないね」
……やっぱりそうなるか。
「下働きとかで雇ってくれても良かったんだけどなあ」
むしろそっちの方がわたしの性にあっている。姫とか、どう考えても柄じゃない。
「その容姿じゃ無理だろう」
「うん、無理だね。むしろ現場が混乱すると思うからやめてほしいね」
容赦なく二人に言われて内心肩を落としながら、わたしは自分の白い手を観察する。
これはどう見ても水仕事なんかしたことありませんって手だよなー。爪まで綺麗に磨かれてるし。
「……分かった、イルーシャ姫として振る舞う。ただし、条件があるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「アイリン姫の輿入れの件は白紙に戻すこと。代わりにわたしが王妃に、とかふざけたこと言わないこと」
「そんなのでいいの? 欲がないなあ」
驚いたようにキースがわたしを見る。
いや、ここ大事なとこだから! 無理矢理王妃にされたらたまったものじゃない。
それに、アイリン姫にカディスを説得するって約束したしね。
「ふん、俺もアイリンに駆け落ちされてしまったら醜聞になるしな。仕方ない、承諾しよう」
……やった!
どこまでも偉そうにカディスが言うのも、この時ばかりは気にならなかった。
浮かれたわたしは、ついカディスの手を取ってぶんぶん振ってしまう。
「良かったあー。カディス、ありがとう!」
「あ、ああ……」
なんかカディスが引いてる気もするけど、まあ気にすることもないか。
アイリン姫、喜ぶだろうなあ。
良かったね、姫。
わたしはにこにこしながら、また伺いますと言っていたアイリン姫の愛らしい顔を思い浮かべる。
「なんと言うか、君って最強だよね」
溜息とともにキースに言われたけど、どういう意味だったんだろう、謎だ。
わたしは一仕事終えた気がして、上機嫌でお風呂に入っていた。
もう侍女さん達にお風呂に入れてもらうのも恥ずかしくないよ。慣れって怖いね!
「イルーシャ様、なにか良いことでもあられたのですか?」
シェリーとユーニスにそう尋ねられたので、アイリン姫のことを二人に話した。
「まあ、それは良いことをなされましたわ、イルーシャ様!」
「アイリン様もきっとお喜びになられるでしょうね」
二人が褒めてくれるのをわたしはにこにことにやにやの中間くらいの顔で笑って受け止めた。
お風呂に入っている間にシェリーに渡された冷たいお茶を口に含むと、火照った体が少し静まるような気がした。うーん、至れり尽くせりだなあ。
「でも、そうしますと、陛下のお相手がまたいない状態になってしまいますわね」
「あら、シェリー、イルーシャ様がいらっしゃるじゃない」
ユーニスのその言葉に思わず噴き出しそうになって、わたしは慌てて口に含んだお茶を飲み込んだ。
「いや、それはないから!」
「でも、イルーシャ様が一番の有力候補なんですのよ。なんといっても、伝説の姫君なんですもの!」
うっとりと胸の前で指を組み合わせて、ユーニスが言う。
「あら、でも伝説には必ず王族の方と結ばれるとはありませんわよ」
「え、そうなの?」
てっきり王か王子と結婚しなければならないと書いてあるものだと思ってたけど、そうじゃないらしい。
わたしが聞き返すと、シェリーは神妙に頷いた。
「そうですわ。ですからイルーシャ様がどなたを選ぶのかはご自由なのです。わたしのお薦めはキース様なんですけど」
「……はい?」
なんでここでキースの名前が?
