月読の塔の姫君

舘野寧依

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第四章:華燭の姫君

第44話 目覚めた先は

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 カディスはドレスの背中の鉤ホックを上から徐々に外していく。
 わたしは薄い下着姿にされて、またベッドに横たえられた。
 上の下着はリボンで止める形式で、カディスは、唇と手でそれを解いていく。
 わたしはカディスの顔を見ていられなくて、真っ赤になって顔を逸らした。
 リボンを解ききったカディスが上の下着を開いて、わたしの体を見下ろす。

「……綺麗だ」
「きゃ……っん」

 彼に胸の中央を口づけられて、わたしはびくりと体を反らした。
 ──恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。

「んん……っ」

 カディスに直に胸を弄ばれて、わたしは声を堪えるのに必死だった。

「イルーシャ、声を我慢するな。おまえの声を聞かせろ」
「や……ぁ、そんな、恥ずかしい……っ」

 わたしは首を横に振って、なんとかこの羞恥から逃れようとした。
 なんとか我慢しなければと分かっているけれど、出来れば逃げ出してしまいたい──
 そう思った途端、わたしの目の前が一瞬真っ白になった。

 ──最初に目に入ったのは銀色。
 髪の毛だろうか、まっすぐで綺麗な長い髪。
 それから白い塔が見える。あれは確かわたしが目覚めた月読の塔だ。
 塔のベッドにわたしは横たわっていて、傍に誰かいる気配がした。

 ……そこにいるのは、誰? 長い銀の髪の──

「イルーシャ!」

 カディスの叫び声でわたしははっと我に返った。
 気がついたら、わたしは既に下の下着だけの姿にされていて、恥ずかしさから真っ赤になる。
 そうだ、わたしカディスに抱かれるところだったんだ。

「……イルーシャ、おまえはこんな時に過去視を使うほど俺に抱かれるのが嫌か」

 わたしがしたことはかなり失礼なものだ。当たり前だけど、相当不愉快そうに詰問してくるカディスにわたしは慌てて謝罪する。

「ご、ごめんなさい、カディス。わたし、ちゃんとあなたに抱かれるから」
「……もういい。俺は人形を抱く趣味はない」

 ……え。
 カディスは不機嫌そうに前髪をかきあげると、ベッドから降りた。

「カディス……?」
「イルーシャ、おまえに俺のものになれと命じても、肝心のおまえがそんなふうに逃げるのなら無意味だ。……俺はおまえへの命令を取り消す」

 そう言うと、カディスは寝室のドアを開けて出ていった。
 たぶん、カディスは執務室に向かったんだろう。

 ……どうしよう、あれは絶対にカディスを傷つけた。
 いくら恥ずかしかったとはいえ、よりによってあんな時に過去視を使ってしまうなんて、わたしはなんてことをしてしまったんだろう。
 シーツを胸元まで引き上げて呆然としていたら、寝室の扉がノックされてリイナさんが入ってきた。
 カディスにわたしの支度を手伝うように申しつけられたのかな。

「イルーシャ様、着付けをお手伝いしますわ」
「は、はい。お願いします」

 ……とりあえず、カディスに失礼なことをしたことはきちんと謝らないと。
 わたしはリイナさんに手伝ってもらってドレスを着ると、リイナさんを伴ってカディスの執務室まで行った。
 そこには相変わらず、キース、ブラッド、ヒューの三人と、ものすごく不機嫌そうなカディスがいた。

「イルーシャ」
「イルーシャ様」

 カディス以外の三人がわたしの顔を見て、安堵の息を漏らす。

「カディス、あの……失礼なことしてごめんなさい」

 わたしは彼に対して頭を下げた。

「もういい。おまえに無理強いしても無駄なことがよく分かった。心が伴うまではおまえには手を出さん」
「……ごめんなさい」

 わたしは再び頭を下げる。カディスだけでなく、他の三人にも。

「……わたし、ずるい選択をしたの。わたしは誰も選べない。だからカディスの命令を聞くことで、それから逃げたの。自分で考えて行動するよりも、誰かの命令を聞く方が楽だから。でも、いざとなったら、それも怖くて逃げちゃったの。……わたし、最低だよね」

 言ってて自分が情けなくて、わたしはぼろぼろと涙をこぼしてしまった。

「イルーシャ、そんなに自分を責めないで」

 キースが慰めるように言ってくるけど、そんなにわたしを甘やかさないでほしい。

「いきなり誰かを選べと言っても、それは無理でしょう」

 ヒューがそう言ってくるけど、わたしは緊急に誰かを選ばなくちゃいけないんだよ。

「わたしは、あなたが無理に選ぶことがなくなってほっとしてますよ」

 ブラッド、でもこのままわたしが誰も選ばなかったら、またハーメイの時のようなことが起こるかもしれないんだよ。

「わたし……このままじゃ、またガルディアに災厄を起こすかもしれない。カディス、そうなる前にわたしを幽閉して」
「……なにを言っている」

 わたしの言葉にかなり驚いているらしく、カディスが瞠目する。

「だって、わたしは人前に出ない方がいいんだよ。カディスもわたしのこの容姿は争いの元になるって言ったでしょう」
「俺がおまえにそんなことを出来るわけがないだろう」
「……じゃあ、わたしを月読の塔に封印して。キースなら出来るでしょう?」

 わたしの言葉に一瞬四人が絶句する。

「馬鹿なことを言うな。そんなことは到底聞けない。キース、イルーシャの言葉を聞くな!」

 カディスがそう叫ぶとキースは頷いた。

「……もちろんそれは聞けないよ。君を封印するということは、もう二度と君に会えないってことだ。とてもじゃないけど、それは出来ない」

 とても厳しい顔でキースが言ってくる。彼を説得するのは難しそうだ。

「イルーシャ様、必ず他国が侵攻してくるとは決まったわけではないのです。ですからどうか思い詰めるのはおやめください」

 ヒューが真剣な顔で言ってくる。
 それはそうだけれど、可能性が全くない訳じゃないでしょう?