「当代一の魔術師で、現国王の従弟。身分に不足があるとは思えませんし、イルーシャ様ととてもお似合いですわ!」
夢見る乙女の表情でシェリーが力説する。
キースって国王にタメ口だから偉いんだろうなと思ってたら、従弟だったのか。なんか納得。
「あら、でしたら陛下も負けてませんわよ。陛下は剣を取らせたら誰にも負けませんもの!」
負けじとユーニスが拳を握って叫ぶ。
二人の意見が白熱するのをわたしはただ呆然と聞いていたけど、だんだん限界が近づいてきた。
「……とりあえず、もう上がっていいかな? いい加減のぼせそう」
──百合の花と白い菊の花が見える。
聞こえてきたのは、幼い頃からよく知っている近所の人の声。
「原田さんのところの由希ちゃん、まだ二十歳前だっていうのに、かわいそうにねえ」
「残された家族も気の毒よねぇ」
──なにを言ってるの?
それじゃまるで、わたしが死んだみたいじゃない。
高いところから落ちるような感じがして、びくりとして目を覚ますと、また昨日と同じ夜明け前だった。
なんだか連続して嫌な夢見たなあ。
夢の中でわたしが死んでるとか、冗談にしても笑えないよね。
豪華なベッドの中で溜息をついて、わたしは寝返りを一つ打つ。
わたしが穴を開けたバイトとか、どうなってるんだろう。行けなくなった連絡はお母さんがしてくれるだろうけど。
なんだか泣きたくなってきて、わたしはシーツを引き被る。そして、少しだけ泣いた。
「おはようございます、イルーシャ様」
着替えと朝食を終えたわたしを待ち受けていたのは王室お抱えの教師達だった。
早速今日からか。カディス、仕事早すぎるぞ! 今日くらいはゆっくりしていたかったのに。
とりあえずわたしが学ぶのは、礼儀作法と語学と、歴史。これだけでも、わたしにはいっぱいいっぱいだ。
けど、中学や高校でもこんなに勉強したことはないほど、わたしは頑張った。
「イルーシャ様、大丈夫でございますか? あまり根を詰めないでくださいましね」
口調は丁寧だけど厳しい先生にしごかれ、午後の休憩時間にはすっかりぐったりしていたわたしをリイナさんがいたわってくれた。
「ありがとうございます」
なんというかリイナさんは、母親を連想させる。
といっても、うちのお母さんは放任だったから、リイナさんはわたしの理想の母親像に近いのかもしれない。
そんなことを考えながら、リイナさんが入れてくれたお茶を飲んで一休みする。
ああ、コーヒー飲みたいなあ。
紅茶も悪くないけど、コーヒーのが好きなのよ。でもなければしょうがない。
「なんだ、一日目で既にへばっているのか」
そう言ってずかずかと部屋に入ってきたのはカディス。
一応女の部屋なんだから、少しは遠慮しろ。
「ちょっと、ノックくらいしなさいよ」
「リイナには断ったぞ」
部屋の主に断れよ!
思わず顔がひきつりそうになる。
そのリイナさんはカディスのお茶の用意に行ってしまったらしく、ここにはいない。
「わざわざわたしの部屋に来るなんて、カディスって暇なの?」
「暇ではないが、おまえがきちんと学んでいるか確認する必要があるからな」
思わず喧嘩腰になってしまったわたしの言葉に顔をしかめながらもカディスが答える。
「そんなことしなくてもちゃんとやるよ、約束だし」
「そうか。是非ともこれからもそうあってほしいものだな」
くぅっ、なんて嫌味なやつだ!
せっかくの休憩なのに、よけい疲れた気がする。
ちょっとぐったりしてると、お茶の支度をしたリイナさんが戻ってきた。
「まあ、イルーシャ様、陛下とすっかり仲良くなられたのですね。さすがイルーシャ様ですわ!」
なにがさすがなのか分からないけど、激しく勘違いされていると思うのは、わたしの気のせいだろうか。
「ああ、仲良くなったぞ。ほら、この通りだ」
そう言うと、カディスはわたしの隣に座って、わたしの肩を抱き寄せた。
「まあっ、そこまで仲良くおなりになって。素晴らしいですわ!」
──こいつ、後で絶対殴ってやる。
わたしはテーブルの下で拳を固めた。
「それでは、わたくしは下がらせていただきますね。どうぞ、ごゆるりとしてくださいませ」
ちょっ、リイナさん、変な気を回さないで!
リイナさんがこの場を去ったことで、わたしはカディスと二人きりになる。
早速拳を振りあげてやったけど、残念ながらカディスにあっさりかわされた。ちえっ。
「凶暴な女だな、おまえは。姫君は拳で殴りかからないぞ。姫として振る舞うと自分で言ったのをもう忘れたのか」
……うっ。
カディスの言葉に思わずつまってしまったわたしだったけど、……いやいやいや。
「そっちが嫌がらせするからでしょ。わたしを嫌うのは分かるけど、いい加減にしてよね」
わたしがそう言うと、カディスはなぜか瞳を見開いた。
なに、その驚いたような顔は。
「……別に嫌ってはいない」
「嘘でしょ」
「なぜ速攻で返すんだ。……別に嘘はついていないし、その必要もない」
「でも、嫌がらせしてるじゃない。いちいち嫌味言ってくるし」
嫌味に関しては、まあ、わたしの方も酷いけどね。
そう言うと、カディスはくしゃりと前髪を掻きあげ、溜息をついた。
「それは、なんだその、おまえの反応がおもしろいからだ」
おもしろいって、なんだ!
勢いよく長椅子から立ち上がりかけたわたしだけど、手をカディスに引かれ、あっと思ったときには彼の胸に転がりこんでしまっていた。
「ちょっと……っ」
カディスの膝の上に座る形になってしまったわたしの背に彼の手が回される。
ちょっと、どうなってるの、これーっ!?
背中に回されたカディスの手に力がこもり、わたしは息を止めてカディスを見つめてしまった。
「どうしてだろうな、伝説の姫君など面倒な存在だと思っていたというのに」
そう言うカディスの藍色の瞳が揺れる。
な、なんかおかしなことになってる気がする。
リイナさん、お願い今すぐ帰ってきて!
わたしの願いもむなしく、カディスの手がわたしの顎をそっと持ち上げた。
こ、これはひょっとして。
や、やだ……!
カディスの顔が近づいてきて、わたしは思わずギュッと目を瞑った。
頬に柔らかな感触があたって目を開く。
ひょっとして今の感触は……キス?
突然のことに呆然としていると、なぜかカディスは苦しそうな顔をした。
「そんなに俺を怖がるな」
「む、無理だよ、なんでいきなりこんなこと……」
するの、と言おうとしたその時、ドアをノックされる音が響いた。
リイナさん帰ってきてくれたの!?
「はいはいはいはいっ!」
カディスの腕が緩み、天の助けとばかりに元気よく返事してわたしは立ち上がった。
部屋に入ってきたのはリイナさんじゃなくてキースだったけど、まさに天の助けとはこのことだ、キースありがとう!!
「なぜおまえはこの頃合いになって来るんだ」
カディスが唸るように言うと、キースが眉を上げた。
「君がなにを言いたいのか分からないんだけど。カディス、僕はそろそろ仕事してほしいと言いに来ただけだよ。報告書がたまって後で苦労したいなら退散するけど」
その言葉で観念したらしいカディスは、溜息を一つつくと立ち上がり、わたしの方を向く。
「また来る。覚悟しておけ」
か、覚悟ってなんですか!? とっても知りたくないんですけどーっ!