「そうなっても、我々が敵を退けますよ。そのための騎士です。イルーシャ様は心安らかにしてお過ごしください」

 ブラッドがわたしを安心させるように言ってくるけど、でもわたしは。

「そんな……無理だよ。わたしは、自分のせいで犠牲になった人達のことを知ってしまったのに」

 わたしは涙が止まらなくなって、顔を覆って、首を振る。
 わたしはそのまましばらく泣いていたけれど、こんなんじゃ駄目だと自分で思い直して、ハンカチで無理矢理涙を拭って顔を上げた。

「……わたしは誰かに守られてるばかりじゃ嫌なの。なんで、わたしの能力が過去視だけなのかな。国どころか自分の身も守れないなんて悔しいよ」
「それなら、君に防御壁と魔防壁を教えるよ。それだけで大分違うはずだよ」

 キースのその言葉に、わたしは目を見開いた。

「……本当に? わたしに魔術を教えてくれるの?」
「うん、今の君の魔力なら、そう無理もせず覚えることが出来るはずだ。……だから、あまり思い詰めないでほしい」

 キースはそう言ったけど、それでも、他国から攻めてこられたら、国民に犠牲が出るのはどうしようもないんだよね。
 でも、キースの気遣いは嬉しかったし、魔術はこれから先必要になるものだから、覚えなければならないだろう。

「うん、ありがとう……」

 みんなこんなにわたしを心配して、いろいろと手を差しのべてくれる。
 こんなによくしてもらってるのに、なんでわたしは誰も選べないんだろう──
 かなり自己嫌悪に陥りながら、わたしは四人にまた頭を下げる。

「いろいろごめんね。わたし、もう自分の部屋に戻る。……カディス、本当にごめんなさい」
「謝るな。おまえに謝罪などされると自分が虚しくなる。おまえはしばらくこの話題を出すな。俺もおまえに手は出さん」
「うん……」

 カディスに言われて、わたしは消沈する。
 さんざん期待持たせたあげく、拒絶するような真似して、わたしのしたことって、すごく残酷だよね。カディスには本当に悪いことしちゃった。……それは心配をかけた三人にも言えることだけど。
 わたしはリイナさんに連れられて、自分の部屋に戻ってきた。

「イルーシャ様、あまり気を落とされないでください。無理矢理ご自分の気持ちを納得させて事を運ぼうとしても、必ずどこかで歪みが生じますわ。いずれ時が来ればどなたかと本当に結ばれたいと思われるようになられます」
「うん……」

 ……そうだといいんだけど。
 わたしはリイナさんに淹れてもらったミルクティーを飲みながら頷いた。
 とりあえず、わたしはなるべく厄介事を招かないように大人しくしていよう。
 その後、わたしはまた読書や過去視の訓練をしながら過ごした。
 キースは魔術を教えてくれるって言っていたけど、彼は忙しいらしくてそれはまだ無理そうだ。
 わたしはなんとなく気が焦って、夕食とお風呂を済ませた後もベッドの上で過去視の訓練をしていた。
 あまり的中率もよくないし、もう切り上げようかなと思っているうちに、ふと疑問が沸いてきた。
 そういえば、カディスの寝室で見た過去視はなんだったんだろう。
 はっきりとは見えなかったけど、長い銀の髪の持ち主は、たぶん男性。
 それに、横たわっているわたしが見えたってどういうことなんだろう。

「まあ、イルーシャ様、あまりご無理をされないでください。もうお休みになられた方がよろしいですわ」

 シェリーにそう言われて、わたしはかなり長い間そうしていたことに気が付いた。

「あ、ごめんね。もう寝るから」
「はい、おやすみなさいませ」

 カードをシェリーに預けて、わたしはシーツに潜り込む。
 するとすぐに眠気がやってきて、わたしは簡単に眠りに落ちた。



 柔らかい灯りが部屋に満ちている。
 朝かなあ、起きなくちゃ。
 わたしは寝返りを打ちながら、目を開ける。

「な……っ」

 すると、すぐ傍で驚いたような聞いたことのない男性の声があがる。
 ちょっとなんで、わたしの寝室に男がいるの?
 わたしは驚いてベッドから身を起こすと、長い銀髪の男の人が藍色の瞳を見開いて目の前に立っていた。こんな時になんだけど、この人とても綺麗な顔立ちをしている。

「だ、れ……?」

 気が付いてみれば、ここはわたしの部屋じゃなくて、もしかしたら、あの月読の塔じゃないだろうか。

「……わたしはアークリッド。この国の王だ」
「え……」

 にわかには信じ難い言葉が返ってきて、わたしは驚いて目の前の彼を見返す。
 それは五百年前の古の王で、高名な魔術師で……。
 確かに肖像画で見た顔だけど、でも嘘だよ、こんなこと。

「塔の結界が消えたので、わたしはここに来た。そうしたら、おまえがここで眠っていた。……おまえは何者だ」

 この国の王と名乗った目の前の男性が、不審そうにわたしを問いつめる。けれど、わたしはうろたえすぎて、それに答えるどころじゃなかった。

 ──アークリッド、それはイルーシャの夫の名だ。
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