混乱するわたしに、事態を察したらしいキースが声をかけてきた。
「……大丈夫?」
ごめん、たぶん大丈夫じゃないです。
かなり軌道から外れたけど、わたしはアイリン姫のことでカディスに会いに来たんだった。
「だから、おまえが俺のきさ……」
「却下。断固拒否。お断りします」
「……まだ皆まで言ってないぞ」
カディスがなんかほざいてるけど、やつの言いそうなことは大体分かる。
聞いてしまって、またからかわれるのはごめんだ。
でもこれって、こっちの一方的な願いなんだよね。結婚の申し込みをなかったことにしてって言って、はい分かりましたっていうわけにはいかないか。なにか取引に使える材料……あ、そうだ。
「そう言えば、わたしのこと観光資源とか言ってたけど、見せ物にでもなるわけ?」
歯に衣着せずに聞いたわたしに、キースが苦笑した。
「まあ、ある意味そうかもね。国民に姫が目覚めたことを知らしめす必要があるから」
「世間一般には、あくまでもイルーシャ姫として振る舞えってことだよね? でもわたし、ここの礼儀作法とか知らないけどどうするの?」
「それについては、君に学んでもらうしかないね」
……やっぱりそうなるか。
「下働きとかで雇ってくれても良かったんだけどなあ」
むしろそっちの方がわたしの性にあっている。姫とか、どう考えても柄じゃない。
「その容姿じゃ無理だろう」
「うん、無理だね。むしろ現場が混乱すると思うからやめてほしいね」
容赦なく二人に言われて内心肩を落としながら、わたしは自分の白い手を観察する。
これはどう見ても水仕事なんかしたことありませんって手だよなー。爪まで綺麗に磨かれてるし。
「……分かった、イルーシャ姫として振る舞う。ただし、条件があるんだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「アイリン姫の輿入れの件は白紙に戻すこと。代わりにわたしが王妃に、とかふざけたこと言わないこと」
「そんなのでいいの? 欲がないなあ」
驚いたようにキースがわたしを見る。
いや、ここ大事なとこだから! 無理矢理王妃にされたらたまったものじゃない。
それに、アイリン姫にカディスを説得するって約束したしね。
「ふん、俺もアイリンに駆け落ちされてしまったら醜聞になるしな。仕方ない、承諾しよう」
……やった!
どこまでも偉そうにカディスが言うのも、この時ばかりは気にならなかった。
浮かれたわたしは、ついカディスの手を取ってぶんぶん振ってしまう。
「良かったあー。カディス、ありがとう!」
「あ、ああ……」
なんかカディスが引いてる気もするけど、まあ気にすることもないか。
アイリン姫、喜ぶだろうなあ。
良かったね、姫。
わたしはにこにこしながら、また伺いますと言っていたアイリン姫の愛らしい顔を思い浮かべる。
「なんと言うか、君って最強だよね」
溜息とともにキースに言われたけど、どういう意味だったんだろう、謎だ。
わたしは一仕事終えた気がして、上機嫌でお風呂に入っていた。
もう侍女さん達にお風呂に入れてもらうのも恥ずかしくないよ。慣れって怖いね!
「イルーシャ様、なにか良いことでもあられたのですか?」
シェリーとユーニスにそう尋ねられたので、アイリン姫のことを二人に話した。
「まあ、それは良いことをなされましたわ、イルーシャ様!」
「アイリン様もきっとお喜びになられるでしょうね」
二人が褒めてくれるのをわたしはにこにことにやにやの中間くらいの顔で笑って受け止めた。
お風呂に入っている間にシェリーに渡された冷たいお茶を口に含むと、火照った体が少し静まるような気がした。うーん、至れり尽くせりだなあ。
「でも、そうしますと、陛下のお相手がまたいない状態になってしまいますわね」
「あら、シェリー、イルーシャ様がいらっしゃるじゃない」
ユーニスのその言葉に思わず噴き出しそうになって、わたしは慌てて口に含んだお茶を飲み込んだ。
「いや、それはないから!」
「でも、イルーシャ様が一番の有力候補なんですのよ。なんといっても、伝説の姫君なんですもの!」
うっとりと胸の前で指を組み合わせて、ユーニスが言う。
「あら、でも伝説には必ず王族の方と結ばれるとはありませんわよ」
「え、そうなの?」
てっきり王か王子と結婚しなければならないと書いてあるものだと思ってたけど、そうじゃないらしい。
わたしが聞き返すと、シェリーは神妙に頷いた。
「そうですわ。ですからイルーシャ様がどなたを選ぶのかはご自由なのです。わたしのお薦めはキース様なんですけど」
「……はい?」
なんでここでキースの名前が?
「当代一の魔術師で、現国王の従弟。身分に不足があるとは思えませんし、イルーシャ様ととてもお似合いですわ!」
夢見る乙女の表情でシェリーが力説する。
キースって国王にタメ口だから偉いんだろうなと思ってたら、従弟だったのか。なんか納得。
「あら、でしたら陛下も負けてませんわよ。陛下は剣を取らせたら誰にも負けませんもの!」
負けじとユーニスが拳を握って叫ぶ。
二人の意見が白熱するのをわたしはただ呆然と聞いていたけど、だんだん限界が近づいてきた。
「……とりあえず、もう上がっていいかな? いい加減のぼせそう」
──百合の花と白い菊の花が見える。
聞こえてきたのは、幼い頃からよく知っている近所の人の声。
「原田さんのところの由希ちゃん、まだ二十歳前だっていうのに、かわいそうにねえ」
「残された家族も気の毒よねぇ」
──なにを言ってるの?
それじゃまるで、わたしが死んだみたいじゃない。
高いところから落ちるような感じがして、びくりとして目を覚ますと、また昨日と同じ夜明け前だった。
なんだか連続して嫌な夢見たなあ。
夢の中でわたしが死んでるとか、冗談にしても笑えないよね。
豪華なベッドの中で溜息をついて、わたしは寝返りを一つ打つ。
わたしが穴を開けたバイトとか、どうなってるんだろう。行けなくなった連絡はお母さんがしてくれるだろうけど。
なんだか泣きたくなってきて、わたしはシーツを引き被る。そして、少しだけ泣いた。
「おはようございます、イルーシャ様」
着替えと朝食を終えたわたしを待ち受けていたのは王室お抱えの教師達だった。
早速今日からか。カディス、仕事早すぎるぞ! 今日くらいはゆっくりしていたかったのに。
とりあえずわたしが学ぶのは、礼儀作法と語学と、歴史。これだけでも、わたしにはいっぱいいっぱいだ。
けど、中学や高校でもこんなに勉強したことはないほど、わたしは頑張った。
「イルーシャ様、大丈夫でございますか? あまり根を詰めないでくださいましね」
口調は丁寧だけど厳しい先生にしごかれ、午後の休憩時間にはすっかりぐったりしていたわたしをリイナさんがいたわってくれた。
「ありがとうございます」
なんというかリイナさんは、母親を連想させる。
といっても、うちのお母さんは放任だったから、リイナさんはわたしの理想の母親像に近いのかもしれない。
そんなことを考えながら、リイナさんが入れてくれたお茶を飲んで一休みする。
ああ、コーヒー飲みたいなあ。
紅茶も悪くないけど、コーヒーのが好きなのよ。でもなければしょうがない。
「なんだ、一日目で既にへばっているのか」
そう言ってずかずかと部屋に入ってきたのはカディス。
一応女の部屋なんだから、少しは遠慮しろ。
「ちょっと、ノックくらいしなさいよ」
「リイナには断ったぞ」
部屋の主に断れよ!
思わず顔がひきつりそうになる。
そのリイナさんはカディスのお茶の用意に行ってしまったらしく、ここにはいない。
「わざわざわたしの部屋に来るなんて、カディスって暇なの?」
「暇ではないが、おまえがきちんと学んでいるか確認する必要があるからな」
思わず喧嘩腰になってしまったわたしの言葉に顔をしかめながらもカディスが答える。
「そんなことしなくてもちゃんとやるよ、約束だし」
「そうか。是非ともこれからもそうあってほしいものだな」
くぅっ、なんて嫌味なやつだ!
せっかくの休憩なのに、よけい疲れた気がする。
ちょっとぐったりしてると、お茶の支度をしたリイナさんが戻ってきた。
「まあ、イルーシャ様、陛下とすっかり仲良くなられたのですね。さすがイルーシャ様ですわ!」
なにがさすがなのか分からないけど、激しく勘違いされていると思うのは、わたしの気のせいだろうか。
「ああ、仲良くなったぞ。ほら、この通りだ」
そう言うと、カディスはわたしの隣に座って、わたしの肩を抱き寄せた。
「まあっ、そこまで仲良くおなりになって。素晴らしいですわ!」
──こいつ、後で絶対殴ってやる。
わたしはテーブルの下で拳を固めた。
「それでは、わたくしは下がらせていただきますね。どうぞ、ごゆるりとしてくださいませ」
ちょっ、リイナさん、変な気を回さないで!
リイナさんがこの場を去ったことで、わたしはカディスと二人きりになる。
早速拳を振りあげてやったけど、残念ながらカディスにあっさりかわされた。ちえっ。
「凶暴な女だな、おまえは。姫君は拳で殴りかからないぞ。姫として振る舞うと自分で言ったのをもう忘れたのか」
……うっ。
カディスの言葉に思わずつまってしまったわたしだったけど、……いやいやいや。
「そっちが嫌がらせするからでしょ。わたしを嫌うのは分かるけど、いい加減にしてよね」
わたしがそう言うと、カディスはなぜか瞳を見開いた。
なに、その驚いたような顔は。
「……別に嫌ってはいない」
「嘘でしょ」
「なぜ速攻で返すんだ。……別に嘘はついていないし、その必要もない」
「でも、嫌がらせしてるじゃない。いちいち嫌味言ってくるし」
嫌味に関しては、まあ、わたしの方も酷いけどね。
そう言うと、カディスはくしゃりと前髪を掻きあげ、溜息をついた。
「それは、なんだその、おまえの反応がおもしろいからだ」
おもしろいって、なんだ!
勢いよく長椅子から立ち上がりかけたわたしだけど、手をカディスに引かれ、あっと思ったときには彼の胸に転がりこんでしまっていた。
「ちょっと……っ」
カディスの膝の上に座る形になってしまったわたしの背に彼の手が回される。
ちょっと、どうなってるの、これーっ!?
背中に回されたカディスの手に力がこもり、わたしは息を止めてカディスを見つめてしまった。
「どうしてだろうな、伝説の姫君など面倒な存在だと思っていたというのに」
そう言うカディスの藍色の瞳が揺れる。
な、なんかおかしなことになってる気がする。
リイナさん、お願い今すぐ帰ってきて!
わたしの願いもむなしく、カディスの手がわたしの顎をそっと持ち上げた。
こ、これはひょっとして。
や、やだ……!
カディスの顔が近づいてきて、わたしは思わずギュッと目を瞑った。
頬に柔らかな感触があたって目を開く。
ひょっとして今の感触は……キス?
突然のことに呆然としていると、なぜかカディスは苦しそうな顔をした。
「そんなに俺を怖がるな」
「む、無理だよ、なんでいきなりこんなこと……」
するの、と言おうとしたその時、ドアをノックされる音が響いた。
リイナさん帰ってきてくれたの!?
「はいはいはいはいっ!」
カディスの腕が緩み、天の助けとばかりに元気よく返事してわたしは立ち上がった。
部屋に入ってきたのはリイナさんじゃなくてキースだったけど、まさに天の助けとはこのことだ、キースありがとう!!
「なぜおまえはこの頃合いになって来るんだ」
カディスが唸るように言うと、キースが眉を上げた。
「君がなにを言いたいのか分からないんだけど。カディス、僕はそろそろ仕事してほしいと言いに来ただけだよ。報告書がたまって後で苦労したいなら退散するけど」
その言葉で観念したらしいカディスは、溜息を一つつくと立ち上がり、わたしの方を向く。
「また来る。覚悟しておけ」
か、覚悟ってなんですか!? とっても知りたくないんですけどーっ!
混乱するわたしに、事態を察したらしいキースが声をかけてきた。
「……大丈夫?」
ごめん、たぶん大丈夫じゃないです。
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*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております